拓海「兄貴、ハチロクって何?」 俺「えっ?」   作:Xester

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拓海くんのキレる沸点は大体私と一緒


豆腐配達しながら女の子をホテルに連れこむ簡単なお仕事

 群馬県某所。AM4時。

 日中であれば人通りが多いこの地域も、深々と雪が散り積もり、辺り一面が銀世界と化していた。

 

 「・・・こんなもんか」

 

 静寂に包まれる街中で一際明かりが目立つ、その店の名は「藤原とうふ店」。

 開眼する事を諦めたような糸目に顎には剃りが甘い無精髭が目立ち、口に煙草を咥えて紙コップに水を入れている男こそ、店主の「藤原 文太」である。

 

 慣れた手付きで紙コップを車のドリンクホルダーに入れ、トランクに豆腐を積み込むと一仕事終えたように煙草を吸い、駐車場入口に水を撒いていると心地よい圧雪音を響き、一人の男が姿を現した。

 

 「おはようございます。文太さん」

 「おう、来たか」

 

 黒色に統一されている服装に身を包み、靴は年期の入った白のレーシングシューズを履いていたが、それ以上に目立つのが男の髪型。肩甲骨にかかりそうな長髪で前髪に至っては()()に完全に覆い被さっていた。男の手にはコンビニ袋が握られ、中には少量の飲み物と軽食類、そして煙草が入っていた。

 

 「煙草もう数本しかないですよね・・?。買っておきましたよ」

 「・・嫌に気が利くな」

 「他意はないですよ。あるとすれば吸いすぎないように・・ぐらいですかね」

 「・・うるへー。これでも毎年人間ドック行ってんだ。この前、歳の割には綺麗な臓器だって言われたばっかりよ」

 

 ジャブを打ち合う程度の小言をお互いに交わしながら、文太が妙に機嫌が悪い事を察知するも気にする素振りもなくハチロク(通称:藤原とうふ店号(SPRINTER TRUENO GT-APEX AE86))へと乗り込んだ。ドリンクホルダーに入った水を見て、一言

 

 「・・・いつにもまして出荷数多くないですか」

 「先方(レイクサイドホテル)から昨日電話があってな。急に団体の予約が入ったんだと・・おかげで昨日は晩酌の時間が取れなくてイライラしてんだ」

 「商売繁盛でいいのでは・・?」

 「晩酌の時間を無くしてまで、仕事をする気にゃなれねえよ。嫌いな豆腐の仕事を何故増やさにゃならん」

 「なんで豆腐屋営んでるんですか」

 

 ムスッとした文太の顔に息子である「拓海」の面影を感じつつも、男はエンジンを始動する。どう考えてもNAエンジン(Normal Aspiration Engine)とは思えないような音が一帯に響き渡った。もはや車の皮を被ったナニカである。

 

 「生那(せな)

 「なんですか?」

 

 照れくさそうに頬を掻きながら文太は車に乗り込んだ男・・生那の名を呼ぶと

 

 「昨日・・まぁ・・その・・何だ。近隣から車の音が煩いと苦情が入ってな。商工会の寄り合いでも必ず議題に上がるようになっちまってだな・・その・・」

 「・・歯切れが悪いですね。要するに静かに運転して、静かに帰ってこいって事ですか」

 「結論から言えば、そう・・「こんな車に改造しちゃったのは誰なんでしょうね・・いやぁ親の顔が見たいもんです」・・・・・言い訳する訳じゃないがエンジンは殆ど弄ってねぇ」

 「改造してることは認めるんですね」

 

 容易の想像できるが自分の車が話題にされ、苦情すら有名と捉えてるに違いないぞ、この中年親父。じゃなかったらこんな照れ顔するもんかい。そんな文太に内心笑いながら、計器類の作動をチェックしていく。異常がないのを確認し、アイドリングをしながら待っていると、店の中から転落音と絶叫が聞こえてきた。あまりの音の大きさに少し肩を竦め、待っていると店の中から文太の息子である拓海が姿を現した。

 

 「いっ痛ぁぁ・・」

 「足でも踏み外したかい、拓海」

 「・・あれ、なんで兄貴が?。今日何曜・・って金曜じゃん!!配達俺じゃないじゃん・・」

 

 寝坊助ここに極まれり。文太さんに至っては額に手を当て、天を仰いでいる始末。

 

 「寝ぼけてっから足踏み外すんだ。寝覚ましに配達、生那の代わりに行くか?」

 「・・行かねえ、もう一眠りする」

 

 「あぁ、拓海。飲み物とサンドイッチを冷蔵庫に入れといたからガッコー行く前に食いな」

 「サンキュー」

 

