TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ! 作:冬月之雪猫
色を取り戻した生徒はふらふらと歩き始め、再び闇の中へ消えていった。彼女の選定が終わったという事なのだろう。
次の生徒が色を取り戻し、しばらくすると最初の生徒と同じように歩き去っていく。それが繰り返される中でオレの番がやって来た。
何らかの法則があるのかもしれないけれど、少なくとも順番に地位や名前は関係ないようだ。
オレは深く息を吸い込んだ。
ゲームでは、第二部『アザレア学園編』がスタートすると真っ暗な画面の中にメッセージウィンドウが浮き上がり、誰かの言葉が流れ出す。
その不思議なシーンの正体は入学式のスタートと共に判明する。それが寮の選定の儀式だったという事が。
―――― さあ、身を委ねて。
ゲームと同じように声が聞こえた。だけど、音としてではなかった。
アイリーンやライと念話で話している時のようだ。頭の中に直接響いている。
―――― あなたの事を教えてちょうだい。
とても優しい声だ。
まるで……、まるで母さんみたいだ。
―――― 愛しい子。あなたは数奇な運命を生きているのね……。
まるで揺り籠の中で揺られているかのような心地良さを感じる。
思わず瞼を閉じると懐かしい光景が浮かんで来た。
―――― 羽川靖友と八雲の子、祐希。
それは父さんと母さんの手を繋いでいる転生前のオレの姿だった。
―――― 冴島龍平。甘崎凪咲。
いつの間にか龍平や凪咲と遊んでいるオレの姿に変わっていた。
―――― おや?
突然、暗闇に戻ってしまった。
『そこまでにしといてくれねぇか?』
「え?」
脳裏に男の声が響いた。どこかで聞いた事があるような気がする。だけど、思い出せない。
『こっから先へ踏み込むってんなら、邪魔させてもらうぜ?』
やたらとガラの悪そうな声だ。
―――― いいでしょう。興味深くはありますが……。
一瞬、闇の中に人影が見えた。
見覚えがある。それなのに、誰なのか分からない。
―――― 羽川祐希。そして、フレデリカ・ヴァレンタイン。二つの名を持ち、数奇なる運命を歩む貴女に相応しき寮の名を告げましょう。
目の前にまたしても見知らぬ男が現れた。だけど、今度は分かる。この人の肖像画を見た事があった。
おそらく、彼こそが……、
―――― 天秤のユラは座を新たなる王へ譲り渡しました。
ウェスカー・ヘミルトンがオレを見つめている。
哀しそうに見える。嬉しそうに見える。寂しそうに見える。
―――― 冒険者ウェスカーは愛深き者。好奇心が強き者。勇気ある者。博愛の者。
彼はオレの頭を撫でた。幻影だとばかり思っていたのに、頭に乗せられた手の感触は幻などではなかった。
そして、知らない光景が浮かんだ。
彼に背負われながら草原を進む光景。
彼とかまくらの中で暖を取る光景。
彼と川で魚を釣る光景。
彼と笑い合う光景。
すべて、オレではない誰かの記憶だった。
―――― そして、竜姫シャロン・ヘミルトンの父。
これはきっと彼の記憶なのだろう。
『……しあわせに』
驚いて顔を上げた。すると、ウェスカーは涙を零していた。
『しあわせになってくれ……』
そう呟くと彼の姿は消えてしまった。
無意識に伸ばしていた手が空を切り、オレはとても哀しい気分になった。
―――― あなたにこれ以外の寮などあり得ないでしょう。
闇の中、ウェスカーの紋章が描かれたタペストリーが見えた。
オレはふらふらとタペストリーに向かって歩いて行った。
「あの人が……、ウェスカー」
オレはシャロンじゃない。彼女と同じ魂を持っていても、彼女の記憶を持っていない。
だけど、彼を他人と思う事は出来そうにない。
彼の涙を見た時、少しだけど嬉しくもあった。
「やっぱり、あなたはここよね」
いつの間にか暗闇が晴れていた。
「ヴィヴィアン!」
そこに居たのはアガリア王国の第一王女であるヴィヴィアン・アガリアだった。
彼女もヘミルトン寮に所属してるのだ。
「ようこそ、フレデリカ。歓迎するわ」
彼女の笑顔を見ると胸に燻っていた哀しみが晴れていった。
「ありがとうございます、ヴィヴィアン」
彼女の隣に座り、中央の壇上に視線を向けた。
そこには暗黒が渦巻いていた。とても奇妙な光景だ。暗黒の中から飛び出してくる生徒達は誰も彼もがふらふらとした足取りでそれぞれの寮へ向かって行く。
「あっ!」
アルが出て来た。彼は予想通り、オレとは違う寮へ向かって行く。
凄く辛いけれど、覚悟を決めていたから耐えられた。
彼が向かう先には策謀家エルトリア・アガリアの紋章が刻まれたタペストリーがはためいている。
「……歴代の皇太子はみんなアガリア寮なのよね」
ヴィヴィアンが頭を撫でてくれた。慰めてくれているのだろう。
「エルトリア・アガリア様は最初に『賢王の権能』を得られた御方ですからね」
七英雄は武力に特化した者が多く、彼らを統率していたウェスカーも知略の面では凡人だったと言う。
そんな彼らに智慧や策を授けたのが当時のアガリア王国皇太子であるエルトリア殿下だった。
