幼年期の後、あるいは新時代の前に
世界に脅威と呼べる存在は無くただただ荒ぶる環境だけが人を脅かす時代において、最悪を最悪ではなくするカラクリ、それを持つものは現実に存在した。
古き時代に神と呼ばれた存在、上位者。脅威に直面した時にだけどんな脅威であっても隙を見出し討ち滅ぼす怪物。青い烏賊の様な姿をした『青ざめた血の魔物』。
我々の観測上では全てを見通すかの様に、初めて出会ったはずの脅威であろうと最適な対応を行う――すなわち我々に観測できない形で脅威を既知としている存在。
人類を滅ぼす程度の事であれば十分に可能であろうそれは、しかし襲われない限りはただ眠り続けて居る様であった。
眠り続けて居たとしてもそれは真に眠り・何も行っていないのではなく、現実の事として何かを行う必要が無い程に夢の中で全てを行っているのだろう。
そして上位者に伍する術を求める研究には先行研究も存在していた。
上位者の血を特別な人員の体で希釈・調整し、常人であろうと受け入れられる――少なくとも短期間で死ぬ事は無い――物へと変える血の医療。
人体の中で希釈された上位者の血からより人に適合する物となったそれを選り集め、既存のそれらよりも濃く人の血を継いだ上位者の赤子を生み出そうとする血の赤子。
血の医療を受けた人員と上位者を感応させる事で一夜が明けるまでの間上位者の持つ脅威を既知とする術――夢――を借り受ける夢の狩人。
複数の人間をただただ縒り合せ、一つのものとして再誕させた模造上位者。
血の医療を元にするには『聖血』――上位者の血液が必要であるが、少なくとも今となっては青ざめた血の魔物という触れる事すら叶わないもの以外の上位者は姿も知れず、上位者の血液を必要とする血の医療やそれに連なる血の赤子、夢の狩人の様な方法に再現の余地はなかった。
しかし人を縒り合わせる事で作られた模造上位者という前例にはまだ踏襲の余地があったのだ。
模造上位者である再誕者の再現も決して簡単な事ではなかった。
「上位者の血の現物が必要となる血の医療よりはまだ再現の可能性がある」というだけで、そもそもが神秘と呼ばれていた上位者やその関連物に由来する現象と月――ここではある種の上位者の事――の力で生み出されたのが再誕者である。
再現が成功しない事は十分に予見されていたがそれでもそれに縋るしかなく、しかし一定の成功を見たのは幸運だったのだろうか?
再誕者の作成に成功してから数度、別の構成で再誕者を生み出す実験が行われた。
そうして得られた知見は「頭脳としての人」こそ必須でも「体としての無数の人体」は廃せるという事と、「頭脳としての人」は一人では足りないという事を示していた。
「体としての無数の人体」も一定程度頭脳として機能しない訳ではない様で単に体の方の人体だけを減らしてしまうと再誕者を生み出す事は適わず、しかし「頭脳としての人」の数を増やしていけば体の方は極論頭脳を生かす為の生命維持装置だけであっても機能はする。
しかし青ざめた血の魔物が持つ様な脅威を既知とする力を持つには未だ程遠く、ただ人体の複合体が常人よりは強い力を持つという程度に留まっていた。
そんな中青ざめた血の魔物は突如として活動を開始。幾度目かに生み出された――大元のそれからはだいぶ簡素なものとなっていた――再誕者を撃破し、戸惑いの姿を見せた。
そう「戸惑い」である。何の意図があったのかは分からないものの、より強大な存在であると勘違いして襲い掛かったのか、あるいは別の目的があったのか。
それでも「上位者から見ても上位者らしきものにはなっていたのだろう」と襲撃された事を吉兆と捉え、最小限の頭脳と武装した機械の肉体を与えた囮としての模造上位者を用意すると共に対上位者用の戦闘兵器群を配す事でその血の拝領が行われた。
青ざめた血の魔物はその名に反し、血と呼べる様なものを持ってはいなかった。
ありとあらゆる外敵に勝てるだけの力を得た結果なのだろうか? 血の代わりに微生物らしきものが主要構造を形作る細胞の間を行き交い、体液と呼べるものは限りなく無いに等しい存在であったのだ。
模造上位者と戦闘兵器群が全滅するまでの間に何とか肉片の一部の拝領には成功したが、血の医療やそれに連なる手段の再現を目指すのは不可能に思われた。
微生物は人にも機械にも模造上位者にも定着する事はなく、青ざめた血の魔物の細胞は培養できる様なものでもなかった。
結局、微生物そのものを青ざめた血の魔物以外に定着させる事は不可能と判断された。
しかし成果が無かった訳ではない。
拝領された青ざめた血の魔物の血――微生物――の持つ機能を調べ上げ作られた「人体を用いた模造上位者に定着しうるナノマシン」を介する事で人と青ざめた血の魔物の双方の系譜に連なるものを生み出す事に成功した。
人造の上位者は最初の目的の通り最悪を最悪ではなくするカラクリを持った、夢と現を等しくする為の機械として完成したのだ。
人造の上位者にその機能を拡張する機材を繋ぎ、その触角ともなるナノマシンの生産器官や人や物を収める為の機構を与え、人類を今にも滅ぼさんと荒れ狂う巨獣――惑星そのもの――に代わり人を住まわせる夢を生み出させた。
歪み荒れ狂う地平に耐えられるだけの頑丈な外殻と、それを維持する機能も持たせた。
青ざめた血の魔物に抗する術も与えたが、青ざめた血の魔物は再び眠るばかりとなっていた。
文字通りの夢の様な日々が、蜜月が始まったのだ。
月の魔物のリゲイン誘い=自分の情報を受け渡したかった説とシードによる戦闘=激しい会話や生殖行為説とか色々と近いもののある話だよな、と