TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第六十三話『夜会の前に』

 王立アザレア学園は広大な湖の中央に聳えていた。

 徒歩だと何時間掛かるか分からない橋を馬車で進んでいく。

 

「すっげー! めちゃくちゃ広い!」

 

 王宮が用意してくれた馬車はとても豪奢で巨大だ。本来は王室の一家が団欒しながら遠出を楽しむ際に使われるものだから、普通の馬車の二倍近くもある。その馬車を六台くらい並べられそうな幅広さだ。

 よく見ると馬車が進んでいる道には玉石が敷き詰められている。これは転生した後で学んだ事だけど、玉石の石畳は丁寧に舗装した道や土よりも馬に強い牽引力を持たせる事が出来るらしい。加えて、蹄や車輪の音が大きく鳴り響く為、道行く人に対して馬車の接近を報せる警告音にもなるようだ。

 馬車道の脇には歩道もあり、そこはしっかりと舗装されていた。所々に見事な彫像が飾られている。手摺りの向こう側には広大な湖が広がっていて、ゆったり散歩するには悪くない場所だと思う。

 

「ちなみにだけど、この橋には秘密があるんだ」

 

 兄貴が言った。

 

「秘密って?」

「普段は湖の底に沈んでいるんだよ」

「ど、どういう事!?」

 

 オレが目を丸くすると兄貴はイタズラを成功させた悪ガキのような笑みを浮かべた。

 

「この橋は学園長の意思一つで湖底に沈み、そして浮上するのさ。元々、アザレア学園は太古の要塞を改修したもので、当時の名残りのような機能がいくつか残っているんだよ」

「そうなの!? 歴史の本でちょっと調べたけど、そんな事書いて無かったぜ!?」

「歴史の本は大抵の場合において多くの真実を語りながら、僅かなでまかせを語るものだよ。だから、真贋を見極める為に多くの蔵書を読み比べなければならないんだ。特に空白の時代と呼ばれた頃に近づけば近づく程、歴史書は真実を見失いやすい」

「兄貴って、歴史に詳しいの?」

「これでも公爵領を預かる身だからね。蝶に花の蜜の集め方を教えるようなものかもしれないけれど、これから学び舎に通う君に覚えておいて欲しい事があるんだ」

「なに?」

「学ぶという事は過去を識るという事なんだ」

 

 兄貴は言った。

 

「例えば法律だね。法典を暗記して、文章通りに政治を執り行う事は最も愚かな事なんだ。なにしろ、法律とは人同士の信頼によって成り立つものだからね。自らが信頼出来ていない法律で領地を動かす事など、領主となる者には許されないんだ」

 

 含蓄のある言葉だと思った。兄貴が親父に領地を任せられたのは十年も前の事だ。

 それから今に至るまで、兄貴に対する領民の好感度は非常に高いと聞いている。これはアルや王妃様から聞いた事だから身内贔屓の評価ではない。

 領民の生活は他領と比べても豊かで治安も良い。

 アガリア王国は国土全体の治安も非常に良いのだけど、子供だけで遠出を許される土地はさすがに多くない。その極めて稀な土地の一つがヴァレンタイン公爵領なのだ。

 

「この法律はいつ、どこで、どのような人物が、どのような状況下で決めたのか? そこまで探り、納得する事が出来て初めて信頼する事が出来るんだよ。そして、納得がいかない法律は変えなければいけない。そして、変えた法律が後の世で否定されたならば変えられる余地も残さなければいけないんだ」

 

 オレは返せる言葉が思いつかなかった。

 次期王妃の癖にオレは法律に対して兄貴ほど真剣に向き合った事はなかった。

 

「……なんて偉そうに言ったけど、これは受け売りなんだ」

 

 兄貴はオレの頭を撫でながら微笑んだ。

 

「父上から教わった事なんだよ」

「親父に?」

「うん。俺が今の君と同じ歳の時に言われたんだ。『これまでに受けて来た教育は下地に過ぎない。これから学んでいく事こそが肝要なのだ』ってね」

「ふーん」

 

 親父の言葉と聞いた途端、なんだか受け入れがたくなった。

 

「……フリッカ。父上の事を今でも嫌いかい?」

「嫌いじゃないよ。どうでもいいだけで……」

 

