TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ! 作:冬月之雪猫
暗闇の中で誰かが泣いている。
「大丈夫?」
声を掛けた。すると、泣き声が止まった。そして、光が溢れ出した。様々な景色が流れていく。
『……これが聖剣か』
青年が立っている。どこか、アルやネルギウス王に似ている気がする。
彼の前には聖剣が地面に突き立てられている。辺りを見回すと、ここが湖に浮かぶ小島である事が分かった。きっと、王家の湖だ。
『アガリア様! どうか、お逃げ下さい!!』
突然、風景が切り替わった。老人が涙を零しながら懇願している。
『このままでは死んでしまいます! どうか、お逃げ下さい!』
その言葉にアガリアと呼ばれた青年は微笑んだ。
『ガンザルディ。わたしは王だ。王とは民を守るものだ』
そう言って、彼は聖剣を掲げた。
『臣下を守る。民を守る。国を守る。その為に命を燃やす。それが我が王道である!』
また、風景が切り替わった。
草原だ。アガリアとは違う人物が聖剣を腰に提げている。
男のようだけど、その顔は少女のように可憐だ。
『レオ』
上から声が降って来た。見上げると、そこには竜がいた。
『……貴様は何の為に戦うのだ? 貴様の肉親は処刑され、友は裏切り、救った者達は貴様を化け物と罵る。そんな者達を守ってどうするのだ?』
『メサイア。わたしは哀しい事が嫌いなのです』
『ならば……』
『だから、哀しい事を一つでも減らしたいのです』
『……分からぬ。我には貴様が分からぬ……』
メサイア。ゲームにも登場していた竜王の息子だ。
彼は哀しそうにレオを見つめている。
『……メナスよ』
また、風景が変わった。今度は黒い髪の青年が聖剣を握っている。
メナスと言えば、ゼノンの先代の勇者の名だ。
彼の前には竜の翼と腕を持つ少女がいる。オレが魔王再臨を使った時の姿とそっくりだ。彼女が竜姫シャロンなのだろう。
『何故、泣く?』
『……君と戦わないといけないからだ』
その言葉にシャロンはため息を零した。
『お前は魔獣と戦う時も涙を零しながら戦うそうだな。それほどまでに争いを厭うならば剣など捨ててしまえばいい』
『僕が捨てても、誰かが拾う。誰かが嫌な思いをする……』
『……面倒くさい奴だな』
シャロンは更に深く息を吐いた。
『いずれにしても、わたしではお前に勝てないな』
『……ごめん』
『敵に謝るな、バカ者め……』
そう言うと、シャロンは自らの胸に手を突き刺した。
『なっ!? 何をしてるんだ!?』
『……だって、お前。わたしを殺したらへこむだろ?』
そう言うとシャロンは自らの心臓を引きずり出した。
メナスは唖然としている。オレも唖然としている。それまでの流れが分からないからシャロンの意図がサッパリだ。
『アイツが戻って来る前に世界を元に戻したかったが……』
シャロンは困ったように微笑んだ。
『まあ、なんとかなるだろ』
『シャ、シャロン! 君は一体……』
『……知りたきゃ書庫に行けよ。っと……、そろそろか』
シャロンの目から光が消えていく。
『な、なんで……』
メナスの呟きと共に再び風景が切り替わる。
「これは……」
風景には取り留めがなく、秩序もない。混沌としている。
「みんな、聖剣を持っている」
四人の男達はそれぞれが聖剣を所持していた。おそらくは歴代の勇者だろう。
しばらく映像を見つめていると知らないはずの知識が浮かんでくる。
アガリア様と呼ばれていたアルやネルギウス王に似ている男の名はオルネウス・アガリア。
初代魔王が現れた時、人類は絶滅の危機に陥った。そんな時、彼は聖剣と共に生存者達をまとめ上げた。
