海の底の都へと
子の夢は終わり、もはやその名だけを名残として残すばかりになった世界から霊廟へと零れ落ちた。
自分にとって特別な存在がそうなったというだけで、それ以外は大して変わる事の無い霊廟の日常風景。
それはどうしようもなく寂しい事で、それでもこれからは自分達が一緒に居られるという所で嬉しくもある出来事だった。
そんなある時、非日常が、未だ生あるものが霊廟を訪れた。
これ以上追われる事無きように、せめて終の棲家となるようにと張り巡らされた秘匿、眠りを守る水をかき分けて侵入するものがあった。
平常の様にある種の夢として感応するのではなくその身体を完全に伴ったままに侵入してきた彼らの焦点は常の出力部ではなく実像部へとより近いものとして合わせられていた。
墓荒らしではなく墓守としてある今となってはそれを許す謂れも無く、しかし常とは違う所へと焦点を合わせて干渉を行うにはさしもの上位者と言えど苦が無い訳ではなかった。
だから特別な対応は最小限に。自身を形作る部位による自動迎撃で済むならそれでよし。無理だとしても稼いだ時間で焦点を合わせて精神を破壊すればいい。少々命を分割していようと、その意思そのものを打ち砕けば二度と立ち上がる事はないのだから。そう算段付けた。
〇
招かれざる侵入者の影は4つ。
「あのまま朽ちるに任せればあの遺物も消えてなくなるのだろう? しなくてもいい、自殺同然の残業などよくもまあする気になったものだ」
「多くにとってはともかく俺達にとってはやるべき事で、俺は凄い嘘吐きらしいからな。自殺したって今更死ぬ訳がないだろう。……そんな事よりも、焦点は後どのくらいで合うようになる?」
「ハ 向こうはこんなにも歓迎してくれているんだ、しばらくは歓待を受けておけ。こうも視界を横切られると合わせられるものも合わせられん。それと、お前ほどに正直に示すものが嘘吐きなど、そう言った奴の方が嘘吐きだろうさ!」
殺到した的の群れの攻撃を己の内に秘めた浄土――その後光を限定展開する事で掻い潜り、行き掛けの駄賃と接近した的を自身を覆わせた檻で焼いた即身仏が居た。
「楽園と言うには血と黴の臭いが酷いが、同じ系譜の……いや、より遡った源流の側か?」
「全く、いつになっても変わり映えしないものなのだな。人というものは」
緑髪のミステルトゥを傍に置いて弾を撃ち、あるいは槍を振るう少女が居た。
「こういう場だから霊とか精も溢れてるのは分かるんだけど、焦点も合わない内から倒しちゃって本当に大丈夫なのかな」
「焦点が合ってない内からちょっかいを掛けてこられる様な元気さがあったらわざわざこんな所まで探しに来る必要はなかったでしょうし、出てきてるのはいくらでも再生できる的ばかりだと思いますよ」
「……それでも、受け取り切れなかったものが流れ着いてる場所なのに、ここでも受け取り切れないのはちょっと申し訳ないなぁ」
陶質の鎧を纏った彼女はその身に付け足された武装パッケージから弾を放って的を薙ぎ払いながら進んでいる。
EXECUTORを伴わず・単独で出撃する唯一のミステルトゥである彼女は他の三者よりもこの場へと焦点が合いやすかったらしく、不意に眠る英霊達の実体部を見出し目礼して通り過ぎて行った。
この四者は本来共に立つ事は無い存在だった。
備品に過ぎない彼女は最も古くから居る男が道半ばに斃れてからの試みで投入された存在で、猫と名を同じくする少女は他の三者よりも後代の存在であった。
しかしこの死者の国には時間というものが通常の空間と同じ様に流れるものではなく、またそれぞれが別の場所から来たものであるが故に、同じ戦場を駆けるという本来ありえないはずの出来事を成立させていた。
それとも棄てられた赤子の泣き声なのだろうか?
それでも互いに互いの存在を感知する事はなく。シルエットのみをようやく認識できる的達と、無数の柱や旧世界で用いられていた標識、意味をなさない文字の断片として認識される物故達やその応答の中を駆け抜けて行っていた。
最後に大型の的を撃破して、求めたものへと焦点が合うか合わないか。そういうタイミングで死者の国の主は彼らへと問いかけを行った。
それは攻撃の先触れとして、焦点を合わせる為の最後の調整と言ってもいいものだ。
「古い約束があって、それを果たす機会がようやく巡ってきた所でね」
「あの子はまだ大丈夫だから」
「厄介な遺物と関わりはあるかもしれないが、それだけで生きている内から埋葬される謂れもないだろう」
「道具だったからって、見捨てられてもいい訳じゃないって教えてもらったから」
問いかけへの応答は、異口同音に「まだ霊廟に眠るべきでないものを取り戻しに来たのだ」と告げていた。
……主は攻撃を取りやめ、彼らが子へと辿り着ける様に秘匿に僅かな綻びを作り道とした。
「彼らの運命も、子の運命も、それを決めるのは私ではない。未だに生きているというのなら」
そう。彼のものは今はもう死者の国の主であるが故に。