TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第五話『ギルベルト・ヴァレンタイン公爵』

 ギルベルト・ヴァレンタイン公爵は冷血な人物として知られている。

 敵対する者に与える慈悲はなく、その人生は血に塗れていた。

 いつの頃からか『鮮血のヴァレンタイン』と呼ばれるようになり、味方からも恐れられるようになった。

 

 ―――― 構うものか……、私は貴族だぞ。

 

 彼の生き方を批難する者に彼は言う。

 貴族は選択の一つ一つに責任を伴う。一つのミスが後の世の災禍と成り得る。

 多くの民を苦しめる。敬愛する王の立場を揺るがす。家族を死なせる。

 それを善しとするのならば存分に慈悲を与えるといい。いくらでも過ちを犯すがいい。

 

 ―――― 私には耐えられない。

 

 だから、貴族としての最善を尽くす。

 使用人の一人一人の縁談にも口を挟み、息子や娘の人生にレールを敷き、国の未来をその手で描く。

 理解を得られずとも、憎まれようとも、公爵家の当主として正しき道を生きる。

 それが彼の生きる道だから ――――。

 

 ◆

 

 自領の邸宅(カントリー・ハウス)に帰って来るのは一年振りの事だった。

 ここ数年、南方の国々で不穏な空気が漂い始めている。ギルベルトはそちらの対処に追われ、王宮を離れられずにいた。

 しかし、後継者であるロベルトは精神的に未熟な部分があるものの、自領を統治する能力は既に完成している。

 執事のグウェンダルからの定期報告の資料に目を通せば、領民の生活水準が年々向上している事が分かる。治安も良好であり、数年前に誘致した娯楽施設の業績も上がっている。

 おかげで安心して任せる事が出来た。

 

「……しかし」

 

 ロベルトが使っている部屋とは別の執務室でギルベルトは探知の魔法を起動していた。

 人には表と裏の顔がある。ギルベルトの前では清廉潔白な人物を演じておきながら、影では佞悪醜穢(ねいあくしゅうわい)な輩が少なくない。

 使用人達はもちろん、息子と娘の裏の顔も知って置かなければならない。

 

『縁談の話だ! フリッカが不自由な思いをしたり、嫌な思いをしなくて済むように話をつけてくる! 兄ちゃんに任せろ!』

 

 ロベルトの激情に駆られた声が探知の魔法を通じて届いてくる。

 

「相変わらずだな。妹の事となるとすぐに我を失う……」

 

 グウェンダルからの報告によれば、フレデリカが風邪を引いた時にすべての仕事を放り出してしまったとある。

 貴族の一日は数千人の人の命に匹敵する価値がある。驕りではなく、それだけの人の命に関わる事なのだ。

 幸い、その日の仕事はグウェンダルが肩代わりできる範囲のものだったとあるが、仕事の間は使用人に看病を任せるべきだった。

 

「一度、教育を施さねばならないな」

 

 貴族である事を自覚しない者に貴族である資格はない。

 いつまでも未熟なままで居てもらっては困るのだ。

 これからも南方の国々の動向に注意を払わなければならない。公爵領の事はロベルトに一任せざるを得ないのだ。

 フレデリカに縁談を持ち帰ってきた理由の一つもそこにある。

 一度、妹と距離を置かせるべきだと判断した為だ。無論、縁談にはそれ以外にも山のように理由があるが……。

 

「ん?」

 

 その時だった。

 

『オレだって、やる時にはやるんだぜ? 兄貴も忙しいんだし、次期後継者が当主に逆らうもんじゃねーよ』

 

 フレデリカの声が届いた。猫の被り方は覚えたようだが、裏では男のような口調が健在らしい。

 そろそろ本格的に矯正する必要がある。専属使用人であるアイリーンに任せていたが、彼女は見た目に反して甘い性格をしている。

 縁談が纏まった後は王宮のメイドと世話係を交代させる事にしよう。

 

