TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百三十九話『朱天ネルゼルファー』

 何が起きたのか分からなかった。けれど、ヘミルトン寮の召喚陣の辺りでざわめきが起こり、ミリガン寮の召喚陣の方角からキャロラインが駆け抜けていった時点で尋常ならざる事が起きている事に疑いようはなく、アルヴィレオは慌てて駆け出そうとした。

 そんな彼の腕を掴んで止めたのはオズワルドだった。

 

「離して下さい!」

「落ち着きなさい、アルヴィレオ。レディ・フレデリカは心配いりません。キャロライン・スティルマグナスが既に対処を終わらせています」

「ですが、彼女は!」

「彼女はもはや、レディ・フレデリカの命を脅かす事はありません」

「何故、言い切れるのですか!?」

「誰よりも理解している筈ですよ、アルヴィレオ。彼女と直接言葉を交わせば、誰もが彼女の虜となる。兄上は要らぬ気を回していますが、だからこそ、あの子も……」

 

 オズワルドの言葉を聞いて、アルヴィレオは下唇を噛み締めた。

 彼女の魅力は誰よりもよく知っている。言葉を交わす度、愛おしさが溢れてくる。

 オズワルドの言葉は決して大袈裟なものではない。ヘミルトン寮を訪れた時、その事を強く実感した覚えがある。たった数日の付き合いなのに、彼女の為に王族へ牙を剥いた少女がいた。そして、その少女の他にも怒りの感情を向けてくる者が幾人もいた。

 

「……それでも、フリッカが心配なのです」

「それでも、あなたは彼女を優先してはいけないのです」

 

 オズワルドは冷たく言った。

 

「わたくしは急いで王宮に向かわなければなりません。兄上に報告を行う為です。もちろん、すぐに戻ってきます。ですが、その間に不測の事態が起こらないとも限りません。なにしろ、これからエルフラン・ウィオルネの番が回ってくるからです。獣王の召喚。その意味をあなたは理解している筈だ。大きな混乱が巻き起こるでしょう。その時、あなたは真っ先に混乱を鎮められる場所に居なければいけない。それはリード寮の生徒達から最も離れた場所に召喚陣が置かれているヘミルトン寮の生徒の近くでは無い事はお分かりでしょう?」

「……分かっています」

「分かっているのならば、託しなさい」

 

 オズワルドは言った。

 

「最も愛する者を他者に委ねる。その苦痛は計り知れないものでしょう。大いなる不安に苛まされる事でしょう。それでも耐えるのです」

「……はい」

「耐えられる筈ですよ。少なくとも、あなたは愛されている。彼女の愛を信じなさい」

「はい……」

 

 アルヴィレオは叔父の顔を見上げた。

 普段は掴み所のない飄々とした人なのに、時折、とても真摯になる。不思議な人だ。

 

「……叔父上も愛する人を誰かに委ねた事があるのですか?」

 

 ふと気になり、アルヴィレオは問い掛けた。すると、オズワルドは懐かしむように頷いた。

 

「あなたとは違い、愛されてはいませんでしたがね。加えて、当時のわたくしはとても愚かな人間でした。大きな過ちを犯し、今も残り続ける悔いを残した。自分の為に愛するのではなく、相手の為に愛しなさい。あなたはわたくしなどよりもずっと賢い。それが出来る筈です」

 

 そう言うと、彼は甥の頭を優しく撫でた。

 

「では、王宮に向かいます。頼みましたよ、アルヴィレオ」

「はい!」

 

 アルヴィレオは叔父からの金言(きんげん)を胸に刻み、頷いた。

 オズワルドが立ち去ると、程なくしてエルフラン・ウィオルネの名前がリード寮の監督生の口から挙がった。

 

「……僕は皇太子だ」

 

 フレデリカの下へ駆けつけたい衝動を必死に抑え、アルヴィレオはリード寮の生徒達の下へ向かった。

 

 ◆

 

 ネルギウス王はヴァレンタイン公爵が運んで来た報告書に目を通していた。

 

