TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百三十八話『ゾディアとブライス』

「なんか……、なんだ? 嫌な感じがする」

 

 エレインが呟いた。その言葉はそのままフレデリカの心境を表していた。

 ローゼリンデの頭上に現れた眼球。それ自体は別に異常でも何でもない。そういう見た目の魔獣はいくらでも存在するからだ。あれがそういう生き物ならば、何も問題などない。

 それなのに、ただ見ているだけで目眩がしてくるほど不安になる。

 

「……あれは、なに?」

 

 眼球はローゼリンデを見下ろしていた。そして、ゆっくりと辺りを見回し始めた。

 エレインを見た。リンを見た。アリーシャを見た。そして、フレデリカを見て、固まった。

 

「え?」

 

 目と目が合った途端、奇妙なデジャブを感じた。

 不可思議な感覚だ。日常で味わう事などまず無いだろう感覚に襲われている。そして、それは以前にも感じた事があるものだと記憶が訴えかけて来ている。

 本能がけたたましく警鐘を鳴らし始めた。

 戦え(・・)と、あるいは、逃げろ(・・・)と。

 遅れて、その感覚の正体にフレデリカは気が付いた。

 それは竜王が眼前に現れた時に感じたもの。死の恐怖だった。

 

「み、みんな……、逃げっ」

「よっと」

 

 避難を呼びかけようとした瞬間、眼球が斬り裂かれた。

 

「え?」

 

 戸惑いの声がいくつも重なった。

 

「ボーっとしてたらダメだよ、お姉様」

「……キャロ?」

 

 いつの間にか、目の前にキャロラインが立っていた。その手には剣聖から譲り渡された名刀イクサが握られている。

 

鶏鳴狗盗(けいめいくとう)

「え?」

 

 キャロラインはローゼリンデの頭上にイクサの刃先を向けた。

 

「お姉様はわたしの獲物! 次にちょっかいを掛けたら……、お前が何処にいようとも必ず斬る」

 

 その言葉には純粋なる殺意が込められていた。

 冗句の類ではない。フレデリカは彼女が刀を向けた虚空を視た。

 

「……なんだ、ありゃ」

 

 魔王再演を使い、魔王の眼で視た瞬間、出掛けた言葉をエレインが口にした。

 彼女も炯眼によって視たようだ。

 そこには魔力が渦巻き、細い糸が彼方へ伸びていた。

 

「魔法……」

 

 魔力は霧散した。けれど、最後の瞬間、その魔力はどこか嗤っているかのように歪み、消えた。

 

切歯扼腕(せっしやくわん)!」

 

 キャロラインは苛立った様子で地面を踏みつけた。すると、大地が揺らぎ、多くの生徒が転んでしまった。

 

「……キャロ」

「次は斬る」

 

 彼女はフレデリカに背中を向けた。そんな彼女の背中に、フレデリカは慌てて「ありがとう!」と言った。

 

 ―――― お姉様はわたしの獲物!

 

 彼女が誰の為に駆けつけてくれたのかは一目瞭然だったからだ。

 

「……剣聖様なら斬れてた」

 

 彼女は落ち込んだようにそう呟くと、自分の寮の生徒達が集まっている場所へ戻って行った。

 

「どういう意味だ? 斬ってたじゃねーか」

「彼女が斬ったのは魔法。剣聖マリア・ミリガンならば、魔法の使い手をも斬り裂いていた筈だという事でしょう」

「は?」

 

 エレインは唖然となった。

 

「それより……」

 

 フレデリカは急いで召喚陣の中へ飛び込んだ。

 

「ロゼ! 大丈夫ですか!?」

「……フ、フリッカちゃん」

 

 へたり込んでいた彼女に声を掛けると、彼女はポロポロと涙を零し始めた。

 怖かったのだろう。彼女は震えている。フレデリカは咄嗟に彼女を抱き締めた。

 

「大丈夫。大丈夫だよ、ロゼ」

 

 ローゼリンデはフレデリカの胸に顔を埋めて咽び泣いた。すると、彼女達の下に光が集まり始めた。その光は徐々に輪郭を持ち始める。

 

「ヒヒィン!」

「ブルルルルル」

 

 それは二頭の馬だった。鮮やかな青毛の馬と輝くような白毛の馬は彼女達の隣に座り込んだ。

 

「……え? あれ? 使い魔?」

「え? はえ?」

 

 二人が気付くと、二頭の馬は嬉しそうに鳴いた。

 そして、フレデリカの目から涙が零れ落ちた。

 

「フリッカちゃん!?」

「……あれ?」

 