『俺の事を気にするんじゃない! あんな言い方されて、辛くない筈がないだろう!』

 

 ロベルトの声だ。言葉遣いを注意する素振りも見せない。

 フレデリカの口調は甘えの現れだろう。甘やかし過ぎだ。

 この事についても厳重に……、

 

『大丈夫だって! オレ、別に親父の事どうでもいいし』

 

 ギルベルトは固まった。

 

『……ど、どうでも?』

『そうそう。興味ないヤツに何言われたって気にしないって。だから、兄貴もあんまり気にすんなよ』

『そ、そうか……? あの、フリッカ……』

『ん?』

『お、お兄ちゃんの事は……?』

『もちろん、大好きだぜ!』

『フリッカ!!』

 

 そのやり取りを聞いていて、ギルベルトは胸が締め付けられる気分に陥った。

 わなわなと震え、息が荒くなる。

 頭の中でフレデリカの声が反芻している。

 

 ―――― 親父の事どうでもいいし。

 ―――― 興味ないヤツに何言われたって気にしないって。

 

 興味がない。どうでもいい。

 その言葉はギルベルトの心を大きく抉った。

 冷血であり、鋼の如き精神を持つギルベルトだったが、娘からどうでもいいと言われる事には耐えられなかった。

 

「父上、お話が……って、父上!?」

 

 その日、ギルベルトは過呼吸で死にかけた。

 

 ◇

 

 これはフレデリカも知らない事だ。なにしろ、ゲームの中で真実が語られるルートは一つしか無い。

 そして、『エターナル・アヴァロン ~ エルフランの軌跡 / ザラクの冒険 ~』というゲームが人気を博した最たる理由は分岐の多彩さにある。

 戦闘の一つ一つの戦果が分岐となる為、すべてのルートを網羅する事は不可能とまで言われたゲームである。

 そのルート以外では、フレデリカがアルヴィレオ王子に婚約破棄された後、ギルベルト・ヴァレンタイン公爵が王国に対してクーデターを起こす。

 彼が率いる軍勢は国を二分する程のものであり、それは思いつきで用意出来る戦力ではなかった。

 また、彼の人格的に考えて、娘の婚約破棄の為にこのような暴挙を犯すなどあり得ない筈だった。

 しかし、たった一つの真実を語るルートではギルベルトの心境が語られるシーンがある。そして、真実はあり得ない筈のものだった。

 彼は娘が婚約破棄されて悲しむ姿を見た。そして、激怒した。

 ギルベルトがフレデリカに対して無関心だったのは、そうあるべきだと彼自身が自らに言い聞かせていたが故だった。

 その戒めの鎖がフレデリカの涙によって破壊されてしまったのだ。

 ギルベルトは己のすべての才覚と知恵、財産、人脈を使ってフレデリカを泣かせた王家に復讐するべくクーデターを起こしてしまったのだ。

 そして、それこそが悪役令嬢であるフレデリカ・ヴァレンタインの逆転劇のスタートラインである。

 突如クーデターを起こした父親をフレデリカが止めるのだ。何故、彼女が父の暴挙を止めたのかが語られるシーンは存在しない。

 なにしろ、主人公であるエルフランと悪役令嬢であるフレデリカは個人的な心情を語り合う仲では無かったからだ。

 それでもギルベルトのシーンを見たプレイヤーならば彼女の心情を読み取る事が出来る。

 ずっと無関心だと思っていた父親の愛情を目の当たりにして、ようやく彼女は吹っ切れたのだ。

 つまる所、ギルベルトは単なるツンデレであり、フレデリカは極度のファザコンだったのである。

 

 ◇

 