「……陛下、ご覧の通りです。ラグランジア王国の国内情勢がここ最近、急激に変化を遂げています」

「この数字は確かなのか……?」

「ジャスパーの調べですので」

「ならば間違いはないか……」

 

 ヴァレンタイン伯爵がラグランジア王国の調査に向かわせた偵察隊の一人、ジャスパー・クリアウォーターは解析のスキルを持っている。その正確性はネルギウス王も認めるものだった。

 だからこそ、報告書に記載されている数字に彼は目眩を感じた。

 

「何をやったのだ……、ラグランジア王は」

 

 人口が異常な程に増加している。食料自給率も跳ね上がっている。

 一月前のデータと比較すると、同じ国とは思えない状態だ。

 

「非常に不味い状況です。(かね)てよりの計画はラグランジア王国の疲弊具合を計算してのもの。これではメルセルク王国が迂闊に動けません」

「うむ……」

 

 本来であれば、アリア女王が密かに匿っていたロゼリア姫を神輿に据え、民衆に蜂起を促す手筈となっていた。メルセルク王国を経由して、バルサーラ大陸の各国も援軍という形で民衆に助力し、革命による政権交代を行わせる予定だった。

 その前提が崩れてしまった。

 

「民衆が飢えて死ぬ事が無くなったのならば、それは幸いであるが……」

「ですが、あまりにも不自然です。加えて、ラグランジア王の方針は以前のままと思われます。その証拠に、軍備の増強を急いでいる節があるとの報告も上がってきております。こちらが動くより前に動く腹積もりなのでしょう」

「蜂起の時までロゼリア姫の身柄を保護する為に我が国で預かっていたのは不幸中の幸いだな」

「油断は出来ません。既に一度、不穏分子が入り込んでいたという報告を受けています」

 

 オルトケルン宰相が口を挟んだ。

 

(にわか)には信じ難い話ではありますが……」

「ウェスカー・ヘミルトン……、本物とは思えませぬが……」

「いや、本物だろう。報告者は他ならぬライなのだからな」

 

 ウェスカー・ヘミルトン。それは二代目魔王ロズガルドを討伐した英雄の一人だ。

 彼は先日、アザレア学園に姿を現した。

 

「しかし、ウェスカーは500年も前の人物ですぞ?」

「それよりも遥か以前から生き続けている方もいる。生存している事自体は別段不思議でもない。問題はウェスカーの目的だ。フレデリカ嬢の様子を見に来ただけという可能性も十分にあるが……」

「……あの子はシャロンではありませんぞ」

「ウェスカーとて、分かっているだろう。だが、親心というものは単純ではない。私とて、アルやヴィヴィ、レオ、エルが死に、その生まれ変わりが居ると聞いてしまえば冷静ではいられないだろうからな……」

「それは……、その通りですな」

「たしかに……」

 

 ネルギウス王とヴァレンタイン公爵とオルトケルン宰相は各々の息子や娘を思い浮かべ、少しだけしんみりした。

 

「……だが、それだけではない可能性もある」

「まさか、ウェスカーがラグランジア王国と繋がっていると?」

「偉大なる冒険王がラグランジア王に与するなどあり得ません」

「可能性の話だ。まずあり得ないとは思うが、何事にも例外はある」

 

 その時だった。執務室の扉が大きな音を建てながら開かれ、オズワルドが入室して来た。

 

「オズワルド猊下!?」

「何故ここに!? 使い魔召喚の儀式の監督に赴かれていた筈では……」

「火急の要件というわけだな?」

「その通りでございます!」

 

 オズワルドはネルギウス王の執務室に両手をついて言った。

 

「ラグランジア王は魔人と手を結んだようです」

 

