TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第七十八話『二人だけの世界』

 アルの部屋の前に立ち、オレは何度も深呼吸を繰り返した。

 色々な事が起こったせいで昨夜は彼との約束をすっぽかしてしまった。

 本当なら寝所を共にして、今頃は……、

 

「……イヤイヤ」

 

 具体的に想像しかけて(かぶり)を振った。

 昨夜、受け入れ準備を万端に整えたのはあくまでも仕方なくなのだ。

 まあ、肩透かし感はある。

 アルが寝室にやって来た時の演出もそれなりに考えていたのだ。いきなり素っ裸で出迎えたのではムードもへったくれないもない。

 香油を固めた蝋燭の仄かな灯りの中で神秘的に見えるネグリジュを着ていた。入り口に立った時、ベッドに座っている状態で一番魅惑的に見えるポーズを時間が無い中でアイリーンと一緒に頑張って練習した。

 その準備がすべて無駄に終わってしまったのだ。

 

「で、でも、もしかしたら今からという可能性も無きにしもあらずか……?」

 

 自分の服を見下ろす。比較的脱がしやすいタイプのドレスだ。下着もアイリーンに適当な物を用意してもらっている。

 アルがその気なら受け入れ態勢は万全だ。

 覚悟を決めよう。相手は性欲旺盛な年頃の男の子なのだ。やる気満々な所で一晩お預けを食らってしまったわけだ。それはもう大変な事になっている筈だ。

 部屋に入った瞬間押し倒される事も想定しておくべきだろう。

 

「よし!」

 

 意を決して扉をノックした。すると、勢いよく扉が開かれた。

 目を丸くしているとアルに肩を掴まれた。まだ、室内には入れていない。

 

「え? 廊下でするの!?」

 

 最初は出来れば二人っきりの密室が良かった。初体験が廊下というのはハードルが高い。

 しかし、それがアルの望みだというのなら叶えるのが婚約者の責務というもの。こっそり魔王再演で廊下の端と端に壁を作り、ライとアイリーンにそれぞれ門番をやってもらえば万が一の事態は避けられる筈だ。

 

「で、でも、最初はキスからがいいなーって」

 

 出来れば五分くらい掛けてゆっくりキスしてから、更に十分くらい抱きしめてもらいたい。その後はアルが巨乳好きの可能性を考慮して密かに育てている胸をじっくり堪能してもらいたい。

 魔法や専用のブラジャーで慎重かつ丁寧に育て上げてきた胸だ。正直、今の段階でも結構見栄えが良くなっている自信がある。

 もしかしたら、触るだけでは飽き足らずむしゃぶり付いてしまうかもしれない。赤ちゃんのようにオレの胸を吸うアルを想像すると、ヨダレが出そうになった。

 

「……フリッカ」

 

 アルの低い声に脳髄が痺れたような言い知れぬ感覚が走る。大分余裕を失っていそうな声色だ。

 これから彼に抱かれる。ゾクゾクして来た。実際、どんな感触なんだろう。

 

「アル……」

 

 オレはドキドキしながら顔を持ち上げた。そして、言葉を失った。

 彼の顔に浮かんでいたのは憎悪だった。

 

「ア、アル……?」

 

 あまりにも恐ろしくて、オレは腰が抜けそうになった。

 

「フリッカ」

 

 一瞬、殴られるのかと思った。だけど、違った。

 痛いほど強く抱き締められた。

 

「アル……?」

 

 彼の体は小刻みに震えていた。

 

「……聞いたよ」

 

 押し殺すような声で彼は言った。

 

「昨夜の事を叔父上からすべて……」

 

 温かい雫が頬に落ちてきた。

 アルが泣いている。

 

「怖かっただろう……?」

 

 髪を撫でながら、彼が問いかけてくる。

 下品な事ばかり妄想していた数秒前の自分をはっ倒したくなって来た。

 アルはオレの事を心配してくれていたのだ。それなのにオレはエッチの事ばかり考えていた。ハリセンがあったら自分の頭を引っ叩きたい。

 

「僕は自分が情けない」

 

 食い縛るように彼は言った。

 

「婚約者なのに、君を守る事も出来ずに……」

 

 そんな事を言っても、あの状況はオズワルドが整えたものだ。彼の結界を突破出来る者など殆どいないし、認識を阻害する魔法も発動していた。

 加えて、戦場が空中だったから、そもそも飛行能力や遠距離攻撃手段を持たない者には介入の余地がない。

 それにアルは戦う者ではないのだから、あの状況で出来る事など何もない。

 

「アル。オレは大丈夫だから……」

 

 無理な事は無理なのだ。その事で自分を責めても仕方がない。

 

「大丈夫なものか! 刃を向けられて、怖くなかった筈がないだろう!」

 

 アルは怒りを抑え切れずに低く唸り声をあげた。

 

「君に怖い思いなどして欲しくないんだ。ただひたすら幸せであって欲しいんだ。いつだって、君には笑顔でいて欲しいんだよ」

 

 声を震わせながら彼は言った。

 その言葉に篭められた彼の感情がオレの胸に深く染み渡っていく。

 

「……アル」

 

 オレはアルを抱き締めた。

 確かに怖かった。

 魔王の力があっても、刃物を向けられたら怖い。いきなり問答無用で襲い掛かられたら怖い。

 だけど――――、

 

「オレ、幸せだよ」

 

