TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百十九話『初恋』

 カーテンの隙間から零れる光で目を覚ました。なんだか、久しぶりに良く眠れた気がする。

 

「……なんだろう、これ」

 

 何かに抱き付いていた。温かくて、心地よい匂いがする。これは何だろうと瞼をゆっくりと開くと、目の前には紺色の布地があった。少し体を離して視線を動かすと寝息を立てているアルの顔があった。

 思い出した。昨夜は彼と一緒に寝たのだ。

 

「アル……」

 

 目覚めのキスをしたい所だけど、気持ちよく眠っている所を邪魔するのも気が引ける。だから、もう少し彼の匂いと体温を堪能する事にした。冷静になって考えてみるとかなり変態的な事をしている気もするのだけれど、今のわたしは女であり、抱きついている相手は婚約者なわけだから何も問題無いのである。

 まあ、さすがにこの姿を凪咲(エルフラン)に見られたらさすがにちょっと気まずいけれど、ここは未来の王と王妃しか立ち入る事の出来ない聖域だ。安心して彼を堪能していられる。

 

「……そう言えば、今頃は夢を見ているのかなぁ」

 

 もう大分曖昧になっているけれど、『エルフランの軌跡』がアザレア学園編に入ると要所要所で夢を見るシーンが挟まっていた筈だ。夢には決まって七英雄が登場していた。エルフランはその夢で七英雄の一人一人と対話を行い、英雄再演のスキルを使いこなせるようになっていく。

 最初の夢に登場する英雄はたしか、ジュリア・リエンだったと思う。

 神護(リエン)の守護者、弓の英雄、調停者など、彼女を示す言葉はいくつも在る。けれど、その中で彼女の本質を言い当てているものが果たしていくつあったのやら。

 彼女はそもそも人間ではない。その正体はブリュートナギレスのドワーフに近いものだ。

 以前、ライが言っていた。

 

 ―――― ブリュートナギレスに住まうドワーフという種族はすべてガンザルディの分身体なのだ。

 

 その事は知らなかった。もしかしたらゲームの中で語られている場面があったのかもしれないけれど、生憎と覚えていない。けれど、同じだと思った。

 ジュリアの正体はトレントであり、トレントは神護の森の木々が変化した存在なのだ。そして、神護の森とは、それそのものがルミナスの一部らしい。

 ルミナスの本体は途方もなく巨大らしく、下手に動けば世界そのものを破壊しかねない。その為にルミナスは世界に干渉する為の触覚となる存在を生み出した。それがジュリアというわけだ。

 要するにジュリアはルミナスなのだ。

 その事が判明した時、エルフランは『英雄再演 タイプ:ジュリア』の力を完全に使いこなす事が出来るようになる。それはつまり、王の力を得るという事に他ならない。一番最初に使えるようになる力であり、最終的には最強の力となる『タイプ:ジュリア』はロマンの塊だ。個人的に一番思い入れがあり、だからこそ覚えている事が出来た。 

 ちなみに最終覚醒の条件はエルフランが権能を得る(・・・・・・・・・・・)事だ。

 ゲームをプレイしていくとエルフランはいくつかの称号を得る事が出来る。最初は『優等生』とか、『料理好き』とか、『乱暴者』といったもので、エルフランの行動によって変わってくる。称号にはそれぞれ評判値という数値があり、それが最大まで貯まると新たなる称号へと進化していく。その最終段階として得られるものこそ、エルフランの権能なのだ。

 基本的に称号は進化する程強くなっていく。意図的に進化させない事も出来るけれど、そうなると最終決戦で詰んでしまう。権能一歩手前の称号でなければ最終決戦編の初戦を超える事が出来ないのだ。なんとかプレイヤースキルで初戦を乗り越えたとしても、何故か目の前が真っ暗になってしまいゲームオーバーになる。ただ、よっぽど捻くれたプレイをしなければ問題なく進化していく為、そのゲームオーバー画面を見る事は滅多にない。わたしも攻略サイトを見て、初めてその要素を知ったくらいだ。

 

「……考え事かい?」

「はえ!?」

 

 びっくりした。いつの間にかアルも目を覚ましていたようだ。

 

「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」

 

 彼の手が頬に触れる。その手の温度を感じているとホッとする。

 

「……大丈夫」

 

 頬に当てられている手に自分の手を重ねて答えると彼は安堵の笑みを浮かべた。

 

「何を考えていたんだい?」

「エルの事だよ」

「……エルフランの事を?」

 

 彼は僅かに目を見開くと、少しの沈黙の後に問いかけて来た。

 

「フリッカ。君は以前から彼女を知っていたのかい?」

 

 以前とは、迷いの森で遭遇する以前の事を指しているのだろう。

 わたしは頷いた。

 

「知っていたよ。わたしは彼女をずっと前から知っていたんだ」

「……それは、どれくらい前から?」

「生まれるよりも前から」

 

 その言葉にアルは驚いた素振りも見せずに「そうか」とだけ言った。

 まるで、予想通りの言葉を聞いたかのような反応だ。

 

「アル……」

「いいよ。君が話したくなった時に話してくれればいい」

 

 そう言って、彼は微笑んだ。

 

「ただ、これだけは言っておくよ」

「なーに?」

「ボクの心は変わらない。クリムゾンリバー号で君と指輪を交換した時から何も」

「……ありがとう」

 

 彼は賢王の子であり、いずれは賢王となる人だ。いつかは気付かれてしまうと思っていた。

 その時が来る事を恐れていた時期もあった。

 彼に拒絶されるかもしれない。その可能性に怯えた夜もあった。

 けれど、今のわたしの心にはさざなみ一つ立っていない。

 

