TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第十一章『TS悪役令嬢になったオレと寮姉妹制度』
第百一話『不安定なお姫様』


 エシャロット・ゾアはヴィヴィアン・アガリアからくれぐれもフレデリカの事を頼むと念を押されていた。

 少し過保護ではないかと呆れると、彼女はそうではないと激昂した。思い違いをしたままでは困ると言って、彼女は『フレデリカを守りなさい』とエシャロットに命令を下した。

 ヴィヴィアンの命令は一年に一度あるかどうかというものだ。その命令が下される時というのは大抵が切羽詰まった状態の時なのだ。

 

 ―――― あの子はとても不安定なのよ。

 

 その言葉の意味を探る為に朝から彼女をこっそりと観察していた。そして、思った以上に重症である事に気が付いた。

 王宮でヴィヴィアンと話している時の彼女は安定していたと思うが、それはヴィヴィアンが慎重に彼女と接していたからだと分かった。彼女は自分の感情を制御し切れていない。朝食を共にしていたアリーシャ・ヴィンセントという少女の分析通り、対人関係の経験不足も原因の一つだろう。けれど、それだけではないとエシャロットは見抜いていた。

 考えてみれば、ヴァレンタイン家の令嬢が表舞台に現れたのはアルヴィレオ皇太子殿下との婚約が発表された時が初めてだった。それまで、彼女は公爵領の屋敷に半ば幽閉状態だったと聞いている。加えて、彼女の家庭教師を勤めていたシェリー・ブロッサムという女が思想に問題ありと判断されて追放処分を受けている。後任には当然前任者とは異なる思想の者がつけられた筈だ。異なる思想の持ち主達から異なる教育を施される。その負担は計り知れないものだった事だろう。その上、カトレア王妃もまた彼女が受けていたものとは正反対の教育を施した。カトレア王妃に悪気などなく、むしろ必要だと考えての事だろうが、合計で三つの異なる思想教育を受けて来た事になる。そのような環境の中で次期王妃という重責を背負わされて、心を平定に保つ事など出来るわけがない。

 このままでは壊れてしまう。ヴィヴィアンがエシャロットに命令を下すという苦痛に満ちた決断を下したのも、その事を確信したからだろう。 

 

「……よーし! まずはアガリア学園を案内するよ!」

「はい! お願いします」

 

 曇り一つない笑顔を浮かべ、溌剌とした声で返事をするフレデリカ。朝食の時に喧嘩となったエレイン・ロットという少女の事が気になっている筈なのにおくびにも出さない。

 その仮面を外させる為のカトレア王妃の努力は完全に裏目に出てしまった。これでは何重にも重ねた仮面を組み合わせているだけだ。その奥にある筈の彼女自身がまったく見えて来ない。

 それが彼女の心を守る為のものならば良い。時間を掛ければ解決する事が出来る。けれど、そうではない。仮面は彼女の心を侵す毒にしかなっていない。

 

「まずはお庭に行こっか! 庭の手入れは寮妹の重要なお仕事の一つだからね!」

「はい!」

「フリッカちゃんの庭園は凄いもんね! ヴィヴィちゃんもいっつも褒めてたよ」

「ありがとうございます。アルも褒めてくれました……」

 

 アルヴィレオの名前を口にした時、彼女は心から幸せそうにはにかんだ。ほんの一瞬だったけれど、彼女の仮面が剥がれたように見える。

 エシャロットは嬉しかった。少なくとも、彼との婚約だけは彼女にとって幸福な事だったと分かったからだ。

 

「フリッカちゃんは本当にアルヴィレオ殿下の事が大好きなんだね」

「はい。愛しております」

 

 彼女にとって、アルヴィレオは大海に浮かぶ島なのだろう。重い鎖に繋がれて、沈まない為にいつも必死な彼女が唯一休む事が出来る拠り所。彼との時間を作る事は急務だ。

 けれど、その前にやるべき事がある。まずはエレインとの不和を解消させてあげるべきだろう。

 

「ここがヘミルトン寮の庭園だよ」

「……素敵ですわ」

 

 フレデリカは豪華絢爛なヘミルトン寮の庭園に感動している様子だ。エシャロットはその間にこっそりと魔法を使った。

 少し待つと庭園を漂っている綿のような妖精がやって来た。その妖精にエシャロットは小声で話しかけた。

 

「新入生のエレイン・ロットの寮姉に連絡を入れてください。彼女をヘミルトン寮の庭園へ連れて来るようにと」

 

 すると綿の妖精はフレデリカの下へ飛んでいった。普段は頼んだ事をすぐに行動に移してくれる妖精の思わぬ行動にエシャロットは目を見開いた。

 

「あら? あらら?」

 

 綿の妖精はフレデリカの周りをふわふわと飛ぶと甘い香りを残して去って行った。

 

「い、今のは……」

「妖精だよ。庭園にはいつもたくさんの妖精がいるの」

「妖精というと、もしかしてボンズも!?」

 

 急にフレデリカが興奮した表情を浮かべ、エシャロットを驚かせた。朝食の時も彼女はボンズという妖精に並々ならぬ感情を見せていたけれど、どうやらあの妖精は彼女の心をすっかり魅了してしまったらしい。

