TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百八話『剣技』

「『魔王再臨(へんしん)』!」

 

 その言葉と共に赤雷が迸る。目を焼く程の眩い雷光の中でフレデリカの姿が変わっていく。

 エレインはその有り様に息を飲んだ。

 海のように(あお)かった瞳は血を溶かし込んだかのように(あか)く濁り、月に例えられる銀の髪が黄金色に染まっていく。衣服も学園の制服から真紅のドレスに変わっていた。

 変化が終わると赤雷も鎮まり、代わりに烈風が彼女を中心に渦巻き始めた。

 

「……あれは」

 

 前にも一度似たような現象を見た事があった。略奪の為に襲って来た野盗の集団から村を守ってくれた『星光の旅団』という冒険者の一団(パーティ)の一人、カサンドラ・ルーラーという強面の女が同じ現象を引き起こしていた。

 膨大な魔力が指向性を与えていないにも関わらず大気をかき乱している。

 

「フリッカ……?」

 

 改めて彼女を見た。けれど、背中を向けられているせいで顔が見えない。

 彼女は『へんしん』と言った。その言葉の意味は知っている。以前、一緒に住んでいた女がエレインに読み聞かせようと行商人から買って来て、結局は字を読めない彼女の代わりに自分が読み聞かせる事になったカルバドル帝国の本にその単語があった。

 その本は一種の英雄譚だった。主人公の男が敵と戦う時に毎度姿を変え、その度に決まって『変身(へんしん)!』という言葉を使っていた。変身とは姿を変える事を意味しているらしい。

 まるで物語の主人公のように姿を変えたフレデリカにエレインは興奮した。

 

「エレイン」

 

 彼女は振り向いた。髪や瞳の色は変わっても、その身に宿る意思は彼女のままだった。

 

「見ててね!」

「……おう!」

 

 フレデリカの変貌を見て、すぐに受け入れる事が出来る者は多くないだろう。その異質な力に恐れを抱く者や懸念を示す者が多数派を占める筈だ。けれど、エレインの胸中に宿ったものはそのどちらとも違うものだった。

 物語の主人公のように姿を変えて、悪者(キャロライン)に立ち向かう彼女を見て、抱いた感情はとてもシンプルなものだった。

 

「かっけぇぞ、フリッカ!」

 

 その言葉にフレデリカは嬉しくなって頬を緩ませた。

 可愛らしいとか、美しいとか、愛らしいという言葉はこれまでに何度も聞かされて来た。けれど、かっこいいと言われた事は一度も無かった。

 当たり前といえば当たり前の事だけど、それでも元男として、彼女はどちらかと言えばかっこいいと言ってもらいたかった。その言葉を女の子(エレイン)から掛けられて、彼女は奮起した。

 そして、それ故に彼女は意図せず己の力の真髄へ一歩踏み込む事になった。

 

「……へぇ」

 

 最初に気が付いたのは本人ではなく、対面しているキャロラインだった。

 フレデリカの姿が魔王再臨発動直後から更に変化していた。

 これまで、彼女が魔王再臨を発動させた時、そこには変身するという意思しか無かった。けれど、今は違う。キャロラインの蛮行から学園を守るという覚悟、魔王再臨で戦うという決意、エレインの前で良い所を見せたいという欲望。その三つの要素がより戦う為の姿へとフレデリカを変身させた。

 真紅のドレスを覆うように白銀の鎧が現れ、その手には真紅の刀が握られている。そんな自分の変化にようやく気が付いたフレデリカは目を僅かに見開いたが、直ぐに動揺を鎮めた。

 そもそも、魔王再臨というスキルについて、彼女は自分自身の事にも関わらずよく理解出来ていなかった。だから、まだ判明していない能力が存在するであろう可能性を想定していた。

 竜王メルカトナザレに襲われた時、空を飛ぶ為の翼を求めたら翼が生えた。あの時のように戦う意思が鎧と剣を生成したのだろうという考えに至り、直ぐに意識を切り替える事が出来た。

 

「一刀流でいいの?」

 

 キャロラインが問い掛ける。

 

「ええ、一刀流でいきます」

 

 夜会の夜に彼女と戦った時は二振りの刀が現れた。だから、二刀流で戦った。けれど、扱い切れていたとは思えない。歴史に名を遺した多くの剣豪が一刀流だったように、普通は二刀流よりも一刀流の方が戦い易いのだ。

 真紅の刀の(つか)を両手で握り締め、膝を緩く曲げながら構えを取る。

 体育の選択科目で学んだ剣道の知識を思い出したわけではなく、自然と体がその状態に動いた。

 

「……へぇ、悪くないね」

 

 その構えを見て、キャロラインは目を細めた。

 自然体に近く、それでいて隙がない。刀という片刃の剣を扱う上で理想に近い構えだ。

 

「いくよ」

 

 その言葉と共にキャロラインが動いた。音すら置き去る神速なれど、魔王再臨状態のフレデリカの眼は彼女の動きを完全に捉えていた。そして、その神速に対応する動きも今の状態ならば可能だと考え、彼女は冷静に刀を振るった。

 鋼と鋼がぶつかり合い、火花が散る。その度にフレデリカは不思議な感覚に襲われた。まるで何十、何百と繰り返して来た動作を行うかのように体が勝手に動くのだ。

 音が幾重にも重なる程の剣戟の最中、彼女の耳には不思議な声が聞こえていた。

 

 ―――― 祐希くん、竹刀を目で追い過ぎだ。視野を広く持て! 相手の一部ではなく、全体を見るんだ!

