TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ! 作:冬月之雪猫
庭園に着いた時にはすっかり夜になっていた。暗闇の中ではせっかくの色鮮やかな花々で飾られた花園も台無しだ。
もっと早く来れていたらと気分が落ち込む。
「……フリッカ」
アルの声を聞くと余計に悲しみが込み上げて来た。楽しみにしてくれていたのにガッカリさせてしまった。
「ご
肩を抱かれて、顎を持ち上げられた。突然の事に抵抗が出来なくて、オレはされるがままに顔を上げた。
そして、そこに広がる光景を見て息を呑んだ。
「これは……」
夜闇の中に色とりどりの光が浮かんでいた。あまりにも美しくて幻想的な光景に魅入られていると、その光が花を
オレが植えた花々がそれぞれの
「魔法だよ。君の庭園を歩いていたら、きっと時間を忘れてしまうと思ったんだ。気が付けば夜になっていて、暗闇の中を進む事になるかもしれない。それでは危ないと思うし、この魔法はちょっとしたサプライズになるかもしれないと期待もしていたんだ」
アルに肩を抱かれたまま庭園を歩く。花の光が進むべき道を照らしてくれていて、まるで夢を見ているかのようなふわふわとした気分になった。
「君を喜ばせたかった。だって、君はボクを喜ばせてくれるから」
庭園の中央に辿り着いた。月の花と太陽の花も銀と金の光を帯びている。
「カレンデュラだね」
「……オレが月ならアルは太陽だから」
そう呟くと背中からアルに抱き締められた。腰に手を回されて、彼の体が背中にピッタリと張り付いている。
今までにもアルと抱き合った事が何度もある。だけど、いつもと違う。
光と闇が溶け合う中で現実と夢の境界が曖昧になっている。足元が覚束なくなり、背中に感じる彼の体温だけが頼りだった。
温かく包み込んでくれる彼の存在を感じているとそれだけで幸福感に満たされていく。
「聞かせてくれるかい? 君を哀しませるものを……」
オレはカレンデュラを見つめた。
「……この花の事を教えてくれた人がいたの」
カレンデュラが太陽の花と呼ばれている事を教えてくれたのは他ならぬシェリーだった。
「シェリー・ブロッサム。オレの
「……ブロッサム侯爵の娘だね?」
「うん」
オレはシェリーの事をありのまま伝えた。彼女がオレに何を教え、何を求め、どのような結末を辿ったのか。
アルは静かに聞いてくれた。
「彼女はたくさんの貴族の令嬢を教育して来たんだ。たくさんの教え子達が親の意向のまま婚約を結ばされて、その先で少しでも幸福に生きられるように」
少しだけアルの体が強張った。不安を抱いている。最近になって、そういう彼の心の機微を感じ取る事が出来るようになって来た。
オレは安心してもらいたくて彼の手を撫でた。
「オレは幸運だった。だって、婚約者がアルだったからね」
更に強く抱き締められた。少し痛い。だけど、その痛みが心地良い。
「でも、誰も彼もが幸運なわけじゃない。望まない相手の妾になる子もいる。シェリーはそういう子の事も見て来たんだと思う。だから、少し魔が差したんだ」
「……悪しき慣習だ」
アルは言った。
「その慣習を破りたいと望む事を責める事は出来ない」
「だけど、オレ達は彼女を追い出したんだ」
「……フリッカ。公爵家が彼女を追放した理由は思想の内容ではなく、君を利用せんとした行動だ」
「だけど、その為に彼女は居場所を失ったんだ。彼女のキャリアと信用は失われて、ただ絶望だけが残された」
今でも思う。もっと上手くやれたのではないかと。
オレがもっと彼女の教育を積極的に受け入れていればアイリーンが彼女の事を兄貴に進言する事も無かった筈だ。
「シェリーは革命思想を持つ団体と接触して、その直ぐ後に行方を晦ましたらしいんだ」
「それがブロッサム侯爵の用件だったという事だね?」
「うん。娘を心配しているみたいな顔で話してたよ」
思い出しただけで怒りが込み上げてくる。
「娘の好きな花の種類する知らない癖に……」
そう呟いた途端、アルの手が腰から離れた。
喪失感に駆られて振り返るとアルの手はオレの頭に伸びていた。
呆れられたのかもしれないと思ったけれど、彼はオレの頭を優しく撫でてくれた。
「アル……?」
「君はシェリーが好きだったんだね」
