TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百十六話『アルヴィレオの決意』

 アザレア学園には七つの寮の名を冠する七つの塔がある。その内で中央に聳える最も高い塔こそ、歴代の皇太子が所属したアガリア寮の名を冠するアガリアの塔だ。その塔の上階には王室用のフロアが用意されていて、夜会の際にフレデリカが寝泊まりしていた部屋もそこにある。

 王室用のフロアに入る為には専用の入り口を通る必要があり、そこには常に見張りの騎士が立っている。彼ら以外にも精霊が見張っている上、様々な魔法によって厳重なセキュリティが敷かれている為、王室の者や特別な許可を得た者以外は何者も通る事を許されない一種の聖域だった。

 入り口を通ると、そこは既に搭の上階にある王室用のフロアだ。魔王の権能のゲートに近しい現象を魔法によって実現している。その途方もなく高度な魔法技術は現代では再現不可能だとされ、オブリビテーク図書館の重力魔法と同じく『失われし技能(ロスト・スキル)』などと呼ばれているようだ。

 そんな凄い魔法と同じ現象を気軽に引き起こせる魔王の権能が凄いのか、魔王の力と同じ物を生み出した古代の魔法使いが凄いのか、そんな事を考えながらフレデリカはアルヴィレオの隣を歩いていた。

 

「……むぅ」

 

 へミルトン寮の食堂を出てから、アルヴィレオは一度も口を開いていない。話しかけても返事すらしてくれない。いつでもどんな時でも優しくしてくれた彼に突慳貪(つっけんどん)な態度を取られて、フレデリカは悲しくて堪らなくなっていた。けれど、涙はなけなしの根性で必死に耐えた。怒られて泣くなんて、あまりにもカッコ悪いと思ったからだ。

 あと数年も経てばフレデリカとして生きた時間の方が長くなる。もう、転生前の記憶も大分薄れてしまっていた。そもそも、人間の記憶力には限界がある。フレデリカとしての記憶でさえも細かくは覚えていないのだから、それより前の記憶などいつまでも留めて置けるわけがない。

 それでもたしかにフレデリカの中には羽川(はねかわ) 祐希(ゆうき)が残っている。

 男らしく生きていたい。

 祐希にとっての男らしさは逃げない事だ。暴力に対しても、責任に対しても、立場に対しても、決して逃げずに意地を張り通す。その意思だけは変わらないし、変えたくない。

 どんなに怒っていても、泣けば彼は許してくれるだろう。そういう人だと分かるからこそ、泣くわけにはいかない。

 

「ここだね」

 

 押し殺すような声で彼は言った。

 

「うん」

 

 そこは皇太子とその伴侶だけが入る事を許されている部屋だ。無論、内部の清掃や管理の為に使用人が出入りする事もあるが、その際には厳重なセキュリティ・チェックを受ける必要がある上、厳密に定められたルールを厳守しなければならない。加えて、ここには精霊の立ち入りを禁じる結界も敷かれている。

 そこまでするのはこの部屋が未来の王と王妃が愛を育む為の部屋であり、側近にも伝えられない機密情報を共有する為の部屋であり、常に他者から一挙手一投足を見られている二人が息をつく為の部屋だからだ。

 

「フリッカ」

 

 部屋に入るなり、アルヴィレオはフレデリカの肩を掴んだ。

 

「聞かせてくれないか? どうして、君はいつも自分から危険に飛び込もうとするんだ!?」

 

 掴まれた肩が痛い。けれど、そんな事を気にする余裕などなかった。

 アルヴィレオの目から涙が零れていたからだ。

 

「……アル」

 

 咄嗟に慰めてあげないといけないと思って口を開きかけた。けれど、言葉が見つからない。

 彼が泣いているのはどうしてだろう? 彼を泣かせたのは誰だろう? そんな事は考えるまでもない。

 泣かせている張本人が語れる事など何もない。

 

「どうしてなんだよ!? 君は竜王襲来事件の時も自分の命を捨てようとした! ボクが獣王の怒りを買った時も! 夜会の夜にも!」

「そ、それは……」

 

 どれも状況が状況故に仕方のない事だった。竜王襲来事件の時は一人が死ぬか、全員が死ぬかの二択だった。アルの命と自分の命ならばどちらを優先するべきかなんて考えるまでもない。夜会の時はそもそも襲われた側だ。

 

「別に好きで危険に飛び込んだわけじゃなくて……」

「だったら、どうしてライを喚ばなかったんだ!?」

「……いや、だから」

 

 理由はちゃんと説明した筈だ。学生同士のイザコザに大人を巻き込む気にはなれなかったと。

 

「キャロライン・スティルマグナスの危険性は身をもって知っていた筈だろう!?」

「分かってるけど……」

「なら、学生同士のイザコザなどという言葉がどうして出て来るんだ!? 彼女は気分次第で君を殺しかねない人間なんだぞ!」

「で、でも、オレには魔王の力があるし……」

「だからなんだよ!? 君はその力を振り翳したいのか!?」

「そんなわけないだろ!?」

「だったら、どうしてだよ!? ボクには分からない……。ボクは君に傷ついて欲しくないと何度も言って来た! 態度でも示してきたつもりだ。ボクだけじゃない。アイリーンを何度泣かせたら気が済むんだ!? 君を大切に思っている人間は君が危険に身を投じる度に辛くて堪らなくなるんだぞ!」

