TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第七十二話『エルフランの苦悩』

 夜が来て、わたしはアザレア学園の門前まで来ていた。馬車が何台も並んで走れるほど巨大な橋を徒歩で進んでいる。

 闇の中、等間隔に置かれた街灯がなんとも神秘的な雰囲気を醸し出している。

 小さくなったヴァイクを抱き上げながら橋の下を流れる川を見下ろしてみると、ゆらゆらと銀色に輝く花がいくつも漂っていた。

 

「綺麗だね」

「ウキィ」

 

 ここに来る前、最低限の知識を詰め込んで来た。なにしろ、これから参加する夜会は王家主宰の高尚なものだ。夜会の意味すらあやふやなまま参加するのはさすがに自殺行為だとわたしでも分かる。

 アンゼロッテは気にしなくても大丈夫だと言うけれど、彼女は数百年単位の引きこもりだ。彼女の常識と世間の一般常識が大幅にズレている可能性が高いと見ている。

 

「綺麗だな……。あと、何か失礼な事を考えてないか?」

「何の事やら」

 

 分厚い本を読み込んでいる暇は無かったから、今夜の夜会について特集している雑誌を買った。

 正直、この雑誌を見つけた時はビックリした。なにしろ、表紙にフレデリカが載っていたのだ。

 王室専門誌という物らしく、前半部分にはアガリア王室の歴史や現国王の功績などが記されていた。そして、肝心なのが後半でフレデリカの事が特集されていたのだ。

 どうやら、彼女は巷で『月の乙女』と呼ばれているらしい。その事にちなんで王国屈指の生花商が『月の花』という銀の花を献上したそうだ。

 なんでも、この花はフレデリカがアルヴィレオとの婚約を発表した日から密かに研究され、生み出された新種との事だ。

 

「凄いよね。フレデリカの為に新種の花を作っちゃうなんて」

「なにしろ、次期王妃だからな。フレデリカの御用達ともなれば巨万の富が約束されたようなものだ。新種の開発なんて、費用も人手もバカにならないだろうが、それ以上のメリットがあるんだよ」

「そっかー……」

 

 街を歩いていると聞き耳を立てていなくてもフレデリカの話題が聞こえてきた。

 聞けば聞くほど、彼女は雲の上の存在なのだと思い知らされる。

 

「……会いに行くの、迷惑かな?」

「だったら誘わないだろ」

「誘ったのは王様でしょ?」

「……気が進まないなら森に帰ってもいいんだぞ?」

 

 わたしは無言で首を横に振った。すると、アンゼロッテは呆れたように息を吐いた。

 

「会いたいんだろ?」

「……うん」

「だったら、そろそろシャンとしろ!」

「ひひゃ!?」

 

 背中をバンと叩かれて危うく川に落ちそうになった。

 

「むぅぅぅ」

「エル」

 

 アンゼロッテは腰を屈めてわたしに視線を合わせてくれた。

 

「わたしはお前の味方だ。お前を傷つける奴がいたらどんな奴だろうとぶっ飛ばしてやる。お前がしたい事ならどんな事にだって協力してやる」

「アンゼ……」

「でもな? 歩くのはお前だ。何をしたいかは自分で決めろ。そして、決めたからには突き進め」

 

 わたしはバカだ。こんなにも強くて優しい人が見守ってくれているのに、何をクヨクヨしていたのだろう。

 守ってもらって、助けてもらって、その上、手を引いてもらおうとしてた。

 なんだか、すごくかっこ悪い。

 

「……うん!」

 

 わたしはアザレア学園の校舎を見上げた。

 夜の闇の中、窓から溢れる光がまるで星々のようだ。

 まるで御伽噺の世界に迷い込んでしまったかのように幻想的で、息を呑むほど美しい。

 

「行こう!」

「ああ」

「ウッキィ!」

 

 気を取り直して進んでいくと大きな門の前で呼び止められた。

 見覚えのある服装だ。たしか、アガリアの王宮騎士団の人だったと思う。

 

