TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第五十八話『恐怖のベルーガーズ』

 アガリア王国では貧しい者でも食うに困る事が無いようにあらゆる政策が為されている。

 孤児はバルサーラ教会や王立児童保護施設で成人である16歳までの生活と教育を保証され、職を持たない者には職を斡旋する事が各領地の領主に義務付けられている。

 それでも路上で眠り、食べる為に罪を犯す者がいる。その多くは救いを求めるべき場所や方法、それを調べる手段すら知らない無知な者達だ。そして、残りの少数は斡旋してもらえる事を知りながらも楽な生き方を望む愚か者だ。

 無知な者には知恵を授ける事も政策の中に含まれており、領地を巡回する騎士や警察組織はそうした者達を見つけては声を掛けている。

 これは昨日今日始まった事ではなく、初代王オルネウスの時代から続けられている事だ。それを知るからこそ、アガリアでは成人している浮浪者を軽蔑する風潮がある。

 抜け出せる道が整備されているにも関わらず、人に迷惑を掛ける生き方を選んでいる者だと認識している為だ。

 

「……小綺麗な街だな」

 

 舌を打ちながら街を練り歩いているのはラグランジア王国から遥々やって来た旅行者だった。

 祖国とは違い過ぎる美しい街並みにやっかみ混じりの視線を向けている。

 これまで多くの街を見てきたが、どこもかしこも掃き清められている。裏路地に入っても子供が笑顔で遊び回っているところを見た時は愕然としたものだ。

 待ち行く者達は誰もが丸腰であり、これは街のルールとして定められている事だった。街中で武装する場合は役所で面倒な申請が必要となると聞いた時は叫びだしそうになった事を覚えている。

 人同士の小競り合いが殺人事件に発展する事態を抑えるにはいいが、いきなり魔獣に襲われた時に丸腰でいたら問答無用で餌にされてしまう。

 それでも呑気な顔で歩き回れるアガリアの住民の姿が最初は信じられなかった。

 

「マジで楽園じゃねぇかよ……」

 

 アガリア王国は魔獣の脅威から完全に保護されている。この世の理想郷とはここにあったのだ。

 誰も彼もが突然の悲劇や惨劇に怯えなくていい。ただただ平穏を享受する事を許されている。

 だから、こんな他ではあり得ない光景が広がっている。

 

「ふっざけんなよ」

 

 ここで生まれていれば失わなくて良かったものがある。ここで生まれていればやらなくて良かった事がある。

 理不尽である事は分かっている。それでも我慢が出来なかった。

 前を歩く女の笑顔が気に入らない。隣で小さな子供にフルーツタルトを食べさせている男が気に入らない。

 はしゃぎ回っている子供達が気に入らない。その姿を微笑ましそうに見つめながら彼らが危ないからという理由で叱っている老人の優しそうな顔が気に入らない。

 こんなものは彼の知っている世界ではない。歪んでいる。狂っている。だから、壊してしまいたくなった。

 金銭目当ての強盗に両親を殺害され、優しそうな顔で近づいてきた隣の家に住む変態に妹を壊され、それでも必死に生きて築き上げたものが何度も何度も壊されて来た彼にとって、この光景は存在してはいけないものだった。

 

「あぁ……、あああああああああああああああ!!!」

 

 いきなり叫び出した彼に人々は驚愕する。

 生きる為に身につけたスキルで最初に襲い掛かった相手は簡単に殺せそうな女だった。

 そんな彼女を護る為に、当たり前のように子連れの男が壁になった。吹っ飛ぶ男に子供は悲鳴をあげ、近くの人間は彼を救う為に迅速に動き出し、他の者は見ず知らずの人間の為に怒りを滾らせる。

 その光景を見ているだけで怒りが際限なく湧いてくる。

 この街で生まれていれば両親が死ぬ事はなかった。誰かが守ってくれた。誰かが庇ってくれた。誰かが助けてくれた。

 羨ましい。妬ましい。そして――――、

 

「『ベルーガーズ』だ!!」

 

