オレンジの誓い   作:黒の夢

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最終話 オレンジの誓い

 店を出た時にはもう、空は夕暮れだった。

 まるであの日と同じ、二人を祝福するようなオレンジ色の空の下、買い物客、帰宅者、学校終わりの学生など大勢の人たちが辺りを行き交い、賑わいを見せる街の商店街に少しだけ、ノスタルジックな気分に浸ってしまう。

 

「んじゃあ私は、塾に行く。また、会おうぜ」

「おう。また、近いうちにな。今度はマルオも呼んで、同窓会しようぜ」

 

 あの中野のことだ、何かと理由を付けて来ないだろう。来年辺りのあるであろう、学校の同窓会なら⋯⋯そっちの方がないな。

 

「M・A・Y様によろしく。これ」

「お嬢ちゃん今日、塾講師のバイト休みだぞ。家の用事があるって言ってた」

「なんだ、向かいの糞パン屋に差をつけるチャンスだと思ったのに」

「見え透いた憎まれ口たたくなよ。去年一緒に、学園祭来てたんだろ。素直にくっついちまえよ」

「余計なお世話だよ。さて僕も、店に戻るよ。またね」

「ごちそうさま」

「お粗末さま。ご贔屓に頼むよ」

 

 店に戻っていった店長と、勤務先の塾へ向かう下田とは反対方向へ足を進める。買い物は普段は、郊外の大型ショッピングモールで済ませてしまうことが多いから、街の商店街をこうして歩くのは少し新鮮に感じる。スーパーマーケットから髪を結んだ女の子が、大きな買い物を袋を持って出てきた。その子は、上杉を見つけると空いている方の手を大きく振った。

 

「お父さんー!」

「おう、らいは。買い物か?」

「うん。今日、特売日だったんだ。お隣の方は⋯⋯」

 

 彼女の面影を見た娘さんの質問に答える前に買い物袋を受け取り、肩を組んで来た。

 

「昔馴染みのダチだ、母さんともな。らいはも、ちっちゃい頃に会ったことあるんだぜ」

「あ、そうなんだー。父がお世話になっています」

「こちらこそ。しっかりしてるね」

「ありがとうございますっ。えへへ~」

「俺に似たんだな!」

「それは、ない」

 

 娘さんの名誉のため、きっぱりラインを引いておく。

 母親のことを聞きたがった娘さんに応え、同じクラスだった頃のことを気持ち多めに話ながら、歩道を歩いていると、近くで物音が響いた。何度も聞いた音に、反射的に駆け出す。スマホの短縮ボタンをタップし、現場へ直行。

 

「名城消防所属特別救助隊一部神条より、車両事故発生。現在現場にて、要救助者(252)複数を目視で確認、出火の兆候なし。至急、救助隊、救急隊出動願います!」

 

 要件を伝え、通話を切り、よく詳しく状況把握に努める。商店街と繁華街を結ぶ交差点、直進車と右折車で起きるよくあるケースの事故。事故を起こした双方の搭乗者は、負傷はしているが意識はある。車両の破損状況から見てもさほど大きくはない。優先すべきは、事故の弾みで歩道へ乗り上げた車両に襲われた歩行者。

 

「何すりゃいい?」

「上杉? 戻れ、ここから離れろ」

「そうも言ってらんねぇだろ」

「⋯⋯救急キットと自動体外式除細動器(AED)を。大規模の店舗には、法律で設置が義務づけられてる。大抵出入り口か、インフォメーション付近にある」

「分かった!」

 

 上杉が戻って来るのを待つ間に、事故に巻き込まれた要救助者の状態を調べる。なぎ倒された街路樹とガードフェンスに下半身が挟まっている。この手の救助は、フェンスを切断するか、油圧ジャッキを使えば容易いが、生憎持ち合わせていない。本当に厄介なのは、倒れた弾みで負ったであろう頭部の裂傷。頭は、いつ急変するか分からない。

 そうこうしている間に、周囲にスマホを構えた野次馬で人集りが出来上がり、騒ぎを聞きつけた交番の警察官二名が現場へ駆けつけた。状況を話し、帰宅ラッシュ時で渋滞が発生している道路の交通整理と周囲の野次馬の対応を警察官に任せ、救助に取りかかる。