「……うん。色々な事を教えてくれたんだ。オレが幸せになれるように」
彼女は悪意など抱いていなかった。ただ、教え子達の幸せを願っていた。それだけは間違いなく断言出来る。
「なら、君はどうしたい?」
助けたい。彼女が如何なる道を選んでいたとしても、不幸にだけはならないで欲しい。
彼女が
苛烈な教育を施された事に恨みを抱かれていたのならばオレの教育係になる事はあり得ない。
きっと、誰もが彼女の教育の本質に気づいたのだろう。彼女がどうしてあれほどまでに苛烈だったのか、どうしてあのような教育を施したのか、その意味を。
彼女は令嬢達の不幸を呪い、幸福を願った。ならば、彼女も幸福になるべきだ。
「……オレは」
その思いを口にすればアルが動いてくれる。
ただでさえ忙しくて大変な立場なのに、それでもオレの為にシェリーを探してくれる。
だから、オレは口を閉ざした。彼の負担を軽減する事こそがオレの何よりも重要な仕事なのだ。そのオレが彼に負担を掛ける事など許される筈がない。
「フリッカ。ボクは君が苦しむ顔よりも君が喜ぶ顔が見たい。君の笑顔の為ならどんな事でもする。君の笑顔が見られるのならどんな事も負担にならない」
「でも……」
「ボクを信じろ」
アルは力強い口調で言った。
「言うんだ、フリッカ。君はどうしたい? ボクにどうして欲しい?」
その眼差しはどこまでも真摯で、どこまでも力強くて、どこまでも優しい。
オレは彼に縋り付いた。
「シェリーがどこにいるのか知りたい! もしも困っているなら助けたい!!」
「分かった」
アルは微笑んだ。
「ボクが必ず見つけ出す。そして、君の笑顔を曇らせない結末にしてみせる」
そう約束してくれた。
「ありがとう、アル」
◆
庭園のベンチに腰掛けているとアイリーンとミレーユが紅茶と茶菓子を運んで来てくれた。
暗闇の中でも二人の動きにギコチナサはない。前にアイリーンから聞いた話だけど、専門の訓練を受けているから夜闇の中で問題なく動けるそうだ。さすがはアガリアの二本槍と呼ばれるベルブリック家とアイニーレイン家の令嬢達だ。
「どうぞ、お嬢様」
アイリーンがレーズンたっぷりのクッキーをオレの前に置いてくれた。オレの大好物の一つだ。
「お元気になられたようで安心しました」
アイリーンは小声でそう囁くとアルをチラリと横目で見て微笑んだ。
「へへ……」
照れ隠しにクッキーを齧ると口の中に甘味が広がり頬が緩んだ。
「フレデリカ様、紅茶もどうぞ」
「ありがとう!」
紅茶にはイチゴジャムが溶かし込んである。とっても美味しい。
アイリーンとミレーユが静かに離れていき、クッキーを齧る音とティーセットが擦れ合う音だけが響いた。
しばらく静寂を楽しんでいると不意にアルが口を開いた。
「……革命思想の団体について、少しだけどヴォルフから聞いた事があるよ」
「ヴォルフから?」
「ベルーガーズは無軌道な若者が集まった愚連隊というイメージをヴォルフが意図的に広めていたんだ。だからか、王宮や政府組織に対しては警戒心の強い輩も油断から口を滑らせる事が多かったらしい。その中に幾つかの思想団体がいたそうなんだ」
荒くれ者達の集団というイメージはヴォルフが自らの名声を貶める事で弟に当主の座を明け渡しやすくする為だと聞いていた。だけど、それだけでは無かったようだ。
行き場のない者達に居場所を与え、リール侯爵家の治安を飛躍的に向上させるなど、彼がベルーガーズを組織した功績は多岐に渡る。本当に凄まじい男だ。
「その中でヴォルフが特に警戒していた集団がいる」
「それはどんな……?」
「名を持たない者達。彼らの目的は一定ではなく、ひたすらに人々の悪感情を助長させようとしているらしい」
「……厄介だね」
「ああ、とてもね。愉快犯なのか、何か大きな目的を持った者達なのか、いずれにしても対処すべき事案だ。ベルーガーズが齎してくれた情報を下に調査を進めさせているのだけど、もしかしたらシェリー・ブロッサムも彼らに何かを唆されたのかもしれない」
「うーん……」
悪感情を助長させるなんて悪辣だ。だけど、そういうあやふやな行動を取る集団にシェリーが誑かされるとは思えなかった。
「もしかすると権能持ちがいるのかもしれないよ」
「権能持ちが!?」
アルを疑う気はないけれど、権能は特別な存在に与えられるものだ。そうそう簡単に手に入るものじゃない。