 本心をそのまま口にしている筈なのに、なんだか白々しく感じる。

 

「そっか……」

 

 胸が傷んだ。兄貴の口振りからして、オレと親父の仲を取り持ちたいのだろう。

 公爵領に居た頃はオレだけの味方になってくれたのに、今は親父の味方でもあるみたいだ。

 それが凄く嫌だ。我ながらガキっぽいと思うけど、兄貴はオレだけの味方で居て欲しい。

 

「フリッカ」

 

 正面に座っていた兄貴が隣に移動して来た。

 そして、オレは軽々と持ち上げられてしまった。

 

「はえ!?」

 

 目を白黒させていると兄貴の膝の上にストンと降ろされた。

 

「兄貴?」

「俺はフリッカの味方だよ」

 

 そう言って、兄貴はオレを抱き締めた。ドレスが()れてしまうけれど、そんな事を気にしていられなかった。

 兄貴に抱き締められていると、すごく安心する。

 

「もっと強く!」

 

 もっと兄貴を感じていたい。こんなガラス細工にふれるみたいな抱き方じゃ満足出来ない。

 

「わがままなお姫様だな」

 

 そう言って、兄貴はほんの少しだけ力を強めてくれた。

 

「……兄貴も王宮に住んでくれたらいいのに」

「お兄ちゃんもそうしたいよ」

「親父と交換じゃダメなの?」

「あはは……、それは難しいかなぁ」

 

 兄貴は苦笑しながらオレの頭を撫でた。

 心地いい。

 

「……着いたみたいだね」

「うん……」

 

 兄妹の時間は終わりを迎えた。

 名残惜しくて涙が滲みそうになる。

 

「今日は一緒に居てくれるんだよね?」

「ああ、今日はずっと一緒だよ」

 

 オレは兄貴と手を繋ぎながら馬車を降りた。

 目の前には大きな門が聳えている。

 

「デカッ……」

 

 遠目でもかなり大きい事は分かっていたけれど、間近で見ると想像を絶していた。

 門を挟んで学園の外周を覆っている外壁は建物の三割程度を隠す程度だった筈だ。

 その壁が明らかに百メートルを超えている。

 

「ここには生徒達が五年間を過ごす上で必要なものがすべて揃っているんだよ」

 

 呆気に取られているオレに兄貴が言った。

 

「すべてって言うと?」

「すべてさ。ただ、あんまり入学前にネタバラシをしてしまうと楽しみが減ってしまうからね。今はこのくらいにしておこう」

 

 ワクワクさせておいて酷い兄貴だ。

 

「ははっ、不満そうな顔も可愛いな。さあ、中に入ろう」

「うん!」

 

 意気揚々と学園の門を潜って中に入ると学園の教師達や使用人達が待ち構えていた。

 あまりの人数の多さに圧倒されてしまいそうだった。

 

「大丈夫だよ、フリッカ」

 

 そう言って、兄貴はオレの手を引いた。

 おかげで俯きそうになっていた顔を持ち上げる事が出来た。

 

「……うん」

 

 一斉に傅く教職員達の前を歩いていくと否応なく自分の立場を自覚させられる。

 今まで、こうした場面に立ち会う時には必ず王妃様やアルがいてくれた。すべての視線はまず彼女や彼に向かい、オレはその後だった。

 やっと分かった。兄貴が公爵領の政務を中断してまで来てくれた理由はこれだったのだろう。

 一人だったら立ち止まっていたと思う。自覚していたつもりだけど、全く足りていなかった。

 王国の民のすべてに傅かれる立場。その意味の重さの一端をようやく理解した。

 

「大丈夫だよ」

「…………うん」

 

 声が震えそうですぐに返事が出来なかった。

 情けない。あまりにも不甲斐ない。

 兄貴に甘えて、縋って、その上でこの体たらくだ。

 男らしくないにもほどがある。

 

『前を向け、フレデリカ』

 

 ライの声が聞こえた。兄貴は何も反応していない。これはアイリーンやライと結んだ『永遠の忠誠』の副産物である念話(テレパシー)だ。

 厳しい声がオレの甘ったれた精神に活を入れてくれた。いつの間にか俯いていた頭を持ち上げると校舎の入り口が迫っていた。

 残り僅かな道のりをオレは必死に歩いた。そして、校舎の中に入ると一人の老人が待っていた。

 

