TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第十七章『TS悪役令嬢になったわたしと炎王の巫女』
第百六十一話『炎王の巫女』


「それで? 今更、裏切り者に何の用なの?」

「裏切り者だと思っているのは貴女だけです」

「冗談でしょ。炎王様はまあ……、そうかもしれないけどさ。他のみんなは許せなかった筈だよ。他ならぬ炎王様の力を自分勝手に振るったわたしの事が」

「……ええ、許せませんでした」

 

 ほら、やっぱりだ。優し過ぎて、困ってしまうくらいに優しい王様がみんなを必死に説得してくれたのだろう。王様の願いを聞き入れない愚か者なんて、歴史上でもわたしくらいのものだろう。

 だからこそ、その優しさを受け取るわけにはいかない。わたしはその資格を失ったのではない。自分の意思で捨てたのだ。

 

「許せる筈がありません。あのような理不尽な死を振り撒かれて、あの男を憎まなかった者など一人として居ませんでした」

「え?」

 

 寒気がするほどの殺意を感じた。

 

「裏切り者? とんでもない。あなたは代弁者でした。竜の姫に倣い、魔王の権能を手に入れる。ただ、それだけの為に虐殺を行った悪魔に対する怒りを貴女以外の誰もが抱かなかったと本気で思っていたのですか?」

「……それとこれとは話が違うでしょ。炎王様の力の悪用はどんな理由があっても許されない。許してはいけない最悪だよ」

 

 あの愛らしい王様を悲しませた。それは償いようのない咎だ。そして、わたしはその咎を更に積み上げようとしている。

 

「炎王様は怒っていません」

「分かってるよ。優しいもん」

「でも、悲しんでいます」

「……分かってるよ。優しいもん」

「違います」

 

 ルミリアは言った。

 

「寂しいからです」

「え?」

「貴女は忘れてしまったのですか? 何故、巫女が存在するのか」

「それは……」

 

 王様は何も求めない。ただ、与えてくれて、守ってくれる。穏やかで優しい王様だ。

 その王様に巫女がいる。巫女は王に仕えるもの。王の為に尽くすもの。王の望みを叶えるもの。

 無欲な王様と王の望みを叶えるもの。そこには矛盾が生じている。それでも、巫女は常に存在している。

 その理由は一つ。

 

「……炎王様が喜んでくれるから」

「その通りです。永遠の孤独の中で己を犠牲にし続けている炎王様を慰めたいとわたし達が望んだから、炎王様は受け入れてくれました。そして、嬉しいと思って下さりました」

 

 炎王様は心優しき王様。紛れもなく、心を持つ御方。その心を慰めたいと思ったわたし達の心を喜んでくれた。

 けれど、炎王様と直接触れ合う事は人間には難しい。なにしろ、世界と生命を守る為に常に己の命を燃やし続けているからだ。

 初代巫女様が『世界の揺り籠』と名付けた炎王様による世界と生命に対する加護。魔界と人間界を隔てる壁はその一部に過ぎない。それほどの強大な権能を常時発動している炎王様と触れ合うには炎王様からの恩寵を賜るしかない。

 その恩寵とは神器の事だ。創造神バルサーラが七王に授けた七大神器の一つ、『ニエガミノカグラ』。 

 それは物質ではなく歌であり、舞踊だった。人が歌い、舞い踊る事で完成する神器。炎王様はそれを初代巫女様に一つだけ授けてくださった。すべてを授けてくださらなかった理由は、教わった舞いがすべてでは無かった事と共に外敵から教えられたという。

 かつて、初代魔王はわたし達の聖地にも踏み入って来た。そこには怨敵であるアルトギアもいたという。

 初代魔王の暴虐に対して、炎王様はその姿を顕わにして立ち向かわれた。けれど、初代魔王は恐ろしい力を持っていた。世界の揺り籠に己のリソースを割いている事を差し引いても、炎王様が押されるほどだった。

 その時代の巫女は少しでも力になりたいと願い、ニエガミノカグラを踊った。そして、アルトギアが言った。

 

 ―――― 『なんのつもりですか?』

 

 彼は困惑したという。そして、聞いてもいないのにペラペラと語り出したという。

 

 ―――― 『贄神の神楽を踊るにしても、もっと他にあるでしょう。何故、何の追加効果もない、意思疎通のためだけの『語りの祈り』を? 『戦いの祈り』や『癒しの祈り』を使わない理由は?』

 

 その舞踊にはバリエーションがある事をその時初めてわたし達は知った。

 そして、炎王様が語り合う為だけの舞踊しか教えてくださらなかった理由も彼は口にした。

 

 ―――― 『命を惜しんでいるのですか? この期に及んで……? これだけの人数がいて、この状況でも一人として己の魂を捧げないとは、嘗ての星の守護神が哀れなものですねぇ』

 

 教えてくださらなかった理由はそれだと誰もが悟った。他の舞踊は魂を捧げる類のものだったから、炎王様は教えてくださらなかったのだ。

 当代の巫女は炎王様に(こいねが)った。

 

 ―――― 『どうか、わたくしの魂を使ってください!』

 

 けれど、炎王様はその願いを拒んだ。

 

 ―――― 『キュイ(やだ)!』

 

 その拒絶の意思は固く、どれだけの言葉を尽くしても、どれだけの舞踊を捧げても曲げてはくださらなかった。

 代々の巫女は『語りの祈り』だけを伝承し、今に至る。

 

「炎王様はわたし達を……、代々の巫女を愛してくださっています。その巫女が弟を亡くして嘆き悲しみ、非業の死を遂げた事にとても心を痛めておりました。その巫女が生まれ変わり、再びこの世界に帰って来たのです。炎王様は大層お喜びになられました。そして、少しで良いから会いたいと願われたのです」

