TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百六十四話『フレデリカの悩み』

 医務室を出た後、ジョーカー・レッドフィールドはまっ直ぐに主人の下へ向かった。すると、アルヴィレオは丁度最後の測定を終えた所だった。

 ジョーカーが近づくと、彼はすぐに気が付いた。

 

「ジョーカー。何かあったのかい?」

 

 既に王国の暗部で働いているジョーカーは表立ってアルヴィレオと接触する事を避けている。その彼が権能によって気配を絶ちながらとはいえ、自分から近づいて来たという事は急を要する案件という事だろう。

 

「……殿下、どうか落ち着いて聞いてください。決して取り乱さずに」

 

 アルヴィレオは息をのんだ。どうやら、かなり切羽詰まった状況らしい。

 

「まさか、ラグランジア王国との戦端が……」

「いえ、違います。そうではなく、その……、フレデリカ様が……」

「フリッカがどうしたんだ!?」

 

 取り乱すなと言っておいたのに、アルヴィレオは案の定取り乱した。

 ジョーカーは予想通りの反応に溜息を吐きたくなった。

 

「……少し体調を崩されたようです。今は医務室で休まれております」

「フリッカ!!」

 

 真っ青になって飛び出そうとする主人の影をジョーカーは踏みつけた。すると、アルヴィレオの体はピタリと止まった。

 

「落ち着いてください、殿下。フレデリカ様にはエレイン・ロットがついています」

 

 アルヴィレオは凄く何か言いたげだ。けれど、口も喉も動かないようだ。それこそがジョーカーの持つ権能の能力だった。

 彼に影を踏まれた者は彼に四肢を完全に支配されてしまう。その気になれば、自害させる事すら容易い恐るべき能力だ。

 間違っても主人に使うべき能力ではないのだけれど、フレデリカの事となるとアルヴィレオはすぐに醜態を晒してしまう。その事をジョーカーは彼と出会ってから嫌というほど思い知らされた。

 

「殿下。いいですか? あなたは皇太子なのです。頼みますから、フレデリカ様の名前を叫びながら走り出すのは止めてください」

 

 ジョーカーは恐る恐るアルヴィレオの声の自由を彼に返した。

 

「そ、そうは言っても!! フリッカは大丈夫なのか!? 医者にはちゃんと診せているのか!?」

「もちろんですよ。診察も終わっています」

「……そうか。だけど、傍に居てあげないと!」

 

 体の自由を取り戻そうと必死に身を捩ろうとするアルヴィレオにジョーカーはまだ不安だった。

 

「殿下。フレデリカ様の事が心配なのは分かります。ですが、皇太子にあるまじき振る舞いはどうか避けてください。自分の為に殿下の評判が落ちたとなれば、フレデリカ様も大層落ち込まれる筈ですから」

 

 その言葉は効果覿面だった。アルヴィレオは一気に冷静さを取り戻し、身を捩る事も止めた。

 

「……ああ、そうだな。その通りだ。すまない、ジョーカー。ボクは冷静じゃなかった」

「反省して下さったのでしたら結構です。では、お見舞いに行きましょう」

「うん」

 

 ジョーカーはいずれ、彼の命令に従って汚れ仕事をこなしていく事になる。だから、本当はこういうやり取りをする事は望ましくない。

 アルヴィレオにとって、ジョーカーは人ではなく道具でなければいけないからだ。彼との間に私情が混じれば、下すべき命令を下す事に躊躇いが生じてしまうかもしれない。

 それでもジョーカーが小言を言ってしまうのはアルヴィレオに期待をしているからだ。

 フレデリカの事を除けば、彼は極めて優秀な男だ。いずれは父王すら超える賢王となるだろう。それだけの大器がある。

 彼ならば、祖であるレッドフィールドとサリヴァンの宿願を叶える為に大きな力となってくれる筈だ。

 不敬な考えだと分かっている。けれど、そもそもレッドフィールドがアガリア王国に与しているのは宿願を叶える為だ。

 

「……頼みますよ、殿下」

 