 ギルベルトは娘からのどうでもいい発言によって涙で砕ける筈だった戒めの鎖を壊されてしまった。

 倒れた父親にロベルトも詰め寄る事が出来ず、それから一ヶ月の時が過ぎる。

 その間もギルベルトは暇さえあればフレデリカの声を聞いていた。

 けれど、ただの一度も自分の事が話題に乗る事はなかった。本当に彼女にとって自分はどうでもいい存在なのだと分かってしまった。

 

「……フレデリカ」

 

 王宮へ向かう馬車の中、何度か話し掛けてみた。

 けれど、その度に彼女の顔には『話し掛けられて面倒くさい』という感情がありありと浮かんでいた。

 

「お前は私をどう思っている?」

「公爵家当主として斯くあるべきと。わたくしもお父様の娘として、公爵家の恥とならぬよう勤めますわ」

 

 その顔は理想的な公爵令嬢だった。

 ロベルトに見せる素の表情は一欠片も見せて貰えなかった。

 

「……そうか」

 

 その後は話掛けられる事を拒絶するかのように本を読み始めた。

 邪魔をしたら更に嫌われるかもしれない。そう思うと声を掛けられなくなった。

 なんとも情けない話だ。けれど、一度溢れ出した愛情を塞ぐ事は出来ない。縛る為の鎖はすぐに押し流されてしまう。

 彼はいっぱいいっぱいになっていた。だからこそ、王宮からの急な変更に対して素直に従ってしまった。

 旅慣れていないフレデリカを一日タウンハウスで休ませる筈だったのに、すぐに王宮へ連れて行く事になった。

 そして、限界を迎えてしまった。

 アルヴィレオ王子が気付くまで、ギルベルトはフレデリカの不調に気付く事が出来なかった。

 その事にショックを受けた彼は王の御前である事も忘れて取り乱した。

 

「フ、フリッカ……? そんな……、私は……、全然……、ぁぁ……ぁぁぁああああああああ」

 

 髪を掻き毟るギルベルトにアルヴィレオも目を丸くした。

 

「お、落ち着いて下さい。おそらく、疲れが出たのでしょう。とりあえず、彼女を休める場所に連れて行きます。よろしいですね?」

「……ああ、頼みます」

 

 娘が体調不良になっただけで取り乱し、涙を流しながら頭を下げるギルベルトにアルヴィレオは驚きつつも頷いた。

 そして、彼が彼女を連れて行った後、ギルベルトは膝を屈して俯いた。

 

「……私は父親失格だ」

 

 その姿を見て、長年ギルベルトと共に国を動かして来たアガリア王は大いに驚いていた。

 鮮血のヴァレンタインが見る影もない。

 

「ギ、ギルベルト公爵、どうかお気を確かに! わたくしが悪いのです! わたくしが予定を早めるよう頼んだから……」

 

 王妃が背中を擦るとギルベルトは力なく首を振った。

 

「……私が悪いのだ。娘の体調に気づけないなど……、最低だ」

「ギ、ギル……」

 

 王はギルベルトの生き方を批難する者の一人だった。その生き方はギルベルトを孤独にすると案じた為だ。

 だからこそ、心配すると共に嬉しくもあった。

 彼にこれほどまでの人間らしさがあった事を知れたことに。

 そして、彼にとってフレデリカがどれほど大切な存在かも知る事が出来た。

 

「……陛下。娘を頼みます」

 

 そう言って、彼はよろよろと立ち上がった。

 一気に老け込んでしまったように見える。

 

「ああ、任せなさい。それと……、お前のせいばかりではない。あまり気にし過ぎないようにな」

 

 王の言葉に「勿体なき御言葉に御座います」と臣下の礼を返すが、その顔はやはり虚ろだった。

 彼が去った後、王は王妃と顔を見合わせた。

 

「……フレデリカ嬢を大切にするようアルヴィレオにはキツく言っておく必要があるな」

「そうね。王妃としての教育の間も定期的に帰宅出来るようカリキュラムを考えてみるわ」

 

 それがフレデリカに対して二人の距離がやたら近かった理由であった。

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