「アル。わたしの心も変わらないよ。君を愛している事だけは生涯変わらない」

 

 それは彼の愛を信じているからだ。疑う余地のない完璧な愛を彼は注いでくれている。

 だから、わたしは言った。

 

「生まれ変わる前の事を覚えているって言ったら、驚く?」

「驚いた方がいい?」

「……わたし、わざわざ言葉にする必要があるのか疑問を懐きそうになっちゃうよ」

 

 わたしの言葉に彼は吹き出した。

 

「ごめんね。だけど、ボクは君が聞かせてくれるのなら、聞きたいと思っているよ。秘密を一人で抱え込む事は苦痛を伴うからね……」

「生まれ変わる前は男だったって言ったら、少しは驚く?」

「ごめんね」

 

 一応は隠していたつもりだけど、彼にはすべてを見抜かれていたようだ。

 

「覚えている限りだと、今のわたし達よりも年上だったんだけど、それでも驚かない?」

「一応、想定しているのは十代半ばくらいかな。十五歳から十六歳くらい。合ってるかい?」

 

 わたしは閉口してしまった。彼は既に賢王なのかもしれない。

 一体、どれほどの知能があればそこまで見通せるものなのか想像もつかない。

 頭の出来にはそれなりにあった自信を失ってしまいそうだ。

 

「おっと、間違えていたかな?」

「う、ううん。大正解」

「それは良かった。ああ、でも君がお爺さんだったとしても、ボクの愛は変わらないよ」

「……懐が深いにも程があるよ」

 

 しみじみと感じる。彼はわたしという存在のすべてを受け入れてくれている。

 

「エルは生まれ変わる前の世界での幼馴染だったんだ。その頃の記憶は失っているみたいだけど、間違いない」

「……なるほどね」

 

 アルは目を細めた。

 

「だけど、フリッカ。それだけかい?」

「え?」

 

 アルは頬に当てていた手を離した。感じていた(ぬく)もりが離れていく。それが辛くて唇をキュッと引き締めると、その唇に彼の指が触れた。

 

「君とエルフランの関係は本当に単なる幼馴染だったのかい? 男と女だったんだろう?」

 

 その問いかけに吹き出しかけた。どうやら、彼は嫉妬してくれているようだ。

 

「本当にただの幼馴染だよ。大好きだけど、それは友達としてさ。わたしは恋愛とかには疎くてね。君が初恋なんだよ」

 

 凪咲は魅力的な女の子だったけれど、恋愛感情を抱いた事はなかった。

 男女の友情は成立しないと言う人もいるけれど、それは間違いだと思う。友情こそ、間違いなくわたしと彼女の絆の完成形だった。だから、彼女が龍平に告白すると聞いた時も心から応援する事が出来た。彼女と彼が愛し合い、幸福になる事は何よりも素晴らしい事だと確信する事が出来た。

 実はちょっぴり怖かったのだ。いつか二人の関係が友達から恋人に変わる時が来たら、果たして自分は心から祝福する事が出来るのかと。それが杞憂だと判明した時は嬉しかった。二人の時間が増えていって、三人で遊ぶ事が出来なくなっても、二人が幸せなら構わないと心から思えた時は安心した。

 その頃からだと思う。播磨がわたしをアイドルのイベントに頻繁に誘ってくれるようになったのは。多分、わたしの事を気遣ってくれたのだろう。彼は推しのアイドルのライブを見せれば全てが解決すると確信している男だったから。

 実際、寂しいと思う事はなかったと思う。彼の愛しの女神である結崎蘭子の歌声には人を元気にする力があり、そんな彼女を応援する彼のヲタ芸も見ているだけで元気をくれた。

 今生でもそうだけど、前世でもわたしは人に恵まれていたと思う。

 

「……初恋か」

 

 アルはわたしの体を抱き寄せた。そして、そのままキスをした。

 おはようのキスがしたくて、起きた瞬間にひっそりと口の中を洗浄する魔法を使っておいたから安心して身を委ねられる。

 彼は朝から情熱的だった。唇を触れ合わせるだけで終わるかと思いきや、歯を舐められ、舌を絡められた。脳髄がとろけてしまいそうだ。

 

「アル……」

 

 最近分かった事だけど、わたしは性欲旺盛なタイプなのだ。しかも、男の頃とは性欲の質が違う。簡単に解消する事が出来ない。それでも夜は眠ればいいけれど、朝は眠りに逃げる事も出来ない。それなのにキス以上の事はしてくれないから生殺し状態だ。それが辛いと思っていると彼の手が胸元に触れた。

 一瞬、何が起きているのか分からなかった。未知の感覚に襲われて、声が出そうになった。だけど、わたしは必死に我慢した。なにしろ、彼がわたしに触れてくれているからだ。

 彼の瞳を見ると、理性的ではいられなくなっている事が分かった。わたしだけでは無かったのだ。朝から熱烈なキスをして、彼もすっかり発情してしまっている。わたしは歓喜した。遂に避妊魔法を使う時が来たとアイリーンに報告したくなった。

 そして、窓の外でいきなり爆音が鳴り響いた。

 

「……は?」

 

 顔を見合わせて、いそいそとバルコニーに向かうとクラブ棟から煙が上がっていた。

 折角のチャンスを台無しにされたとか考えている場合ではない。どう考えても緊急事態だ。

 

「い、行こう!」

「う、うん」

 

 慌てながらも若干泣きそうになった。

 あとちょっとだったのに……。

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