TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百十五話『アルヴィレオの愛』

 最初の夜、夢を見た。意識はハッキリとしていたけれど、やはり夢なのだという確信があった。

 見上げれば星の海が広がり、足元には草原が広がっている。

 視線の先には一人の少女がいた。

 名を尋ねるよりも前に彼女の名前が脳裏に浮かんで来た。

 

「……エルトリア・アガリア」

 

 策謀家と称された七英雄の一人であり、アガリア王国史上唯一の女王。

 けれど、彼女が玉座に座った事は一度もない。

 

 ―――― 認めなくていい。だが、世界を救うまではわたしが王だ。

 

 世界を救う為に『救世王の権能』が必要だと考えた彼女は二代目魔王ロズガルドを打ち倒すまでを任期と定め、一時的に前王から王冠を譲り受けた。そして、あらゆる手段を用いてロズガルドを打倒した。

 ただの一度も玉座に座らず、ただの一度も民を顧みず、けれども民は彼女を王と崇めた。

 彼女が王冠を次の王へ引き継ぐ日、民にとって彼女は確かに王だった。その日、『救世王の権能』と『策謀家の権能』は一つになり、『賢王の権能』が誕生した。

 

「わたしは過ちを犯した」

 

 エルトリアは言った。

 

「わたしは認められてはいけなかった。世界を救う為の権能を王国繁栄の為の権能に貶めてしまった」

 

 それは彼女が遺した日誌にも記されていた言葉だ。

 

「救世主の権能は世界を救う為にあった。けれど、初代魔王の暴虐によって世界は荒廃し、立て直す為には生かす力が必要だった。オルネウスはその為に聖剣を泉へ返さず、王となる為に利用した」

 

 それは仕方のない事だった。生き残った人々には導き手が必要だったのだ。

 破壊し尽くされた文明。焼き尽くされた知識。虐殺された技術の継承者達。

 失われた物が多過ぎた。

 

「救世王の権能の誕生によって、救世主の権能から群体を率いる力は永遠に失われた。それにより世界は決定的に歪んでしまった。本来は全人類が一岩となり救わなければいけない世界をたった一人の人間に背負わせる歪な世界に」

 

 だからこそ、彼女は戦う決意を固めた。

 

「王国は繁栄し、世界各地に人々は散らばっていき、新たな国を作る余力が出来た。もう、人は救世王の権能に頼る必要はないと思った。本来在るべき姿に戻さなければいけないと思った。だから、彼女が現れた時はチャンスだと思った。わたしが聖剣に選ばれれば、救世王の権能と聖剣の担い手の権能は再び一つになる。返す事が出来ると……」

 

 エルトリアは表情を歪めた。

 

「だが、失敗した。わたしに聖剣の担い手になる資格など無かった。聖剣の担い手は常に清廉で気高い者が選ばれる。わたしのような者を聖剣が選ぶ事などあり得なかったのだ!」

 

 彼女の表情には深い嘆きがあった。深い悔いがあった。深い怒りがあった。

 

「あまつさえ、ウェスカー達と世界を救う事に成功したわたしは浮かれてしまった。王として何もしてあげられなかったわたしを支えてくれた民に感謝したくなってしまった。ただ一言、ありがとうと言いたかった。だから、世界を救った事を民が知る前に王冠をジルに渡すべきだったのに、わざわざ戴冠式を……」

 

 その行為によって、民は彼女を認めてしまった。

 世界を救った偉大な王として、アガリア王国の民は彼女を崇め、信仰を捧げた。

 その信仰が賢王の権能を生み出してしまった。

 

「わたしは救い難い愚か者だ。許されざる咎人だ。わたしのせいでメナスは……」

 

 メナス。それは三人目の聖剣の担い手の名だ。

 

「とても優しい子だった。とても臆病な子だった。そんな子に世界のすべてを背負わせてしまった」

 

 エルトリアは蹲り、嗚咽を漏らした。

 

「あの子の最期を知っているか? 魔界の最奥で誰にも看取られる事なく、自らの手で己の肉体を跡形もなく滅ぼしたのだ! そんな最期を迎えさせていい子では無かったのに!」

 

 彼女は顔をあげた。

 

「アルヴィレオ」

 

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がり、彼女は言った。

 

「お前は間違えるな!」

 