 ◆

 

 アルヴィレオが医務室に入ると、そこにはボンズを抱えて満悦の表情を浮かべているフレデリカがいた。

 その隣では、エレインが勢いよくリンゴをすり下ろしている。

 

「おっ、旦那じゃん! おい、フリッカ! 戻って来い! 愛しの旦那が来たぞ!」

「ほえ? えっ、アル!? どこどこ!?」

「ほれ、こっちだ」

 

 フレデリカの頭を鷲掴みにして、エレインは顔をアルヴィレオの方に向けさせた。すると、フレデリカは嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

「アル!」

「……フリッカ!」

 

 アルヴィレオはその笑顔の破壊力にノックアウトしかけた。

 ボンズが全身でサービスしてくれている事に加えて、エレインがリンゴを食べやすいようにすり下ろしてくれている。思いやりと思いやりに挟まれて、フレデリカは幸福感に包まれていた。

 その幸福感は彼女が常に抱えている心労を吹き飛ばし、愛するアルヴィレオが現れた事で絶頂を迎えた。

 

「だ、大丈夫かい!? 体調不良と聞いたんだけど……」

 

 けれど、彼は何とかノックアウト寸前で踏み止まった。未来の賢王はここに来た目的を忘れていない。

 

「うん、大丈夫。ちょっと知恵熱を出しちゃったみたいで……」

 

 恥ずかしそうに彼女は言った。

 

「色々ストレスが溜まってたんだろうってさ。まあ、色々あったからなぁ」

 

 エレインはよしよしとフレデリカの頭を撫でた。それを気持ち良さそうに受け入れている婚約者に対して、アルヴィレオは少しモヤモヤした。

 同性とは言え、少し距離が近過ぎる。髪を撫でるなど、少々気安過ぎるのではないか。

 

「……殿下。その酸っぱい物を食べたみたいな顔をやめてくれませんか」

 

 ジョーカーは見ていられないとばかりに目元を手で押さえながら言った。

 

「ふむ……」

 

 そして、エレインはあろう事かフレデリカを抱き締めた。

 

「なっ!?」

 

 あまりにも大胆なスキンシップにアルヴィレオはショックを受けた。

 

「エ、エレイン! き、君、それは……、それは良くないんじゃないかな!?」

「ん? なんのことだー? フリッカ、旦那は何を言ってるんだー?」

 

 フレデリカを抱き締めながら、更に頭を撫で始めたエレインにアルヴィレオはわなわなと震え始めた。

 その姿にエレインは吹き出しかけた。

 

「ほれほれ」

 

 エレインは追撃とばかりにフレデリカの胸を揉み始めた。

 

「なにしてるんだ、貴様!?」

 

 慌てて引き剝がそうと近づくも、相手は女の子。実は思春期が始まろうとしていたアルヴィレオは躊躇った。

 

「おいおい、フリッカ。お前の旦那、思ってたより面白れぇな」

「えへへ、可愛いでしょ。この子、わたしの婚約者なんだよぉ」

 

 アルヴィレオはショックを受けた。可愛いよりもかっこいいと言ってほしかった事もそうだけれど、それ以上にフレデリカとエレインの親密さが彼の想像を遥かに上回っていた。

 抱き締められても、頭を撫でられても、胸を揉まれてさえも、フレデリカは一切気にしていない。それが当たり前の事のように受け入れている。

 彼はエレインに一目以上を置いていた。けれど、それはそれだ。婚約者を差し置いて、いくら何でも親密になり過ぎだと思った。

 

「そ、それ以上、ボクのフリッカの胸を揉まないでくれ!」

「いいじゃねーか、減るもんじゃねーし。旦那だって、しこたま揉んでんだろ?」

「ボ、ボクは揉んでない!」

 

 未遂を犯した事は一度ある。けれど、実際に揉んだ事はまだ無かった。

 

「……マジかよ。フリッカ、もうちょっとサービスしてやれよ」

「いや、わたしとしてはいつでもウエルカムなんだけど……」

「なんだよ、ヘタレかよ」

「ヘ、ヘタレ!?」

 

