TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百六十二話『殺意の源』

 言っている言葉の意味を理解する為に十秒以上も掛かってしまった。それほどまでにルミリアはとんでもない事を言っている。

 

「じょ、冗談でしょ!? なんで、そうなるの!? それだと教国とこの国が戦争になっちゃうじゃない!?」

「冗談ではありませんよ。あなたを説得出来ない以上、そうするしかないのです。言いましたよね? 貴女は代弁者だったと。あの日、怒りを覚えたのは貴女だけではなかったと」

「だ、だからって……、そんなの炎王様は望まない筈でしょ!」

「ええ、望んでなどおりません。ですが、これで三度目です」

「三度目……?」

 

 ルミリアの言葉にわたしは寒気を覚えた。

 

「初代魔王と共に彼は炎王様の庇護下にあった者達を殺しました。そして、己の欲望の為に再びの大量虐殺を行いました。ええ、炎王様は怒ってはいません。とても優しい御方ですからね。ですが、悲しみました。その悲しみはもはや頂点に達しようとしています。三度目など許容出来ない。再び、この世界に舞い戻って来た貴女がまたしてもアルトギアによって生命を脅かされ、幸福を奪われるなど耐えられません」

「……だ、だからって、炎王様が戦争を許すなんてあり得ない!」

 

 わたしの言葉にルミリアは深く息を吐いた。

 

「勇者メナスは何故死んだのか知っていますか?」

 

 勇者メナス。彼の事はよく知っている。彼はわたしを必死に宥めようとしていた。そして、共にアルトギアを討ち、それでも止まれなくなっていたわたしを止めてくれた恩人だ。

 その最後は本で読んだ事がある。その時代の脅威をすべて取り除いた後、彼はすべての原因が初代魔王が現れた極地にあると考えて、魔界に踏み込み、そこで自らの命を絶ったという。

 

「たしか、世界を救う為に魔界に向かって、そこで無念の死を遂げたって……」

 

 優しい男の子だった。わたしを止める為に必死になってくれた。わたしを殺す時も涙を流しながら、剣を振るった。

 

「そうです。初代魔王が現れた後、炎王様が壁を築く事で遮断していた魔界へ彼は赴いた」

 

 体に震えが走った。頭の中で疑問が浮かんだからだ。

 炎王様が遮断した壁を勇者メナスは超えた。だけど、無理矢理超える事は出来なかった筈だ。

 初代魔王の出現後、魔界は変貌を遂げた。悍ましい力を持つ魔性が蔓延り、壁が無くなれば世界は瞬く間に滅びてしまう。その壁を無理に破る事など、彼に出来る筈がない。

 だけど、彼は魔界で死んだ。

 

「炎王様が勇者の望みを叶えたのです。魔界へ入る為の小さな穴を壁に開けました」

 

 耳を塞ぎたくなった。これ以上、ルミリアの言葉を聞きたくなかった。だけど、耳を塞ぐ為の手をルミリアは押さえつけた。

 

「炎王様は勇者の末路を予見していました。その上で、彼を魔界に送り出しました。分かるでしょう? アリーシャ。怒ってはいません。ですが、何の成果も得られずに死ぬと分かっていても、炎王様は勇者を止める気になれなかったのですよ。メナスだけではなく、ゼノンに対しても」

「嘘だ!!」

 

 炎王様は慈悲深き御方だ。そんな残酷な事をするわけがない。メナスはとても優しい人だった。わたしの事だけじゃなく、アルトギアの事だって死なせたくなかった人だ。

 ただ、誰かがやらなければいけないから、彼は戦い続けていただけだ。世界と生命を守る為だ。その為に己を犠牲にし続けていた。それは炎王様と同じだった。

 彼を死なせる選択など、炎王様がする筈がない。

 

「アリーシャ。どんなに優しくても、大切な宝物を何度も何度も理不尽な理由で奪われ続ければ、その理不尽に対して愛想が尽きるのです」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!」

 

 頭が割れそうに痛む。最悪だ。わたしは本当に最悪だ。もし、それが事実だとしたら、わたしはとんでもない大罪人だ。

 

