TS悪役令嬢になったオレ! 王子と婚約してるけど悪役令嬢だから婚約破棄されるだろうし、気にせず生きていくぜ!   作:冬月之雪猫

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第九十八話『心』

 アルヴィレオはこの日十六回目の溜息を零した。

 

「……おい、まだ一晩やぞ」

「以前、君を迎えに行った時も出発した直後からこれだったよ……」

 

 バレットはリール領へ向かう道中での彼の様子を思い出しながら言った。あの時と全く同じ症状が出ている。

 良い傾向ではない。彼はアガリア王国の皇太子だ。そんな彼が溜息を零している。その姿を見た民が何を思うか、分からない人では無い筈だ。

 

「殿下! 同じ学園内に居るわけだし、会おうと思えばいつでも会えるんだからさ!」

「ああ、うん。分かってる。分かってるんだよ。ただ、心配なんだ……」

「心配って?」

「ボクには君達がいる。だけど、フリッカには……」

 

 どういう意味かとバレットは少し考えた。そして、とても不敬な事に思い至ってしまった。

 

「……い、いや、フレデリカ様にだって交友関係の一つくらい」

「いないんだ。というよりも出来なかったんだよ。ヴァレンタイン公爵が彼女を邸宅から出さなかったからね」

「はぁ? 公爵令嬢やろ? しかも、皇太子の婚約者なんやったら普通は……」

 

 普通は幼少期から他家の者との繋がりを持たせる為に同世代の子供との交友の場を設けるものだ。けれど、ヴァレンタイン公爵は娘にそういう機会を与えないまま邸宅に軟禁していた。

 

「……フリッカはある問題を抱えているからね」

 

 アルヴィレオは断腸の思いだった。この事を言うのはフレデリカの名誉を著しく損なう恐れがあるためだ。けれど、自らの側近となる二人にはいずれ話しておかなければならない事だった。

 今後の学園生活やその後の王宮での王妃としての生活の中で彼らにフォローを頼む必要が出てくる事は確実だからだ。

 

「問題?」

「……恐らくだけど、性同一性障害なんだと思う」

「は?」

 

 ヴォルフはアルヴィレオの顔をまじまじと見つめた。

 

「マ、マジで言っとるんか?」

「……ああ」

 

 その事に気がついたのは最近の事ではなかった。初対面の時からもしやとは思っていた。

 淑女としての仮面が外れた彼女の態度や言動はアルヴィレオが知るどの女性のものとも違い、むしろバレットや騎士団に所属している男性達のものに近いように感じた。

 その時は人と接する機会が無かった為に兄であるロベルトの影響を受けたのだろうと考えていた。

 確信に変わったのはクリムゾンリバー号での出来事だ。

 

 ―――― もしもだよ? もしも、オレがいきなり男の子になっちゃったら、アルはどうする?

 

 あの時の不安と期待が入り混じった瞳を今でも覚えている。あの時、彼女の心が女性ではなく男性である事に気がついた。

 その時の感情を言葉で言い表す事は出来ない。

 心が男性であったのなら、淑女として振る舞う事は辛かった筈だ。

 心が男性であったのなら、男と婚約を結ぶ事など嫌だった筈だ。

 その心にどれほどの苦悩と葛藤を積み重ねてきたのか、それを推し量る事すら出来ない。それでも彼女は愛してくれた。

 

「とても信じられん……。わしから見たらどうみても女らしい別嬪さんやったで?」

「……いや、本当だと思う」

 

 バレットには思い当たる節がいくつもあった。けれど、その発想にまで行き着いた事はなかった。それは彼女がアルヴィレオを心から愛していたからだ。

 

「オレもフレデリカ様の本当の顔を見た事がある。確かに、言われてみればという程度だけどね」

「……そういうんにはあんまり詳しくないが、そらまた難儀やなぁ」

「それが理由だと直接伺ったわけではないが、公爵は彼女を決して邸宅からは出さなかった。だからだろう。彼女が時折淑女としての仮面を落としてしまうのは……」

 

 その言葉を聞く内にバレットは竜王襲来事件の直前に起きた出来事を思い出していた。

 騎士達の前でバレットが飛竜船に同乗するに至った経緯に対する己の推理を興奮した様子で語り始めた姿は今でも記憶に残っている。

 個人的には愉快で可愛らしい一面だと思ったけれど、貴族の令嬢としては大失態だった。そんな事をしでかしてしまった理由は――――、

 

「なるほど、対人関係の不足が原因だったのですね」

 

 他者と接する機会が少なく、普段は専属使用人であるアイリーンとばかり話していたのだろう。だから、他の人間がいる前で普段通りの振る舞いをしてしまった。

 そう考えると納得がいってしまう。

 

「……おい、それ思ったより深刻な問題やないか? フォロー出来るもんがおらん所でやらかしおったら……」

 

 フレデリカは次期王妃という身分だ。少しの事でも噂の種になる。

 彼女に悪意を向けるような者はさすがに居ないと思いたいが、好奇の視線に晒されたり距離を置かれる可能性はあるだろう。

 それが積み重なれば次期王妃という身分そのものが揺るぎかねない。それだけは避けなければいけない。

 バレットとヴォルフには分かっていた。アルヴィレオにはフレデリカが必要なのだ。もしも彼女を失うような事があればアルヴィレオは……。

 