「ようこそ、アザレア学園へ」

 

 老人はよく響く声で言った。

 

「フレデリカ。この方が王立アザレア学園の学園長先生だよ」

 

 兄貴の言葉に驚いた。

 学園長はゲームでも登場していた筈だけどメインキャラクターでもないからすっかり忘れていて、目の前の老人がそうとは夢にも思わなかったからだ。

 生まれ変わる前に通っていた高校の校長先生は枯れ木のようなお爺さんだったし、中学の頃の校長先生は肥満体質だった。対して、学園長は老人とは思えないガッシリとした体つきだし、深い皺がいくつも刻まれた顔はとても精悍だ。

 教育者というよりも歴戦の英雄という雰囲気だ。

 

「……今宵は夜会の席を御用意頂きました事を心より御礼申し上げます」

 

 なんとか動揺を抑え込みながら口上を述べる。

 

「ヴァレンタイン公爵家長女、フレデリカ・ルーテシア・アン・ウィンコット・ヴァレンタインで御座います。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 ドレスの裾を持ち上げながら頭を垂れると学園長が口を開いた。

 

「わしの名はエラルド・ライゼルシュタインじゃ。どうやら、わしらの歓迎の仕方がお気に召さなかったようじゃな」

「そ、そのような事は……」

 

 頭を下げさせておいて不満に感じるなど失礼にも程がある。

 慌てて顔をあげると彼はクツクツと笑っていた。

 

「ヴィヴィアン王女殿下にも不評じゃったよ」

 

 学園長は言った。

 たしかにヴィヴィアンも嫌がりそうだと思った。

 

「カトレア王妃にも渋い顔をされたのう! ネルギウス陛下からも『キツいものですね』と言われたものじゃよ」

 

 言われてみれば、王家の人達の中に人を傅かせたいと思っている人は一人もいなかった。

 ただ、傅かれてしまう立場にあるだけだ。

 

「レディ・フレデリカ。わしは恐れ多くも王室の方々に教えを説く事を許されておる。そのわしからの最初の教えを授けようと思う」

「……はい!」

 

 姿勢を正して静聴する。

 

「彼らが傅くのは君を助ける為ではない。君に縋る為じゃ」

 

 その言葉はまったく予想していなかった。

 

「え?」

「傅く者達にも傅く理由があるという事じゃよ」

 

 てっきり恐れてはいけないと注意されるのかと思った。

 

「さて、夜会の前に紹介しておきたい者達がおる。ついて来てくれるかね?」

「は、はい!」

 

 学園長の背中を追いかける。廊下はとても入り組んでいて、気をつけていないと来た道さえ分からなくなりそうだった。

 これも要塞だった頃の名残りなのかもしれない。侵入者に対して地の利を得る為に敢えて複雑に入り組ませているようだ。

 案内された部屋には三人の男女がいた。その内の一人はオレを見ると手を振った。

 

「久しぶりね、フレデリカ」

 

 彼女はアルの姉であり、アガリア王国の第二王女であるヴィヴィアンだ。

 

「お久しぶりです、ヴィヴィアン!」

 

 およそ三週間振りの再会だ。色々と話したい事がある。だけど、それはもう少しお預けらしい。

 ヴィヴィアンは残りの二人を順番に紹介してくれた。

 

「彼はシヴァ。ブリュートナギレスからの留学生よ」

 

 男の子の方は厳つい顔立ちだ。背も高く、筋肉も相当に鍛え込まれている。

 

「そして、彼女はルミリア・レントケリオン。ポティファル大陸からの留学生よ」

 

 女の子の方は淡い炎を思わせる金と朱が入り混じったような不思議な髪色をしていた。

 ポティファル大陸にはポティファル教国という名の国があり、炎王レリュシオンを祀る民が巨大な神殿を築いて寝食を共にしているという。

 たしか、ブリュートナギレスも国というより宝王ガンザルディの支配領域と呼ぶべき場所だった筈だ。

 竜王や獣王と並び称される二体の王の支配領域からやって来た男女。なんだか、少し不穏な雰囲気を感じた。

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