 それだけ言うと拓海は寝ぼけた眼を擦りながら店の中へと戻っていった。因みに俺と拓海との間に血の繋がりはない。今でこそ別居しているが、もう1()5()()近くを同じ家で過ごした仲であるため、自然と拓海からは兄貴と呼ばれるようになっていた。物心ついた時に一度だけ、血繋がってないんだから兄貴って呼ばなくていいんだぞと聞いたことがその時は今更呼び方変えるのも面倒と思い切り顰めっ面で言われた事があり、なんだかんだ今に至る。

 

 「じゃ、行ってきます」

 「あぁ・・忘れてたが、今乗ってる豆腐だけじゃ出荷数足りないから2往復してくれ」

 「聞いてませんし、いの一番に言う話じゃないですかそれ」

 「今言ったからな。いいじゃねえか、細けぇ事は」

 「全く細かい事じゃないんですが・・」

 

 絶対さっきイジった事を根に持ってやがる。あのニヤついている顔は間違いなくそうだ。気になる所ではあるが、時間が迫ってきているので黙殺することにした。

 

 (2往復・・トラブルが無ければ1時間で終わるか)

 

 拓海ほどではないにしろ、朝は強い訳ではないと自負しているのでさっさと終わらせて帰って寝るに限る。気合を入れ、生那はホテルへと続く峠、秋名山へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋名山 頂上。

 降り積もる雪も何のその、テキトーに曲がって、テキトーに加速して、テキトーに運転していたら、あら不思議。秋名湖到着です。出発してから10分は経過していたので目算通り1時間で帰宅出来るペース。早いのか遅いのかは知らないが頑固一徹を絵にかいて張り付けた文太さんなら恐らく「ヘタクソ」と言うに違いない。

 

 ここからは秋名峠の下り(ダウンヒル)・・幾度となく往復した道なので、特に気合も入れ直す訳でもなくボーっと運転していると駐車場に明かりを付けながらボンネットを開けて、騒いでいる二人組がいた。遠巻きにしか見れなかったが恐らく故障か何かかと思われる。

 

 (・・この時間帯でこの場所で故障とか地獄か)

 

 深夜、隔離地域()、雪、死ぬ要素がこれでもかと詰め込まれた悪条件での故障。前世では神に見放されたのかもしれない。ご愁傷様と祈りながら車をかっ飛ばす事にした。血も涙もない?馬鹿を言え、まだ死ぬと決まった訳ではないし、こちとらバイト中の身である。後ろから呼ばれたような声が聞こえたが気のせいのはず、きっと。

 

 往復して戻ると車は止まっていたが二人組はいなかったので気にする事もなく下山し、店へと戻る。文太さんに相談しようかと思ったが、茶の間でこんな時間から晩酌ならぬ朝酌をおっ始めていた。相談するだけ無駄なので出してあった豆腐を積み込んで、秋名山へと戻る。徐々に天候が吹雪へと悪化していくも、常にハチロクの車内はキンコンの音(時速100km)が鳴りやまない。吹雪程度でアクセルを緩めるなど文太さんが許す訳がないし、何度拳骨が頭に落ちたことか。

 

 秋名湖の駐車場に差し掛かろうとしたその時

 一人の女の子が車道で両手を横一杯に広げて、こちらの進路を阻もうと立っていた。

 

 「・・自殺志願者の方?」

 「違います!助けてほしいんです!」

 

 開口一番、謝罪も無しに助けを求められるとは日本社会の未来はさぞ薔薇色だろう。皮肉だよ。

 

 「本当にごめんなさい。厚かましい話だとは重々承知していますが車が故障してしまいまして、助けていただきたいんです・・」

 「車の内部については専門外なので分かりません」

 

 嘘です。()()()()()()()。面倒事の匂いしか感じないので穏便に済ませようとしているだけです。シェフの人達が出勤するまでに届けなければクレーム案件待ったなしなので割と必死です。

 

 「こんな時間じゃ他の車が来なくて、お兄さんだけが頼りなんです!お願いします・・!」

 

 目尻に涙まで浮かべながら言うのは反則でしょ。なんで男って女の涙に弱いんだろうね。仕方ないね。よくよく足元見ると靴がずぶ濡れで足が物凄い震えていたので、これ助けないと本当にヤバい奴。

 

 「とりあえず車乗って。連れの人もいたよね」

 「はい、今は車の中で魘されてます」

 「・・魘されている?」

 「といっても、お酒の飲みすぎで気分が悪いだけだと思います」

 

 前言撤回。これは助けてもロクな目に遭わない、俺これ知ってる。

 

 「・・とりあえず麓のホテルまで送るから連れを起こしてきて」

 「分かりました」

 

 そう言うと女の子は連れの子を起こしに行き、車から出てきたが見るからに顔色が悪い、絶対吐くだろあの子。とりあえずこっちも車から降りて肩を貸しにいくと案の定、吐いた。人生初だよ、女の子の嘔吐を目の前で見たの。

