TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百十二話『ヴィヴィアンの裁き』

 ヴィヴィアン・アガリアが物思いに耽りながら食堂の扉を潜ると、そこは異様な雰囲気に包まれていた。何事かと視線を巡らせると室内の丁度真ん中辺りでフレデリカがみんなの視線を独り占めしている事に気が付いた。フレデリカの前には遠目から見ても怯えている様子がありありと伝わってくる同級生のミリアルが立っている。

 どうやら、厄介事が発生しているようだ。そう結論付けたヴィヴィアンは溜息を零した。

 

「……ねえ」

 

 近くの席で事の成り行きを見ていただろう生徒に声を掛けると、彼は(うやうや)しく頭を下げた。そのわざとらしい態度にますます大きな溜息を零しながらヴィヴィアンは問い掛ける。

 

「あの二人に何があったのか教えてくれる?」

「勿論でございますとも、ヴィヴィアン王女殿下」

「悪いけど疲れてるの。普通にしてくれない?」

 

 ヴィヴィアンが睨みつけると、彼はブルブルと体を震わせながら子犬のような視線を返した。

 

「リキッド・ヴォルーク。今すぐ、普通の態度でわたしの質問に答えなさい」

 

 そろそろ本気で怒るぞという意思を滲ませながら再度問い掛けると、ようやくリキッドは肩を竦めながら普通の態度で彼女の質問に答えた。

 

「ミリアルがまたやらかしたんですよ。しっかし、よりにもよってフレデリカ様に突っかかるとか馬鹿だよなぁ」

「……そうなのね」

 

 ヴィヴィアンは頭痛に耐えるように額へ手を当てながらミリアルを睨みつけた。

 彼女は以前にも幾度か騒動を引き起こしていた。どうやら、半年前に決まった婚約者の事が気に入らず、婚約破棄される為に問題行動を起こしているようだ。初めは彼女の行動を諌めていた友人達からも愛想を尽かされ、最近ではルチアーノ侯爵家の夜会でも一悶着あったと聞いている。

 その夜会にミリアルが招かれたのはレノア・ルチアーノの好意によるものだった。そこで彼女の美点をアピールする事が出来れば彼女の味方を増やし、望まぬ婚約から救い出す事が出来るかもしれないとレノアは考えたようだ。ところがミリアルはそんな彼女の好意に泥を塗った。それでもミリアルを許し、ヴィヴィアンを含めた有力貴族に助力を求めるレノアの友情と慈愛の精神には多くの者が心を打たれていた。

 ヴィヴィアンもミリアルに対してはあまり良い印象を抱いていなかったけれど、レノアの為に色々と行動していた。ミリアルに限らず、望まぬ婚約を強制される貴族の令嬢の為にも救済の前例を増やす事は重要だと説かれた事も理由の一つで、フレデリカの元家庭教師であるシェリー・ブロッサムの話を聞いていた事も大きかった。

 

「バカね……」

 

 彼女は絶望している。その絶望が彼女の視野を狭め、レノアが伸ばしている救いの手を掴めなくしている。彼女がその手を掴んで執るべき行動を執っていれば望み通りの未来が得られていた筈だ。けれど、彼女は最後まで自分の事しか見えていなかった。

 ヴィヴィアンは食堂の中心に向かって歩き出した。

 

「ミリアル・レーゼルフォン。貴女はわたくしの為、王国の為に勇気を振り絞り、忠告をしてくれました。貴女が伸ばしてくれた手もわたくしは掴みます。お友達になりましょう」

 

 言葉とは裏腹にぬくもりのない声を吐き出すフレデリカにヴィヴィアンは顔をしかめた。

 自覚しているのかいないのか分からないけれど、彼女は怒っている。

 友達を選べと言われた。それはフレデリカの友達をフレデリカの友達として相応しくない者達だと貶める発言だ。それがフレデリカの逆鱗に触れたのだろう。

 ヴィヴィアンはそっとフレデリカに近づくと、彼女の肩に手を置いた。

 

「へひゃ!?」

 

 いきなりの事に驚くフレデリカをヴィヴィアンは鋭く睨みつけた。

 

「貴女、怒り方が分かりにくいわ」

「ヴィ、ヴィヴィアン……?」

「言いたい事はハッキリと言いなさい」

「……わたくしは怒ってなどおりません」

 

 その言葉にヴィヴィアンは大きく息を吐いた。

 

「フリッカ」

 

 ウンザリした様子で振り向く彼女にフレデリカはビクッとした。

 

「貴女、どうしてみんなが貴女に貴女らしくあれと口を酸っぱくして言うか分かってるの?」

「え? あの、そ、それは……」

「一々一々ごちゃごちゃと頭の中で考えてから行動するのをやめなさい! 行動や言動に一貫性が無くなるのよ」

「い、一貫性……」

 

 フレデリカは口元に手を当てながら目を大きく見開いた。

 ヴィヴィアンの言葉の真意に気が付いたからだ。

 

「自分を偽る者について来る者などいないわ。だから、怒る時は怒りなさい。友達を侮辱されたくないなら、そのまま言葉にしなさい!」

 

 ヴィヴィアンはミリアルに向き直った。その瞳に爛々と輝く光をミリアルは恐れた。

 徒人(ただびと)には持ち得ない威光に怯えている。

 