 その叫び声と共に彼女の姿は消えた。

 意識は反転し、暗黒の中で最後の言葉だけが延々と脳裏で反響を続けた。

 

 ◆

 

「それは権能に宿る記憶でしょうね」

 

 宰相であるオルトケルンの息子であり、アルヴィレオの寮兄に選ばれたラグナ・アルヴィスは言った。

 

「しかし、ボクはまだ……」

「まだ、継承は果たされていない。ええ、その通りです。ですが、既に継承は始まっているのです」

 

 ラグナは語った。

 

「殿下はいずれ王となる御方だと、民は既に認知しているのです。そして、アザレア学園に入学した事でカウントダウンは始まっている。王になるのは時間の問題だと民に認識された事で権能は徐々に陛下から殿下へと移り始めているのです。初代賢王陛下が語り掛けてきたのはそういう事でしょう」

「なるほど……」

 

 あの夢が権能によるものだとすれば、やはり軽視する事は出来ない。

 エルトリアの最後の言葉は『間違えるな』というものだった。つまり、これは警告なのだろう。

 彼女の間違いとは救世王の権能を賢王の権能に貶めた事だ。

 聖剣の担い手に返すべき権能を歪めてしまった事こそが彼女の過ち。ならば、賢王の権能を再び救世王の権能に戻せという事だろうか? それとも……。

 

「殿下、一つだけ忠告を……」

「聞かせてくれ」

「権能はその力が大きければ大きいほどに主への強い影響力を持ちます。賢王の権能は《カテゴリー:キング》に属するもの。初代の言葉を一考するのは良いでしょうが、その言葉に縛られてはいけません。さもなくば、殿下はいずれ賢王の権能に呑み込まれてしまうでしょう」

「……そうだな」

 

 アルヴィレオは顔を顰めた。

 個を失う事になっても、それが王国の為になるのであれば構わない。

 その言葉を口にする事が出来なかった。

 

「殿下。己を持たぬ者に国は導けません。その事をお忘れなきように」

「ああ」

 

 その通りだと思う。けれど、個を失うわけには行かないと考えたのはそれが理由ではなかった。

 アルヴィレオは個を失う事を恐れたのだ。脳裏には愛する婚約者の姿がある。彼女に対する思いを捨てる事だけは仮定であっても出来なかった。

 

「ラグナ。いずれ宰相となる君には伝えておかなければいけない」

「なんなりと」

「ボクはフレデリカを愛している」

「……それは素晴らしい」

「この思いだけは何があっても捨てられない。国の為であってもだ」

 

 その言葉にラグナは目を細めた。

 

「歴史の中で、一人の女性の為に国を傾けた王がいます。その話はご存知ですね?」

「ああ、知っているよ」

 

 嘗て、二代目魔王ロズガルドが出現するより前、アガリア王国の東にカルタリスという国があった。

 ロズガルドやシャロンによってバルサーラ大陸は幾度も焼かれ、滅亡した国々の痕跡は殆ど残っていないが、カルタリスの終焉は多くの作家や演劇の脚本家を惹き寄せた。

 カルタリスを終わらせたのは魔王ではなく、一人の女だったと言われている。

 傾国の魔女と呼ばれた女の物語は多くの人々を虜にして来た。

 彼女は王を含めた多くの男を誑し込み、贅沢の限りを尽くし、残虐な趣味に興じたという。アガリア王国の法律に照らし合わせれば罪状を語るには一昼夜も掛かるほどだ。それでも彼女が裁かれる事は無かった。

 王が彼女を許した為だ。王が彼女を糾弾していれば他の男達も目を覚ましたかもしれない。けれど、王の庇護下にある彼女を止められる者はいなかった。

 

「カルタリスの魔女、アルモニア・ヘーゼルについて研究を重ねている歴史家がいます。彼曰く、彼女はどこにでもいる普通の少女だったようなのです。けれど、彼女は何をしても許されてしまった。何を求めても得られてしまった。何故なら、彼女は王の寵愛を受けていたから。さて、歴史に悪名を轟かせた魔女の物語、その諸悪の根源はどこにあるのでしょうか? 彼女自身だと思いますか?」

「違う。王こそが諸悪の根源だ。アルモニアの罪を裁かず、アルモニアの欲望を満たし続け、彼女を悪魔に育て上げた」

 

 アルヴィレオは思考した。

 もしも、フレデリカが罪を犯したら裁けるのか?