「嘘ではありません。炎王様はわたし達以外の人間に対して、愛想を尽かされました。だから、貴女の為ならばこの国など、どうでもいいのです」

「嘘だ……」

 

 そんな事はあり得ない。確かに、人間の尺度で見たら三度は愛想を尽かすには十分過ぎる回数に思える。

 けれど、炎王様は超越者だ。この世界の創世記から存在している偉大なる存在。それがたった三度で考えを翻すなんて事はあり得ない。

 

「……それはない。あり得ない。だから、やっぱり君は嘘をついている」

 

 それは確信だった。勇者の死も炎王様が望むはずがない。

 

「炎王様が許したのは戦争じゃない。その説得の仕方でしょ」

 

 ルミリアは口を噤んだ。

 

「他人は敵であっても犠牲にしたくない。だけど、自分の事は平気で犠牲にする。自分が人間を見捨てた薄情な王と思われても構わないってわけね」

「……貴女が素直に帰って来てくれれば、こんな説得も必要ありませんでした」

 

 そこで初めて、ルミリアはわたしに敵意を向けた。

 

「今一度言います。帰ってきなさい、アシュリー。アルトギアの事は忘れて」

「忘れてどうなるのよ!? アイツはここにいるのよ!? また、アイツに好き勝手やらせろって言うの!?」

「今のアルトギアにその気は無いのです。認めたくはないでしょうが、彼は改心しました」

「あり得ない!」

「あり得るのです。ネルゼルファーが長い年月を掛けて確かめました。彼は兄であるネルギウス王陛下を心から慕っているのです。少なくとも、今生はアルトギアに戻る事なく、オズワルド・アガリアとして生涯を全うする心づもりなのです」

「……ネル、ゼルファー? え? フリッカが!?」

「え?」

「え?」

 

 ルミリアはキョトンとした表情を浮かべた。その反応にわたしもキョトンとなった。

 

「何故、フレデリカ様のお名前を……?」

 

 彼女は困惑している。

 

「だ、だって、あの子がネルゼルファーの生まれ変わりなんでしょ!?」

「い、いえ、違いますよ。ネルゼルファーは今も生きていますから」

「え?」

 

 今度はわたしが困惑する番だった。フリッカは間違いなく転生者だ。しかも、前世は地球だった。わたしと同い年である事も考慮すると、同じタイミングで同じルートを辿った事になる。

 だから、てっきり同じ境遇の人間なのだとばかり思っていた。

 彼女がネルゼルファーではないのなら、もう該当者がいない。

 七大魔王の残りの三人はいずれもフリッカとは似ても似つかない邪悪だった。ジュドとザインはそもそも男だ。あんなに女の子らしい子が元男なわけがない。断言出来る。

 どうやら、偶然にも別の切っ掛けで転生して来たようだ。たしか、カルバドル帝国の始皇帝も地球からの転生者だった筈だから、わたしが考えているよりもレアなケースではないのかもしれない。

 

「……まあ、それは置いておいて。アルトギアが改心するなんてあり得ないよ。騙されてるだけでしょ」

徒人(ただびと)ならそれもあり得ます。ですが、賢王様に限ってはあり得ません」

「でも、現に!」

「賢王様が信じたのならば、それは信じるに値する事なのです」

「はぁ!?」

 

 わたしはイライラして来た。ルミリアはあまりにも盲目的だ。ネルギウス王陛下は確かに賢王と呼ばれるに相応しい人物だ。けれど、入学式の日にエラルド学園長も盲信は禁物だと言っていた。

 地球で学んだ言葉の一つに『弘法も筆の誤り』というものがある。

 

「そんなの根拠にならない! 陛下だって、時には間違える事もある筈だよ!」

「あり得ません。彼には賢王の権能があるのですから」

「権能を持ってるからって……」

「賢王の権能は救世王の権能と策謀家の権能が統合されたものです。人心掌握に長けた権能同士の融合。彼が欺かれる事などあり得ません。相手がアルトギアであってもです」

「……それはアルトギアを侮っているだけじゃないの?」

「究極クラスの権能が持つ力を貴女もご存じの筈では?」

「でも……」

 

