TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ! 作:冬月之雪猫
わたしは手に残る黄金を見つめた。少し意識を傾けてみると、それは固形化した。
「……こういう仕組みだったんだ」
固形化すると光が落ち着き、また見覚えのある色になった。
それは魔王再臨時に変化する両腕の鱗の色であり、メルカトナザレやメサイアの全身を覆う鱗の色だった。キャロラインはこれを『緋々色金』と呼んでいた。
魔王再臨時の腕をイメージしてみると、再び光を取り戻し、それはわたしの両腕に纏わりついて、竜の腕となった。そして、それも意識すれば解除する事が出来るようになった。
魔力だと思う。だけど、少し違和感を感じる。
「……それって、竜王の?」
シャシャは目を見開きながら問いかけて来た。
いきなり、竜王
すると、彼女はさらに衝撃的な言葉を言い放った。
「『緋々色金』は竜王の系譜だけに許された神器だよ。七王に創造神が与えた力なの。なんで、君が持ってるの?」
「え?」
それはわたしにとって、初めて聞く情報だった。公爵領や王宮の書庫ですら、聞いた事がない。
「七王が創造神に……? 獣王や霊王にも?」
「今の七王じゃないよ。創世記の七王。知らないの?」
「……それって、バルサ―ラ教の教典には書いてないよね?」
創造神と言えば、この大陸の名の由来にもなっている創造神バルサ―ラだろう。
一応、教養としてバルサ―ラ教の教典や関連書籍には目を通している。そこにはバルサ―ラ教の教えが記されていた。
―――― 朝、目覚めたときには、まず一呼吸を。天より与えられしこの一日は、再びは訪れぬ宝なり。
―――― 心を澄ませ、今日という一日を静かに見つめよう。怒りや妬みの声が心に湧いたときには、もう一度呼吸を数えること。
―――― 心は水のごとく、静かにして澄めば、万象が映る。
―――― 言葉は刃にもなり、光にもなる。優しい言葉は、聞く者の心に芽吹きをもたらす。傷つける言葉を投げるより、沈黙を選ぶ勇気を持て。語る前に、その言葉が『真なるもの』、『必要なるもの』、『慈しみあるもの』であるかを問え。
もったいぶった言い回しが多いけれど、そこには日々の暮らしで大切にするべき教えが並んでいた。
この教えを信じる事は心を清らかに保つ上でとても役に立ちそうだと感じるほど清廉なものだった。
バルサ―ラ教の視点での世界史も記されていたけれど、七王に関する記述は竜王や炎王、そして、妖王の名が僅かにあるだけだった。
「書いてないよ。惚けてるの? それとも、本当に知らないで使っているの?」
震えそうになる。シャシャの瞳にはいつもの温かみが全くない。とても冷たく、残酷な瞳をしている。
わたしがこの黄金……、緋々色金を使っている事が許せないようだ。
「……ねえ、正直に答えてくれる?」
彼女はわたしの真横に音もなく移動した。そして、わたしにだけ聞こえる声で問いかけて来た。
「君は七大魔王の竜姫シャロンなの?」
息が止まりそうになった。まさか、こんな事でそこまで見抜かれるとは思っていなかった。
「どうなの? 答えてよ。君がシャロンなら、さすがに放置出来ないからさ」
答えなければいけない。彼女の視点で見れば、わたしは国家の中枢に入り込もうとしている魔王だ。
逆の立場なら、わたしも放置などしていられない。
「……違います」
「嘘は言ってない。だけど、本当の事も言っていない感じがするね」
シャシャは眼光を強めた。
「フリッカちゃん。わたしの目は虚飾を見抜き、真実を暴き出すの。正直に答えてくれる? 君は何者?」
彼女の瞳に魔力を感じる。恐らく、守護者の権能が彼女にジュリアの魔眼を授けているのだろう。
つまりはエレインと同じ炯眼の持ち主。炯眼はすべてを見通す。極めたそれは時の流れや人の心の内すらも。
「わたしはフレデリカです。フレデリカ・ヴァレンタイン。それ以外の何者でもありません。……今は」
「……うーん。なんだか、不思議。嘘じゃない。本当。だけど、『今は』? じゃあ、君は何者だったの?」
今日はもうダメかもしれない。嘘を見抜く魔眼の手前、正直に答えようとし過ぎて、言わなくていい一言を付け加えてしまった。
どうにも頭の働きが鈍くなっている気がする。
「……ん? おい、フリッカ!」
エレインが駆け寄って来る。
わたしとシャシャの間に漂い始めている不穏な雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
彼女にはいずれ伝える事になると思う。だけど、今はまだその時ではないと思う。
「シャシャ」
彼女の水色の瞳を見つめた。そして、観念した。
ここまで見抜かれてしまったら、誤魔化す方が事態をややこしくする。
彼女は陛下が招いた子であり、陛下はわたしに権能を使えと言った。だから、この状況でさえも陛下の想定の内だと信じる事にする。
「前世がシャロンだったのです」
「……ああ、そういう事」