 

 知らない声だ。だけど、懐かしく感じる。

 その声が……、その意思が刀に宿ったかのように太刀筋が研ぎ澄まされていく。

 

「ハァァァァ!」

 

 嵐の如く襲い来る刃を(ことごと)く凌ぎ切り、その烈風に向かって足を前に出す。

 花火のように舞い散る火花の向こうでキャロラインの表情が歪んでいく。先手を取って攻勢を仕掛けた筈なのに、気が付けば守勢に回され、その防壁が食い破られようとしている現実に余裕を失っている。

 

 ―――― 剣術において、重要なのは一の太刀から二の太刀へ繋げる為の流れだ。

 

 二の太刀は要らず、初太刀(しょだち)必殺こそ理想とする流派もある。恐らく、『森羅万象斬れぬモノなし』と謳われる剣聖の剣技もそうなのだろう。剣戟に至る事すら無く、一の太刀にて敵を剣や鎧ごと両断する埒外の業。だからこそ、その教えを受けたキャロラインの剣には致命的な隙が生じている。

 彼女の剣は一の太刀から二の太刀へ移る時に奇妙な()があるのだ。一の太刀で終わる筈の剣技に二の太刀を要求され、リズムが崩れてしまっている。その間は刹那に等しき一瞬なれど、その間によってキャロラインが二の太刀に力を乗せ切る前にフレデリカの力を乗せ切った二の太刀が襲いかかり、守勢に回されてしまったのだ。そして、守勢に回った時点でキャロラインに勝ち目は無くなっていた。

 更に一歩踏み込み、フレデリカはキャロラインの体勢を崩させた。そのままがら空きの腹部へ刀の(みね)で一撃を加える。

 

「……っと、惜しい」

 

 峰打ちの為に刀を返した一工程がキャロラインの後退を間に合わせた。

 一撃は入れられたけれど、ダメージは浅い。直ぐに反撃を仕掛けてくるだろうと油断なく構えると、キャロラインは何故か動かずにジッとフレデリカを見つめていた。

 

肉袒牽羊(にくたんけんよう)……」

「……え?」

 

 キャロラインは大粒の涙を零した。

 

「キャ、キャロライン?」

 

 そのままキャロラインは項垂れてしまった。

 

「ど、どうしたのですか!?」

 

 魔王再臨を解除して駆け寄ると、彼女は潤んだ瞳をフレデリカに向けて来た。

 

「……参りました、お姉さま」

「へ?」

 

 フレデリカは呆気に取られた。彼女としてはまだ勝ったつもりなど無かったからだ。

 一撃こそ与えたものの、決定打には程遠いものだった。

 戦いたくて戦ったわけではないけれど、これでは不完全燃焼だ。

 

「も、もう、いいのですか?」

「ここまで見事に格の違いを見せられたら認めるしかないもん」

「格の違い……?」

 

 その言葉に困惑して、フレデリカはエレインを見た。彼女はと言えば、感心したように拍手をしていた。

 

「いや、スゲェな! あの一瞬を狙えるなら、そりゃフリッカの勝ちだろ。変な()はあったけど、一瞬だったしよ」

「そ、そうかな……? って、あれ?」

 

 エレインに褒められて頬を緩ませながら、フレデリカは首を傾げた。

 

「……エレイン、見えてたの?」

「ん? おう! 動きは真似出来そうにねぇけどな」

 

 驚きだ。キャロラインの動きは魔王の力でようやく対応出来る程だ。通常の状態であの速度を捉える事は不可能だろう。それなのにエレインはフレデリカがキャロラインの刹那の隙を突いて守勢に回らせた瞬間を視認していた。戦う前にキャロラインがエレインの眼を褒めていたけれど、どうやら想像以上の視力らしい。

 

「もしかして、魔眼持ち?」

「おう! 鷹の目とか、炯眼とか言うタイプらしいぜ」

 

 これまた驚きだ。炯眼は珍しいと聞いている。

 

「凄いね! たしか、七英雄のジュリア・リエンが炯眼の持ち主だったみたいだし!」

「そうなのか? へぇ、英雄様と同じかぁ! 悪くないな!」

 

 七英雄のジュリアは炯眼によって千里先の標的を捉える事が出来たという。他にも、彼女は濃霧の中や暗闇の中でもクリアな視界を保つ事が出来たという逸話がある。

 改めて彼女の橙色(とうしょく)の瞳を見つめてみると、僅かに光を帯びている事に気が付いた。その光が徐々に鎮まっていく。

 

「炯眼は意識して発動させてる感じ?」

「意識してってか、目を凝らすと勝手に発動してるみてぇなんだよ」 

 

 どうやらエレインの炯眼は生まれつきのものらしく、魔眼を発動させているという意識はないようだ。瞼を閉じたり開いたりするような感覚らしい。

 

「生まれつきの魔眼なんて凄いね。本によると透視も出来るみたいだけど、どう?」

「透視? 試した事ねぇな。やってみっか! どれどれ、お前のロイヤルおっぱいの大きさを測ってやろう」

「やだー、エレインのエッチ!」

「げへへ!」

 

 そんな風にフレデリカとエレインがふざけていると「ちょっとちょっと!」とキャロラインが割り込んで来た。

 

「わたしをほったらかして二人で盛り上がらないでよ! なんか、切なくなるじゃないの!」

 

 そんな事を言い出し、フレデリカはエレインと顔を見合わせた。

 誰彼構わず斬り掛かる異常者らしからぬ可愛らしい言動に二人は揃って吹き出した。

 

「切歯痛憤! 笑うなぁ!」

 

 笑われた事に怒り出すキャロラインは思ったよりも普通の女の子だった。

 その事実がなんだかおかしくて、二人は余計に笑いが止められなくなってしまった。

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