TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第十五話『帰郷』

 勇者が去り、オレは公爵領に続く道を歩いている。ヴォルス騎士団長が馬車を手配すると提案してくれたけど、それを待っていると夜が来てしまう。

 この世界の夜はとても危険だ。王宮騎士団の精鋭部隊を襲う野盗や魔獣は早々居ないと信じたいけれど万が一がある。

 いざとなれば『魔王再演』を使う事に躊躇いはない。だけど、今の所はアイリーンとバレット以外に知られていない力だ。二人からは隠しておいた方がいいと助言されている。

 だから、出来るだけ陽が出ている間に公爵領へ辿り着きたい。

 

「大丈夫ですか? お嬢様」

 

 アイリーンが心配そうに声を掛けてきた。公爵令嬢として蝶よ花よと育てられて来たオレの身体能力は非常に低い。

 一応、基礎的な体力作りは令嬢としての教育課程に盛り込まれているけれど、何時間も歩き続ける為のものではない。

 だから、根性だ。

 

「わたくしが言い出した事です。公爵領に辿り着けば休める筈ですし、気遣いは無用です」

 

 それでもオレの歩行速度は遅い。みんなも速度をオレに合わせなければならないから通常の行軍よりも疲労を募らせている筈だ。だけど、そんな素振りを誰一人見せない。

 まさに鍛え方が違うというやつだろう。

 

「そう言えば、騎士団の飛竜はどうなったのでしょう? ドラゴン達はメルカトナザレが癒やしていましたし、騎士の皆様は勇者様が治癒して下さいましたけど……」

 

 まさか、飛竜達だけ両方からスルーされたのではないかと不安になった。それではあまりにも可哀想だ。

 

「飛竜達は竜王と共に飛び去って行きました」

 

 バレットが言った。今の彼は騎士モードだ。

 

「おそらく、従魔契約よりも竜王の命令を優先したのでしょう。竜王に飛竜達を連れて行く気があったようには見えませんでしたが……」

「他のドラゴン達への命令を自分も受けたと勘違いしちゃった感じ?」

「……お、おそらく」

 

 飛竜達はドジっ子だったようだ。

 

「でも、生きていてくれるならいっか」

 

 一応、飛竜も亜竜だけど竜王山脈出身だ。ひょっとすると久しぶりの里帰りを満喫しているかもしれない。

 

「……そうですね」

 

 ◆

 

 日が沈み始めた頃、ようやく公爵領に辿り着いた。ヘトヘトだけど、もうひと踏ん張りだ。

 領地の入り口には巨大な門がある。公爵領には巨大な結界が張り巡らされていて、この門以外から立ち入る事は出来ない。

 だから、飛竜船も門の傍に降りる予定だった。

 

「フリッカァァァァ!!!!」

 

 門が見えて来たと同時に兄貴が飛んで来た。

 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。

 

「兄貴!!」

 

 だけど、そんな事は気にならない。とにかく、兄貴と会えた事が嬉しくて堪らない。

 両手を広げて待ち構えると兄貴はオレを力強く抱き締めてくれた。

 相変わらずの筋肉だ。安心感が違う。

 

「あにきぃ……」

 

 途端に緊張の糸が切れてしまった。兄貴の大胸筋に顔を埋めて泣きじゃくった。

 アルと別れてから僅かな間に色々な事が起こり過ぎた。

 ドラゴンの群れの襲撃。焼かれる飛竜。落ちていく騎士達。メルカトナザレの襲来。勇者の登場。

 その中でオレはよくやったと思う。頑張ったと思う。だけど、もう無理だ。

 

「うぅぅぅぁぁぁぁあああああああああああ」

「フリッカ……。大丈夫だぞ。もう、大丈夫だ。お兄ちゃんが居るからな……。フリッカ」

 

 頭を撫でてもらった。まるで赤ちゃんみたいにあやしてもらった。

 少しずつ心が落ち着いていった。

 安心したら眠くなってきた。

 

「……おやすみ、フリッカ。よく頑張ったね」

「おやすみ……、お兄ちゃん」

 

 ◆

 

 フレデリカが眠るとヴァレンタイン公爵領の領主であるロベルト・ヴァレンタインは警護の任に就いていた王国騎士団を見た。

 誰もが愕然とした表情を浮かべている。特にフレデリカと同い年くらいの少年騎士は酷い有様だ。この世の終わりのような表情を浮かべている。

 

「……アイリーン。詳しい話を聞きたい所ではあるが、まずは皆を休ませねばならない。フリッカも布団で寝させてあげたいからな。疲れている所をすまないが彼らを貴賓館に案内してくれ。君の部屋も用意させている。そこで体を休めて欲しい」

「休息など……」

「これは命令だ」

「ですが……」

「アイリーン。目が覚めたら一緒に褒めてあげよう。いっぱい頑張ったようだからな」

「……かしこまりました」

 

 アイリーンは顔を歪めながら頷いた。フレデリカの傍を離れたくない。けれど、疲労がピークに達している事も事実だった。

 鍛錬を積んでいた自分でさえ限界に近い疲労。それでも気丈に振る舞い続けた小さな主。

 

「お嬢様……」

 

 アイリーンは思った。

 不甲斐ない。あまりにも不甲斐ない。メイドであり、護衛である自分が終始守られ、あまつさえ気を遣われてしまった。

 足りなかったのだ。主を守る為には力も覚悟も足りていなかった。

 

 ◆

 