 誰かの悲鳴染みた叫び声が響き渡った。

 途端に周囲の雰囲気が変化する。さっきまで怒っていた人々が狼狽えたように男を見つめている。

 中には心配そうな表情を浮かべる者まで現れた。あまりの変わり様に男は戸惑い、そして、彼らが現れた。

 

「ハッハー!!」

 

 彼方から影が近づいてくる。犬のような鳴き声が近づいてくる。

 

「……なんだ、あれは」

 

 犬ではなかった。それは狼に似た外見を持つ魔獣だった。

 

「魔獣は居ないんじゃなかったのかよ……」

 

 愕然となる彼の前に降り立ったのはベルーガーという魔獣に跨る男達だった。

 誰も彼もが物騒な人相を浮かべている。その手には金属バットや鉄パイプが握られ、地面に擦りつけてガリガリという音を響かせている。

 彼は知らなかった。彼が怒りを爆発させてしまったこの街こそ、アガリアでも屈指の安全地帯である事を。その安全が何を意味するかを彼は知らなかった。この街で罪を犯す意味を彼は知らなかった。

 この街で悪を背負う事は命懸けだ。

 

「オラオラオラオラ! オレ達の縄張りで好き勝手してくれたよーだな!」

「ヒャッハー! ぶっ殺してやるぜ!」

「血祭りに上げろ!」

 

 彼は知らなかった。

 ここが血に飢えた狼の縄張りである事を。

 

「感謝するで、ハンサム!」

 

 一人の少年が男の前にベルーガーと共に舞い降りた。

 ベルーガーはこの大陸に巣食う魔獣の中でも上位に位置する存在だ。その牙は鋼鉄を容易く噛み砕き、その脚は千里を瞬く間に走破する。

 狙われれば逃げ場など無く、それ故に『死の猟犬』と恐れられている。

 そのベルーガ―を乗り回す少年がまともである筈もなく、男は竦み上がった。

 

「悪党はええ! 最高や!」

 

 大きく手を叩きながら少年は言う。

 

「どんなにボコボコにしても、どんなにズタボロにしても許される!」

 

 まるで、獲物を見つけた獣のような顔だ。舌なめずりをしながら、喜色を浮かべている。

 

「悪党万歳! 悪事万歳!」

「悪党万歳! 悪事万歳!」

「悪党万歳! 悪事万歳!」

「悪党万歳! 悪事万歳!」

「悪党万歳! 悪事万歳!」

「悪党万歳! 悪事万歳!」

 

 少年と男を取り囲むベルーガーに跨った男達が一様に喝采を上げる。

 あまりにも異常過ぎる光景だ。一瞬前まで天国だと思い込んでいた場所が、その実地獄である事など悪夢でしかない。

 彼は間違えた。ずっと望んでいた平和な世界をただ甘受すれば良かった。それが出来なくて、悪になってしまった時点で彼の未来は終わっていた。

 地獄は行き止まりだ。退路も断たれた。後は獄卒の鬼から罰を与えられるのみ。

 

「ほな、いくで! お前ら!」

「オォォォォォ!!!」

 

 襲い掛かってくる男達を前に男の脳裏を無数の記憶が過ぎる。

 走馬灯が見えてしまった。振り上げられた金属バットや鉄パイプでこれから自分はボコボコに殴られる。

 痛いだろう。苦しいだろう。だけど、悪いのは自分だ。だから、誰も守ってくれない。助けてくれない。可哀想とも思ってくれない。

 人間は生まれる場所を選べない。だけど、結局彼は生まれた場所に戻って来てしまった。誰もが助け合う世界で、誰にも助けてもらえない状況を自ら作ってしまった。

 

「ああ、ちくしょう……」

 

 結局、地獄で生まれた奴は地獄でしか生きられないし、地獄でしか死ねない。

 憧れた天国の門が地獄の者に開かれる事など決して無いのだ。

 

 ◆

 

 アルヴィレオはバレットと共に馬車でリール侯爵領に向かっていた。

 

「……はぁ」

 