「エルフラン・ウィオルネ様とアンゼロッテ・ウィオルネ様ですね! わたくしは王宮騎士団のギルフォードと申します」

 

 ギルフォードはとんでもなく大柄な騎士だった。腕の太さがわたしの胴よりもずっと太い。

 あまりの迫力に目を白黒させていると彼は突然跪いた。跪いたのに視線がわたしよりもかなり上にある。

 

「この度、お二人の案内役を務めさせて頂きます」

「よろしく頼む」

「よ、よろしくお願いします」

 

 ギルフォードは見た目こそ厳ついけれど、とても穏やかな物腰だった。

 

「まずは御控室へ御案内致します」

 

 彼の後を追いかけながら長い廊下を歩き、幾つかの階段を登った。

 抱っこしているヴァイクは辺りをキョロキョロ見回している。

 

「なんだか迷いそう……」

「シュテルヴィスクは要塞としての側面もあったからな」

 

 アンゼロッテが言った。

 

「要塞?」

「ああ、建造当時は今よりも世の中が混沌としていたらしくてな。生徒を守る為に色々と工夫を凝らしたらしい。その一つが屋内の迷宮化だ。慣れれば問題無いと思うが、初見だと道の把握が難しくなっている。気付いたか? 一本道に見える廊下が微妙にカーブしてたり、さっき登った階段が一階分飛ばしてた事」

「ぜ、全然気づかなかった……」

「だからこそ、ますます混乱するわけだ」

「わ、わたし、入学した後大丈夫かな……?」

「そこは心配無いだろう。魔法による仕掛けもあるが、それが外敵に対してのものだ。物理的な仕掛けはその内慣れるさ」

「慣れなくても、ちゃんと地図を貰えますよ。それに迷った時は妖精が助けてくれるんです」

 

 アンゼロッテの説明を補足するようにギルフォードが言った。

 

「妖精?」

「アザレア学園には妖精が出稼ぎに来てるんですよ」

「……出稼ぎ? えっ、妖精が……?」

「彼ら自身は金銭など無用の生活を営んでいるのですが、どうしても必要に駆られた事があったそうです。その際、ここで働くようになったと。彼らは子供が好きで、金銭が必要無くなった後もここで働き続けています。まあ、彼らにとっては趣味のようなものだそうです」

「そ、そうなんだ……」

 

 何となくイメージと違うけれど、いつか会ってみたい。

 

「それにしても、シュテルヴィスクの名を御存知とは、さすがは博識でいらっしゃる」

「……お前はどこまで聞いてるんだ?」

「全てですよ。わたしというより、王宮騎士団のメンバーは全員が情報を共有させて頂いております。無論、そちらの可愛らしい獣の王の事も」

「ウキ?」

 

 わたしはビックリして足を止めてしまった。

 

「し、知ってたんですか!?」

「当然ですよ。我々は王国の平和を守る王宮騎士団なのですから」

 

 爽やかに微笑むギルフォードにわたしは困惑した。

 

「こ、怖くないんですか……?」

「ウキィ……?」

 

 わたしはヴァイクを強く抱き締めた。この子の一挙手一投足が世界を混乱させる。

 その光景をわたしはこの目で直接見て来た。

 

「……恐ろしくはあります。ですが、あなた方の事は陛下や猊下が御認めになられております。そして、なによりも我々はあなたを信じているのです」

 

 彼の瞳はわたしを真っ直ぐ見つめていた。

 

「わ、わたしを……?」

「覚えてはいらっしゃないかも知れませんが、わたしもエリンにいたのですよ」

「え?」

 

 咄嗟には思い出せなかった。なにしろ、あの時は無我夢中だったからだ。

 だけど、あの場所に王宮騎士団がいたのは間違いない。そして、彼もその一員だった。

 あの場に居たとしても不思議ではない。

 

「大まかな事情は聞いています」

「事情って……?」

「……さて、どう言ったものか」

「全部知ってる。それでいいだろ?」

 

 アンゼロッテは呆れたように言った。

 

