TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ! 作:冬月之雪猫
使い魔召喚の儀式が終わり、いよいよアザレア学園の授業が始まる。
フレデリカ・ヴァレンタインは授業が楽しみで仕方なかった。彼女は勉強が大好きなのだ。
朝陽が登る前に目を覚ました彼女はすぐに身支度を整えると、厩舎に向かった。そこには彼女の使い魔であるゾディアとブライスがいて、二頭はしっかりと目を覚ましていた。
「ゾディア! ブライス! おっはよー!」
周囲に人の気配はない。一応、魔王再演を使って確かめた。
誰にも見られていない事を確かめると、彼女は厩舎の掃除をした。二頭が少しでも快適に過ごせる環境にしたいと思ったからだ。
もっとも、片付けるべきは床に散らばった二頭の糞尿程度で、他に汚れらしきものはなかった。この厩舎は昨日の内に作られたばかりの新品だからだ。
魔法による突貫工事により、短時間で驚く程に立派な建物が作られた。それは次期王妃の使い魔だからこその特別措置だった。他の使い魔達は既存の厩舎で過ごしている。
「ほーら、人参だぞー!」
フレデリカはゾディアの口元に人参を運んだ。すると、ゾディアは舌で舐め取るように人参を口の中に入れ、美味しそうに咀嚼した。
ブライスにもあげると、同じように人参を舌で絡め取った。歯を使うとフレデリカの手を傷つけてしまうと思ったのかもしれない。
「へへへ、もう一個ずつあるんだ!」
使い魔への餌やりにフレデリカは興奮した。彼女は生まれ変わる前から動物が大好きだった。だけど、ペットを飼わせてもらえなかったから、動物との触れ合いを求めて、動物との触れ合いが充実している動物園に足繁く通った。
だから、使い魔召喚の儀式が楽しみで仕方なかった。昨日はみんなの視線があるからはしゃぐにはしゃげなかったけれど、今は誰の目も気にしなくていい。
「ゾディアのお腹もちもちだー! ブライスは尻尾の毛並みが綺麗だなぁ! あっ、ウンチついてる」
尻尾の毛にくっついているウンチを取ってあげると、ブライスは喜んだ。
「厩舎は気に入った?」
「バオォォン!」
「ヒヒィィン!」
気に入ってくれているようだ。実を言うと、この厩舎のデザインはフレデリカが考えたものだ。
赤い屋根瓦の小さな家をイメージして、建築を請け負ってくれた男性に伝えると、彼女がイメージした通りの厩舎を作ってくれた。
「……懐かしいな」
フレデリカはゾディアとブライスに別れを告げ、寮に戻りながら厩舎を見つめた。
彼女が生まれ変わる前に住んでいた家の屋根にも赤い屋根瓦が敷かれていた。
「泣いているのですか? レディ・フレデリカ」
「え?」
突然、目の前にオズワルドが現れた。目を白黒させるフレデリカの目元を彼はハンカチで拭った。
「ゾディア・ブライス。いやはや、驚きましたねぇ。まさか、馬の名前だったとは……」
オズワルドは興味深げに厩舎を見た。
「えっと……、猊下。わたくしになにか……?」
「少々、興味を惹かれましてね。貴女が魔王再臨時に取り出す剣。その銘もまた、ゾディア・ブライスなのですよ」
「え?」
「銘の由来は長らく不明でした。それも道理というものですね。馬の寿命は精々が二十年余り。シャロンが生きた数百年の内のほんの僅か。ウェスカーの手記にも無かった所を見るに、恐らくは彼女がラグランジア王国を訪れた時に出会ったのでしょう。その時期の彼女の記録はすべて、ロズガルドの記録と共に抹消されていますから」
「ロズガルドって、二代目魔王の……? でも、どうして……」
「ロズガルドとシャロンは親友同士だったのです」
その言葉を聞いた瞬間、フレデリカは目を見開いた。
彼女はその事を知っていた。以前、シャロンの事を知ろうと思って読んだ『堕ちた竜の姫』という本にも書いてあったからだ。
―――― シャロンはウェスカーと共に旅をして、その果てにラグランジア王国を訪れた。
―――― そこで一人の少女と出会う。
―――― 名前は如何なる歴史書にも記されていない。