 心の奥底にこびり付いていた恐怖心を彼は跡形もなく消し飛ばしてくれた。

 そんな物が残る余地など無いほどに彼はオレの心を満たしてくれた。

 その涙を舐め取り、オレは抑えきれない笑みを零した。

 

「アルはオレを幸せにしてくれてる。君の傍にいるだけでオレはいつだって嬉しい気持ちでいっぱいなんだ」

 

 襲撃者からオレを守る事は出来ないだろうし、やって欲しくもない。だけど、彼はいつもオレの心を守ってくれている。

 だから、オレを守れなかったと自責の念を抱くなど御門違いもいいところだ。

 

「アル……」

 

 オレはアルの頬に両手を添えた。

 言い訳を考える余裕もない。我慢など出来ない。オレはアルにキスをした。

 オレの胸にむしゃぶり付くアルを想像していたのに、実際にむしゃぶり付いてしまったのはオレの方だった。

 だって、欲しくなってしまったのだ。彼の体温だけでは足りない。唇の感触だけでは足りない。いつものキスでは足りない。

 彼の口の中に舌を差し込んだ。その歯の舌触りを確かめて、彼の唾液を舐め取った。

 痺れるような快感が全身を駆け巡る。

 

 ―――― アル……、アル……、アル……!

 

 熱に浮かされたかのようだ。ここが廊下である事を忘れた。オレは元は男だった事を忘れた。淑女としての振る舞いを忘れた。

 もっと欲しい。もっともっと欲しい。

 いつだってオレ自身を見てくれるアルが欲しい。

 いつだってオレの為に怒ってくれるアルが欲しい。

 いつだってオレを求めてくれるアルが欲しい。

 欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。

 

「ん!?」

 

 アルが舌に舌を絡めてくれた。舌同士の感触に頭が真っ白になった。

 柔らかくて、少しだけザラザラしていて、その感触を味わっているだけで天にも登りそうになる。

 いつまでもこうしていたいのに足腰が震えて来た。オレは両腕をアルの首に回した。

 そうしていないと崩れ落ちてしまいそうだったからだ。まだ離れたくない。もっと、キスをしていたい。

 ああ、だけどもう力が入らない。

 離れていく。床にペタンと座り込んでしまい、それでもアルを感じたくて足に縋り付いた。

 我ながら情けないにも程があるけれど、そうしていないと泣きたくなってしまう。一度満たされた心は少しの隙間も我慢出来なくなってしまった。

 

「フリッカ……」

 

 アルがオレを抱き上げた。再び近づいてきた彼の顔を見るとキスをしたくなった。

 そのままオレはベッドに運ばれた。いよいよなのかもしれない。胸が高鳴り続けている。

 ベッドに寝かされ、ドキドキしながら次の展開を待っているとアルが隣で横になった。

 

「……あれ?」

 

 ここは覆い被さってオレの服を若干乱暴に脱がす場面の筈だ。

 それなのにアルは隣で天井を見上げている。

 これはオレがアルを脱がす展開なのかもしれない。なるほど、アルは皇太子だ。自分から動くのではなく、相手を動かすのが王族というものだ。

 アナスタシアと奴隷くんから学んだ技術を今こそ発揮するべき時という事なのだろう。

 

「覚えているかい?」

 

 気合を入れて起き上がろうとした途端、アルが口を開いた。

 

「おろ?」

 

 目をパチクリさせているとアルが言った。

 

「はじめて会った日、こうして一緒に眠ったよね」

 

 覚えている。体調が悪かったオレをアルは自室に連れて来てくれた。

 食べ物を用意してくれて、オレは思わず素の姿を見せてしまった。

 あの時、アルが素のオレを受け入れてくれたからこそオレはオレのままで居られている。

 

「……一緒に夜遅くまで遊んで怒られたっけ」

「ああ、楽しくてついつい時間を忘れてしまったね」

 

 アルは懐かしむように目を細めた。

 

「君と過ごす時間はボクにとって何よりも幸せな時間だ。また一緒にゲームで遊んで夜更かしをして、一緒に眠って一緒に起きたかった」

 

 その言葉を聞いて、オレは無性に恥ずかしくなってきた。

 昨夜もアルは別にエッチをしようとなど考えていなかったらしい。

 それなのにオレはと言うとスケベな妄想ばかりしていた。穴があったら入りたい。

 

「君に認めてもらえたのに、ボクは王となる自分を厭う事がある……」

「え?」

 

 それはあまりにも予想外の言葉だった。

 

「すまない。こんな事を言うなど皇太子として失格だ。けれど、考えてしまうんだ」

 

 彼は言った。

 

「君とそう大きくない家で二人だけで過ごす日々だ。何者にも(おか)されず、何事にも干渉せず、ただ二人だけで生きていく事を夢見てしまう事がある」

「アル……」

「最低だろう。皇太子として生まれておきながら、このような事を考えるなど民や王国の歴史に対する裏切りにも等しい。それでも、ボクは……」

「……アルが最低なら、オレも最低だ」

 

 オレは苦笑した。

 

「アルと二人だけで生きていく。それ、すっごくいいなって思っちゃうよ」

 

 アルとオレだけで完結する世界。悪くない。むしろ、凄くいい。

 

「……嬉しいな」

 

 アルはオレの頬を撫でながら呟いた。

 

「少しだけ、夢を見てもいいかい?」

「うん」

 

 今ここにオレ達以外の人間はいない。

 だから少しだけ、一緒に夢を見よう。

 二人だけの世界を楽しもう。

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