TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第百六十七話『失言』

 フレデリカとエレインがヘミルトン寮に帰って来たのは寮生達の殆どが寝支度を始めたころだった。

 それと言うのも、フレデリカとアルヴィレオがお互いに別れを惜しんだせいだ。まるで、今生の別れのように涙を流しながら見つめ合う二人をエレインはボンズと共に大人しく見ていた。

 

 ―――― 会おうと思えば、明日も会えるよな?

 ―――― せやな。

 

 呆れつつも、微笑まし気に見つめる一人と一匹だったけれど、そのまま一時間が経過した後、さすがにウンザリしてきて無理矢理引き剥がした。

 一時間も付き合った自分の胆力を褒めて欲しいと思いつつ、悲しそうに瞳を潤ませるフレデリカに罪悪感を刺激されながら、なんとか彼女を引っ張る事で帰還を果たした。

 食堂の消灯時間は過ぎていたけれど、イオーンが特別に夕食を作ってくれている。

 二人で空腹を癒していると、フレデリカはポツリと呟いた。

 

「……わたし、前世の記憶があるの」

「魔王のか?」

「ううん。その後。シャロンはわたしの前世の前世なの」

「ふーん。それで? 前世はどんな感じだったんだ? 魔王の次だから、女神とか?」

「男の子だったの」

「ほうほう」

 

 エレインはその告白を聞いて、フレデリカの顔を見た。そして、彼女と出会ってから今日までの日々を思い出した。

 

「……ほんとかぁ?」

「ほんとだよぉ!」

 

 そう言われても、思い出の彼女には男の要素が欠片も見当たらなかった。

 完璧な公爵令嬢、あるいはポンコツ娘、もしくは恋する乙女しかいなかった。何とか捻り出せたのは料理の豪快さ程度だ。

 

「まあ、所詮は前世だしな」

「所詮って……」

「お前はお前だろ。前世が魔王だろうと、男だろうと、わたしが知ってるお前はお前だけだからな」

 

 エレインの瞳はまっすぐにフレデリカを見つめていた。そこに嘘偽りの色はなく、彼女は本心を口にしている。

 ありのままの自分を認めてくれる存在。もしも、アルヴィレオよりも先に彼女と出会っていたら、違う人生を歩んでいたかもしれない。そう思い、フレデリカは少しだけ頬を赤らめた。

 もはや、遠き日の思い出に過ぎずとも、彼であった頃の残滓が彼女を魅力的な女性だと感じさせた。

 

「……エレインって、イケメンだよねぇ」

「なんだそりゃ?」

「かっこいいって意味だよ」

「ハハッ! なんなら、王子を捨ててわたしの嫁になるか? 婿にはちょっとアレだけどよ、嫁になら貰ってやるぜ?」

「婿にはちょっとアレって、どういう意味!?」

「いやだって……、なぁ?」

 

 エレインは皿を運んで来たイオーンを見た。

 

『コメントを求められても困ります』

 

 そう言いながら、謎の球体型精霊であるイオーンはエレインの前にデザートを置いた。

 エレインの髪色に近い、オレンジ色の果実にシロップがたっぷり掛かっている。

 

「おおっ! こりゃまた美味そうだな!」

『キドアのコンポートです。かなりの量を入荷出来たので、しばらく振りに作りました』

「へぇ! そういや、仕入れが困難になってたとか言ってたな」

「情勢が落ち着いたのかな?」

『……いいえ、悪化しています』

「え?」

 

 イオーンは体を震わせた。

 

『悪しきモノがラグランジアを蝕んでいます。ネルギウス・アガリアが解決に動いていますが……』

『食事中に言う事やないで、イオーン』

 

 ボンズが指摘すると、イオーンはハッとしたようにエレインとフレデリカを見た。

 

『……申し訳ございません』

「謝るなよ。お前のダチがラグランジアにいるんだろ? 心配して当然だ」

「もっと詳しく聞いてもいいですか? イオーン、悪しきモノとは?」

 

 そう問いかけるフレデリカの表情は先程までと打って変わっていた。

 うっかり娘や恋する乙女は鳴りを潜め、次期王妃である公爵令嬢がそこにいた。

 