「ヴィヴィアン王女殿下がある程度はフォローして下さるかとは思いますが……」

「学年が違うからな……」

 

 出来れば同い年の人間にフォローを頼みたい所だが、アルヴィレオが繋がりを持っている子息や令嬢は見事にバラけてしまい、フレデリカがいるヘミルトン寮にはヴィヴィアンしかいなかった。

 

「……フリッカ」

 

 本日十七回目の溜息を零しながらアルヴィレオは愛する少女の名を呟いた。

 そんな彼を尻目にヴォルフはこそこそとバレットに問いかける。

 

「……心が男って部分、殿下は気にならんのかいのう?」

「気にしてないというか、その部分を含めて愛しているんだと思うよ」

「殿下は物好きっちゅう事か?」

「……ヴォルフ。君もフレデリカ様と直接接すれば分かるさ」

「経験者は語るっちゅうやつか?」

「……さあね」

 

 ◆

 

 フレデリカがアリーシャ達と共にオリエンテーションが行われる大広間へ向かうと、そこには既に多くの新入生と上級生達がひしめき合っていた。

 

「エレインとレネはどこに……」

 

 辺りを見回しても見つからない。キョロキョロしていると一人の生徒が近付いて来た。

 

「お久しぶりです、フレデリカ様」

「イザベル! 夜会の日以来ですね」

 

 やって来たのはミレーユの妹であるイザベルだった。相変わらず凛々しい表情を浮かべている。

 

「ウッホホーイ! イザベル、ヤッホー!」

「……アリーシャ。貴様はもう少し淑女らしく振る舞えんのか!?」

 

 二人の関係は相変わらずのようだ。気の置けない友同士のやり取りを見ていると少し羨ましくなる。

 

「イザベル。話しかけておきながら姫様をほったらかしとは無礼ではないのかい?」

「ぐっ……、ザイリン」

 

 どうやらイザベルはザイリンとも知己の仲らしい。なんだか、幼馴染の集まりに紛れ込んでしまったようでちょっと居心地が悪い。

 そう感じてローゼリンデと少し下がっていようかと思案しているとイザベルが咳払いをした。

 

「し、失礼致しました!」

「い、いえいえ」

 

 イザベルはどこか緊張した面持ちだ。

 

「あ、あの!」

「は、はい!」

 

 相変わらず圧が強い。

 

「あっ……、あの……」

「は、はい……」

「えっと……、その……」

 

 イザベルの様子がおかしい。そう思った矢先にアリーシャがハッとしたような表情を浮かべた。

 

「イザベル! まさか、君!?」

「うぐっ」

「ア、アリーシャ?」

「話す内容を決めて来なかったの!?」

「ええ!?」

 

 フレデリカは思わずローゼリンデと顔を見合わせた。

 

「いや、その、ちがっ……そ、その……」

 

 イザベルは涙目になっている。どうやら、本当に話す内容を決めて来なかったらしい。

 

「か、かわいい!!」

 

 アリーシャはそんなイザベルにトキメイたようだ。

 

「や、やめろ!! やめろ、アリーシャ!!」

「可愛いよ、イザベル! フリッカの事を見かけて、思わず話す内容も決めないまま話しかけちゃったんだね!!」

「だ、黙れ! だーまーれー! っていうか、は? フ、フリ……、貴様、今フレデリカ様を何と呼んだ!?」

「フリッカだよ! だって、わたし達友達だもんねー!」

 

 そう言って、アリーシャは今度はフレデリカの腕に絡みついてきた。その様子を見て、イザベルは愕然としている。

 

「き、き、きさ、貴様! 不敬だぞ!」

「いや、不敬云々言うなら話しかける内容も決めないで話しかける君の方が大分失礼ではないか?」

 

 真っ赤になるイザベルにザイリンの鋭い指摘が突き刺さった。

 このままだとあまりにも可哀想だ。

 

「イ、イザベル! あなたもどうかわたくしの事はフリッカとお呼びください」

「フ、フレ、フレデリカしゃま……」

 

 夜会の時にも思った事だけど、彼女はどうやら自分と同じタイプらしい。フレデリカはそう感じた。

 普段の凛々しい態度は自分の責務を全うする為に身に着けた仮面なのだろう。その内側には今のような可愛らしい素顔が隠れている。

 

「イザベル。この学園ではかしこまる必要なんてありません。友達として、仲良くしてくれませんか?」

 

 仮面をかぶり続ける事は辛い事だ。その苦痛はいずれ精神に亀裂を走らせる。

 

「わ、わたしは……」

「ほれほれー、素直になっちゃいなよー!」

「し、失礼します!!」

 

 イザベルは逃げ出してしまった。どうやら性急過ぎたようだ。

 

「ありゃりゃ……、今の内にって思ったんだけどなー」

 

 アリーシャの呟きにフレデリカはクスリと微笑んだ。

 

「きっと、彼女にもあなたの思いは伝わっていますよ」

「……そうかな?」

 

 アリーシャの瞳が不安そうに揺れている。

 

「ええ、間違いなく」

 

 本当の自分を見てくれる人がいる。それがどれほどの救いになるかをフレデリカはよく知っていた。

 

「ねえ、フリッカ」

「なんですか?」

「わたしの事はアリーって呼んでよ」

「いいですよ、アリー」

「……ヘヘ、ありがとう」

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