TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第九十四話『友達』

「ところで姫様。オレの家の事は知ってるかい?」

 

 お腹が十分に満たされた頃、唐突にザイリンが切り出した。

 まだ、彼の家名は聞いていない。だけど、推測は出来ていた。彼の名であるザイリンとは血盟を意味する古代の言葉だ。その言葉を最も深く信奉している家系と言えば心当たりが一つ。

 

「サリヴァン辺境伯の事でしたら存じておりますよ」

 

 彼は驚いたように目を見開いた。

 当てられるとは思っていなかった様子だ。

 

「……おや、少々見くびられていたようですね」

 

 ちょっと不満を滲ませるとザイリンは「い、いや、そんなつもりじゃ!?」と慌てだした。

 その姿が面白くてついつい吹き出しそうになる。

 

「冗談ですよ」

 

 それにしても、サリヴァン家の者と早々に接触出来た事は僥倖だ。ここで会えなくても、早々に見つけ出して会いに行く予定だった。

 サリヴァンと言えば、最も有名なのは七大英雄のスカイ・サリヴァンだろう。けれど、王国としての重要度は彼女よりもその曽祖父であるレディオの方が高い。なにしろ、彼は初代アガリア王であるオルネウスの最初の臣下だからだ。

 この事を知る者は少ない。オレも公爵領に居た頃は知らなかった。アルと正式に婚約した後で入る事が許されるようになった王家の書庫の本を読む事で初めて知る事が出来た情報だ。要するに王家の者以外は知る事を許されない真実という事だ。

 その本の最初のページには『どうか王におなり下さい』という言葉が記されていた。

 その時代、世界には国という概念がなかった。その頃の王という位階は人の為のものではなく、偉大なる四体の超越者達の為のものだったからだ。人という種はそうした超越者達の庇護の下で集落を築いて生きていた。

 イルイヤ大陸は竜王メルカトナザレが統べ、ポティファル大陸は炎王レリュシオンが統べ、パシュフル大陸は風王バイフーが統べ、そして、バルサーラ大陸は妖王ルミナスが統べる事で一定の調和が保たれていた。

 そこに突如として出現した第五の王、それこそが初代魔王と呼ばれる存在。その力はあまりにも強大かつ凶悪だった。その者が最初に出現した地こそ、このバルサーラ大陸であり、後にメルセルク王国と呼ばれるようになる妖王ルミナスの支配領域だった。

 妖王は魔王によって討たれた。偉大なる王の敗北は世界に絶望を齎した。その絶望こそが魔王をより強大な存在へと押し上げる事となるのだが、それまで偉大なる王達によって守られて来た人類には絶望に抗う術がなかった。

 それでも魔王の暴虐に抗おうとする者達は賢明に希望を探し求めた。そして、その一人であったレディオ・サリヴァンは王者の剣を見つけ出した。

 最初は彼自身が引き抜こうとした。けれど、その剣は資格ある者でなければ引き抜く事を許されないものだった。レディオは王を求めた。そして、過酷な旅の果てにオルネウスという王を見つけ出した。

 聖剣は王者(オルネウス)の剣から(レオ)の剣となり、やがて勇者(メナス)の剣へ至った。それ故に今の聖剣こそが最強の力を有しているように見える。けれど、実際には違うと他ならぬ四代目勇者(ライ)が言っていた。

 オルネウスが握っていた時こそ、聖剣は究極の力を有していた。何故ならば、その時代の王とは世界を守護する偉大なる超越者達を指す言葉だったからだ。そして、同時に世界を滅ぼす災厄の化身を意味する言葉でもあった。

 そもそも、魔王とは初代魔王が自ら名乗ったものではない。災いを齎す魔の力を振るう第五の王と恐れ、その名を付けたのは他ならぬ人類だったのだ。

 レディオに導かれ、人類最初の王となったオルネウス。彼に向けられた人々の想いとは今の時代における王への畏敬や憧憬とはかけ離れた鮮烈な感情だった。

 オルネウス王は超越者や魔王と同一の存在として人類の認知を受けた。権能とは時に個の自我を歪める事がある。彼が人類の認知のままに歪んでいけば、いずれ人ではなくなっていた筈だった。