「……炎王様が」

「一目でいいから会いたい。そして、今度こそ幸せに生きて欲しい。炎王様が貴女に望んでいる事はそれだけなのです。その望みを貴女は叶えるべきです」

 

 炎王様が会いたいと望んでくれている。その言葉に膝が震えた。

 炎王様が巫女を愛してくださるように、巫女も炎王様を愛している。

 そのお姿を目にする前から、わたし達を守り、慈しんでくださるその御心に感謝と敬意を抱いていた。だから、誰もが巫女を目指して舞踊の練習に励んでいた。

 一番うまく『語りの祈り』を歌い、踊れる者が当代の巫女になれる。そして、巫女として舞い踊った時、はじめてわたし達は炎王様にお会い出来る。

 体は踊りながらも、わたし達の魂は炎王様の下へ至り、そこで初めてお姿を目にする事になる。

 あのモフモフな金色の羽毛、つぶらな瞳、ちょこんとした嘴、モチモチしていそうなお尻。

 初めて、そのお姿を見た時わたしは理性を失った。

 

 ―――― 『あびゃびゃびゃびゃびゃがわいいいいいいいい!!!!!!!!』

 

 不敬にも程があるけれど、わたしはそう叫びながら炎王様に抱き着いた。そして、そのモフモフな羽毛に包まれて幸せの絶頂へ至った。

 それを咎められなかったのは、歴代の巫女全員が同じように理性を失って抱き着いたからだった。

 あんなに愛らしくて可愛い生き物を他に見た事がなかった。あれこそ神が作り上げた芸術だと確信した。そして、わたしの信仰心は最大値を振り切った。

 

「……ダメだよ。わたしには叶えられない。こんな薄汚い存在を炎王様の傍に近づけたくない」

「炎王様のお尻をたゆんたゆんさせてもいいと言ったら?」

「え!?」

 

 炎王様のお尻。それはまるでアヒルのお尻のようにモチモチ感がある魅惑のお尻。

 あのお尻をたゆんたゆん出来たら死んでもいいと思うくらい、魅力的なお尻だ。

 いくらなんでも不敬過ぎて頼めなかったけれど、たゆんたゆんさせたいという欲望は常にわたしの脳と心に存在していた。

 

「……お、お尻……、炎王様の……、あのモチモチ……クゥゥゥゥゥゥゥゥ!! でも、ダメ!」

「なっ!?」

 

 ルミリアは目を見開いた。それはもう、心底驚いた表情を浮かべている。あり得ないと愕然としている。

 当然だろう。彼女も巫女ならば、あの炎王様の魅惑のボディにメロメロになっている筈だ。そのお尻をたゆんたゆんさせて頂く権利など、自分が使いたくて仕方ない筈だ。

 

「わたしはアルトギアを許せない。それに、この国を守りたいとも思っているの。ルミリア。わたしはアシュリーだったけど、その次は結崎蘭子っていう女の子として生きたの。そして、今はアリーシャ・ヴィンセット。三度目の人生なんだよ」

「……だから、炎王様への愛を失ったと言うのですか?」

「失うわけないじゃん。大好きだよ。だけど、大好きなものって、増えちゃうんだよ」

 

 二度目の人生、二人目のパパとママを得た。そして、弟を得た。そして、二人目の弟を失った。

 この世界とは比べ物にならないくらい平和な世界だったのに、近所に異常者が住んでいた。それが二度目の喪失である事に気付いたのはこの世界に生まれ直した後だった。

 恐らく、炎王様の加護と魔王の権能が異界である地球にいる間は不活性状態になっていて、この世界に戻って来た事で再び活性化したといった所だろう。加護と権能はわたしにアシュリーとしての記憶と結崎蘭子としての記憶を取り戻させた。

 

「わたしには弟が三人いるの。アシュリーの弟のロイちゃん。結崎蘭子の弟のゆうちゃん。そして、アリーシャの弟のジャック。二人も失ってるの。ロイちゃんもゆうちゃんも守れなかったの」

「だから、アルトギアを殺すのですか? ですが、彼は今は王弟。彼を殺せば、貴女の弟も他の家族共々極刑に処されますよ」

「だけど、アルトギアがいたらいつか国ごと殺されるじゃない」

 

 初代魔王と共に世界を滅ぼしかけた男。

 邪教を広め、邪神を呼び出し、世界を終わらせかけた男。

 己の目的の為に大量虐殺を繰り返した男。

 存在自体が災厄であり、巨悪。それがアルトギアだ。

 

「賢王陛下は慈悲深い人だもの。何も知らない弟の命くらいは助けてくれる筈だよ」

「それは希望的観測が過ぎるのではありませんか?」

「助けてくれないなら、今度は本物の魔王になるだけだよ」

「……それでは本末転倒でしょう」

 

 ルミリアはようやくわたしを異常者だと正しく認識したようだ。その眼差しには呆れと軽蔑の色が混じっている。

 

「アルトギア。本当に罪深い男ですね」

「……え?」

 

 けれど、彼女の眼差しが向かう先はわたしではなかった。

 

「分かりました。わたしや炎王様では止められないようですね」

「……ごめんね」

「謝る必要などありません。諸悪の根源はアルトギア。アレ自身が撒いた種です。ですから、わたし達も手段を選びません」

「ルミリア?」

「この国に宣戦布告を行います」

「……え?」

 

 聞き間違いだと思った。

 

「貴女の意思が変わらない以上は仕方がありません。アルトギアを差し出さなければ、炎王様の加護をこの国から取り除くと脅迫します」

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