TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ! 作:冬月之雪猫
第三十一話『忠誠』
オレはアルにエスコートされながら謁見の間へ向かった。
大きな扉を潜ると、オレは思わず息を呑んだ。そこには王と王妃以外にも多くの重鎮達が顔を揃えていた。
宰相であるオルトケルン・アルヴィスがいる。王宮専属魔法使いであるオズワルド・アガリアがいる。王国騎士団団長であるヴォルス・ベルブリックがいる。親父や名だたる貴族の当主達もいる。
あの婚約発表の場を思い出す。あの時はアルに助けてもらった。
「ヴァレンタイン公爵家の御令嬢、フレデリカ・ルーテシア・アン・ウィンコット・ヴァレンタイン様の御入場です!!」
オレにもプライドがある。何度も情けない姿を見せたくない。
堂々と絨毯の上を歩いていく。前を向いて、シェリーやアナスタシアに教えてもらった所作で王に傅く。
許可が降りるまで口を開く事は許されない。
「フレデリカ・ルーテシア・アン・ウィンコット・ヴァレンタイン!!」
以前は押し潰されかけた王の覇気だけど、今は平然と受け流す事が出来た。
不思議だ。衆人環視の中だというのに心が落ち着いている。
気負っていたのがバカみたいだ。二度目になると意外と慣れるものらしい。
「
顔を上げると王の顔が見えた。とても優しい顔だ。
「これより、お前は王妃と同等の存在として扱われる。それは
分かっている。それが王家に嫁ぐという事だ。
王家の者は自らの幸福よりも王国の繁栄を優先しなければならない。
王権が揺らげば、王家は首を斬り落とされる。
「お前の命はお前の物では無くなる。お前の未来はお前の物では無くなる。その事を受け入れる覚悟はあるか?」
「……陛下。わたくし、フレデリカ・ルーテシア・アン・ウィンコット・ヴァレンタインは身も心も魂さえも王国の繁栄の為に捧げる所存に御座います」
オレは婚約破棄される運命だ。だけど、オレはアルを助けたい。
婚約者では無くなっても、友達として支えていきたい。
王がオレに対して問いている覚悟は王家が抱く覚悟だ。
その覚悟に応えるには、同じ覚悟を抱かなければいけない。
だから、これはオレの決意だ。
「アルヴィレオ・ユースタス・ジル・オルティアス・ベルトルーガ・アガリア皇太子殿下を生涯に渡り支え、忠誠を尽くす事を御誓い申し上げます!」
オレの人生は親父によってレールを敷かれている。だけど、そのレールの走り方を決めるのはオレ自身だ。そして、そのレールから外れた後の行き先を決めるのもオレ自身だ。
アルは良い王様になる。ゲームではアルが王様になった後の事など語られていないけれど、それは確信だ。
だって、彼は人を知りたがっている。人の為になりたがっている。だから、オレはアルの為に出来る事をしたい。
「……良かろう」
王は立ち上がった。
「皆の者!! この者の相貌を記憶に刻むが良い!! この者の名を刻むが良い!! 名はフレデリカ・ルーテシア・アン・ウィンコット・ヴァレンタイン!! 次期王妃である!!」
婚約発表の式典は去年やったのに、まるで念を押すかのようだ。
貴族達が喝采する。その様を見て、少し不思議に思った。
ゲームのフレデリカ・ヴァレンタインも同じ事を経験した筈だ。貴族達の前でアルの婚約者であり、次期王妃である事を王に認められた。その意味はとても大きい。
それなのに婚約破棄された。
悪役令嬢のあるあるだから気にしていなかったけれど、実際に貴族として生きてみると奇妙に感じる。
これを気のせいだとして思考放棄してはいけないと思う。
結果には過程がある。何か理由がある筈だ。フレデリカ・ヴァレンタインが婚約破棄される事を王や貴族達が受け入れた理由が……。
◆
謁見の間を出るとアイリーンと共にミレーユが待っていた。