『その正体は分かりません。ですが、ラグランジアの地に棲む精霊から死霊術の使用が確認されています』

「死霊術。死体や霊魂を操る術の総称ですね」

『その通りです。もっとも、霊魂を操る為には霊王の許可が要ります。彼女は魂の救済を絶対とする王。霊魂をいたずらに弄べば、彼女の怒りを買う事になります』

「つまり、ラグランジアで行使されているのは死体を操る術?」

『はい。最上位死霊術である『死者行軍(ワイルドハント)』が行使されています。これは完全に死亡し、人体としての構成要素が5%未満となった状態から生前の肉体を再構築し、再構成された脳から生前の記憶と思考を復元し、術者以外は当人ですらも死者である事を自覚出来ないというものです。死者蘇生に最も近い術として、多くの国で禁呪とされています』

「禁呪? 禁止って事か? なんでだよ?! 死者を生き返らせられるなんてスゲーじゃん!」

『死者蘇生ではないからですよ、エレイン』

 

 イオーンは言った。

 

『ワイルドハントは肉体と記憶と思考を再生するものに過ぎません。そこに魂はなく、故に欲求衝動が存在しないのです。生きる事を望まず、楽しむ事を望まず、悲しみを抱かず、苦しみを解さず、愛を求めない』

「記憶と思考を復元している筈では?」

『それだけなのです。その記憶が必要となった時、思い出す事が出来る。状況に応じて、最も適切な反応を返す事が出来る。その様は傍目からは意思を持った人間の行動に見えますが、そこに意思はありません』

「……要するに精巧な人形という事ですね」

 

 フレデリカは暫し沈黙した。

 ゲームにおいて、ワイルドハントは『エルフランの軌跡』のシナリオに登場する魔王が使う魔法であり、『ザラクの冒険』のシナリオではザラク自身が終盤から使えるようになる魔法だ。

 その効果はいずれも『死亡判定となった人物や魔獣を一定時間味方として動かす事が出来る』というものだった。ザラクには屍叉の魔鎌を装備した状態かつ、操れる時間は一分程度であり、使用する度に五分間のリキャストタイムが挟まれるなどの制限があったけれど、魔王ファルム・アズールにはそれがなく、彼本人を倒さない限り、永遠に敵味方の死体が彼の戦力に回り続けてしまう。

 その知識を踏まえて考えると、既にファルム・アズールはラグランジア王国に居る事になる。いずれは現れる事が分かっていたけれど、こんなに早いとは思っていなかった。

 

「この事は陛下に伝わっているのですか?」

『もちろん、伝わっています』

 

 ゲームでは、最終的にラグランジア王国が蜂起して、戦争の終わりに魔王との対決が起こる。

 この時点から既にアガリア王国とラグランジア王国間での静かなる闘争が始まっていたのだとすれば、それは認識を根本から改めなければいけない事案だ。

 フレデリカの考えでは、ファルム・アズールの出現は戦争開始の少し前くらいだった。そうでなければ、陛下が動いていながら五年もの歳月を費やして尚事態を収束させる事が出来ず、全面戦争にまで至ってしまうという事なのだから。

 

「……現状、アガリア王国とラグランジア王国はどう動いているの?」

『詳細までは分かりません。我々は闘争を好みませんから、あまり深入りはしたくないのです』

 

 イオーンの声は揺れていた。言葉通り、闘争を忌避しているのだろう。それでもラグランジア王国の異変について、陛下に進言してくれているのだから十分過ぎる助力だ。

 

「イオーン。精霊の誰かにアルヴィレオ殿下への伝言をお願い出来ませんか? 明朝、ヘミルトン寮とアガリア寮の間にあるユラの庭園にて、ラグランジアの件で話がしたいと」

『承知致しました』

「……フリッカ。わたしに出来る事は何かあるか?」

「分からないよ。わたしに出来る事があるのかさえも……」

「そっか……」

 

 今日はもう眠ろう。どちらともなくそう言って、二人は寝室へ向かって行った。

 

『……余計な事を言いました』

『せやな』

 

 ボンズはやれやれと肩を竦めた。

 愛し子に問われれば、答えずにはいられない。沈黙するには、イオーンは精霊として若過ぎた。

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