―――― ただ、彼女こそが後の二代目魔王ロズガルドである事は確かなようだ。
一字一句を覚えている。それなのに、オズワルドに言われるまで意識して来なかった。そして、一度意識してしまうと、それまでバラバラだった情報がパズルのように組み上がっていく。
ロズガルドとシャロンは親友同士だった。そして、オズワルドの口振りから察するに、ゾディアとブライスはシャロンがロズガルドと共に過ごしていた時期のペット。その二頭と獣王ヴァイクの関係性。そして、ヴァイクとエルフランの関係性。
エルフランは七英雄の力を引き出す英雄再演というスキルを持っている。つまり、彼女と七英雄には何らかの繋がりがあるという事だ。七英雄とは二代目魔王ロズガルドを討ち滅ぼした英雄達の事。
まさかと思いたかった。けれど、一度思い至ってしまうと否定する事の方が難しかった。
「……エルは」
「ええ、そうです」
否定して欲しかった。それなのに、オズワルドはアッサリと肯定した。
「彼女の正体は二代目魔王と謳われし者。この大陸の一部を多くのラグランジアの民と共に消し去った災厄の化身。ロズガルドです」
「な、なんで……」
「知っておくべきでしょう。彼女自身が思い出してしまう前に」
「……エル自身が?」
「貴女が辿り着けたように、彼女もいずれは辿り着いてしまう。その時、彼女を救える者がいるとすれば、それは貴女以外にはいないのですからね。アンゼロッテやヴァイクは彼女を守る事しか出来ませんから」
「エルは再びロズガルドに……?」
二代目魔王ロズガルドとなった渚。伝承によれば、彼女は七英雄に討伐された筈だが、彼女は数百年の時を超えて迷いの森に現れた。そして、彼女が窮地に陥ると七英雄が力を貸してくれる。
きっと、七英雄は渚を滅ぼそうとしたのではなく、何らかの方法で救おうとしてくれたのだろう。
彼女の記憶が失われているのは彼らによる救済の為の措置なのかもしれない。
「可能性は大いにあります。彼女をロズガルドから今の状態に戻したのは『
時喰みの獣。それはゲームにも登場していた。ただ、かなりメタ的な存在だった。
エルフランの軌跡では戦闘の勝敗に関わらず物語が進行していくけれど、ザラクの冒険では敗北すると物語が中断してしまう。コンティニューするか、直近の自動セーブのデータをロードするか選ぶ画面になり、どちらかを選択すると画面が巨大な鮫に食べられる。
その時に現れる鮫のような魔獣こそ、時喰みの獣『アルテミス』。作中で出会う事はなく、戦闘敗北時のロード画面でしか見る事のない存在だ。
「ただ、彼女がロズガルドに変異したのは18歳の誕生日だったそうです」
「18歳の誕生日……?」
「レムハザードが死者から聴取した情報やウェスカー・ヘミルトンの手記などの文献を調べた結果、それまでの彼女は今の彼女とそれほど変わらない普通の少女だったそうです。それ故に分からない。その時、その場に突如としてロズガルド化の因子が外的に現れたのかもしれませんし、そうではないかもしれない。前者ならば問題ないのです。ですが、内的要因だった場合は18歳になる事がトリガーとなる可能性があります」
「げ、猊下! そんな事があり得るのですか!? 18歳になる事がトリガーなんて……」
年齢とは、生まれた日が一巡する毎に重なっていくもの。日付とは、人が定めたもの。それを基準とする現象など、あまりにも不可解だ。
「ええ、自然発生する現象が人の定めた概念を基準とする事は無いでしょう。ですから、考え得る可能性は一つです」
「……人為的な現象という事ですか?」
「ええ、それ以外には考えられないでしょう。あくまでも、18歳をトリガーとしていた場合はですがね」
だけど、きっとそれが正解だ。何者かの悪意が彼女をロズガルドにした。
七英雄はきっと、その事に気付いていたに違いない。だからこそ、彼女を打ち滅ぼすのではなく、救う事を選んだ。
「呪いを解く事は出来ないのですか?」