 痛恨の一撃だった。アルヴィレオは真っ白になり、ジョーカーは吹き出さなかった自分を褒めたたえた。

 

「ボ、ボクはフリッカを大事にしたいだけだ!」

「大事にねぇ……」

 

 エレインは目を細めた。

 

「……何か言いたい事でもあるのかい?」

「あるぜ。大事に出来てねぇからな」

 

 その一言にアルヴィレオは表情を強張らせた。

 

「ちょ、ちょっと、エレイン!?」

 

 慌てるフレデリカの口をエレインは右手で塞いだ。

 その不敬極まりない行動を何の躊躇いもなく実行する彼女にジョーカーは驚いた。

 

「フリッカがぶっ倒れたのは心労が原因だ。旦那も大変な立場だとは思うけどよ、嫁さんの事をもっと気にかけてやれよ」

「……気にかけてないとでも思うのかい? ボクはいつだって、フリッカの事を思っている!!」

「だったら、ぶっ倒れるまで無理させんなよ」

「……それは」

 

 アルヴィレオは言葉を紡ぐ事が出来なかった。

 フレデリカは口を塞いでいるエレインの手をどかそうと藻掻いた。

 

「おいおい、病み上がりなのに暴れんなよ」

「エ、エレイン! わたしが倒れたのは自己管理が出来てなかったからだよ!」

「それはそれ、これはこれだ」

 

 エレインはフレデリカのおでこを小突いた。

 

「わたしもギリギリまで気付いてやれなかったからな。お前が言うなって言われたらそれまでだ。けどよ、旦那。ボンズは何回アンタの代わりをするんだ?」

「べ、別にボンズはアルの代わりじゃないよ!?」

 

 フレデリカは真っ赤になって否定した。

 

「本人はそう言ってるけどよ。自分の役割をふとっちょなリスに取られて、どんな気分だよ?」

「ボクは……」

 

 アルヴィレオはフレデリカに今も抱き締められているボンズを見た。

 何よりも大切な事はフレデリカの笑顔だ。けれど、その笑顔を取り戻させたのが自分ではない事実がアルヴィレオは悔しかった。

 ジョーカーに足止めを食らった事など言い訳にはならない。そもそも、彼に教えてもらわなければ今も自分はここに居なかった筈だ。

 

「アル、どうか気にしないで! わたしが倒れたのは本当に自業自得なの!」

「だけど、ボクは気付きたかった」

 

 アルヴィレオは彼女の前で跪いた。

 

「君が無理をしてしまう人だと分かっていた。だから、君が辛い時には君よりも早く気付いてあげたいんだ。それが出来なかった事が悔しくて堪らないよ」

「アル……」

「今更かもしれないけれど、君が抱えてしまった心労の原因を教えてくれないか? 悩みがあるなら、一緒に解決しよう」

「……アル」

 

 二人のやり取りを聞いていたエレインは自分の役割が終わった事を察した。

 少し寂しい。だけど、フレデリカが元気いっぱいになる為には旦那との二人っきりの時間が必要だ。

 

「聞いてもらってもいい?」

「もちろんだよ」

「じゃあ、わたしは席を外した方がいいな」

 

 そう言って、エレインはベッドから立ち上がろうとした。その手をフレデリカが掴んだ。

 

「エレインも……」

「え? いいのか?」

「うん」

 

 エレインはチラリとアルヴィレオを見た。

 

「一緒に聞こう、エレイン」

『ワイはどないや?』

「ボンズも聞いてくれるとうれしいなー」

『ええで』

「ありがとう!」

 

 フレデリカはボンズに頬ずりをした。アルヴィレオはその光景を見て、また酸っぱいものでも食べたみたいな顔をした。

 さっきはその事に突っ込みを入れていたジョーカーの姿がいつの間にかない。どうやら、空気を読んで退出したようだ。

 そして、彼女は悩みを打ち明けた。 

 

「……わたし、エルを助けたいの」

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