どうやら二人でオレの世話をする事になったようだ。
「改めてよろしくお願いいたします、ミレーユ」
「……誠心誠意御仕え申し上げます」
相変わらず表情が読めない。だけど、その筋肉は相変わらずだ。
アイリーンが縮んでしまって、寂しく思っていたところだ。
ちょっと嬉しい。
「御部屋に御案内致します」
そう言えば、アイリーンの家であるベルブリック家とミレーユの家であるアイニーレイン家はアガリアの二本槍と呼ばれている。
なんだか、すごく頼もしい。
「此方になります」
やはりと言うか、案内された部屋は前に泊まった部屋と同じだった。
ここは次期王妃の為の部屋だ。
「王妃教育は明日より始まります」
いよいよだ。実際に何を学び、どんな事をするのか何も聞かされていない。
なにしろ、王妃教育は代々の王妃が受け継いできた秘中の秘だ。
アルの手紙によれば王ですら知らないらしい。
不安が無いと言えば嘘になる。だけど、これはゲームのフレデリカが乗り越えた試練だ。十一歳の女の子が乗り越えたものにオレが臆するわけにはいかない。
「本日は御身体と御心をゆっくり休め、御寛ぎ下さいませ」
「ええ、ありがとう」
オレは久しぶりの定位置へ向かった。アイリーンに本を持って来てもらう。
ミレーユが持って来てくれた紅茶を飲みながらゆったりと読書に勤しむ。
ああ、安らぐ。
■
ミレーユ・アイニーレインは面白くなかった。
本来、次期王妃であるフレデリカ・ヴァレンタイン公爵令嬢の御世話係は彼女の職務だった。そうなる事が数年前から決まっていて、その為に必要な教育を受けて来た。
それなのに間際になってアイリーン・ベルブリックが割り込んで来た。
アガリアの二本槍などと呼ばれているが、ベルブリック家とアイニーレイン家は互いに王家の懐刀を自負している。
敵対こそしていないが、良好な関係ではないのだ。
「アイリーン。あなたの寝場所はここよ」
夜、フレデリカが就寝した後にミレーユはアイリーンを地下室へ案内した。
使用人の部屋は往々にして地下室や屋根裏部屋が多い。しかし、王宮には地下室を満杯にしても尚溢れるほどの多くの使用人達がいる。
その為、王宮に常駐する使用人以外は専用の寮に泊まり込んでいる。そして、常駐している使用人も基本的には一階の隅の部屋を宛行われていた。
地下にも部屋はあるものの、それは王宮内で夜会などの催し物を行う時に常駐する使用人を一時的に増やさなければいけない時に使うものだ。
ミレーユはその部屋にアイリーンを連れて来た。
「……ありがとうございます、ミレーユ」
アイリーンはミレーユの意図に気がついていた。
あからさまな嫌がらせだ。けれど、アイリーンには何も出来ない。
急遽フレデリカについて来る事になったアイリーンが待遇の改善を要求などすれば、恥をかくのはフレデリカだ。
「……ふん」
ミレーユは鼻を鳴らすとアイリーンに背中を向けた。
アイリーンは部屋を見回した。普段使っていない部屋だから、辺り一面に埃が溜まっている。
ベッドにはシーツなど無く、掛け布団も見当たらない。
こうなる事は分かっていた。それでもフレデリカの傍にいたかった。
アイリーンは毅然とした態度で謁見の間へ向かう主人の姿を思い出しながら気合を入れる。
ミレーユの立場からしたら、自分のしている事は到底許せるものではない。
これからも彼女の嫌がらせはエスカレートしていくだろう。その全てを真っ向から受け止める。
決して譲れぬものを守る為に。
「……お嬢様のメイドである事。それだけは絶対に譲らないわ、ミレーユ」
瞳に決意の炎を燃やしながらアイリーンは部屋の隅の掃除用具入れを開いた。
「まずは掃除ね!」
あくまでも受け止めるだけだ。悪意を受け入れる気は毛頭ない。
汚い部屋は綺麗にすればいい。それだけの事だとアイリーンは掃除に取り掛かった。