 今日だけで既に百回も溜息を零している。

 そんな主を見て、バレットは上手い慰めの言葉を必死に捻り出そうとした。けれど、百回目ともなるとさすがにネタ切れだ。

 結局、何回も使い古した言葉を掛ける事しか出来ない。

 

「直ぐだよ、殿下。今回は片道六時間弱だ。説得に時間が掛かっても、一週間は掛からないさ」

「……フリッカは寂しがっている筈だ」

「それは……」

 

 実際、フレデリカは魔王の権能で迷いの森まで飛んで来てしまった。

 次期王妃が無断で異国の危険地帯に一人で向かう。それが如何にとんでもない事か分からない人ではない。

 思慮深い彼女がそんな暴挙に打って出たのは寂しさ故だ。

 

「……でも、ヴォルフ・リールの勧誘さえ終われば嫁さんといくらでもイチャイチャ出来る筈さ! だから、今は目の前の事に集中しようぜ!」

「ああ……、そうだな」

 

 そう呟くと共に百一回目の溜息が溢れた。つられてバレットも溜息を零す。

 長旅の疲れも癒えていないのだ。社交界デビューが延期になっている事は確かに問題だが、フレデリカの暴挙が無ければアルヴィレオの帰還はもう少し遅かった筈だ。

 少しばかりの休息を与える猶予くらいはある筈だと思った。

 

「ヴォルフ・リールか……」

 

 実の所、バレットは彼の事を知っていた。

 アガリア王国は東西南北をそれぞれ四つの公爵家が統治している。

 それぞれの公爵領は更にそれぞれ三つの侯爵家によって三つの区画を管理され、そこから更にそれぞれ二から四の伯爵家によって細かく区切られ、更に子爵や男爵の領地が振り分けられている。

 バレットの故郷であるベルブリック伯爵領は南部を統治しているヴァレンタイン公爵領の東の区画にあるガイゼルキュリオ侯爵家の更に北東にあり、そこは東部を統治しているゾア公爵領の南部を任せられているリール侯爵領と隣接しているのだ。

 家格の上ではリール侯爵家が一つ上に位置しているが、ベルブリック伯爵家は『アガリアの二本槍』と呼ばれ王家に重用されている為、半ば対等な立場にある。

 それ故にバレットはヴォルフと対面する機会が幾度かあったのだ。

 

「バレット。お前の目から見て、彼はどういう男だった?」

「……生憎、幼い頃の事なものでして」

 

 最後に会ったのはヴォルフが七歳の誕生日を迎えた日の事だった。

 贈り物を渡した時の無邪気な笑顔が脳裏に浮かんだ。

 

「正直に申しまして、素行不良で半ば勘当扱いであるというのが信じられません。五年の間に何があったのか……。怪我をした小鳥を見つけて泣きながら助けてあげて欲しいと家格が下であるわたしに頭を下げてきた男なのです」

「……リール家について、ジョーカーから集められるだけの情報を集めてもらった」

 

 アルヴィレオは数枚の資料を取り出して言った。

 そこにはジョーカーが一晩の内に掻き集めてきたリール家の情報がまとめられていた。

 情報が少ないのではなく、彼はアルヴィレオが必要とする情報を選別し、山を築いた情報を数枚にまで圧縮してみせたのだ。

 そこにはバレットの疑念を紐解く情報が記載されていた。

 

「ヴォルフには異母弟がいるようだ。今は五歳らしい」

「……五年前に生まれた子供という事ですか」

「そうだ。どうやら侯爵家内で派閥争いが起きたようだ。リール侯爵はヴォルフを据えるつもりだったようだが、後妻であるマリエールが愛息であるジェラルドを後継者に据えるよう主張したらしい。彼女は元々カルネ伯爵家の者だそうだ」

「アガリア王国内のファッション業界では随一のブランドである『カルネ』の……、それは厄介ですね」

 

 家格は侯爵家よりも下でありながら、カルネ伯爵家はファッション業界で強大な権力とコネクションを持っている。

 侯爵家と言えど、カルネ伯爵家の機嫌を損ねる真似は避けたいと考える筈だ。

 

