TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第二十二話『星を探すもの』

 比喩ではなく、星が落ちてきたのかと思った。

 ベッドから飛び起きて外に出ると、空に光が浮かんでいた。

 

「……いや、あれは」

 

 一度だけ見た事がある。嘗て、勇者の斬撃が時空を斬り裂いた事がある。

 あの光は世界の外側の輝きだ。

 

「まさか、勇者が……?」

 

 そう考えて、すぐに否定した。勇者は(いたずら)に世界を脅かす真似はしない。時空を引き裂けば要らぬ災禍を齎す可能性がある。

 けれど、初代や二代目ならばともかく、それ以降に現れた魔王達には不可能な所業だ。

 

「ヴァイクの筈が無いし……っと?」

 

 思考に耽っていると時空の裂け目から何かが零れ落ちた。

 それは女の子のように見えた。

 

「まずい!」

 

 女の子はまっすぐ頭から落下している。

 助けに向かう為に転移の魔法を使おうとした。けれど、その前に一匹の猿が彼女を救出した。

 

「……ヴァイク?」

 

 その猿は獣王と呼ばれる存在。この森の支配者であり、魔獣と呼ばれる存在の頂点に立つもの。周辺の国々はヴァイクを恐れ、森に近づこうとしない。

 実際、それは正しい判断だ。ヴァイクは温厚な性格だけど、とてもマイペースな性分でもある。人間に対して意図的に危害を加える事は滅多にないものの、人間にとってヴァイクの挙動はそれそのものが天災にも等しい脅威となる。

 例えば、ヴァイクが意味もなくシャドーボクシングを始めたとしよう。その拳から放たれた衝撃波は1キロメートル先に立っている人間を跡形もなく消し飛ばす威力を誇る。

 そういう事を人間が居ると認識していてもやってしまう。ヴァイクにとって、人間とはそういう存在なのだ。路端の石ころと変わらない。

 そのヴァイクがわざわざ助けた。時空の裂け目から現れた事も含めて、明らかに異常だ。

 

「おっと?」

 

 ヴァイクが殺気を放った。その殺気は意思を持たない植物にすら恐怖を与える。折角育てていた花が死んでしまった。

 唇を尖らせつつヴァイクが殺気を放った方角へ意識を向けてみる。するとヴァイクに引けを取らない怪物が睨みを利かせていた。

 

「勇者か?」

 

 今代の勇者とは面識がない。だから、確証は持てない。

 

「終わったのかな?」

 

 ヴァイクの殺気が鎮まった。けれど、周囲の木々は春を迎えたばかりだというのに真冬のごとく枯れ木と化してしまった。

 

「森に優しくないぞ―」

 

 とか言っていると、いきなり眼前にヴァイクが現れた。

 

「ホアァァァァァァァッ!?」

 

 ヴァイクが私を見ている。

 

「ご、ごめんなさい!! ウソウソ!! 冗談!! あなたは森にとっても優しい!! よっ、森の守護者!! かっこいい!!」

「ウキ?」

 

 分かってた。ヴァイクはお猿さんだ。人間に興味を持っているわけでもない。だから、人間の言葉なんて伝わるわけがない。悪口もおべっかも意味がない。

 

「ウキキッ!」

 

 ヴァイクは抱き抱えていた女の子を私に押し付けてきた。

 

「……なに?」

「ウキ!」

「面倒見ろと?」

「ウキ!」

 

 前言撤回。ばっちり私の言葉を理解している。

 さっきの『ウキ?』は大方『こいつ何言ってんだ? バカじゃねぇの?』という意味だったのだろう。

 

「……時空の裂け目から現れて、ヴァイクが助けて、勇者が睨んでた子」

 

 正直、関わりたくない。

 

「ちなみに拒否権は……」

「ウキ?」

 

 ヴァイクは指を真上に弾いた。すると、森を覆っていた雲が吹き飛んだ。

 

「わぁい! 晴れた―!」

 

 私の目は死んだ。この猿、脅迫という概念を理解している。

 何処のどいつだ? こんな化け物を温厚な性格とか評したバカは……。

 

「謹んでお預かり致します」

 

 泣きながら女の子を引き取ると、ヴァイクは彼女に笑い掛けた。

 その優しさの半分でもいいから私に分けて欲しい。

 ヴァイクが去った後、女の子を家の中に運んだ。ベッドを複製して、コピーの方に寝かせる。

 その寝顔は案外可愛らしいものだった。

 

「……そもそも、言葉は通じるのかな?」

 

 時空の裂け目から現れたという事は世界の外側の存在である可能性が高い。

 人と似た形をしていても、正体は怪物かもしれない。

 

「いや、その可能性の方が高いな。怪物同士だから助けたのなら筋が通るし……」

 

 深い溜息が出た。森に引き篭もって三百年。こんな厄介事が舞い込んでくるとは思わなかった。

 

 ◆

 

「……ん、んん?」

 

 眩しくて目が覚めた。

 

「日差し……?」

 

 目元を擦りながら起き上がる。

 

「……あれ?」

 

 見覚えのない布団だ。

 困った。前後の記憶が無い。

 

「あれれ?」

 

 思考を巡らせる内に事態がより深刻である事に気づいて悲鳴を上げそうになった。

 口を大きく広げて、いざ声を上げようとした途端に部屋の外から物音が聞こえてきてピタリと挙動を止める。

 冷静に状況を整理してみよう。見知らぬ場所。着た事のない服。浮かび上がる可能性は一つ。

 