 物事に絶対はない。賢王の権能はたしかにアルトギアの偽心を見抜けるかもしれない。けれど、ルミリアの視点には決定的な見落としがある。

 

「見抜けていて尚、信じちゃう事もあるじゃない」

「……それは」

 

 彼女の表情が強張った。

 

「ルミリア。弟って、すごく可愛いんだよ」

 

 わたしには三人の弟がいる。素直で可愛いロイちゃん。甘えん坊なゆうちゃん。小生意気なジャック。三人共、わたしにとっては自分の命よりも遥かに尊い存在だ。

 陛下にとっても、アルトギアは可愛い弟なのだろう。

 

「……だから、弟に対して盲目的になっちゃう事もあるんだよ」

 

 わたしは二人目の弟であるゆうちゃんの顔を思い浮かべながら言った。

 甘えん坊で愛くるしい子だった。だけど、わたしの目が届かない所ではいじめを主導していた。

 その事に気が付いたのはすべてが手遅れになった後だった。サインはあった。だけど、わたしは気に入らない事があると癇癪を起す所も彼の魅力の一つだと思って、愛してしまった。

 わたしはあの子を叱らなければいけなかった。だけど、溺愛するばかりで彼の悪癖を正そうとしなかった。その結果が彼の死だ。それが主因ではなかったけれど、原因の一つではあった。

 

「アルトギアに対しては、陛下の事を信用出来ない」

 

 心優しい王様だからこそ、信じてはいけない相手を信じてしまう可能性がある。

 

「盲目的になっているのは貴女です! この国をよく見て下さい。この平穏はアルトギアの結界に依る所が大きい。彼を害せば、この結界も崩れ去る。そうなれば、多くの人が死ぬ事になります! この国は魔獣の脅威から遠ざけられて久しいのです。他の国と比べても、個々人の自衛力が極めて低いのです!」

「そ、それこそアルトギアの狙いなんじゃないの!? 自分の存在を要にして、排除出来ないように企んだ結果だよ!」

「……その推論で何人の人間を死なせる気ですか?」

「死なせる気なんてない。アルトギアを倒したら、わたしがこの国を守る」

「出来るわけがない! 魔王の権能程度では、この国の全土を守り切る事など不可能です! 二度も転生して、大人になるには十分な年月を生きた筈でしょう!? 感情に振り回されるまま、また取り返しのつかない事をする気ですか!?」

 

 その言葉にわたしは二の句を告げなくなった。

 考えてみれば当たり前の事なのに、彼女がさっき言った『あなたは代弁者でした』という言葉がただの慰めの為の虚言である事に自分でも驚くほどショックを受けた。

 

「……やっぱり、わたしはみんなの代弁者なんかじゃなかったんだね」

「え? いえ、それは本当です!」

「もういいよ」

 

 話は平行線だ。どちらも譲る気が無い以上、交わる事は永遠にない。

 

「……そろそろ授業の時間だよ。さっさと行こう」

「そう言えば、いつも一緒に行動している友達とは一緒に行かないのですか?」

 

 その言葉に踏み出そうとした足が止まる。フリッカ達の顔が頭に浮かんだ。

 本音を言えば、一緒に行動したい。一緒に授業を受けて、感想を言い合いたい。だけど、ダメだ。

 

「フリッカはアルトギアと仲が良いみたいだからね」

 

 今朝、使い魔のアクセルの様子を見に行こうと厩舎に向かった時、そこには先客がいた。

 フリッカと見慣れぬ男性だった。声を掛けようと思ったけれど、その男を見た瞬間にわたしの中の権能が騒ぎ出した。

 

 ―――― あの男こそが怨敵! 滅殺せよ!

 

 それはまだスーパーアイドルの権能として、統合し切れていない魔王の権能の囁きだった。

 あの男こそがアルトギアだとわたしに確信を与えた。

 

「……アルトギアを殺す以上、あの子とは一緒に居られないよ」

「友達と一緒にいるよりもアルトギアを殺す方が大事なのですか?」

「そうだよ。わたしにとって、何より大事なの」

 

 色々と言い訳を並べ立てたけれど、結局は私怨だ。

 彼はわたしの弟を殺した。だから、殺すのだ。

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