 

「バット貸して貰えますか? 後で弁済します。今、助けます、頑張ってください!」

 

 居合わせた野球部の学生から金属バットを数本借り、うち一本を負荷がかかる応力を計算して滑り込ませ支点にし、もう一本のバットを微かな空間の差し込む。

 

「持ってきたぜ!」

「上杉! 手を貸してくれ、5センチ上がればいい!」

「よっしゃ!」

 

 戻ってきた上杉、警察官の手も借りて。テコに原理を使って慎重に、車両がなぎ倒したガードフェンスを持ち上げ、挟まれていた要救助者を救助、周囲から歓声が上がった。

 

「もう、大丈夫ですよ。救急車もすぐ来ます。上杉、救急キット」

「貸せ。この先は、僕の務めだ」

「マルオ!?」

 

 白シャツの袖を捲った中野は、隣に腰を降ろす。

 

「患者は、頭部を負傷している。動かないように支えてくれ」

 

 要救助者の意識を確認しつつ、無駄のない手慣れた手つきで、救急車が現着する前に応急処置を終えてしまった。事故車の要救助者も、救助隊員たちが手分けして全員無事救急車に収容、受け入れ先の病院へ出発した。

 

「助かった」

「医者として、当然のことをしたまでだ。患者の意識レベルは2、受け答えの曖昧さは事故の影響による一過性のものだろう。事故車の患者も軽傷だ」

 

 救助活動中に、診てくれていた。道理で受け入れ先もすぐに決まった訳だ。

 

「さすがマルオ先生、頼りになるぜ!」

「名前で呼ぶな、上杉。僕は偶然、通りかかっただけだ」

「すみません、お話しをお伺いしたいのですが。よろしいですか?」

 

 事故処理に来た警察官の事情聴取を受け、一通りの説明。

 

「ご協力ありがとうございました!」

 

 姿勢を正して敬礼し、早足で別の目撃者の元へ向かった。

 

「上杉、娘さん待たせたままだろ」

「おう。じゃあ、また会おうぜ。マルオもな!」

「⋯⋯さっさと行け」

 

 豪快に笑いながら来た道を戻っていく上杉の背中から、視線を交差点へ向ける。既に、撤収作業が始まっていた。あと十分程で規制も解消され、普段の日常に戻る。そう、何事もなかったかのように。

 

「助けられたと想っているのか? 彼女のこと」

「ない、と言えば嘘になるな。頭を過ることはある、今も⋯⋯」

「不遜だな、互いに。亡くなった人は決して還らない。頭では理解しているが、今の医学ならと歯痒い気分になることがある」

 

 珍しい。奥さんが、零奈先生が病で他界してから押し殺したようにより感情を表に出さなくなった中野が、ここまで胸の内を明かすなんて。あの人の、無堂先生の失踪理由を知った時以来かもしれない。

 

「けど、これから先、救えなかった命よりも多くの命を救えるかもしれない」

「分かっている。僕たちは、そのために存在している。例え望まれないとしても――」

「あの人に会ったんだってな、去年の今頃」

「聞いたのか。お陰で僕自身、娘たちと向き合うことが出来るようになった」

 

 そこへ「お父さん」と、中野を呼ぶ声。

 

「預かったスーツの上着です」

「すまないね、五月君」

「いえ、お疲れさまでした。それから――」

 

 視線を横にずらした先に、彼女とそっくりな女性が四人居た。

 

「お父さん。はい、タオル」

「ありがとう、三玖君。キミも使え」

「あ、ああ、助かる。使わせてもらうよ」

 

 受け取ったタオルで汗を拭いながら、零奈先生の五つ子の娘さんたちも交えての立ち話。昔、会ったことがあることを話すと、緑色のリボンを付けた娘さんが驚いた様子で聞いて来る。

 

「ええっ? お会いしたことあるんですかっ?」

「一度だけね。もっと同じ背格好だったかな」

「あっ⋯⋯」

 