 

 「うぇぇ・・気持ち悪いよぉ・・」

 「沙雪、もう少しだから頑張って」

 

 今日、この日ほど3ドアの車を呪った日はないかもしれない。シートを倒して、連れの子を押し込むように後部座席に座らせ、もう一人を助手席へと座らせた。

 

 「あ、お水がある。いただきまーす」

 「・・・・え?」

 

 何の断りも無しに勝手に飲んだぞ、このゲロ女。しかも()()()()()()()()()()飲みやがった。もし帰って文太さんが起きてたらと思うとゾッとする。いや、間違いなく起きてるだろうけど。

 

 「・・あの、そのお水って飲んだらダメな水だったんでしょうか?」

 「あぁ・・いや、もういい・・」

 

 此処で問答しても埒があかないのでとりあえず発進する。それにいつ次の嘔吐の波(第二波)が連れ子に襲ってくるか分からない状態でこの場に留まる選択肢は100%ありえない。仮にもし車の中で吐かれたら、()()()()、ゲロ臭いのダブル役満であり、洒落にならない。

 

 「口閉じてろ、舌噛むぞ」

 「「え?・・きゃぁ!!」」

 

 時刻は既に4時50分を回りかけていた。5時から朝食の仕込みが開始と考えるといよいよヤバい。本気でヤバい。二人はいない者と考えて、アクセル全開(フルスロットル)でダウンヒルを攻める。先ほど通ったラインよりも更にイン側(アウトインアウト)へ慣性ドリフトをさせながら、カウンターステアを当て最短最速でコーナーを抜けていく。ギアを落としてスピードを緩める無駄な加減速はハチロクに取って致命的である。豆腐が積載されていなかったら、()()()()()()()()()が仕方がない。目安になる水がない以上、培ってきた感覚だけが頼みの綱。

 

 「あの・・」

 「黙ってて」

 「・・はい」

 

 意識を向けてないとはいえ、突如ダウンヒルをかまされて、てっきり悲鳴の一つか二つ聞こえるかと思ったが全く聞こえてこない。後部座席のゲロ女、もといゲロ子は静かだった。そのまま静かでいてください、むしろそのまま寝てろ。助手席の子は単純に怖くないのか、はたまた()()()なのかは不明だが、喋ってる余裕がないので話しかけてきたが打ち切り、ホテルに着いた時には間もなく5時に差し掛かろうとしていた。

 

 「深夜担当の人いるだろうし、事情説明してきて」

 「わ、分かりました」

 

 それだけ伝えてゲロ子を一緒に降ろして、フロントへと向かわす。急ぎ裏口へ車を回すとまだ先ほど卸した豆腐があったので何とか間に合った様子。問題は積載されてる豆腐が崩れていないか心配だったが全て無事だったので豆腐を卸して、バイト終了。後は帰って寝るのみ。先ほどの二人は待つ義理もないので裏口から車道に出て、秋名峠へと向かうことにした。

 

 「・・水どうすっかなぁ・・」

 

 【生那君の補足説明①・・あとがきで書こうかと思ったけどここでいいよね。文太さんが紙コップに入れていた水は出荷する豆腐の量によって毎日変わるんだ。この水を配達が終わるまでに零さなければ豆腐は崩れないらしいよ。そして帰ってきてから文太さんの前で水を捨てるってルールがあるんだけど、さっきのゲロ子に水飲まれちゃったから今の状況は本気でヤバい】

 

 とりあえず、秋名湖でコップに水を入れて帰る事にして、バレたらその時は土下座しよう。文太さんの眼力は恐ろしいから通用しなさそうだけど。

 

 気付けば吹雪だった天候は小雪がちらつく程度になっていた。車を停め、自動販売機でホットコーヒーを買おうとしてボタンを押すと「おしるこ味サイダー」とかいう食指も動かないゲテモノ飲み物が出てきたので一滴も飲むことなく藤原家の冷蔵庫行きが確定した。ここまで厄事が立て続けに起きると最後の〆は秋名湖で車が故障するという最高のオチが待っていそうな気がしなくもなかったが、杞憂で終わり、駐車場に車を入れて帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「名前聞けなかった・・」

 

 とある女の子が寒空に向かって投げた言葉は生那に届くことはなかった。




文太「生那、水どうした」
生那「入ってますよ」
文太「いや水の量がさっきと違うだろーが、何をした」
生那「・・すいません。これには深い訳が」
文太「怒らねぇから説明しろ」

生那「秋名湖に車が故障した片方は酔っぱらい、片方は素面の女の子二人組が居て、凍死寸前だったのでとりあえずホテルまで行こうとして道中に酔っ払いの子に水を飲まれました」



文太「ちったぁまともな嘘考えろ(拳骨)」




続くかもしれない
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