それは拭い去る事の出来ないままになっている理屈の無いジンクス、
例えば主として事に関わるものが4人であるとか
標的と同じものに向き合い・同じ力を手にして、それでも境界の上に踏み止まって戦い続けて居るとか
祈るものこそが恐ろしい存在と化すとか
夜明けを求めているとか
手段ばかりを真似て別の目的に用いる模倣者と、同じ目的の為に別の手段を取るものとが居るとか
全てを包括する存在が運命を定めているとか
同じ筋書きをなぞり返す事を続けているとか
一つの言葉で別々の物事を指したかと思えば、複数の言葉で一つの物事を表そうとするだとか
より偉大なるものであろうと・より矮小なものであろうと、始祖であろうと・末裔であろうと、あるいはまったくの無縁な存在ですら、誰もが同じ様な事を繰り返しているだとか
その手法に隔たりはあれどなお同じ様式で示されているだとか
全くの無関係な無数の出来事達に意味を見出して、あるいは出来事達に意味をこじつけて、『それらの出来事を定めている何者かが居る』と人に擬えた存在こそが主たる予報者だ。
未来の観測とは言ってみれば『主たる予報者という脚本家の書いた脚本をメタ読みする様なもの』。他に目を向ければ同じ手法を用いて『見出せたいくらかの情報』から『もはや見出す事の出来ない過去』を演繹する事だってできる。
大真面目に過去や未来を掴み取ろうとしてもいいし、戯れに点と点を繋ぎ合わせてただ暇を潰したっていい。それそのものはきっと誰もが当たり前の事の様に扱っている、ごくありふれた力だ。
人と人でなし・上位者を分け隔てるのは、その想像力が現実と折り合いを付ける必要があるかどうかの一点に過ぎない。
その想像力が実際にありとあらゆるものを塗り替えうるのなら、それはもう上位者と呼ぶ他にない存在だ。
その想像力が自分の見る世界を塗り潰して現実を無視できるのなら、それはもう異常者で、人でなしだ。けだものと呼んだっていい。
そう。『人と人でなし』『人と上位者』よりも、『人でなしと上位者』の方が近いんだ。人でなし、つまりは異常者はまともな存在じゃないし、上位者とはまともである必要もない存在だ。
それでも上位者になりたいと言うんなら君、まずは筆を手にしたらどうだい?
偉大なる存在の血を貰ってきてもいい。あるいはしっかりと希釈して配合を考えたものを持って来たっていい。全部自力でなんとかできるっていうんならそれでもいいさ。
ここではそういうのが作法ってものでね。そういうやり方で上位者になった手合いと、それを眺める好き者ばかりじゃあないか。
ああ、筆を使って何を書いたとしても別に誰かに見せる必要なんてないさ。でも、筆一本で君もありとあらゆるものを塗り替える存在になれるって知る事が出来る。立派な立派な啓蒙の芽生えだ。
「そんなのは上位者というには卑近すぎる」って? 君、この話が何なのかもう分かっているだろう?
これは『同じ事を繰り返す話』を繰り返しては、別々の言葉で『あれらは同じものを別々の向きから見ていたんだ』と主張する『説』だよ。
楽屋オチがつまらないって思うんなら、君がもっといいオチを用意してくれればいい。その時にはこの世界の上位者も代替わりして、君が青ざめた血の魔物になるって寸法さ。
古い書き手と、次なる書き手と、読者。
ヤーナムの様に呼ぶのなら上位者と、狩人と、人形。
Tonnor、あるいはひらにょん、とんのり丸の様に示すのなら月と、星と、太陽。
それから書き手には小説、上位者には夢、星々を眺めるなら足元には
ほうら、君ももう気付いているだろう。『全部同じ事なんだ』と。
上から見ても、横から見ても、それが何かは変わらないって。
君の耳にも聞こえただろう?
偉大なるもの達が、ありうべかざるものどもが、君の事をスライスしては積み上げて、どう見せようかと語らう声が。
上位者やガーランドすら僕らにとっては下位だったのと何一つ変わりやしない。
当然だろう? 下を見ればきりがないなら、上を見たってきりはないとも。
世界は劇場、君は主役だ。面白おかしい見世物さ。
欲しい場所だけ切り取って、それ以外は見向きもされない。
それが嫌なら祈ればいいさ、そしたら君は思い返せ。
そう、君の番が来ただけの事だ。恐れる事はないだろう。