 領門があるビスカンテは公爵領の重要な交易拠点でもある。なにしろ、領門以外からの出入りは不可能だからだ。公爵領全土を覆う結界は空からの侵入も阻む。

 その為、ロベルトは定期的にこの街に足を運んでいる。その度に使用している為、この街のタウン・ハウスには設備と人材が揃っていた。

 

「フリッカの湯浴みと着替えを頼む。肉体的にも精神的にも疲弊し切っているからくれぐれも負担を掛けないように頼む」

「かしこまりました」

 

 タウン・ハウスの管理を任せているジェニファー・ネルソンにフレデリカを託し、ロベルトは急ぎ執務室へ向かうと対となる魔法具を媒介とした遠距離通信で父親にコンタクトを取った。

 ギルベルト公爵は間を置かずに応答した。

 

『ロベルトか!』

「父上、フリッカが戻りました! 今はタウン・ハウスで休ませております」

『……そうか』

 

 ギルベルトの安堵の声にロベルトは目を見開いた。

 

「……嬉しいのですね、父上」

『ああ……、心の底から嬉しいよ』

 

 その言葉にロベルトは笑みを零した。フレデリカに冷たく接して来た父の彼女に対する愛情を垣間見る事が出来て安堵した為だ。

 

『王国騎士団の被害状況は?』

「無傷です。詳しい報告は受けておりませんが出発した騎士の数とビスカンテに到着した騎士の数は合致しております。アイリーンにも傷一つありません」

『……メルカトナザレと勇者様の激突は確認されているがフリッカの飛竜船は被害を免れたという事か?』

「いいえ、飛竜船はおろか、飛竜の姿もありませんでした。どうやら、不時着して徒歩でやって来たようです」

『徒歩だと!? しかし、フレデリカは……』

「相当に無理をしたようです……」

『そうか……。アイリーンや騎士達からの事情聴取はこれからか?』

「はい。少し休ませる必要があると判断致しました。明日、事情聴取を行い、夕刻までには御報告を行えるかと」

『それでは遅い。ヴォルス騎士団長やアイリーンからは今日中に事情を聴取しろ』

「しかし……」

『此度の件は国家の存亡にも関わる事だ。陛下の進退にもな』

「……かしこまりました」

 

 ロベルトは深く息を吐くと通信を切った。そして、父の命令を遂行する為に貴賓館へ向かった。

 出来る事ならば休ませてやりたい。

 領主として多くの人を見て来たからこそ分かる。

 フレデリカが泣いた時の彼らの顔を思い出す。あれは己の不甲斐なさを嘆くものだった。

 彼らには心を落ち着かせる時間が必要だ。

 

「アイリーンとヴォルス騎士団長を談話室へ呼んでくれ」

 

 特にアイリーンは見た目こそ頼もしいが女の子だ。そして、彼女はフレデリカを心から愛している。

 そんな彼女にとって、今回の一件は相当に堪えている筈なのだ。

 前に彼女から聞いた事がある。

 

 ―――― お嬢様はわたくしを守りたいと言って下さるのです。

 

 微笑ましい話だ。けれど、それはアイリーンにとって特別な言葉だった。

 幼き日より厳しい鍛錬を積まされ、乙女として生きる事を許されなかった。

 無骨な筋肉に覆われた肉体はおよそ年頃の少女のものとは思えぬものとなり、大人の男さえも彼女を怖がる事があった。

 けれど、フレデリカは最初こそ目を丸くしていたけれど直ぐにアイリーンに懐いた。守りたいと言った。

 余人には計り知れぬ事だ。ただ、彼女はフレデリカを自分にとって何よりも大切な宝物だと考えている。

 例え、親兄弟であろうとフレデリカを害する者は許さない。それ故にロベルトは彼女に全幅の信頼を寄せてフレデリカを任せている。

 

「ロベルト様」

 

 ノックの音と共にアイリーンの声が聞こえて来た。

 

「入れ」

 

 ロベルトの言葉と共にアイリーンとヴォルス騎士団長が談話室へ入って来た。

 竜王襲来の一件を話すには似合わぬ場所なれど、ここならばアイリーンの心の負担も少しは減るかもしれないと考えたが故に事情聴取の場として選んだ。

 

「疲れている所をすまないな。だが、一刻も早く王宮へ御報告しなければならなくなったのだ」

「心得ております」

「何なりと」

 

 それからロベルトはアイリーンとヴォルス騎士団長の話を聞いた。

 騎士団が壊滅し、フレデリカが乗る飛竜船の前にメルカトナザレが現れたと聞いた時は卒倒しそうになった。

 フレデリカを失っていたかもしれない恐怖に押し潰されそうになりながらロベルトは二人の話を最後まで聞いた。

 そして、アイリーンが言った。

 

「……ロベルト様。一つ、御報告が御座います」

 

 そう言うと、彼女はヴォルス騎士団長を見た。

 

「父上。申し訳ありませんが内密の話となります。御退席を」

「……了解した」

 

 この場において、権力はアイリーンが最も弱い立場にある。けれど、アイリーンの言葉にヴォルス騎士団長は素直に従った。

 それは単に娘の言葉だからというだけではない。それがフレデリカに関する話だと悟った為だ。

 彼女の涙が脳裏を過り、騎士としてこれ以上の失態を重ねるわけにはいかないと判断した。

 ヴォルス騎士団長が退席した後、ロベルトはアイリーンの様子から判断して室内に様々な種類の結界を重ねた。

 

「さて、聞かせてもらえるかな」

「……これはお嬢様とわたくし、バレット、そして、勇者様しか知らぬ事です」

 

 そう言って、彼女はヴォルス騎士団長が居た時は意図的に隠匿したメルカトナザレ襲来前後の話をした。

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