 

『なんや?』

「ボンズ!?」

 

 なんと、目の前にボンズが現れた。太ったリスのような妖精にフレデリカは歓声をあげた。

 

「ど、どうしてここに!?」

『ワイの仕事場やねん』

「え? でも、先程は食堂に……」

『ワイくらいの有能になると仕事場は引く手数多なんや』

 

 えっへんと手を腰に当てながら胸を張るボンズにフレデリカは瞳をキラキラと輝かせた。

 エシャロットは彼女のあまりの変わりように驚いた。ひょっとするとボンズは彼女にとっての特効薬になり得るのではないかと思った。

 

『抱っこしてもええんやで?』

「いいの!?」

 

 フレデリカはボンズとエシャロットを交互に見た。許可を求めているのだろうと察したエシャロットは吹き出しそうになりながら頷いた。

 

「そこのベンチに座って抱っこしようか」

「はい!」

 

 ベンチに向かおうとするとボンズはフレデリカの手を取った。

 

『エスコートしたる』

「し、紳士的!?」

 

 フレデリカはボンズに首ったけだ。その様子を見守りながらエシャロットは先程のボンズの言葉に引っ掛かっていた。

 妖精にはそもそも決まった仕事などない。生徒や教師に頼まれた事をその場その場でこなしているだけだ。この庭園に妖精が集まっているのも仕事場だからではなく、ここが妖精にとって居心地の良い場所だからに過ぎない。

 それなのにボンズは仕事場と言った。そして、仕事場と言いながらもフレデリカに抱っこされている。

 

「ボンズ。お仕事はよろしいのですか?」

『ええで』

「そ、そうなのですか」

 

 ひょっとすると、彼は今まさに仕事をしている最中なのかもしれない。

 

「ああ、ボンズ。あなたはとってもモフモフですね」

『せやろ』

 

 その様子を見守っているとエシャロットの下に小さな小鳥が現れた。その小鳥もまた妖精だった。

 

『もうすぐフウェンが呼んだ生徒達が来ます』

 

 鳥のさえずりの中に意思を含んだ声が混ざっていた。ハッキリとした声だったにも関わらず、フレデリカには聞こえていないようだ。

 

「あなた達はフレデリカ様の味方なのね」

 

 エシャロットの小声に対して、小鳥の妖精は頷いた。

 

『もちろんです。ボンズと代わりたいと願うものはほら……、そこかしこにいますよ』

「え?」

 

 その言葉でエシャロットは庭園のあちらこちらに妖精が集まっていた事に気が付いた。空を見上げれば、そこにも妖精達の姿がある。

 姿かたちは様々なれど、彼らの視線が向かう先は一つだった。 

 

「これは……」

「エシャロット……? どうしたのですか?」

 

 どうやら、フレデリカには見えていないようだ。妖精は人間が使うものとは違う系統の魔法を使う。これもその一種だ。

 探知に長けた者でも隠れた妖精を見つけ出す事はとても難しい。

 

『我らの愛し子をどうか頼みますよ、エシャロット・ゾア』

 

 エシャロットはゴクリとツバを飲み込んだ。

 善良でありながらも気まぐれである妖精達は個に執着する事が滅多になく、基本的には名前すら覚えない。彼らが生徒に声を掛ける時は基本的にヘミルトン寮の生徒はヘミルトンの子、レッドフィールド寮の生徒はレッドフィールドの子と言った具合だ。

 無論、妖精が絶対に名前を覚えてくれないわけではない。エシャロットの同級生の中にも一部の妖精達と懇意にしている生徒がいる。けれど、それは彼女が長い年月(としつき)をかけて彼らと交流を続けた成果だ。

 入学したばかりの生徒がこれほどの数の妖精達に見初められる事など普通はあり得ない。

 彼女は以前本で読んだ『妖精の愛し子』という言葉を思い出していた。類稀な才能の一つとされていて、その名の通り、妖精に愛される者を意味している。基本的には素晴らしい才能だ。けれど、その本にはこうも記述されていた。

 妖精の愛し子は人の世に馴染めぬ者が多く、その殆どが何処かへ行方を晦ましてしまうと。一説によれば、彼らは妖精の国に導かれたのではないかとの事。

 

「フリッカちゃんはわたしの妹だよ」

「は、はい!」

 

 フレデリカは自分に向けられた言葉だと思い込み、困惑混じりの返事をした。

 そんな彼女の頭をエシャロットは撫でた。

 

「誰にも渡さないからね!」

「は、はい……」

 

 それは彼女なりの宣戦布告だった。

 ヴィヴィアンの侍従として、フレデリカを守るという任務は必ずや遂行してみせる。

 そう決意した時、丁度良く庭園にエレインとその寮姉が現れた。

 

「あっ……」

 

 フレデリカも気付いたようだ。ボンズを強く抱き締めながら勇気を振り絞ろうと深く息を吸い込んだ。

 

『がんばりや』

「……はい!」

 

 その一言は自分が言いたかった。けれど、気にしてはいられない。自分は好かれなくてもいい。嫌われても構わない。

 この不安定なお姫様が人の世に失望しないように気を配る事こそが己の使命なのだとエシャロットは強く決意した。

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