 もしも、フレデリカに欲しい物があると言われたら断れるのか?

 もしも、フレデリカが悪魔になった時、彼女を討つ事が出来るのか?

 

「ラグナ」

 

 アルヴィレオは思った。

 

「ボクはカルタリス王のようにはならないよ」

「言い切れますか?」

「言い切れる。だって、ボクはフリッカを愛しているんだ」

 

 彼女の名が悪名として歴史に残るなど許せない。

 それを善しとするならば、そんなものは愛ではない。

 

「フリッカはアルモニアのようにはならないし、アルモニアのようにはさせない。彼女が悪しき道へ進もうとしたら、ボクはどんな手段を用いても必ず止める」

 

 国の為ではない。民の為でもない。

 

「その名が呪いとなり、墓に唾を吐きかけられるなど冗談じゃない。フリッカは生きている間も、死んだ後も幸福でなければいけないんだ。その幸福を翳らせるのであれば、彼女自身であろうと許す事は出来ない」

 

 すべては我欲の為だ。

 

「フリッカは笑顔が可愛いんだ。その笑顔を永遠のものとする事こそがボクの愛だ。もしも、彼女が王妃である事や王配である事を苦痛に思うなら、ボクは彼女を遠ざける事も辞さない。どんなに苦しくても、辛くても、彼女の笑顔が失われる事以上の苦痛はないからね」

「……ちょっと引きますが、なるほど」

 

 思った以上に深過ぎる愛情にドン引きしながらもラグナは納得した。たしかに、アルヴィレオはカルタリス王のようにはならないだろうと。

 かの王の愚行も愛故のものだろう。けれど、愛する者の為ならば離別すら受け入れると断言した彼の愛は信じるに値するものだと感じた。

 

「……引くのか」

「ええ、ドン引きです。あまり公言は為さらないようにお願い致します」

「う、うん」

「ですが、それほどの愛があるならば殿下が権能に呑まれる事は無いでしょうね。逆に歪めそうで怖いですが……」

「……そ、そういう意味での警告だったのかな?」

「可能性はありますね……」

 

 ラグナは顔を引き攣らせながら思った。

 もしも、フレデリカがアルヴィレオとの婚約を望んでいなかったら? その事を察したアルヴィレオは彼女との婚約を破棄するだろう。それも、恐らくは自分を貶めて彼女の名に傷がつかない形で。

 そんな事になれば民が彼を見る目は大きく歪む事になるだろう。そうなれば、彼が継承する賢王の権能にも影響が及ぶ事は想像に難くない。

 幸い、ラグナもフレデリカがアルヴィレオとの婚約に前向きである事を聞き及んでいる。けれど、人の心は移ろいゆくものだ。

 

「殿下、一週間に一度は必ず二人の時間を作るようにしましょう。あと、女性との関係を長続きさせるコツは愛している事をきちんと伝える事です。多少恥ずかしくとも、必ず愛を囁くようにしてください。直接的なものではなくとも良いので」

「フリッカに愛を囁く事を恥ずかしいなどとは思わない!」

「お、おぉ……、そうですか、それはなによりです」

 

 それからの数時間、ラグナはアルヴィレオのフレデリカに対する思いの丈を延々と語られた。

 バレットが緊急の報せを届ける為に大慌てで駆け寄って来た時は天の助けだと涙を流しかけた。

 けれど、彼が届けた報せを聞いた瞬間白目を剥きかけた。

 

「キャロライン・スティルマグナスが学園の警備を担当している騎士や寮姉であるアリサ・ルーテシアを相手に暴れ回り、フレデリカ様が決闘を行いました」

 

 どうやら決闘はフレデリカの勝利に終わったらしい。ちょっと意味が分からなかった。どういう事なんだと頭を抱えたかった。けれど、そんな暇は無かった。

 

「……フリッカ」

 

 ついさっきまでフレデリカに対する愛を延々と語っていた少年がとても婚約者には見せられない顔で怒り心頭になっていたからだ。バレットと二人がかりで必死に宥めすかし、フレデリカの安否を確認する為にへミルトン寮の食堂へ向かった時にはラグナは疲労困憊状態になっていた。

 

「……父さん。俺、宰相としてやっていけるのかなぁ……」

 

 彼は深く溜息を零した。

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