TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第六話『王家の湖』

 朝食の後、ミレーユに昼用のドレスを着せてもらった。お腹周りが僅かに緩めのドレスを選んでくれた。

 

「……終わりました、フレデリカ様」

「ありがとう」

 

 この後、アルに城の裏の湖を案内してもらう予定だ。

 公爵令嬢として、アガリア王国の第一王子のエスコートを受けるわけだ。

 つまる所、デートである。

 

「……初デートだ」

 

 油断しているとミレーユがしてくれた化粧が落ちそうになる。

 前世において、オレは一度も彼女と呼べる存在と付き合う事が出来なかった。

 常に隣にモテ男とモテ女の化身が居た為だ。

 幼馴染のイケメンの方、冴島龍平はサッカー部のエースだった。

 個人的には野球の方が好きだけど、高校生にとってサッカー部のエースという肩書は抜群のモテ要素となり得る。

 それはもうモテていた。バレンタインの日など、漫画かと思う程のチョコレートを貰っていた。食べ切れないからと山のようなチョコレートを押し付けられたものだ。

 おかげでしばらくおやつに困らなくて済むから嬉しかった。時々、お小遣いでは到底買えない超高級チョコレートまで混ざっていたものだ。

 口の中でとろける生チョコ、ナッツの歯ごたえが堪らないロシェやプラリネ、オレンジピールの爽やかな酸味が美味しいオランジェット。

 毎年、それが楽しみでバレンタインの日を指折り数えていたものだ。

 

「フレデリカ様?」

 

 おっと、思考が逸れた。

 

「なんでもありませんよ。行きましょう」

「はい」

 

 二つの人生を合わせての初デートの相手が男。

 悲しくなってくる。だけど、物は考えようだ。

 婚約者と言っても、婚約破棄される事が前提の関係である。

 つまり、恋人と思う必要などない。同世代の男友達と思えばいい。

 

「へへっ」

 

 そう考えるとワクワクして来た。今まで、ずっと兄貴やアイリーンとばかり接して来たからだ。

 寂しくはなかった。だけど、龍平や凪咲と一緒に遊んだ日々を思い出さない日は無い。

 

「フリッカ」

 

 裏庭に出るとアルが待っていた。

 

「お待たせ致しました、アルヴィレオ殿下」

 

 スカートの裾を上げてお辞儀すると、アルはオレの手を取った。

 

「ミレーユ。ここからはボクがエスコートする。君はアフタヌーン・ティーの用意を頼む」

「かしこまりました、殿下」

 

 臣下の礼を捧げると、ミレーユはオレにも頭を下げた。

 

「では、行こう」

 

 アルはオレの手を引いて歩き出した。

 まだ成長期に入っていないからオレ達の身長差はあってないようなものだ。

 歩幅も同じ程度だからこそ分かる。彼は少し急いでいるようだ。

 

「殿下……?」

「……すまない」

「え?」

 

 アルは立ち止まった。

 

トティ マフラ ミロ(範囲3mにおいて) ロル シアト(壁を築き) ディアイレ メナス(音を遮断せよ)

 

 それは呪文だった。古字魔法の上位に位置する詠唱魔法だ。

 どうやら、3メートルの範囲に遮音結界を張ったようだ。

 結界魔法は基点を必要とする。この結界はアル自身を基点としているようだ。

 

「……これで他の者に聞かれる心配はなくなった。二人っきりだ。演技は止めてくれ」

「あっ、なるほど!」

 

 ようやく合点がいった。アルはオレにお嬢様モードを止めてほしかったのだ。

 そう言えば、仮面を被った相手よりも素顔の相手の方が親しみが湧くと言っていた。

 

「分かったよ。これでいいかい?」

「ああ、その方がいい。それと強引に手を引っ張ってすまなかった。痛くなかったか……?」

「全然痛くなかったよ。アルは心配性なんだな」

「そ、そうかな? とりあえず、ここからはゆっくり歩こう」

 

 アルは繋ぎっぱなしの手を優しく引いた。

 

「湖までもう少しだ」

「うん」

 

 ◆

 

 辿り着いた湖はエメラルドのように輝いていた。

 溜息が出る程に美しい光景だ。

 

「どうだい? 王家に連なる者だけが見る事を許される光景だ」

「あれ? だったら、オレって見ていいの?」

「当然だろう」

 

 アルはクスリと微笑んだ。

 

「もう少し近づいてみよう」

「う、うん」

 

 手を引かれながら湖に近づいていく。

 

「そう言えば、王家に連なる者だけって事は警護の人とかも?」

「ああ、そうだよ。ミレーユを下がらせたのも君と二人っきりの時間を邪魔されたくなかった事ばかりじゃないんだ」

 

 湖畔に辿り着いた。すると、湖の中央に何かが浮かんでいる事に気がついた。

 

「石像……?」

「うん。翼の生えた人の像だ。おそらく、天使を象った物だと言われているよ」

「天使……」

 

 この世界には魔物がいる。そして、魔族もいる。それらを束ねる魔王もいて、対となる勇者も存在する。

 もっとも、彼らは『ザラクの冒険』のシナリオで主に登場する。『エルフランの軌跡』では物語のスパイス程度だ。

 ただ、天使は存在しない。この世界においても御伽噺の存在だ。

 