 オズワルドの言葉にネルギウス王は言葉を失いかけた。

 魔人は二種類に分けられる。竜姫シャロンのように人に似た姿で生まれた魔性と人から魔に転じた存在だ。

 人から転じた魔の恐ろしさは知性や力ではない。人という種が持つ底知れない欲望こそ、魔人が魔獣以上に恐れられる理由だ。

 権能のように他者を必要としない、個で完結する強大な力は人を容易く欲望の塊へと変貌させる。

 無論、誰もが欲望に呑み込まれるわけではない。己を完璧に律し、その力を人類の為に役立てた魔人も居れば、その力を生涯使わずに天寿を全うした者もいる。けれど、そのように生きられる魔人は非常に稀だ。

 欲望のままに暴れ回る魔人はしばしば世界を脅かして来た。七大魔王の屍叉ジュドや雷帝ザインもそうした存在だった。

 

「何故、分かった?」

「使い魔召喚の儀式の術式に何者かの干渉がありました」

「使い魔召喚の儀式に!?」

「まさか……、フリッカは無事なのですか!?」

 

 ヴァレンタイン公爵は取り乱し、オズワルドに掴み掛かった。

 

「もちろんです。レディ・フレデリカに脅威が降り掛かる前に、剣聖の弟子が事態を収束させましたので」

 

 オズワルドは動じた様子を見せず、気軽な口調で答えた。

 

「剣聖の弟子……、キャロライン・スティルマグナスか」

「彼女はレディ・フレデリカに魅了され、彼女の信奉者となりました。いやはや、さすがはヴァレンタイン公爵殿の御息女でございますなぁ! その人となりを知れば、誰もが夢中となってしまう!」

「……ま、まあ、自慢の娘ではあります」

 

 照れ隠しにコホンと咳払いをしながら、ヴァレンタイン公爵はオズワルドから離れた。

 

「御無礼を働きました事、誠に申し訳ございません」

「いえいえ、とんでもない! 御息女が剣聖の弟子を味方につけて下さったおかげで、わたくしは干渉者の探知に注力する事が出来たのですから! 彼女が動かなければ、わたくしは彼女達を守る為に探知を諦めねばならぬ所でしたから」

「干渉者の正体についてはどこまで掴めた?」

「サッパリです!」

 

 ネルギウス王の問い掛けにオズワルドは高らかに叫んだ。

 

「なっ!?」

「え?」

「さっぱりなのか……?」

「魔人である事以外は掴めませんでした。で・す・が! ある程度は推察出来ます」

「聞かせてくれ」

 

 ネルギウスの言葉にオズワルドは大きく頷いた。

 

「霊王の術式はまさに芸術です! 干渉するには霊王の知識が不可欠! わたくしでさえも、彼女から直接の手解きを受けていなければ弄る事は出来なかったでしょう。わたくしを超える魔法使いである可能性もありますが、それよりも霊王に近しい者と考える方が自然かと」

「霊王が人間同士の政治に手を出したと言うのですか!?」

 

 オルトケルン宰相の言葉にオズワルドは吹き出した。

 

「それはありません。彼女は死霊を慰める者。その目的以外で自発的に俗世と関係を持つ事はありません」

「では、一体……」

「彼女の信奉者の中に不心得者が居たという事でしょう。自発的には動きませんが、彼女は請われれば与える者です。無論、誰彼構わずというわけではありませんが」

「霊王の背信者による狼藉という事ですか……」

「そういう事でしょうね」

 

 執務室に沈黙が流れた。それを破ったのはネルギウス王だった。

 

「見えて来たな。ラグランジア王国の状況の変化は死霊魔術によるもの。死者を動かし、生産性を高めていると考えれば、すべてに納得がいく」

「……厄介さが増しましたな」

 

 ヴァレンタイン公爵は憎々しげに呟いた。

 

「戦争となれば、死者が山積みとなる。その死者を敵味方関係なく利用されるとなれば、もはや……」

「短期の殲滅戦という最悪の選択を取らざるを得ませんな……」

「あるいは少数精鋭によるラグランジア王と(くだん)の魔人の暗殺……」

 

 前者の策を取れば、夥しい量の血が流れ、ラグランジア王国は滅亡を余儀なくされる。

 かと言って、後者はあまりにもリスクが大きい。何しろ、魔人を相手取る事になるのだ。

 

