TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百二十六話『料理』

 厨房には最新の調理設備が揃っていた。帝国製ばかりではない。アガリア王国も帝国の技術に縋る事が無いように研究を重ね、高品質の家電製品を自社開発している企業がいくつもあるのだ。

 カルバドル帝国の始皇帝ハロルド・カルバドルは稀代の天才であると共に稀代の賢王(・・)としても知られている。彼は己の千年先をいく知識や技術を自国で独占したりせずに他国へ惜しみなく提供した。それは自国だけの発展による歪みの発生を良しとせず、世界その物を発展させる事ですべての民を幸福に導く為だった。

 今でこそ軍事国家としてきな臭い噂が後を絶たないが、ハロルドが皇帝として君臨していた時代はカルバドル帝国こそが世界の中心であり、ハロルドこそが世界の王であるとさえ記す文献がいくつもあった。

 恐らく、ハロルドも自分と同じように地球からやって来たのだろうとフレデリカは推測している。冷蔵庫などの家電が電力の発見による収斂進化の結果と考える事も出来なくはないが、彼がこの世界に齎したものの中には寿司があるからだ。寿司は発音もスシなのだ。他にも地球の地名に由来する名前の料理や道具がいくつもある。一つ二つなら偶然の結果である可能性も零ではないけれど、一つ二つどころではない。

 自分と同じように転生したのか、あるいは凪咲(エルフラン)のように世界の垣根を飛び越えて来たのか、それは分からない。ただ、彼のおかげで本来は食べられない筈の前世の料理を味わう事が出来ている。フレデリカがこれまでの人生の中で彼に対して感謝の言葉を捧げた回数は数え切れないほどだ。

 きっと、彼も寂しかったのだろう。前世が恋しくて、必死になっていたのだと思う。文献では世界の為と書いてあるけれど、世界を少しでも前世の世界に近づけたかったのではないかと考えてしまう。

 彼にもアルヴィレオのような人がそばに居てくれた事をフレデリカは強く願った。前世の世界に対する未練は晴れなくても、今世に対する執着を抱かせてくれる人がいれば、きっと孤独に対する苦痛を和らげてくれた筈だから。

 

「それにしても……、間に合うのか?」

 

 隣で料理の下拵えを進めているエレインがちらりとフレデリカの手元を見て言った。

 

「煮込み料理だよな、それ」

「ええ、そうですよ」

 

 フレデリカが作っているのは美味しく仕上げる為にはしっかり煮込む必要のある料理だった。

 

「エレインこそ、時間が掛かるのでは?」

 

 エレインの手元には下処理待ちの具材が散らばっている。一つ一つは大した手間でもないけれど、塵も積もれば山となるし、雑に扱えば味も食感も悪くなってしまう繊細な具材も多い。

 

「ッハ! 余裕だ、余裕」

 

 そう言うとエレインは手元のエビに近い姿ながらも陸地の木肌に生息するウリカという生き物に包丁を差し込んだ。

 ウリカは身がとても柔らかい。外殻を丁寧に外さないとグチャグチャになってしまう。ブランクがなくても、フレデリカはウリカを上手く捌ける自信が無かった。それなのに、エレインはまたたく間にウリカの身をトレイの上に並べていく。

 次に彼女が手に取ったのはメル・トリアスという茎野菜だ。上手く処理が出来ればフルーツのように糖度が高く、エレインが作ろうとしている料理の具材の中でも極めて重要度が高い。けれど、内部に苦味成分を内包する筋が何本か通っている為、これを上手に取り除かなければいけない。

 

「わお!」

 

 アリーシャが感嘆の声を上げた。

 繊細な技術を求めてくる具材達にエレインは見事な手際で応えていく。

 一つ一つの作業が丁寧かつ早い。

 

「手際が良いですね」

「慣れてるからな」

 

 エレインは一見するとガサツに見える。実際、言動や行動には荒っぽさが目立つ。けれど、花を愛でたり、相手の心に寄り添えたりと、繊細な一面もある事にフレデリカは気付いていた。

 その理由が彼女の料理に現れていた。彼女は今、アビキトという根菜をかなり小さめに切っている。このサイズにしなければ食べられない人の為に料理を作っていたのだろう。

 

「もしかして、弟か妹がいるのですか?」

「居ないよ。わたしは一人っ子だ」

 

 そう言いながら、エレインはどこか遠くを見つめるような表情を浮かべた。

 

「ただ、病人がいた」

「……その人の為に作っていたのですね」

「違うよ」

 

 エレインは悲しげに呟いた。

 

「そいつの為には作ってやれなかった……」

 

 その言葉を聞いて、フレデリカは興味本位の質問を投げかけてしまった事を後悔した。

 

「……ごめんなさい」

「気にするな。引き摺ってやらなきゃ泣くような困った奴だったんだ。だから、まあ……、ちょっとした供養って奴なのさ。それが役に立つってんだ。多分、あの世でニコニコしてるだろうよ」

「素敵な人だったのですね」

「バカだったけどな。けど、人の為に泣けて、人の為に笑える奴だった。それが出来る奴が一番上等だ」

「……ええ、その通りですね」

 

 その人とエレインがどういう関係だったのかは分からない。けれど、その人の意思は彼女の中に宿っているとフレデリカは感じた。彼女が上等だと言った在り方は彼女の在り方でもある。人の為に怒れる彼女はその人と同じように人の為に心を動かせる人なのだから。

 

「そうかな?」

 

 チキンライスを完成させて、包む為の溶き卵をフライパンに流し込みながらアリーシャが呟いた。

 

