TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百五十四話『我が騎士』

「……ライ?」

 

 声の方へ振り返ると、あれだけやかましく響き渡っていた音が()んだ。

 音の嵐から一転して、無音が広がっている。その落差に戸惑った。思考が上手く纏まらない。

 

 ―――― 音を()つ結界だ。お前の体が発する音も消している。今の内に強化を解除しろ。

 

「う、うん」

 

 奇妙な感覚だ。声を発した筈なのに、それすらも聞こえない。だけど、やるべき事は分かった。

 彼の言葉に従って、魔王再演のスキルを解除する。落ち着いてさえいれば、もう慣れ親しんだ感覚だ。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

 スキルを解除すると共にライも結界を解除したようだ。駆け寄ってきたエレインの声が問題なく聞こえる。

 彼女は心配そうに背中を撫でてくれた。とても心地が良い。おかげで少し気分が良くなった。

 

「うん、大丈夫。少し、頭が痛くて……」

「こっちか?」

「ん……、うん。そこ……」

 

 彼女に頭を撫でられていると、痛みと共に気分が和らいでいく。

 一見するとガサツに見えるけれど、彼女はとても優しい。そして、包容力がある。口に出して言ったら間違いなく怒られるから心に秘めているけれど、きっと良いお母さんになると思う。

 わたしも将来を見据えて、彼女を見習うべきだろう。

 

「医務室行くか? ぶっちゃけ、お前に戦闘実習は要らないだろ」

「い、いえ、そういうわけには……」

「必要ない」

 

 ライが言った。

 周りの子達がざわついている。仕方のない事だ。顔を仮面で隠している彼は、見た目がとても怪しい。

 ザイリンに至っては、まるで野生の魔獣と相対しているような警戒の表情を浮かべている。

 

「いえ、授業ですから……」

「そうではない。医務室に行く必要はないと言っている」

「……アンタ、この前の」

「ライだ」

 

 エレインはライを睨みつけた。

 

「フリッカは頭が痛いんだ。医務室に行くべきだろ!」

「必要ないと言ったぞ。慣れないスキルを使おうとした反動だ。すぐに回復する」

「けどな!」

「だ、大丈夫だよ、エレイン。ライの言う通りだから……」

 

 険悪な雰囲気が漂い始めたから、慌てて口を挟んだ。実際、もう頭の痛みは引いている。

 魔王再演は魔王の魔力を扱えるようになるだけではない。スキル発動と共に、竜姫シャロンの権能も起動する。その内の一つ、エルダー・ヴァンパイアの権能には強力な自己回復スキルが含まれている。

 聴力強化による脳への負担も継続的に癒やしてくれていて、魔王再演解除後に残っていたのはあくまでも余韻に過ぎなかった。

 

「無理はしてないだろうな?」

「うん。大丈夫」

 

 信じてくれたようだ。彼女はホッとした表情を浮かべた。 

 

「迂闊だぞ、フレデリカ」

 

 ライがピシャリと言った。

 

「……うぅ」

 

 返す言葉もない。五感を強化するスキルの発動にはリスクが伴う。その事はスキル関係の書物に例外なく記されていた。脳の許容量を超えた情報を仕入れてしまう為だ。

 だけど、出来ると思ってしまった。以前、ミリアル・レーゼルフォンと対面した時に魔王再演で強化された聴力で周囲の声を拾い集めた事がある。あの時は問題なく目的を達成する事が出来たからだ。

 失敗した理由は恐らく、魔王再演で強化された状態が今のわたしにとっての上限だったからだ。そこから更に聴覚強化を行ったから、脳の許容量を超えてしまったのだろう。

 

「おい、お前! 苦しんでるフリッカになんて言い草だ!」

「迂闊だから迂闊だと言った。フレデリカは賢いが、無駄に深読みをしたり、空回ったり、うっかりしている所があるからな。注意するべき時は注意するべきだろう」

「それは……まあ、たしかに」

 

 エレインが納得してしまった。納得いかない。

 

「ちょっと! 誰がうっかりですか!」

「いや、誰がって……」

「自覚がないのか?」

 