人類を守り、悪の進撃を食い止めた彼は平和の維持の為に生涯を捧げ、最期は名も知らぬ親子を魔獣から守る為に致命傷を受けた。
レオ・イルティネスは見目麗しい少年だった。その美しさ故に領主に目をつけられ、両親や友を殺された挙げ句、奴隷の身分に落とされた。
けれど、彼は誰の事も恨まなかった。ただ、哀しいと思った。そんな時、世界に再び魔王の脅威が迫った。世界の危機に対して、人々は聖剣の担い手を請い始める。そして、レオは救世の為の旅に出た。
彼はどれほど辛く苦しい目に遭っても人を愛し、世界を愛し、命を愛した。
三代目となり、聖剣の担い手は勇者と呼ばれるようになった。竜姫シャロンを筆頭とした七大魔王を討伐した勇者メナスはとても泣き虫な男の子だった。
彼は傷つける事がイヤだった。戦う事がイヤでイヤで仕方がなかった。
泣きながら戦い続け、泣きながら救い続け、最期は魔界で一人寂しく死んでいった。
泣きながら、動けなくなった自分が魔菌に汚染されて人類に牙を剥く事が無いように自害した。
骨一つ、細胞一つ残らぬように自分自身を焼き尽くした。
そして、聖剣はゼノンに受け継がれた。ラグランジア王国の王子として生を受けた彼は冷遇されていた。彼が王の妾の子だった為だ。
ラグランジアの姓を名乗る事が許されず、母と共に郊外の屋敷で軟禁生活を送っていた。
聖剣に選ばれた後も彼の生活は変わらなかった。けれど、屋敷から少し離れた場所に魔獣が現れた時、彼の体は意識するより早く動いていた。
魔獣を殺したかったわけではない。ただ、命を守りたかった。
それからゼノンは守る為に戦い続けた。命を奪う時、彼はメナスのように涙を零していた。
「……これが勇者か」
戦うことがイヤでイヤで仕方がない。それでも命を守りたいから戦う。
その在り方は清廉であり、尊いものだ。だけど、とても哀しいものだ。
「ああ、そうか……」
いつの間にか映像は途切れ、オレの前には聖剣が浮かんでいた。
勇者を選び、勇者を看取るもの。
泣いていたのは聖剣だ。
「死んで欲しくなかったんだな」
だから、オレの呼び掛けに応えてくれたのだろう。
ゼノンを死なせない為に……。
「……大丈夫! 死なせないよ!」
勇者は大怪我をしている。だけど、暴走を加えて四度目の『魔王再臨』がオレに力の使い方を教えてくれた。
魔王再臨状態のオレには権能が三つ備わっている。『魔王の権能』、『竜姫の権能』、『エルダー・ヴァンパイアの権能』だ。
権能とは個人ではなく、立場に対する信仰が形作るスキル。当人の実際の能力と関係なく、そういう事が出来るのだと人々が信じている事が出来る。
エルダー・ヴァンパイアの権能なら勇者を救う事が出来るはずだ。
「オレを信じてくれ、聖剣アリエル!」
オレの言葉が届いたのか、聖剣から光が溢れ出した。
一瞬、優しげな青年の姿が見えた。
そして、目が覚めた。
「……夢? いや、違う!」
急いで起き上がる。
オレは聖剣と約束した。約束は守らなければいけない。
「勇者様!!」
オレはベッドで眠っていたようだ。目の前には片腕を失った勇者がいた。
オズワルドが治療を施している。
「オ、オズワルド様!」
慌てて駆け寄ると、オズワルドは口元に人差し指を当てながら「しーっ」と言った。額には汗が浮かんでいる。常に浮かべている笑顔もない。
余裕が無いのだろう。勇者を救う為に全力を尽くしている。
エルダー・ヴァンパイアの権能を使おうと思ったけれど、まずはオズワルドに任せてみる事がベストだろう。完全に理解し切れていない力よりも王宮専属魔法使いである彼の治療の方が信頼出来る。
「……ふぅ」
しばらくするとオズワルドが息を吐いた。微笑んでいる。