 いつのことか勘づいたらしく、アシンメトリーのショートカットの娘さんと蝶のようなリボンの娘さんは気を回して、別の話題を振ってきた。

 

「でも、お父さんの友達に会えるなんて珍しい。それも、消防士さん。ドラマで共演した消防士役の俳優さんと全然違くてびっくりです」

「お父さんとフー君のパパも同じくらいの身長なのに、もっと大きく見えるわね。それに⋯⋯」

 

 黒いリボンの娘さんは、先日の火災現場で負った腕に目を落とした。

 

「彼は、もっとも過酷な任に付くレスキュー隊員だからね」

「やはり、とても危険なんですね。先日も、大きな事故がありましたし」

 

 そう言ったのは、最初に声をかけた星のヘアピンを付けた娘さん。それより俺は、共演って言葉の方に驚いてる。まさか、女優だなんて。

 

「あはは、もっと頑張らないと」

「俺が、疎いだけだよ。そっち関係に」

「彼女――奥さんに聞くといい。先日、病院で直接聞かれたことがある」

「マジか」

「消防士さんの奥さんも、お父さんとも知り合いなの?」

「高校時代の同級生で今は、うちの病院の優秀な看護師だよ。二年の頃は僕も、彼女と同じクラスだった」

「へぇ、そうなんだ」

「はい! その頃から、お付き合いしていたんですかっ!?」

「ちょっと、四葉。もう少しデリカシー持ちなさい」

「でも、気になるし」

 

 リボンの娘さんをフォローしつつ、触りを少しだけ話す。

 

「卒業してから三年くらいだったかな」

 

 高校を卒業して一年後に合格した特別救助選抜試験の研修終了直後にレスキュー隊の拝命を受けてから更に一年後、看護学校を卒業して看護師になった彼女と偶然再会したのがきっかけで、彼女との縁を繋いでくれたのも零奈先生だった。新しい五つの命を宿した先生と過ごした日々の中で、命の尊さを知り、看護師を志した。

 

「つまり、卒業後もチャンスは充分あるわけね。ふふっ、良いこと聞いたわ!」

「に、二乃? 悪い顔になってますよっ!」

「往生際が悪い。五月、また言葉使いが戻ってる」

「あははっ。四葉も、うかうかしてられないね」

「えっ、ええーと、あ、あはは⋯⋯」

 

 無表情で額に青筋を立てた中野が、今までにないほどの威圧感を放ってる。何事? かと想いながらも、スマホの時計を確認する。

 

「そろそろ行かないと」

「あ、引き留めてしまって申し訳ありませんでした」

「いや、タオルありがとう。助かったよ。洗濯して返すから」

「さあ、僕たちも行こう。少々長居し過ぎてしまった。予約した時間に間に合わない」

 

 たまの休暇、互いに家族の時間。

 

「今度、同窓会やろうってさ」

「僕は忙しい、が。都合が合えば⋯⋯」

 

 それは、想定外の答えだった。

 中野たちとは、真逆の反対方向へ向かって歩を進める。信号待ちを利用して、電話をかける。

 

「俺だけど、少し遅れる。事故現場に居合わせた」

『さっき聞こえたサイレンだね。どうだった?』

「大丈夫、無事収容されたって連絡が入った。それで偶然、中野とあったんだけどさ。今度みんなで、同窓会やろうって話になって――」

 

 事故現場の規制は撤廃され、普段の日常に戻った。

 火災の輻射熱で焼けた赤い瞳に、オレンジ色の西日が眩しい。

 例えこの先、どんなに技術が進歩しても、災害は決して無くなることはない。今この瞬間も、どこかで悲しんでいる人が居るかもしれない。

 救いたかった命のため、救えなかった命のため。

 俺は、救助を続けることを誓った。

 この焼けた赤い瞳に映る、オレンジ色の美しい夕焼け空に想いを馳せて。

 

 ――オレンジの誓い――




最終話までお付き合いくださりありがとうございました。
最終話の投稿と合わせて評価時の文字制限を撤廃しました。
オリ主の名前、神条→由来の「新城市」から読みと漢字を変えて起用しました。オリキャラ二人も地名です。
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