「近くで見てみるかい?」

「いいの?」

「もちろん」

 

 アルに手を引かれ、オレは桟橋にやって来た。

 そこには一艘の小舟が浮かんでいた。

 

「あれ? オールが無い」

「ああ、必要無いんだ。この小舟は魔道具だからね」

「なるほど」

 

 乗り込んでアルが「ヘラス(進め)」と呪文を唱えると勝手に進み始めた。

 湖面に波紋が広がっていく。

 

「魚はいないの?」

「いないよ。この湖に生物は存在しないんだ」

「貝やボウフラも?」

「うん。毒があるわけではないんだけどね」

「ふーん」

 

 あんまり水に触れないほうが良さそうだ。

 

「おっと、到着だね」

 

 石像は小島の上にあった。

 上陸して石像を見た。たしかに翼が生えている。人のような形をしている。だけど、思ったより大雑把な形だ。

 

「思ったよりパッとしないな」

「ははっ、かなり古い物らしいからね。石像作りの技術も日進月歩だ。今の技術で作られた物と比べたら可哀想だよ」

「たしかに」

 

 それにしても王族以外立入禁止の場所に意味ありげに置いてある割には普通だ。

 材質も普通の石っぽい。

 

「それにしても綺麗な所だな。アル、見せてくれてありがとう!」

「喜んで貰えたなら何よりだよ」

 

 小島を少し彷徨いてみる。すると、平べったい小石を見つけた。

 

「へへっ、アル! 見てろよ!」

「フリッカ?」

 

 オレはサイドスローで小石を投げた。昔、龍平に教わった方法だ。

 なるべく低めに回転をかける。

 石は水面を何度も叩きながら進んでいく。

 

「凄いな! 今のはどうやったんだい!?」

 

 心底驚いている様子のアルに水切りの方法を伝授する。

 二人で小島の小石を投げまくった。

 途中からコツを覚えたアルとどちらが遠くへ飛ばせるか競争した。

 

「あっはっはっは! 楽しいな、アル!」

「ああ、楽しい! 石を投げただけなのに……、不思議だな」

 

 アルは噛みしめるように笑った。

 

「魚がいたら釣りもしてみたかったなー」

「釣り? うーん。バレットがよく連れて行ってもらうと言っていたな……」

「バレット?」

「王国騎士団の団長の息子だよ。バレット・ベルブリック。君には馴染み深い姓じゃないかな?」

「もしかして、アイリーンの弟?」

「そうだよ。釣りに興味があるなら声を掛けておくよ」

「いいの!? やったぜ!」

 

 それからも二人でいろいろな事を話した。

 普段どんな事をしているのか、好きな食べ物は何か、やってみたい事はあるかなど。

 

「……さて、そろそろ戻ろうか」

 

 アルが言った。 

 少し話し込み過ぎた。アフタヌーン・ティーを用意してくれている筈のミレーユも待ち草臥れているかも知れない。

 

「つい話に夢中になってしまった。冷えてないかい?」

「へっちゃらだよ。このドレス、結構厚手だからね」

「良かった。君に風邪など引かせたら公爵に殺されてしまいそうだからね」

「親父が? まっさかー!」

「……はは」

 

 何故か苦笑された。

 首を傾げながらボートへ向かう。

 その時だった。

 

 ―――― ふふっ。

 

 誰かが微笑んだ気がした。

 

「え?」

 

 振り返ると、そこには石像があるだけだった。

 

「フリッカ? どうかしたのかい?」

「いや……、なんか」

 

 石像を見ると、まるで見つめ返されたかのように感じた。

 自然と足が石像に向かっていく。

 

「フリッカ?」

 

 アルも戻って来た。

 

「石像がどうかしたのかい?」

「うん。なんか……」

 

 不思議だ。石像は動いていない。それなのに手を伸ばしているかのように感じる。

 そして、無意識の内にその手を取ろうと手を伸ばしていた。

 

「あっ」

 

 指が石像に触れた。そして、石像はサラサラと崩れ落ちてしまった。

 

「……え?」

 

 足元を見る。そこには大量の砂が落ちている。

 

「く、崩れた……」

 

 アルも呆然としている。

 

「……アル」

 

 オレは泣きそうだった。王族しか立ち入れない場所にある由緒正しい石像を壊してしまった。

 軽く見積もっても死刑になりそうな大失態だ。

 

「ご、ご、ごめんなさい!」

 

 頭を下げる。謝って済む話ではないけれど、謝らないわけにはいかない。

 

「だ、大丈夫だよ! まさか、触れただけで崩れるなんて……。明らかに経年劣化だ。王族しか立ち入れない関係上、ろくに手入れも出来ていなかったからね。連れて来たのはボクだし、君は心配しなくていい」

「いや、でも……」

「君は指で少し触れただけじゃないか。それで壊れるなら寿命だよ」

「……とりあえず、戻って陛下と王妃様に謝るよ」

「フリッカ……。分かったよ。一緒に謝ろう」

 

 折角の楽しい時間が台無しだ。

 なんで石像の事なんて気にしてしまったんだろう。

 オレは猛烈に後悔した。

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