「オズワルド様。勇者様は……」
「大丈夫……とは、言い難いですね」
彼は勇者の右肩を見つめた。そこから先に在るべきものがない。
「腕は戻らないのですか……?」
「……治りませんでした。普通の傷ではありませんね」
彼は勇者の千切れた腕を持ち上げながら言った。
「貸して下さい!!」
勇者の呼吸は安定している。命の危機は脱したという事だろう。
ここから先はオレの出番だ。
「……どうぞ」
オズワルドから勇者の腕を受け取る。既に冷たくなっている。
腕を斬り落とされて痛くないはずがない。その喪失感を想像すると頭がおかしくなりそうだ。
いつも誰かを守り、救ってくれる勇者。
「
再び、魔王再臨を使う。魔力を勇者の腕に注ぎ込む。細胞を活性化させ、死滅した細胞と置換していく。
少しずつ温かくなってきた。
更に意識を集中していると腕の形がドラゴンのものから人に近いものに変わった。
ありがたい。正直、ドラゴンの腕は繊細な作業に向いているとは言い難い形状だった。
「……勇者様」
腕を持って勇者の下へ行く。
寝顔は思っていたよりもあどけない。純粋な子供がそのまま大人になったようだ。
だからこそ、斬り裂かれた腕が痛ましい。
「がんばりすぎだよ……」
涙が零れ落ちた。強さには責任が伴うものだ。だけど、強さは罪じゃない。苦しい思いをしてまで人を救う義務なんて誰にもない。
それでも頑張った人には報われて欲しい。
傷口に触れようと思って、手が止まる。人の形に近いけれど、まるで籠手のように硬い。それに爪が尖すぎる。
そうでなくても傷口を手で触ったら痛いものだ。だから、オレは傷口に顔を近づけた。
ドラゴンの体液には強力な治癒の力が宿っている。その血を浴びた者が不死身の英雄となった伝説もある。そして、それは竜王の娘であるシャロンにも受け継がれている。
だから、舌を唾液でしっかりと濡らす。気持ち悪がられるかもしれないけれど、幸いな事に勇者は眠っている。
オレは勇者の傷口を舐め、魔力を注いでいく。その時だった。
「フレデリカ様!」
部屋の外から専属使用人であるミレーユ・アイニーレインの声がした。
「お、お待ち下さい! お嬢様は今……」
アイリーンの声もする。何か揉めている様子だ。
「わたしが出ます。貴女は治療を」
オズワルドの言葉に甘える。今は他に意識を割いている余裕がない。
それに勇者の傷口を舐めていたら口の周りが彼の血で真っ赤になっている。
人に見せられる顔ではない。
「……とにかく、これで」
勇者の腕をくっつける。すると細胞同士がくっつこうとし始めた。
後は変にくっつかないように押さえておくだけだ。
「大丈夫だ。大丈夫だからな、勇者」
オズワルドが対処してくれたのだろう。外が静かになった。
どのくらい時間がかかるのか分からないから助かる。
◇
フレデリカ・ヴァレンタインが悪役令嬢となった理由に対するフレデリカの考察は不完全だった。
ゼノンを救った事、それ自体に問題など無かった。
勇者とは勇気ある者であり、優しき者であり、そして、屈さぬ者である。
腕を斬り落とされた時、彼は死を受け入れた。それは死を齎す者に対して屈した事と同義である。
フレデリカがゼノンを救った時点で彼は勇者の資格を失っていたのだ。そして、その事はバルサーラ教会の聖女にも伝わっている。
「……勇者様が」
聖女はゼノンが死んだと思った。そして、同時に感じ取った。
聖剣が新たなる担い手を選んだ。それは新たなる勇者の誕生を意味している。しかし、彼女は勇者の死を語るのみ。
真なる勇者の誕生は、勇者が己の責務を自覚した時を指す。それまでは何も知らぬまま生きて欲しい。それが聖女の願いであり、教会の意思であるが故に。