「アリーシャ?」

「……その人、自分の事はちゃんと大事にしてたの?」

「してたら、味の感想くらいは聞けたかもな」

「そっか」

 

 アリーシャはイライラした様子でフライパンの端を箸で叩いた。

 

「他人ばっかり大事にして、自分を大事にしない人間なんて大嫌いだ」

 

 ここには居ない誰かを睨むように目を細めながら彼女はそう呟いた。

 

「さて、完成!」

 

 仕上げにケチャップでオムライスにハートマークを描いたアリーシャは同時進行で作っていたポトフと共にトレイに乗せた。

 

「わたし、先にミーシャの所に行ってくるねー!」

 

 スタコラサッサと厨房を飛び出していくアリーシャに「いってらっしゃーい」と声を掛けながら、フレデリカはこっそり魔王再演を発動した。

 七大魔王である竜姫シャロンの偉大なる権能を発動する。煮込み途中の鍋を薄く、しかして絶対的な魔力の膜で火が当たる部分以外を覆った。

 

「ん? 何してんだ?」

「魔力で鍋を密封したのです」

 

 魔力の膜の内側では逃げ場を完全に遮断された蒸気が暴れ回っている。

 

「お、おい、それ大丈夫なのか? なんか、すごい事になってるぞ」

 

 魔王の権能による精密な魔力操作によって生成された魔力膜は魔眼持ちであるエレインの目でさえ視認出来ないほどに薄く、内部の状況が丸見えだった。

 まるで断続的に爆発を繰り返しているかのような光景にエレインは唖然としている。

 

「問題ありませんよ。これが煮込み時間短縮の秘訣なのです」

 

 やっている事は圧力鍋と同じ事だ。魔力で完全に密封された鍋の内部では水蒸気の逃げ場が無いために圧力が上がっていく圧力が上がれば沸点も上がる。通常よりも高温で調理が可能になる為、煮込み時間も短縮出来るし、肉も野菜も柔らかくなる。()(こと)()くめだ。

 普通の圧力鍋だと圧力が高まり過ぎると爆発してしまうけれど、魔王の魔力によって生成された膜はビクトもしない。

 

「……さて、そろそろですね」

「え? はやくね!?」

 

 フレデリカは慎重に魔力の膜の形を変えた。上部を風船のように膨らませて、一旦内部の水蒸気を鍋から隔離して気圧を下げていく。更に上部に穴を開けてゆっくりと蒸気を逃し、魔王再演を解除した。

 味見をしてみると具材にしっかりスープの味が染み込んでいて美味しく仕上がっていた。

 

「味見してみます?」

「いいのか?」

 

 エレインはフレデリカから渡された小皿に載ったスープと白身魚の断片を一口で(たい)らげると目を丸くした。

 

「うまっ! ちょっとピリッとして、美味いな!」

「スインチリを使いましたからね」

 

 スインチリはフレデリカの寮姉であるエシャロットの生家であるゾア公爵領で収穫されている香辛料の一種だ。フレデリカは彼女の為の料理を作るにあたって、彼女の故郷の味をなるべく取り入れたいと考え、それらを満遍なく使える料理として、この煮込み料理を選択した。

 スープ皿にスープと白身魚であるカノスとハレの切り身を盛り付け、最後にアリファの葉を添えるとそこそこの見栄えになった。

 

「完成!」

 

 フレデリカは皿をお盆に載せると「エシャロットに届けて来ます!」と言って、厨房を出て行った。

 残されたエレインとその隣で黙々と調理を続けていたレネは顔を見合わせた。

 

「フリッカ、すごく豪快だったね」

「だな」

 

 もっとお姫様らしい繊細で可愛らしい料理を作るものとばかり思っていた二人は鍋の中でひたすらスープを爆発させ続けるという豪快にもほどがある調理法に内心かなり驚いていた。

 

「……なんか、逆じゃね?」

 

 エレインは自分の料理を見ながら呟いた。純白の皿の上には黄金のように美しい料理が丁寧に盛り付けられていた。メル・トリアスをベースにした甘いタレも見栄え良く掛けられていて、付け合せも配置まで吟味されている。

 

「これ、煮凝り?」

「いいや、ロークスの軟骨」

 

 ロークスはとても大きな鳥だ。その軟骨はまるでゼリーのようになっていて、味も良く、丁寧に下処理を行うと煮凝りの代用品として使う事が出来る。

 

「さて、わたしも持ってくか。レネはあとどのくらいだ?」

「わたしも完成したよ」

 

 レネが作っていたのは野菜をたっぷり包んだテリーヌだった。温めたり冷やしたりとかなり時間の掛かる料理の筈だけど、レネもフレデリカ同様に魔法による解決策を用意していた。かなりの集中力を要する為にフレデリカ達との会話に全く参加出来ず、彼女は少し寂しかったけれど、頑張った。

 二人も料理をお盆に載せるとそれぞれの寮姉の下へ運ぶべく厨房を飛び出した。

 

「……我々にはちょっと無理かもしれんな」

「うん……」

 

 二人の背中を見送りながら、こっそり見学していたザイリンとローゼリンデはため息を零した。

 フレデリカ達は四人共、予想以上に料理が達者だった。初歩すら知らない二人には彼女達が何をしているのかさえ分からなかった。

 

「出来たでぇ」

 

 その時、丁度二人が依頼していた料理をボンズが持って来てくれた。

 

「ああ、ありがとう」

「……ありがとうございます」

 

 お礼を言いながらも、自力で用意する事が出来ず、他者に用意してもらうしかなかった自分が情けなく、二人は再び大きなため息を零した。

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