 

 その言葉にフレデリカは青褪めた。

 

 ―――― お嬢様はどうして……。

 

 嘗て、アイリーンが零した言葉を思い出した。

 悔しさと怒りが入り混じった声を聞いて、反省した筈だったのに……。

 

「……ぁぁ」

 

 何時だったか、ライに言われた言葉を思い出した。

 

 ―――― 自分より他人のことが大切なヤツってのは、実は誰よりも我儘なヤツなんだぜ。

 

 それは彼の友人の言葉らしい。あの時の言葉の意味が今になってようやく理解出来た。

 自分の命を蔑ろにするという事は、自分を大切に思ってくれている人の想いを蔑ろにするという事だ。

 アルヴィレオやアイリーンの想いを蔑ろにしていた。その事を自覚した途端、フレデリカの瞳は揺らいだ。

 

「……逃げたくなかったの」

 

 フレデリカは呟くように言った。

 

「フリッカ……?」

「オレは逃げたくないの……」

 

 ライを喚ばなかった理由は学生同士のイザコザだからと言ったけど、そんなものはその場で思い付いた言い訳だった。あの時はそもそもライを頼る発想そのものがなかった。

 

「何からも逃げたくない。誰からも逃げたくない。全部、オレの我儘だ」

「……だから、君は立ち向かってしまうんだね」

 

 アルヴィレオは苦悩の表情を浮かべた。

 逃げたくない。

 それはフレデリカがどんな時にも曲げる事が出来なかった彼女の本質なのだと理解したからだ。その本質を曲げてしまえば、彼女は彼女ではなくなってしまう。けれど、このままを善しとすれば、いずれ取り返しのつかない事になる気がした。

 何かの拍子に彼女が何処か手の届かない場所へ行ってしまうのではないかと恐ろしくて堪らなくなった。

 

「フリッカ……」

 

 アルヴィレオはフレデリカを抱き締めた。前に抱き締めた時よりも小さく感じる。

 

「意地悪な質問をする。だけど、どうか素直に答えて欲しい」

「……ん」

「君にとって、それはボクよりも大切な事なのかい?」

 

 息を呑む音が聞こえた。視界に映り込む時計の秒針が一周しても答えは返って来ない。

 アルヴィレオはその事に安堵した。

 彼女は必死に考えてくれている。葛藤してくれている。

 

「……アル、ごめん」

 

 フレデリカはアルヴィレオの胸に顔を押し付けた。

 堪え切れなかった涙を見せない為だ。

 

「いいんだ、フリッカ」

 

 いつも自分の事を蔑ろにする彼女が他者(アルヴィレオ)ではなく、自分を選んだ。

 それが堪らなく嬉しかった。そして、どうあっても彼女の本質は変わらないという事を確信出来た。

 

「いいんだよ、それで」

 

 変えられるものならば変えてしまいそうな自分がいた。

 彼女が幸せに生きられるのならば遠ざける事も厭わない。けれど、彼女の死や絶望を看過する事など決して出来ない。彼女が知らぬ所で命を落とす可能性があるのなら、例え彼女を苦しませて、憎まれる事になっても彼女が生きられるようにする。その為には手段を選ばない。

 だけど、彼女は変わらない。だから、彼女が彼女であるままに生きられるようにするしかない。そう決意を固める事が出来た。

 逃げたくないのなら、逃げなくても大丈夫なようにすればいい。

 その為には力が必要だ。知恵や人脈も今まで以上にかき集めなければいけない。

 簡単にはいかないだろう。けれど、いずれは必要になるものが今必要になっただけの話だ。

 

「怖がらせて、すまなかったね」

 

 縛り付けてしまえばいいと悪魔が囁く。

 閉じ込めてしまえばいいと悪魔が囁く。

 彼女はきっと許してくれるだろう。あらゆる自由を奪われても、それでも笑顔を見せてくれるだろう。

 それは甘美な誘惑だ。他者に糾弾され、皇太子の座を追われても、彼女を永遠に独り占めに出来るのなら、それに勝る喜びなどある筈がない。

 その悪魔はアルヴィレオの内に宿っている。

 

「ボクも逃げないよ」

 

 その穢らわしい欲望から目を背けてはいけない。

 自分を清廉潔白な人間などと誤解してはいけない。

 何事からも逃げたくない彼女を伴侶とする者が逃げる事を善しとするなどあり得ない。

 

「君を必ず幸せにする」

 

 安易な道に逃げたりはしない。そこに彼女の幸せがなければ何の意味もない。

 例え、それが如何に困難な道のりであっても関係ない。

 彼女が認めてくれた王ならば、その程度の道を歩み切れずして何とする。

 愛する者を護る王。それもまた、アルヴィレオの王道だ。

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