 涙が出た事にフレデリカ自身が驚いている。そして、更に驚くべき事が彼女の中で起きていた。その二頭の馬を見た瞬間、彼らの名前が浮かんで来た。

 

「……ゾディア」

「ヒヒィィィン!」

 

 青毛の馬が嘶いた。

 

「ブライス……?」

 

 白毛の馬が嘶いた。

 そして、天から更なる光が舞い降りて来た。

 

「え?」

 

 その光はローゼリンデの頭上を舞いながら輪郭を浮かべ始めた。

 

「あ、あれ?」

 

 フレデリカは戸惑った。ここには既に二頭の馬がいる。

 だから、てっきり一頭はフレデリカの使い魔で、もう一頭はローゼリンデの使い魔なのだろうと想像していた。

 けれど、二頭はどちらもローゼリンデの使い魔では無かったらしい。

 

「……竜?」

 

 輪郭がハッキリし始めた。それは小さな竜だった。

 竜はローゼリンデの頭の上に乗っかると、「キュウキュウ」と鳴き始めた。

 

「……あなたがわたしの使い魔なの?」

 

 ローゼリンデが問い掛けると、竜は彼女の頭からずり落ちた。慌ててキャッチした彼女の腕の中で竜は無邪気に鳴いた。

 

「ロゼ。名前を付けなきゃ」

「あっ、はい! えっとえっと……」

 

 彼女は少し迷った後に、

 

「ド、ドラドラ……」

 

 フレデリカは吹き出した。ローゼリンデは赤くなった。

 

「かわいい! すごくかわいいよ、ロゼ! ドラドラ、気に入った?」

「キュウ!」

 

 ドラドラも嬉しそうだ。

 

「気に入ってくれたみたいだよ、ロゼ!」

「ド、ドラドラ」

「キュウキュウ!」

 

 嬉しそうに鳴くドラドラに、ローゼリンデは安心したようにはにかんだ。

 

「さあ、そろそろ出ましょうか」

「は、はい!」

 

 ローゼリンデの手を取って歩くと、ゾディアとブライスもパカパカと付いて来た。

 召喚陣を出ると、みんなが集まって来た。

 

「ロゼ、大丈夫!?」

「あの女は何だったんだ!? いきなり、ロゼの使い魔を斬殺して!」

「フレデリカ様、使い魔が二体も!?」

「今のでフレデリカ様の儀式、終わりなの!?」

「フレデリカ様、あの子ばっかり……」

「あの眼って、そもそも魔獣だったの? だって、眼だよ?」

「うーん、いない事も無いんじゃない? だって、似たような精霊もいるんだし」

「え? そんなのいるの?」

「わたしも見た事あるよ!」

「それより、フレデリカ様の魔獣、かわいい!」

「普通の馬に見えるけど、魔獣なのか?」

「竜の使い魔なんて、あの子、凄くない?」

「最初は眼球だったんだし、フレデリカ様と一緒だったからなんじゃないか?」

「あの竜もフレデリカ様の使い魔なんじゃないの?」

 

 一斉にあれやこれやと言われて、フレデリカは困ってしまった。

 その様子にいち早く気が付いたのはリンだった。

 リンはヴィヴィアンのお茶会の準備でフレデリカと接する中で、彼女の本質を見抜いていた。多くの生徒が誤解しているような超人ではなく、見えない所で必死に藻掻いている普通の女の子なのだと。

 生憎(あいにく)、同じように彼女の本質を見抜いている筈の彼女の友人達は二人の心配も(あい)まって、一歩引いた冷静な判断を下せていない。

 どうにかしてあげたいけれど、いくら「落ち着いて」と言っても、彼らの耳にリンの言葉は届かなかった。そこで、彼女は意を決してカーリーの脇腹を突いた。

 

「ほにゃ!?」

 

 可愛らしい悲鳴を上げるカーリーに周囲の子達の視線が集まった。

 

「な、なな、何をするの!?」

「カーリー、みんなを落ち着かせて。フレデリカ様が困ってる」

「え? あっ……」

 

 改めて見たフレデリカはとても困っていた。

 落ち着いてみれば一目瞭然なのに、どうして言われるまで気付けなかったのかと頭を抱えそうになるけれど、彼女は必死に頭を切り替えた。

 息を深く吸い、彼女は口を開いた。 

 

「落ち着きなさい!」

 

 彼女の張りのある声はリンの時と違って、全員の耳に届いた。

 

「フレデリカ様は使い魔召喚の儀式を終えられたばかりなのよ。このように取り囲んでいては使い魔との交流もままならないわ」

 