「わ、わたし、誘拐された……?」

 

 慌てて扉の前にバリケードを築いた。不思議と重たい筈の机や椅子を軽々と持ち上げる事が出来て、簡単に強固なバリケードを築く事が出来た。

 腕を触ってみる。プニプニしている。自分がゴリラでない事にホッとした。

 

「ん? 開かない!? このっ! なんでだ!?」

 

 扉の向こうからガラの悪い声が聞こえて来た。とても穏やかに会話出来る相手とは思えない。

 大急ぎで近くの窓に駆け寄る。留め金を外して窓を開き、逃避行を決行する。

 

「っと!」

 

 いつバリケードが破られるか分からない。一刻も早く離れなくては危険だ。

 生い茂る草木を掻き分けて柵をよじ登る。

 

「……森?」

 

 驚いた。この家は深い森の中にあったのだ。

 

「と、とにかく逃げないと!」

 

 ボーッとしている暇はない。

 

「もう! もう、もう! なんなのよー!」

 

 わけの分からない状況に涙が出てきた。

 

「ここはどこなの!? わたしは誰なの!?」

 

 事態はとても深刻だ。なにしろ、今のわたしは記憶喪失の状態。前後の記憶どころではない。自分が誰で、ここが何処で、どうしてここにいるのかがサッパリ分からない。

 自分が女である事、草木を草木と認識出来る程度の常識、手足を動かす人体駆動の基本は幸いにも残っているけれど、それ以外が完璧に抜け落ちている。

 どこかで頭の中を整理しなければいけない。だけど、今はとにかく走る。きっと、さっきのガラの悪い誘拐犯が追い駆けて来ている筈だ。きっと、記憶喪失もあの誘拐犯のせいだ。

 病院? 警察? それとも……、ダメだ。これ以上、走る事以外に思考を割いているとスピードが落ちる。 

 

「……って、あれ?」

 

 気づけば目の前に家があった。さっき抜け出した筈の家だ。

 

「ど、どうなってるの!?」

 

 困惑していると家の扉が開いた。中から金髪の女性が現れた。

 

「あんまり手間を掛けさせないで欲しいんだが?」

 

 どうやら怒っているようだ。

 

「……あなた、誰? ここは何処なの!? 何が目的!?」

「私はアンゼロッテだ。そして、ここは迷いの森と呼ばれている。目的は……」

 

 アンゼロッテは肩を竦めた。

 

「とりあえず、お前の事を知る事だな」

「……どういう意味?」

「名前を名乗れよ。名乗った相手に名前も名乗らない無礼者なのか?」

「わからない……」

 

 彼女を睨みながら言った。

 

「は?」

「だから、わからない! わたしは誰なの!? あなたが何かしたんじゃないの!?」

「……おいおい、記憶喪失かよ」

 

 アンゼロッテは深く息を吐いた。

 

「言っておくが、私は何もしていない。ただ、ヴァイクからお前を預かっただけだ」

「……バイク?」

「知らないのか? この森の主だよ。空から落ちて来たお前を助けて、私の所へ運んで来たんだ」

 

 何を言っているのか分からなかった。

 

「森の主? 空から落ちて来た? あなた、それを本気で言っているの?」

「本気も何も事実だ。お前、本当に何も覚えていないのか?」

 

 彼女は真顔だ。冗談の類ではなく、本気で言っている。

 

「とにかく、家に入るぞ」

 

 そう言うと彼女は指を鳴らした。すると、急に体が浮いた。

 

「え? え? え?」

「別に取って食ったりしねぇよ」

「ま、待って! なんで、わたし浮いてるの!?」

「あ? 魔法だよ」

 

 当たり前のように彼女は言った。

 

「ま、魔法……?」

 

 わたしはポカンとした顔のまま家の中へ連れ込まれた。

 そして、摩訶不思議な光景を目の当たりにする事になった。

 彼女が指を鳴らす度に机や椅子が現れる。そして、茶器が勝手にお茶を淹れ始めた。

 

「……魔法って、本当に?」

「本当って、何の事だ?」

「だ、だって、魔法って御伽噺の……」

「はぁ? お前、どこから来たんだ? もしかして……、本当に世界の外側から来たのか?」

「せ、世界の外側?」

 

 意味がわからない。

 

「お前……ってか、名前が無いと不便だよな。んーっと、そうだなぁ」

 

 アンゼロッテは紫の瞳をわたしに向けた。

 

「エルフラン」

「え?」

「お前の名前だ。仮の名だけどな。呼び名が無いのは不便だろ」

「エルフラン……。なんだか、変な名前」

「おまっ! 人が付けてやった名前を! お前、古字も知らないだろ……。エルは探すって意味で、フランは星だ。お前はお前自身の事を何も覚えていないようだからな。だから、エルフラン(星を探すもの)だ」

「……なんで、星?」

「なんとなくだ」

「えー……」

 

 エルフラン。なんだか、妙な響きだ。

 

「……それより、エル」

「エル?」

「エルフランだから、エルだ」

「……フラン、要らなくない?」

「うるせぇな! 話が進まねぇだろ! とにかく、お前の記憶を取り戻す方法を考えるぞ」

「う、うん」

 

 そうだ。何はともあれ記憶を取り戻さない事には始まらない。

 

「あと、働かざる者食うべからずだ。ここで生活する以上は働いてもらうからな」

「は、働くって?」

「森での生活は自給自足だ。そろそろ朝飯の用意もしないといけないからな。食料調達に行くぞ!」

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