「貴女もよ、ミリアル・レーゼルフォン。回りくどい行動を執るから上手く行かないのよ」

「えっと……、その……」

「一度、会ってみなさい」

 

 ヴィヴィアンは言った。

 

「あ、会うというと……」

「ケイネス・ボードウィン辺境伯によ。貴女、一回も会った事が無いんでしょ?」

 

 その言葉にミリアルの表情は大きく歪んだ。

 

「あ、会った事はあります! お、お父様と話している所を見たんです!」

「話した事はあるの?」

 

 ミリアルは込み上げてくる感情を必死に飲み下そうと食い縛った。

 彼女の脳裏に浮かんでいるのはケイネス・ボードウィンという脂肪の塊のような気色の悪い男。髪もベッタリとしていて、ひと目見た瞬間に嫌悪感のあまり吐き気を催した程の醜悪さだった。その時、彼女はケイネスが父に大金を渡している所も目撃していた。

 要するに自分は親に金で売られたのだと彼女は理解した。その時の絶望感は筆舌に尽くし難く、必死になって自室へ逃げ込んだ。ケイネスと話すよう説得に来た親を彼女はもはや親どころか人間とすら認識する事が出来なくなっていた。金で娘の人生を売り飛ばした悪魔を彼女は憎悪した。

 

「……その様子だと話した事がないようね。彼は辺境伯よ」

「だ、だから、何だって言うんですか!?」

 

 ミリアルの目にはヴィヴィアンも悪魔に見えていた。

 辺境伯は子爵よりも高い地位にある。だから、黙って言う事を聞いておけと言っているように彼女は感じた。立場が弱い者に立場が強い者が理不尽な要求を一方的に叩きつける事を良しとする権威主義者とヴィヴィアンを嫌悪して、憎悪に満ちた視線を向けた。

 その事に気が付きながらもヴィヴィアンは気にする素振りも見せずに話を続けた。

 

「辺境伯は異民族や外敵の侵入を防ぎ、国境を護る国家の要よ。当然、信頼が置ける者にしか任せる事は出来ない。ケイネス・ボードウィン辺境伯はお父様が信頼した男なの」

「だ、だから、黙って嫁げと言うのですか!?」

「違うわよ」

「……は、はぁ?」

 

 困惑するミリアルにヴィヴィアンは呆れた表情で言った。

 

「婚約を破棄して欲しいとケイネス自身に頼みなさいって言ってるの。レノアに頼まれて調べたけど、彼は単純に遠縁であるレーゼルフォン子爵家が困窮していると聞いて支援を申し出ただけだそうよ。けれど、一方的に支援してもらうだけでは申し訳ないと考えたレーゼルフォン子爵が自分から貴女をケイネスに嫁がせる事を提案したの」

「え? は? でも……、結局!」

「見た目に関しては人それぞれの好みが分かれるから置いておくけど、中身や家格を考えれば良縁よ。ただ、自分から言い出した事を反故にするわけにはいかないからレーゼルフォン子爵には何も出来ない。なら、ケイネス自身に頼めばいいの。彼は別に貴女を不幸にしたくて婚約を受け入れたわけじゃないのよ。婚約を持ち掛けられて断りきれなかっただけなの。本人が嫌がっていると知れば貴女の希望に最大限沿う形で解決してくれる筈よ」

「なっ……、え……、えぇ」

 

 ミリアルは言葉を失っている。ケイネスを見た目で嫌悪して、その人となりを知ろうともしなかった彼女にはケイネスを頼るという発想が全く無かったからだ。

 

「あと、彼の見た目に対してもフォローさせてもらうけど、彼はとても多忙なのよ。朝から晩まで書類とにらめっこの毎日で、食事だけが日々の楽しみみたいな生活みたいね。視察や軍事演習もあるけど、それでも運動不足になってしまう不健康な日々を送ってるわけよ。レーゼルフォン子爵はそんな彼に食事の管理などの面でフォローが出来る者が必要だと考えたみたいね」

「……でも、だって」

 

 ミリアルの視線がゆらゆらと揺らいでいる。

 

「貴女はもう少し他人に目を向けるようにしなさい。どうせ、両親の話にも聞く耳を持たなかったんでしょ。それで悲劇のヒロインぶって、レノアやフリッカに絡んで迷惑を掛けて……」

 

 ヴィヴィアンはすっかり縮こまってしまったミリアルに深々と息を吐いた。

 

「今後は態度を改めなさい。今度、ケイネスに執り成して話し合いの場を設けてあげるから」

「……ヴィ、ヴィヴィアン様。わ、わたし……」

「反省しなさい。それで不問とするわ。貴女もいいわね? フリッカ」

「はへ!? は、はい!」

 

 いきなり話を振られたフレデリカはコクコクと頷いた。

 その光景にヘミルトン寮へ配寮された新入生達はすっかり魅入られていた。

 事情は深く飲み込めていないながらもヴィヴィアンが厄介な揉め事を見事に解決してみせた事だけは分かったからだ。その有り様はまさしく王が如く。これがアガリア王国の第一王女、ヴィヴィアン・アガリア様なのだと。

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