「全部って……?」

「全部は全部だ。わたしとお前が買い物の為に森を出て、ヴァイクが待ちきれなくなって癇癪を起こし、森の魔獣達がエリンに向かって逃げ出した。その辺りの事情を一通り知ってるって事だろ?」

 

 ギルフォードは少し困った表情で頷いた。

 わたしは青褪めた。あれだけの大事件の原因となったわたしは犯罪者として裁かれてもおかしくない。

 だけど、そうなると牢屋に入れられる事になる。死刑になるかもしれない。

 死ぬのは怖い。だけど、それ以上にアンゼロッテやヴァイクと会えなくなる事が怖い。

 やっぱり、わたしは森を出るべきじゃなかった……。

 

「あ、あの! どうか誤解はなさらないで下さい! これは陛下や猊下、並びにマグノリア共和国大統領の共通見解でもありますが、あなたに非は一切御座いません!」

「で、でも……」

「そもそもの話なのですが、獣王ヴァイクが存在する限り、いずれは起こり得た事なのです。むしろ、あなたのおかげで被害は最小限に留められた。そして、なによりも重要な事はあなたがヴァイクと信頼関係を築かれている点なのです!」

 

 ギルフォードは言った。

 

「獣王ヴァイクは人類にはどうにも出来ない驚異的な存在です。彼が何かの拍子に怒れば、いつまたあの事態が引き起こされるか分からない。そして、彼が怒る切っ掛けとなり得る事情について調べる事もままなりませんでした。なにしろ、接触を取る事自体があまりにも危険過ぎた為です。下手をすれば国や世界を滅ぼす結果を引き寄せかねない為に……」

「ヴァ、ヴァイクはそんな事しません!」

「……それを知る術を我々は持てなかったのです」

 

 すまなそうにギルフォードは言った。

 

「だからこそ、あなたは希望なのです。獣王ヴァイクが如何なる存在なのか、あなたを通して我々は知る事が出来た。穏やかで可愛らしく、そして、あなたという人を愛する心を持った存在なのだと……」

「ギルフォードさん……」

 

 彼はヴァイクにもすまなそうな表情を向けている。

 

「無知であるが故に我々は獣王を畏れ、それがあなたの心を苦しめてしまう要因にもなった。本当に申し訳御座いません……」

 

 わたしは目を見開いた。彼はわたしの前で頭を下げたのだ。

 王宮騎士団は王国を守る誇り高き騎士の集団。誰もが憧れる聖騎士達だと本に書いてあった。

 そんな人が頭を地面に擦り付けるように謝っている。謝るべきはわたしの方なのに……。

 

「あ、頭を上げて下さい!! わ、わたしこそ……、エリンはわたしのせいで……」

「それはお前のせいじゃない。その男も言っていただろ」

「で、でも!」

「ギルフォード。お前も頭をあげろ。エルを困らせるだけだ」

「も、申し訳ございません」

 

 ギルフォードは慌てたように立ち上がった。

 

「……我々は……、わたしはあなたに恩義があるのです」

 

 彼は言った。

 

「あの時、死を覚悟しました。けれど、恐ろしかった。死ではありません。我らが未来の王であらせられるアルヴィレオ殿下を守り切れぬ事が恐ろしくて仕方がありませんでした」

「……あの特攻はアルヴィレオの命令なのだろう?」

「それでも、我々にもっと力があれば殿下にバレットと共に退避して頂く御決断を下して頂けた筈なのです。我々が不甲斐ないばかりに殿下にまでその尊き御命を……」

 

 わたしには理解が出来なかった。自分達も死にそうな時に主とはいえ、他人の命の方を重視しているかのような物言いが気になって仕方がなかった。

 

「あなたのおかげでアルヴィレオ殿下の御命を散らさずに済みました。あなたはアガリアの未来を救って下さったのです!」

 

 なんだか、少し怖かった。わたしと彼は価値観が根本的に異なっている気がする。

 

「さあ、御控室はすぐそこに御座います」

「は、はい。……行こっか、アンゼ、ヴァイク」

「ああ」

「ウキ」

 