「……暗殺しかあるまいが、オズを行かせるわけにはいかん。無論、ライも論外だ。この上、父殺しなどさせられぬし、フレデリカの側から離れさせるわけにもいかぬ」

「ネル殿ならば……」

 

 オルトケルン宰相は公安部に所属している少女の顔を思い浮かべながら言った。

 

「彼女は臣下というよりも客将に近い。ラグランジア王暗殺の汚名を着せるわけにはいかない」

「しかし、ならば誰を……」

 

 アガリア王国には戦力が揃っている。けれど、迂闊に動かせる者は殆ど居ない。

 

「いいよ、陛下。行ってあげる」

 

 いつの間にか、ネルギウスのすぐ側に彼女はいた。

 嘗て、七大魔王と呼ばれた少女。朱天ネルゼルファーは微笑みながら言った。

 

「ネル……」

「私は魔王。これ以上、汚れようがないよ」

 

 あっけらかんと彼女は言った。

 嘗て、勇者と共に雷帝を滅ぼしながら、その力を恐れた人々から魔に貶められ、それでも彼女は人の為に力を振るう。

 ネルギウス王は苦悩した。ライ同様、この国に滞在する限り、少しでも平穏な日々を送って欲しいと願っていた。

 けれど、この状況で動かせる駒は他にない。魔王の力を有する彼女ならば、必ずや魔人を滅ぼし、ラグランジア王の暗殺に成功するだろう。そして、彼女の名は更に穢される事になる。

 

「……ぐっ」

 

 ネルギウス王は表情を歪めた。

 命じなければならない。それが最も犠牲を抑えられる策なのだから。

 その為に、人類の為に献身し続けてくれた御方に更なる汚名を被れと。

 

「……いや、少し待て」

 

 命じたくない。ネルギウス王は心から思った。

 その類まれなる明晰な頭脳で別の手段を必死に模索した。

 しかし、どれだけ策を練ろうとも、暗殺以上の上策が浮かばなかった。

 それは彼女が表向きには正体を明かしていない事が大きい。ラグランジア王と魔人も、魔王が襲い来る事など想定してはいないだろう。そして、彼女とアガリア王国の繋がりを看破する事も難しい。

 メリットばかりが浮かび上がり、デメリットはその全てを彼女に押し付ける形に出来る。

 

「本当に優しい子だね」

 

 ネルゼルファーはネルギウス王の頭をよしよしと撫でた。

 

「アルトギアが絆されるわけだ。君という人間と直接言葉を交わせば、誰もが君の虜となる。そして、なんとまあ……、それはまさしく幸福な事だ」

 

 彼女は微笑んだ。

 

「君の為に尽くせるのならば、どれほどの汚名を被ろうとも辛くない。君の選択は必ずや世界をより良い方向へ導く事が出来ると信じられるからだ」

 

 彼女はネルギウス王の顎を持ち上げた。

 

「ああ、偉大なる王よ。誰よりも賢き王よ。いと慈悲深き王よ。どうかわたしに命じて欲しい。魔人を討ち、王を討てと」

 

 慈愛に満ちた眼差しを向けられ、ネルギウス王は涙を零した。

 それは、遥か昔に死に別れた母を思い出させた。

 

「……ありがとう、ネルゼルファー」

 

 ネルギウス王は涙を拭い去り、王としての覚悟を決めた。

 

「アガリア王、ネルギウス・コンウォート・ジル・オルティアス・ベルトルーガ・アガリアの名において、朱天ネルゼルファーに命じる! ラグランジア王国に潜む魔人を討ち、魔に魅入られし王を討て!」

「承知致しました、我が王よ」

 

 跪き、ネルギウス王に(こうべ)を垂れると、彼女はゆっくりと立ち上がった。

 

「ではな、アルトギア。今生くらいは陛下に尽くしておけよ」

「言われるまでありませんよ」

 

 彼女は苦笑すると共に魔王の権能を使った。

 ゲートの向こうへ消えていく彼女をネルギウス王はジッと見つめ、深く頭を下げた。

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