シャシャは小さく息を吐いた。まさか、ここまであっさりと受け入れてくれるとは思わなくて、口をポカンと開けてしまった。
「オッケーオッケー。とりあえず、納得してあげる。あり得ない事だけど、ここにはアルトギアがいるわけだしね」
「……今はオズワルド猊下です」
アルトギアはオズワルド猊下のかつての名。その名を知る者は誰もが強い警戒心と敵意を抱く。
わたしが知る限りでも、初代魔王の側近であったり、歴代の勇者と交戦をしていたりと悪しき逸話の枚挙にいとまがない。
だけど、今はオズワルド猊下だ。わたしに大切な助言を与えてくれて、何度も道を示してくれた人だ。
「知ってて信じてるの? あれは魔王よりもよっぽど危険な男だよ?」
「知ってて信じています。あの方は信頼に値する方です」
折角解けかけた緊張を戻してしまった。だけど、これだけは譲れない。
―――― 『覚えておきなさい、レディ・フレデリカ。罪とは行動によってのみ生まれるものなのです』
彼はそう言った。罪が行動によって生まれるのなら、行動によって生まれる徳もある筈だ。
過去は変えられない。彼が過去の悪行を裁かれる日がいつか来るのかもしれない。だけど、今の善行が無になるわけでもない。
「今のわたしがフレデリカであるように、今の彼はオズワルド猊下なのです」
わたしとシャシャは見つめ合った。お互いに自分の意見が正しいと確信している。
「まあ、いいけどねー」
先に逸らしたのはシャシャだった。
「わたしもアイメスお婆ちゃんから聞いただけだし。それにしても……」
シャシャは腕を組むと悩まし気に首をひねった。
「シャシャ?」
「結局、誰なんだろう?」
「誰かを探しているのですか?」
「うん。勇者様」
「え?」
わたしはライに視線を向けかけた。だけど、彼の正体はわたしの正体以上に隠し通さなければいけない秘密だ。必死に曲げかけた首を前に留めた。
「……この国の王様なら気付いてるだろうし、次期王妃様なら遅かれ早かれだから教えてあげるよ。次の勇者様はもう生まれてるの。そして、ここにいる」
「えっと……、そ、そうなんだ……?」
反応に困る。たしかに、勇者はここにいる。おそらく、中途半端に情報を掴んだのだろう。
陛下が情報統制に失敗したとは思えない。何らかの思惑があり、意図的に情報の一部を外部に流して、こういう勘違いをするように仕向けたに違いない。
勇者の完全なる不在は人々に恐怖を宿す。だからこそ、可能性を見出す余地を与えているのかもしれない。。
「……一瞬、さっきの仮面の男がそうなのかもって思ったんだけどね。でも、彼は違う」
「え?」
「勇者様なら権能を持っている筈でしょ? でも、彼は権能を持っていない。だから、勇者様じゃない」
慌てて口を閉じた。動揺して、何を口走ってしまうか分からなかったからだ。
あの仮面の男はライだ。そして、ライは勇者ゼノンだ。それが真実である筈だ。
「……仮に先代の勇者様が実は生きていて、余生を静かに送る為に身分を隠しているとして」
何も言っていないのに、彼女は次々に真実を暴いていく。これが炯眼の持ち主の洞察力。
わたしは隠すべき秘密を次々に知られてしまい、青褪めた。
「その人はあくまでも先代勇者様。わたしが探しているのは今代の勇者様なの。だから、その人の事をどうこう言うつもりはないよ」
「……そ、そう」
思考が纏まらない。
ライが勇者じゃない。そんな事はあり得ない。
彼は紛れもなく、世界を幾度も救い、わたしを救ってくれた偉大な勇者様だ。
勇者が持つ聖剣も持っていた。その内に宿るアリエルとも意思疎通をした事がある。
ああ、ダメだ。頭が痛くなって来た。秘密を暴かれてしまった事と衝撃的な事実の連続にパニックを起こしているのかもしれない。
「おい、フリッカ! 医務室に行くぞ!」
「え?」
エレインにいきなり抱き上げられた。
「エ、エレイン!?」
「熱出してんじゃねーか!」
「ね、熱……? え? わたし?」
「え? うそ!?」
シャシャも驚いている。
仮にも魔王の力を持っているわたしが病気になる事などあり得ない。
そう思っていた。けれど、よくよく考えてみるとゲームではエルフランやザラクも病に罹る事があった。
魔王再演と似て非なるものと言えど、英雄再演を持っているエルフランが病に罹るのならば、わたしが罹ってもおかしくはないのかもしれない。
人間には約100兆個の常在菌が体内に生息している。そのすべてが死に絶えれば、人間は生きていく事が出来なくなる。特に腸内細菌は消化能力や脳の機能にも影響を与えているから居なくなったら致命的だ。
つまり、魔王の力は体内の最近に敵意を向けていない。そして、外敵であるウイルスにも敵意を向けていないというわけだ。たぶん、菌の良し悪しの区別がつかないのだろう。
「……ごめん、エレイン。任せていい?」
「おう。寝てろ寝てろ。ちゃんと医務室に連れて行ってやっからよ」
「うん」
発熱している事を自覚すると、急激に体がだるくなって来た。瞼が重い。
いろいろと考えるべき事があると思うのだけど、その余裕もなかった。