「ヴォルフもジェラルドに後継者の座を譲る事に賛成したようだ。家を割るような真似をしてまで自分を後継者とする必要はないと父に申し立てたらしい。だが、それがいけなかったようだな」

「……どういう意味ですか?」

「彼のその高潔な在り方に家臣達が感銘を受けてしまったようだ。彼こそがリール侯爵家の後継者に相応しいと考え、後妻の身で長男である前妻リゼリアの子のヴォルフから後継者の座を奪おうとするマリエールに対して怒る者達が多く現れたらしい」

 

 それは非常に面倒な事態だった。

 マリエール派はカルネ・ブランドを敵に回したくないという理由の者が多く、その他の者もマリエールやジェラルドにではなく、カルネ伯爵家の財力に群がっている者が多い。

 対するヴォルフ派は純粋にヴォルフを慕う者達ばかりなのだ。これでは対外的にジェラルドを後継者とする事が発表し辛くなってしまう。

 多くの者に心から望まれ、それ相応の実力と人望を持つ者。金で権力を得ようとする者。どちらが悪役かは明白だ。少なくとも、外野から見れば……。

 

「実際の所、ジェラルドはどうなのですか?」

「まだ五歳だからな……。だが、ヴォルフの事を慕っていたようだ」

「それはまた……」

 

 段々とヴォルフが家を出た理由が見えて来た。

 

「恐らく、弟と争う事になる事を避けるためだろう。ヴォルフは屋敷を飛び出した。そして、庶民や貴族のいわゆる爪弾き者達を集め、愚連隊を組織した」

「それが『ベルーガーズ』ですか」

「そうだ。だが、ベルーガーズの活動によりリール侯爵家の治安は劇的に改善されている。野蛮な言動、暴力的な犯罪者に対する私刑から愚連隊という認知を受けているが……、ふむ」

 

 アルヴィレオは資料の246というベルーガーズのメンバーの人数を意味している数字の欄を見ながら頷いた。

 

「これは意図的にそういう認知を受けるよう情報を操作しているな。これほどの人数を傘下としながら、悪名を背負う事を含めて、活動内容すべてをメンバーに受け入れさせているとなれば相当なカリスマ性だ」

 

 別の資料に目を通しながらアルヴィレオは微笑んだ。

 

「だからこそ、家を飛び出した彼を今尚も後継者に据えるよう主張する者が数多くいるようだ。ままならないものだな」

「……ですが、此方にとっては好都合ですね」

 

 バレットは冷徹な表情を浮かべながら言った。

 

「殿下の直属となれば、リール家の後継者となるよりも華々しく、同時に後継者候補から外れる事になりますから」

「ああ、彼が抱えている問題を一手で解決する事が出来る。だが……」

 

 そんな事はヴォルフにも分かっている筈だ。けれど、彼はネルギウス王の要請を断っている。

 

「他にも彼は何か抱えているようだな」

「ベルーガーズが鍵となりそうですね」

 

 バレットの言葉にアルヴィレオは頷いた。

 ベルーガーズには庶民と貴族が入り混じっている。アガリア王国は比較的緩い部分があるが、それでも庶民は貴族を羨望し、貴族は庶民を見下す節がある。

 これは王権政に限らず、格差が生じるあらゆる政治体制において避けられぬ問題だ。

 ヴォルフのカリスマがそれほどのものという可能性もある。だが、別の可能性もある。

 

「およそ十二歳の子供が僅かな期間で立ち上げられる規模ではない。前身となる組織があった可能性もあるな。あるいは……」

 

 アルヴィレオは呟くように言った。

 

「権能か」

「ヴォルフが権能を持っていると?」

「ああ、新たなる権能を生み出した可能性がある。彼の愚連隊はかなりの規模であり、多くの認知を集めている。その権能が彼のカリスマ性と合わさったと考えれば……そして、それ故に問題を抱えているという可能性も考慮するべきか」

 

 アルヴィレオは目を細めながら馬車道の先に広がるリール侯爵領を見つめ、百二回目の溜息を零した。

 

「帰るのは少し遅くなりそうだよ……、フリッカ」

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