二代目魔王ロズガルドは勇者不在の時代に現れた。当時の地上最強戦力である
武神クレア・リードや剣聖アギト・ミリガンも勇者には遠く及ばず、エルトリアの策謀が無ければ敗北どころかそもそも戦いにすらなっていなかっただろうとまで言われている。
「……ハァ」
賢王を受け継ぐ者が賢王の寮に入る。これは至極自然な成り行きだ。
それは分かっている。だけど、やっぱり同じ寮が良かった。
「安心したわ」
「え?」
ヴィヴィアンはクスクスと笑った。
「あなた、ちゃんと恋をしているのね」
「……うん」
恋をしている。改めて言葉にされると照れてしまうけれど、否定は一切出来ない。
昔はアルの為に生きる事が己の責務だと考えていた。だけど、いつの頃からか彼の為に生きる事がオレのしたい事に変わっていた。
彼に愛されたい。彼の子供を生みたい。彼と同じ時を生き、同じ時に死にたい。
―――― 君が男だったら、ボクは君と友達になりたいと思った筈だよ。だけど、君は女の子だった。そして、婚約者だった。だから、恋になったんだと思う。
―――― 君が男の子になっても、ボクの心は変わらないよ。だって、もう好きになってしまった。
あの時、もうオレの心は定まってしまっていたのだと思う。
ゲームのようにアルに婚約破棄を言い渡されたら、今のオレは生きる気力を失ってしまう気がする。
それでも彼の為に力を尽くすべきだと思っているけれど、耐え切れなくなって死を選んでしまうかもしれない。
そして、その前にオレからアルを奪った者を殺してしまうかもしれない……。
「……フ、フリッカ? なんか、顔が怖いわよ……?」
「え?」
うっかり顔に出ていたようだ。
少し落ち着こう。子供はまだダメだけど、
ただ、アルはあの通り素敵な人だ。彼に惚れてしまう女性が必ず現れる。そういう相手に対しての策を練る必要がある。
「大丈夫よ」
ヴィヴィアンが言った。
「一方通行ならそういう不安もあるかもだけど、貴女達の場合は違うでしょ?」
「は、はい……」
どうやらオレの考えを読まれてしまったらしい。ちょっと恥ずかしい。
「……夫婦は似るものというけれど、あなたもすっかりアルに似てきちゃったわね」
「そ、そうですか?」
「言っとくけど、褒めてないわよ?」
アルと似ていると言われてついつい嬉しくなってしまったけれどヴィヴィアンにジロリと睨まれた。
「……言っておくけど、いきなり王族用の部屋は使わせないわよ?」
「え?」
「当たり前でしょ。多くても一週間に一回だけよ。本当は一ヶ月に一回と言いたい所だけど、貴女達の様子を見てると暴発しそうだしね……」
一週間に一度と聞いて絶望しかけたけれど、一ヶ月に一度と比べたら遥かにマシだ。
ヴィヴィアンの言い分も理解出来る。オレは次期王妃だ。その立場を固める為にも寮生活を通じて友人を増やしていかなければいけない。
とても辛いけれど、ここは我慢だ。
「……べ、別に四六時中アルから離れてろって言ってるわけじゃないのよ? 寮は別々でも授業が重なる事は結構あるから、そういう時はむしろ一緒にいるべきね。それに次期国王と次期王妃として負うべき責務が色々とあるのよ。そういう時は二人っきりの共同作業になるわ。だから、その……、時々は一週間に二回の週を作ってもいいと思うし……」
「ありがとうございます、ヴィヴィアン」
少しホッとした。それと環境の変化で自分が思った以上に不安定になっている事を自覚出来た。
「それと気を使わせてしまい申し訳ございません」
「いいわよ。だって、貴女はわたしの妹だもの」
「ヴィヴィアン……」
その時だった。舞台上の闇からエルフランが出て来た。彼女の寮はリード寮らしい。
「あの子がエルフランなのね」
実の所、ゲームでもエルフランはリード寮に選ばれている。それぞれの寮に特色があるわけだから分岐してもいい筈なのだけど、迷いの森編でどんな選択肢を選んでいても変化しない。
「……クレア・リード」
クレア・リードは七英雄最強の英雄だ。
彼女の最も有名な逸話は二代目魔王ロズガルドがラグランジアに出現した際、たった一人で彼女と戦い、被害を大きく減らした時のものだ。
実はラグランジア王家の血を引いていて、もう一人の主人公であるザラクにとっての先祖に当たる人物だったりする。
この事はザラクが旅の終わり頃にラグランジアへ帰還した時、知る事になる情報だ。
「そろそろ終わりかしらね」
「そうですね」
あの夜会で会った令嬢達はそれぞれの寮で寛いでいる様子だ。
夜会の後、オレを襲撃したキャロライン・スティルマグナスも当たり前のようにミリガン寮にいる。
オレの視線に気づいたのか、彼女は笑顔を向けてきた。此方も一応手を振っておく。
「彼が最後の一人みたいね」
最後の一人はヴォルフ・リールだった。彼はアガリア寮らしい。バレットもそこにいた。だけど、ジョーカーの姿はない。
レッドフィールド寮を見てみると、やはりと言うべきか、彼はそこにいた。
「諸君!」
全ての新入生の寮の選定が終わった事で舞台上の闇も晴れていた。
「それではまずは新入生達の歓迎の為の宴といこう!」
エラルド学園長の言葉と共にテーブルの上が御馳走で溢れ返り、歓声が上がった。