 二人が揃って呆れたような視線を送ってくる。

 そして、周囲の人達の視線も集めてしまっている事に気がついた。

 よくよく考えると、もう先生が来ていたのだ。授業が始まっている。これではうっかりを否定出来ない。

 

「大丈夫ですか!? フレデリカ様!!」

 

 先生が駆け寄ってきた。

 とんでもない醜態を晒してしまっている。わたしは慌てて立ち上がった。

 

「はい、大丈夫です。授業の邪魔立てをしてしまい、誠に申し訳ございません」

「そんな!? とんでもございません! フレデリカ様の御身に何かあれば、それこそ一大事に御座います!」

 

 さっきまでは厳格そうな雰囲気を纏っていた筈なのに、彼女は完全に取り乱している。

 わたしの立場を考えると当然とも言える反応なのだけど、歴史学や魔法理論学の先生達は自分のペースを一切崩さなかった。

 どちらも癖の強い人達だったけれど、特別扱いをされない事に安堵していた。どうやら、そういう人達ばかりではなかったようだ。

 

「コレット。フレデリカは問題ない。授業を進めろ」

「ですが!」

「問題ない」

 

 ライの有無を言わさぬ雰囲気にコレット先生は口を噤み、わたしの方を見た。

 

「大丈夫です、先生。御心配をお掛けして、申し訳ございませんでした」

「……かしこまりました」

 

 尚もわたしの事を心配そうに見つめてくる彼女に心苦しくなる。

 周りの子達も盗み聞きをする為に勝手に自爆した間抜けを心配してくれている。

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 

「それでは授業を始めます。今日はクラス分けの為の身体測定です。寮毎に分かれて、担当者から説明を受けるように!」

「わたし達の担当者って、どこだ?」

「オレだ」

「アンタかよ!?」

「ライなの!?」

 

 わたしとエレインは顔を見合わせた。予想外にも程がある。

 

「エラルドから依頼を受けた」

「学園長から!?」

「『今年の新入生は現時点で教師の実力を超えている者が複数いる為、御助力願いたい』とな」

「……ああ、なるほど」

 

 アザレア学園の教師には一癖や二癖はあるものの、世界各国から選りすぐられた優秀な人材が揃っている。けれど、すでに英雄クラスの実力を持っている子供を指導するのは荷が重かったという事だろう。

 剣聖の弟子であるキャロラインが良い例だろう。彼女の武力は学園の防衛を任されている騎士達の総力すら上回る。それを教師一人で抑え込む事は至難の業だ。

 

「……全員ここに集まれ」

 

 ライは辺りを見回しながら言った。相変わらず、ぶっきらぼうな言い方だ。

 平民の子達は不安そうにしながらも近付いてきたけれど、貴族の子達はあからさまに警戒している。

 仮面の不審者だからではなく、騎士なのに無礼な言葉遣いだからだ。

 騎士は武勇に秀でていれば良いというものでもない。品格と教養も一流でなくてはならない。

 家格が下の子供であろうとも、騎士は礼儀を欠かしてはならないのだ。

 

「集まれと言ったぞ。どうした? 何故、集まらない?」

 

 ライは困惑している。これはわたしのミスだ。

 彼は勇者だ。騎士の在り方など知る筈もない。それを教えるのは主人であるわたしの役目だった。

 ただの方便だとしても、彼が次期王妃の護衛騎士という肩書を持つ以上、最低限の事は教えてあげるべきだった。

 

「ライ。今のあなたは騎士なのです」

「フレデリカ?」

「あなたがあなたであったように、騎士には騎士の在り方があるのです」

 

 息を深く吸い込んで、意識を切り替えた。

 戦闘実習はとても重要な授業だ。その大切な時間をみんなに失わせるわけにはいかない。

 混乱を収める必要がある。その為に出来る事は一つだ。 

 

「皆様、集まってください」

 

 わたしが声を掛けると、ライを警戒していた子達も素直に集まってくれた。

 

「紹介致します。彼は我が騎士、ライ。この度はエラルド・ライゼルシュタイン学園長先生からの依頼を受け、授業を手伝う事になりました」

 

 彼を紹介すると、返ってきたのは沈黙だった。

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