 カーリーの言葉に多くの生徒がハッとした。次期王妃である彼女を取り囲んで質問攻めにするなど、あまりにも無礼な態度だと気が付いたからだ。

 そういう事を気にしないタイプだと知っている友人達も彼女が明らかに困った表情を浮かべていた事に今更になって気が付いた。

 

「……カーリー」

 

 フレデリカはカーリーを見た。

 

「差し出がましい事を発言をしました。申し訳ございません」

 

 謝罪の言葉を口にするカーリーに彼女はふるふると首を横に振った。

 

「わたくしの為に言ってくれたのでしょう? ありがとう」

「……わたくしも皆と同じです。リンが気付かせてくれました」

 

 恥じ入る表情を浮かべるカーリーにフレデリカは微笑んだ。

 

「そうなのね。ありがとう、リン」

「カーリーなら皆を落ち着かせられると思ったの」

「分かるわ。とても頼りになるものね」

 

 カーリーは真っ赤になった。

 

「あ、あの、申し訳ございません!」

 

 カーリーやリンと同じく、ヴィヴィアンのお茶会の準備を手伝ってもらったプリシラが頭を下げた。それに釣られるように謝罪の言葉を口にしようとする同寮生達をフレデリカは片手を挙げて制した。

 

「謝らなくても大丈夫よ。気になる気持ちは分かるもの。説明はするわ。ただし、一人ずつでお願いね」

 

 そう言って、彼女は柔らかく微笑んだ。その魅力的ながらも安心感を与える笑顔はそれまで遠い存在だと感じていた生徒達の心も大きく近づけた。それは身分の違いを自覚しながらも恋に落ちる男子生徒を幾人も生み出した程だ。

 そんな事は露知らず、彼女は説明を始めた。

 

「ロゼの使い魔召喚の際に現れた眼球は魔法です」

「魔法? え? 使い魔じゃないの?」

 

 アリーシャ以外は口を開きかけた状態で固まっていた。

 一人ずつというフレデリカのお願いをしっかり守っている。

 

「キャロラインが斬った後、魔力の残滓と彼方に伸びる糸が見えました。恐らく、何者かが使い魔召喚の儀式に乗じて、遠見の魔法を行使したようです」

「何者かって……、何者が?」

「使い魔召喚の儀式は霊王の魔法。その術式に(じょう)じれる者。つまりは……」

 

 霊王と同じく、死霊系の魔法に精通している者。

 フレデリカには心当たりがあった。けれど、まさかという思いもあった。

 ゲームのエルフランの軌跡のラスボスであるファルム・アズールはまさに死霊系の魔法を操る存在だった。だけど、彼が登場するのはずっと先の事である筈だ。

 それに、エルフランの為にオズワルドが儀式を少し弄ったと聞いている。ならば、ある程度の実力を持つ魔法使いならば干渉が可能だという事だ。あまり、決めつけも良く無いだろう。

 

「魔法にかなり精通している者という事になります。ならばこそ、問題は無いでしょう」

「え?」

「な、なんでですか!?」

「問題しか無い気がするぞ……」

 

 フレデリカは視線をアガリア寮の方に向けた。すると、同じタイミングでオズワルドが顔を向けて来た。どうやら、魔法でここの様子を把握していたようだ。

 

「オズワルド猊下がいるからです。如何に魔法に精通していようとも、あの御方を超える者などありえません。何故なら、あの方は史上最高の魔法使いなのですから」

 

 恐らく、キャロラインが動かなければ、オズワルドが対処を行っていた事だろう。

 

「ただ、あの魔法に対して、良からぬ気配を感じた者はわたくし以外にもいたかと思います。キャロラインもそうでした。だから、彼女は斬ったのです。悪意ではなく、善意によって、彼女は剣を振るった。彼女に対して、多少は自業自得な部分がありますが、あまり悪く思わないであげてください」

「は、はい……」

「フレデリカ様がそう仰られるなら……」

 

 キャロラインについては納得しきれない様子の生徒が多かった。

 箝口令を敷かれているはずだけど、彼女がオリエンテーション中にとんでもない事をやらかしたという噂がかなり広まってしまっているようだ。

 少しずつでも、彼女に対する印象を拭っていきたいとフレデリカは思った。

 自業自得な部分は確かにある。だけど、色眼鏡で見られ続けて、平気でいられる人などいない。どんなに強くても、痛いものは痛い。彼女は痛い思いをしている人を放っておきたくなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 その思いに気付ける者はそう多くなかった。けれど、気付ける者もいた。

 そして、気付けた者は自然と同じ事を思った。

 彼女がそうしたいのなら、そうしようと。

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