 そんな彼を繋ぎ止めた者こそがレディオだった。彼はオルネウスに王となる事を望み、その代わりに楔となる事を誓った。『あなたは人である』という言葉は王家の書庫の本の最後のページに記されていたものである。王が人ではなくなりかけた時、その言葉と共にレディオは王を人へと引き戻した。そうした経緯からサリヴァン家と王家の間には特別な絆が存在している。

 ならば、どうして宰相や公爵といった地位を与えないのか? その理由もその本に記されていた。サリヴァン家は王家を律する為に存在する。王家が道を誤った時、(ちか)しき関係にあれば止める事が出来なくなるかもしれないと考え、レディオはサリヴァン家を辺境伯という地位にするようオルネウスに自ら求めたのだ。そして、王家とは距離を置きながらもサリヴァン家は代々王家の影となり、鎖となり存在し続けている。

 

「ザイリン」

 

 そのサリヴァン家がゲームのストーリー上で大きな事件を引き起こす。

 王家とサリヴァン家の絆は厳重に秘匿されている。けれど、嘗てのサリヴァン家はアガリア王国における公安組織などの特別な要職に就いて存在感を示していた。

 ところがスカイ・サリヴァンがウェントワース・レッドフィールドと結ばれた事で事態が一変してしまった。

 なにしろ、レッドフィールドは七英雄であると同時に大海賊でもあった。世界を恐怖させ、多くの人々に絶望を与えた海の悪夢は魔王討伐という英雄譚だけでその悪名を塗り替える事など出来なかったのだ。

 だからこそ、二人の恋物語はあくまでも創作上の物として扱われている。演劇やダンスの演目として二人の恋模様を描く事はあっても、公的な資料などに二人の婚約の事実は一切掲載されていない。

 それでも当時の人々は事実を知っていた。スカイは売女や悪女と蔑まれ、後に評価が覆るまでサリヴァンの姓を名乗る事を禁じられ、サリヴァン家が請け負っていた仕事の中でも最も悍ましく、最も穢らわしい仕事を押し付けられた。

 落ちぶれた英雄。それは人々の暗い欲望を満たす甘美な存在となり、一度はウェントワースが王国に叛旗を翻そうとした事もあったそうだ。

 今でこそスカイは人々に偉大な英雄として認知されている。けれど、サリヴァン家は覚えていた。自らがスカイに対して行った所業を、王国の人々が彼女に向けた悪意を。

 

「悩み事があるならば相談に乗りますよ。いつでも」

「……いや、大丈夫。ああ、大丈夫だ。ちょっと、確かめたかっただけなんだ」

「そうですか」

 

 何をとは聞かなかった。それが何であれ、彼の表情に不満の色は見えない。どこか安堵した様子の彼に根掘り葉掘り聞くべきではないだろう。

 事件は三年後に起きる。首謀者は少なくともザイリンではない。ただ、彼を通して事件を未然に防げる可能性がある。それだけで満足しておこう。

 さもなければ少なくない数の犠牲者が出てしまう。下手を打てば王国内で内乱が発生する可能性すらある。

 正直、ネルギウス王がそのような事態をみすみす引き起こさせるとは思えないけれど、ゲームの中で微かにアルが陛下を頼れないような事を言っていた気がする。

 大まかな事は覚えているのだけど、細部の事となると記憶が曖昧で実にもどかしい。だけど、とりあえずは陛下を頼れない状況にあると想定して動くべきだろう。

 幸いというべきか、ゲームではキチンと解決している。犠牲者は出てしまっているし、サリヴァン家は取り潰しになってしまうが内乱だけは防ぐ事が出来ていた。

 最善ではない。けれど、最悪でもない。少なくとも、そこに至る為のピースはオレの手の中にある。後はここからどこまで最善に近づける事が出来るかどうかだ。

 その為の一歩を幸運にも踏み出す事が出来た。

 