もしも、その団体が権能を利用しているとしたらかなり大規模かつ危険な組織だという事になる。
「……もしかして、他国の侵略行為?」
「その可能性は低くないね」
アルは言った。
「ラグランジア王国が不穏な動きを見せている。国内にもかの国の者が多数入り込んで来ているようなんだ」
「……戦争になるの?」
「わからない」
ゲームでは戦争の
エルフランの視点だったから今のオレほど受動的に情報が入って来なかっただけかもしれない。けれど、実際に戦争が始まったのならいくらなんでも分かる筈だ。
恐らく、ゲームではネルギウス王が戦争になる前に解決していたのだろう。
「ラグランジア王国はカルバドル帝国と繋がっていた。だけど、カルバドル帝国は次期剣聖の呼び声高いキャロライン・スティルマグナスをアガリア王国に預ける事を良しとした」
「……カルバドル帝国はラグランジアを切り捨てた?」
「恐らくね。勇者ゼノンの覇名を使えなくなったラグランジア王国に利用価値は無いと考えたのだろう。だからこそ、ラグランジア王国は……いや、ルードヴィヒ・ラグランジアが血迷う可能性がある」
ルードヴィヒ・ラグランジア。彼はラグランジア王国の現王だ。そして、勇者ゼノンの実父でもある。
彼は追い詰められている。息子の名を利用して隣国であるメルセルク王国に無理な要求を突きつけ続けてきたツケが回ってくる事を恐れている。
あまりにも身勝手な振る舞いを続けて来てしまったから周囲に味方もなく、それでも被害妄想の果てに国民を巻き込んで暴走する危険性がある。
「……ラグランジア王国の内情は酷いものだ。ヴォルフが確保した移民によれば治安が崩壊しているらしい。殺人や強盗が横行し、人々は猜疑心に苛まされながら生きているという」
「なっ……」
言葉を失った。あまりにも酷い状況だ。
「内乱の火種があちらこちらで燻っている。その火の手を他国に向けさせようと画策している気配もある。移民はその為の一手だとヴォルフが言っていたよ。他国の状況を国民に知らせる事で嫉妬心を煽ろうとしていると……」
「そ、そんな……、バカな……」
呆気に取られた。だって、自分達が他国と比べて悲惨な境遇にあると知れば、その怒りの矛先は他国よりも先に自国へ向けられる筈だ。
「……秘密警察が動いているそうなんだ」
「秘密警察?」
「国民が王宮や政府に反感を抱いていないかを監視する為の組織だよ。加えて、国民に国民を監視させる為に密告制度まで導入しているらしい」
常軌を逸している。まるでSF映画に出てくるディストピアのようだ。
「他者を信じる事が出来ない環境を築き、それによって国民が団結する事を防いでいるんだ」
あまりの惨状に言葉が見つからない。
「弾圧による恐怖が自国に対する反骨心を折り、平和で幸福な世界を憎むように誘導している」
「……止められるの?」
「止めなければいけない。戦争は民に犠牲を強いる。それに一度始まってしまった戦争を止める事はとても難しい。外交で解決出来れば良いのだけど……」
可能性は限りなく低いのだろう。弾圧は一度始めてしまえば歯止めが効かなくなる。如何に恐怖と苦痛で抑えつけていても憎悪や憤怒が消えるわけではない。少しでも手を緩めれば国民は王宮や政府に牙を剥く。
民と敵対してしまった時点でルードヴィヒ王に残された選択肢は殆どない。
「……怖い話をしてしまったね」
アルはすまなそうに言った。
「え?」
「寒くなってきたし、そろそろ中に戻ろう」
「う、うん」
戸惑いながらもホッとしていた。
戦争なんて、テレビや映画でしか知らない。彼が語るラグランジア王国の内情や戦争の話を聞いてオレは恐ろしくて堪らなくなっていた。
その事を見抜かれてしまったのかもしれない。
「アル。シェリーの事は……」
「大丈夫だよ。ボクに任せてくれ」
アルは有無を言わせぬ口調で言った。この状況下でオレの個人的な感情を優先させていいのかというオレの考えを見抜いたのだろう。
オレが彼の思いを感じ取れるようになったように彼もオレの思いを感じ取ってくれている。
一方通行ではない事を感じられて、こんな状況なのに嬉しくなってしまった。
「ちょっと寒いね、アル」
「そうだね」
アルの腕に自分の腕を絡ませると、彼の体温が伝わって来た。
すごくあたたかい。