 控室として通されたのは赤い絨毯が敷き詰められた豪華な部屋だった。

 

「お待ちしておりました」

 

 そこには一人の女性がいた。

 赤い髪、赤い瞳、どこか浮き世離れした雰囲気を持っている。

 

「お前は……」

「わたくしの名はネルと申します」

「いや、ネルゼルファーだろ?」

「……相変わらず、空気が読めませんね。アンゼロッテ」

 

 ネルゼルファー。どこかで聞いた覚えがある。

 

「アンゼ、知り合いなの?」

「ああ、ネルゼルファー。昔、メナスと共に行動していた奴だ。行方を晦ましていた筈なんだが……、アガリアにいたのか」

「初めはアルトギアがまた何か企んでいるのかと思い潜入したのですが、当時のレッドフィールドに見つかりまして、監視も兼ねて就職しました」

「……アイツ、どうなんだ? 前に会った時は邪教を率いてたが……」

「改心……というか、落ち着いたようですね。この国では特に悪事を働いている様子はありません。ネルギウス陛下の事は心から慕っているようですし、兄弟愛によって絆されたのではないでしょうか」

「……アイツが?」

「意外かもしれませんが、オズワルドの名に拘りを持っているようですし、今生では大人しくしている腹積もりなのかと」

 

 なにやら物騒な話をしている。オズワルド。確かに怪しい雰囲気の人だったけど、二人の様子を見るに実際怪しい人らしい。

 

「それはそうと! アンゼロッテとヴァイクには一端学園を離れてもらいます。よろしいですか?」

「え? どうして!?」

 

 こんな所に一人で残されるのは困る。わたしが慌てるとネルゼルファーは言った。

 

「一応、アンゼロッテとヴァイクにはアルトギアの隠蔽が掛かっていますが、それを看破しかねない人達がそろそろ集まり始めるものでして……」

 

 ネルゼルファーは困ったように言った。

 

「上空には竜王の息子であるメサイアも来ているのです。あまり火種が多過ぎると此方でも対処のしようがなく……」

「……飛んでたな」

「竜王の息子?」

 

 わたしがポカンとした表情を浮かべるとアンゼロッテは頭痛を堪えているかのような表情を浮かべた。

 

「そうか、シャロンの件だな」

「それもありますが、他にも色々と事情がありまして、世界各地から実力者が来ています。中には宝王ガンザルディの化身も来ていまして……」

「大変そうだな」

「大変なんですよ。ですから、霊峰アルヴァドに一時移動してもらいたいのです」

「……うーむ。まあ、さすがに従ったほうが良さそうだな」

「え? アンゼ、行っちゃうの!?」

 

 わたしは慌ててアンゼロッテにしがみついた。

 

「竜王の息子やガンザルディまで来ているとなるとな……」

 

 アンゼロッテは腕を組みながら困ったように首を傾けた。

 

「どっちにしても今夜の夜会は子供だけで参加する事になってるからわたしとヴァイクは待機するしかないからな。何かあっても魔王の権能のゲートで移動出来るから待機場所はどこでもいいんだよ」

「で、でも……、一人だと心細いし……」

「うーむ。よし! じゃあ、夜会が始まるまで一緒にアルヴァドで待機するか!」

 

 名案だとばかりにアンゼロッテは言った。

 

「それならいいだろ?」

「……う、うん。それなら……」

 

 わたしはヴァイクのもふもふな毛皮に頬を埋めた。

 

「ウキィ」

 

 ヴァイクも嬉しそうに頬を擦り付けてくれた。その可愛さに不安が和らいだ。

 

「では、ゲートを開きますね」

「へ?」

 

 驚いた事に ネルゼルファーも魔王の権能を使えるようだった。

 

「アイツも七大魔王の一人なんだ」

「……え?」

 

 フレデリカも魔王で、アンゼロッテも魔王。そして、ネルゼルファーも……。

 

「この国、魔王多過ぎない……?」

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