TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第十五章『TS悪役令嬢になったわたしと使い魔』
第百四十一話『獣王』


 世界が赤く染まった。

 

「え?」

 

 慌てて振り返ると、そこには真紅の壁が立ちはだかっていた。触れようとすると弾かれる。外は薄っすらとも見えない。

 こういうものなのだろうか? なんだか、ホラーチックで怖い。

 

「……えっと、まずは」

 

 名前を言おう。

 

「わたしの名前は……」

 

 エルフラン・ウィオルネ。アンゼロッテがくれた名前を名乗ろうとして、周囲に稲妻が走った。まるで、否定しているかのようだ。

 わたしは迷った。きっと、本当の名前を言わなければいけないのだろう。名乗るべき名前は知っている。フリッカが教えてくれた。だけど、わたしにはまだ、その名前が自分の名前なのだという実感がない。わたしにとってのわたしの名前はやっぱり、エルフランなのだ。

 

「……わたしはエルフラン! エルフラン・ウィオルネ! 来て、ヴァイク!」

 

 その瞬間、世界が割れた。そう思わされる程の音と衝撃が走った。稲妻が飛び交い、地面が割れていく。

 顔を腕で庇いながら、いくらなんでもおかしいと思った。他の子達の時はこんな風になっていなかった。

 音と衝撃は今も続いている。それは上空から降り注いでいた。わたしは恐る恐る顔を持ち上げた。そして、見た。

 

「ヴァイク!?」

 

 ヴァイクがいた。何かと戦っている。

 

「ヴァイク!」

「ウギィィィィィィィイイィィィィィィイィィィ!!!」

 

 ヴァイクの怒りの咆哮が轟いた。

 

 ◆

 

 アザレア学園の遥か西に聳える霊峰アルヴァドの丘で、アンゼロッテは息を切らしていた。ヴァイクを向かわせる為に魔王と聖女の権能を全力で発動した為だ。

 

「……話が違うぞ、アルトギア」

 

 憎々しげに彼女は呟いた。

 エルフランが使い魔召喚の儀式を開始した瞬間、アザレア学園に真紅の柱が現れた。

 あれは霊王の権能による遮断結界だ。

 その結界が現れる直前――――、エルフランが召喚陣に触れた瞬間、悍ましいナニカが現界(げんかい)しようとしていた。

 

「あれはガルドの民か……」

 

 失われた都、ガルド。

 二代目魔王ロズガルドがそう呼ばれるようになった由来の街。

 ロズガルドの出現と、その直後のクレア・リードとの戦闘によって、その土地は文字通りの意味で消し飛んだ。

 あまりにも唐突な出来事であったが為に、その地で生き残ったのはロズガルドとクレアだけだった。避難する余裕など無く、その地に生きていたすべての生命(いのち)が死んだ。

 その死があまりにも理不尽過ぎたが故に、死者の魂は怨念を抱き、怨霊と化した。

 

「だから、どうした」

 

 アンゼロッテはゆらりと立ち上がった。

 

「わたしのエルを傷つけるものは許さん! 蹴散らせ、ヴァイク!!」

 

 ◆

 

 それは無数の魂の融合体だった。泡の塊のようであり、表面には無数の顔が浮かんでいる。その口から吐き出される瘴気は霊界に漂うもの。生者が触れれば死の苦痛を味わう事になる。

 一つの怨念を共有する怨霊が寄り集まった存在。人はそれをレギオンと呼ぶ。

 レギオンは生者を呪い、生者を殺し、その魂を取り込む事で力を増大させる。

 悲劇によって生まれ、悲劇を齎すそれは一度(ひとたび)出現すれば、魔王出現と同規模の被害を世界に齎す災厄だ。だからこそ、悲劇を厭う霊王は死者を慰撫している。

 レギオンの口から漏れ出す不協和音は憐れむべき魂の嘆きの叫びであり、救いを求める声だ。その声を聞き届け、救いを与える彼女はだからこそ、霊王と呼ばれ、敬われている。

 

「ウギィィィィィィィイイィィィィィィイィィィ!!!」

 

 けれど、そんな事はヴァイクにとってはどうでもよかった。

 エルフランを傷つけようとするもの。それはヴァイクにとって、敵でしかない。

 生者の天敵とされる存在だろうが、彼は恐れない。

 あまねく魔獣の頂点とされるもの。その咆哮は死者にすらも死の恐怖を与えた。

 

『オォォォオオオオオオオオオォォォォォォォオ!!!』

 

 理性が狂気の内に溶け消えようとも、それは人や獣、魔獣の魂の集合体。

 その魂の奥底に刻み込まれたものは消えない。

 食物連鎖の内に生きる生物が決して逃れ得ない、狩るモノと狩られるモノの関係性。

 圧倒的強者に蹂躙される弱者。その理不尽は、彼らの死因であり、怨念の源でもあった。

 故にこそ、レギオンはヴァイクに怒りと憎しみを向けた。

 

「ウギィッ!」

 

 その感情をヴァイクは蹴散らした。

 文字通りの意味だ。その一蹴りでレギオンの無形の体が二つに引き裂かれた。そして、割かれた断面を構成していた魂は消滅しかけた所を霊王によって回収された。

 レギオンの無数の口は悲鳴を上げた。数百年の間に積み重ねられてきた怒りと憎しみは獣王の一撃によって齎された恐怖によって、アッサリと塗り潰された。

 ヴァイクに挑むという事はそういう事だ。数百年単位の蓄積など、何の意味もない。数を揃えようとも、理外の力を持とうとも、何の意味もない。

 何故なら、彼は獣王なのだから。

 

『オォォォォォォォォォ……』

 

 レギオンが崩れていく。一つに纏まっていた魂が散っていく。

 怨念よりも、死の恐怖が勝り、我先に逃げようとしている。その無様な光景を獣王はジッと見ていた。

 

「ウギィ」

 

 獣王に睨まれ、尚も立ち向かう勇気を持てる魂など、一つもなかった。

 

「ウキッ!」

 

 真紅の光も消えていく。霊王が権能を解いたのだ。

 黄金の輝きを取り戻した召喚陣の上空からヴァイクがゆっくりと降りていく。

 そして、何が起きているのか分からなくてキョトンとした表情を浮かべている最愛の主の前に降り立った。

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