「その為の努力は致しております。ですが、そもそも呪いが掛かっているのかどうかすら分からない状態なのです」
「猊下ですら……」
世界最高の魔法使いであるオズワルドが解けない呪いなど、誰にも解けない。
フレデリカは青褪めた。
「気休めは申せません。アルトギア・ディザイアとしての知識を総動員しても尚なのです。ですから、鍵を握るのは貴女なのです」
「……わたくしに出来る事があるのですか?」
「あります」
オズワルドは断言した。
「それは一体……?」
「シャロンが魔王となったのも、ゾディア・ブライスを創り出したのも、世界を渡ったのも、すべては彼女の為に違いありません。七英雄だけではなく、竜姫シャロンもまた、彼女の救済の為にすべてを捧げたのです。そして、彼女はこの世界に己ではなく、貴女を遣わした。既にお気付きかも知れませんが、貴女の記憶が今の肉体に継承されているのはシャロンの細工によるものです。本来ならば、彼女自身の記憶を持ち越す為の細工を貴女に使った。それはつまり、シャロンが貴女ならば彼女を救えると考えた為です」
「シャロンが……」
竜姫シャロン。フレデリカにとって、それは前世の前世。一度は魔王として世界を震撼させた存在。
彼女の行動には不可解な部分が多い。それがすべて友達を救う為のものだった。そして、わたしに託した。
「……シャロン」
話してみたい。そう強く思った。
どんな子だったのだろう? 何を思っていたのだろう? どうして、わたしを信じてくれたのだろう?
「わたしは彼女みたいに必死になれるかな……」
「なれますよ。いえ、なれてしまう。貴女という魂はそういうものなのでしょうね。
猊下は言った。
「シャロンだけではない。生前の貴女もそうだったのでしょうね」
そう言うと、彼は彼女の頭を撫でた。
「無理をするなと言うべきなのでしょうね。ですが、貴女には無理をして頂かなければならない。彼女を救う為以外にも、もう一つ」
「わたくしに出来る事があるなら、なんなりと!」
「……ガイス・レヴァリオンを極めて下さい」
「え?」
ガイス・レヴァリオン。それは勇者の必殺技だ。
「でも、それは……」
「貴女にも使えます。二代目勇者レオ・イルティネスが編み出した
「シャロンも!?」
「彼女のストレイヤー・クラヴェスはガイス・レヴァリオンを彼女なりにアレンジした技なのです」
「そうだったの!?」
てっきり、まったく違う技だと思っていた。
「話を戻しますが、貴女にはガイス・レヴァリオンを会得して頂く必要があるのです」
「……再び、『時喰みの獣』を呼び出す為ですか?」
フレデリカの理解力の早さに舌を巻きながら、オズワルドは悲しげに頷いた。
「そうです。わたくしがサポートをすれば、七英雄がやった事を再現出来るでしょう。彼女を救えなかった時、再び彼女の時を巻き戻し、未来に託す為の措置です」
「で、でも、でも! そ、その未来にオレは居るんですか!? 渚を助けてくれる人は居るんですか!?」
理性が働かなかった。フレデリカの心は
「……分かりません」
オズワルドは苦しそうな表情で答えた。
「いえ、恐らくいません。七英雄の加護も失われてしまうでしょう。ですから、それは彼女を救う為のものではないのです」
フレデリカは震えた。オズワルドの言おうとしている事が分かってしまったからだ。
彼女を救う為ではない。それは世界を救う為のもの。
ロズガルド化してしまう事を防ぎ、そして――――。
「故にこれは他の誰でもなく、わたくしからの命令です」
彼は命じた。
「彼女を救えなかった時、彼女を滅ぼす為にガイス・レヴァリオンを極めなさい」
「……かしこまりました」
声も体も震わせながら、フレデリカは頭を下げた。
そんなものは必要ない。必ず、彼女を救い出す。そう言って撥ね退ける事など出来なかった。フレデリカは次期王妃として、国の未来を考えなければいけなかったからだ。
自分自身の意思でやりますとも言えなかった。自分が死ぬ覚悟は出来ても、彼女を死なせる覚悟など出来ない。まして、殺す覚悟など出来る筈がなかったからだ。