「そろそろ(うたげ)も終わりですね」

 

 けれど、少しだけ惜しく思う。

 オレがオレとして得た最初の友達に対して非常に残念だけど、オレは彼を利用しなければいけない。

 もしかしたら、オレの手で彼を地獄に突き落とす事になるかもしれない。

 

「あ、あの王妃様……」

 

 恐る恐るといった様子で声を掛けてくるロゼに苦笑した。

 

「……ロゼ。わたくしはまだアルヴィレオ殿下の婚約者に過ぎません。どうかフレデリカと呼んでください。もしくは親しみを込めてフリッカと呼んでくださるとわたくしとしては嬉しいのですが……」

「大丈夫ですか?」

 

 ドキッとした。彼女は今にも泣きそうな顔でオレを見ていた。

 

「……大丈夫とは?」

「王妃様……や、あの……、フ、フレデリカ様、なんだか……その、哀しそうに見えて……、ご、ごめんなさい……、あの……その……」

 

 しどろもどろになっているロゼに対して、オレは唇を噛み締めた。そうしなければ涙を流しそうだったからだ。

 

「ロゼ」

「は、はい!」

「わたくしの事はフリッカと呼んでください」

「え? あ、あの……」

「お願いします。あなたにはフリッカと呼んで欲しいのです。わたくしが特に親しみを抱いている方々にはそう呼んで頂いているので」

「はえ!? そ、それは、その……、あ、あわわ」

 

 目を回しそうになっているロゼに申し訳なくなる。だけど、オレはどうしても彼女に他人行儀な呼び方をされたくなかった。

 ただ、フレデリカと呼び捨てにするのも難しいだろうと思う。だからこそ、様を付けてもいいから愛称で呼んで欲しいと思った。

 

「お、おいおい姫様。いくらなんでもそれは無茶振りって奴じゃ……」

 

 ザイリンの言葉に俯きそうになる。自覚はあるのだ。オレはロゼに対して無理を強いている。

 オレはロゼを見た。困り果てている。怯え切っている。互いの立場を考えれば分かる事だ。どれほど彼女を困らせてしまっているかを。

 

「……ごめんなさい、ロゼ。今のは忘れて……」

「フ、フリッカちゃん!」

 

 目を見開いた。ロゼは涙目になりながらそう呼んでくれた。

 

「あ、あの……、その……、お、美味しかったね。フ、フリッカちゃん」

「……ええ、ええ! そうですね、ロゼ。美味しかったですね」

 

 彼女は普通なら超えられない一線を超えて来てくれた。

 オレの方から頼んだ事とは言っても、次期王妃に対して気安く愛称で呼ぶ事はとても覚悟を要する事だ。

 それでも、彼女は勇気を振り絞ってくれた。泣きそうになりながら、顔を真っ赤にしながら、それでもオレとの距離を縮めてくれた。

 

「……ありがとう、ロゼ」

 

 宴が終わり、学園長からこれからの学園生活における諸注意を聞いた後、オレ達は監督生のジョナサン・レーベンヴァルクに引率されて寮へと移動した。

 それぞれに寝室が割り当てられていて、オレは特に大きい部屋を与えられた。対して、ロゼの部屋はとてもこじんまりとしていて、その事に不満を感じていると「わ、わたしはこのくらいの部屋の方がお、落ち着くので……」と気遣わせてしまった。

 別れ際、オレはもう一度だけ彼女に名を呼ぶようせがんだ。すると彼女は困った表情を浮かべながらも微笑みながら「おやすみなさい、フリッカちゃん」とつっかえずに言ってくれた。

 

「おやすみなさい、ロゼ」

 

 オレはとても晴れやかな気分で寝室に向かう事が出来た。

 そこでスタンバイしていたアイリーンとミレーユにロゼやザイリンの事を話しながら着替えさせてもらい、ベッドに横たわるとあっという間に眠りに落ちた。

 ああ、本当に気分がいい。

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