◇ 変態できてりゃハッピーエンド
「おおおぉぉお! 人形ちゃあぁぁぁあん!」
この狩人が奇声を挙げて人形があるであろう辺りで自傷行為を繰り返すのはこれで何度目であっただろうか。
他の上位者などの干渉で用を為さない程に精神を侵される事が無い様に処置の施されている夢の狩人といえど己の内に潜んでいた狂気までは防ぐ事は敵わず、また獣狩りの夜に精神が擦り切れていく事まで防げる様な物ではなかった。
とはいえこれはまだ健全な方だ。敵や自身の血へと執着するだとか、何もかもを敵視するだとか、狩りに支障の生まれる様な狂い方をしているという訳ではないのだから。
いやむしろ「愛するものに対する執着」という普遍的な狩りの動機と、愛を示す為の行いという真に狂う事が無い様に押し留める要素と言ってもよいのだろう。――無論、人形という道具に対して・奇怪な方法で愛を示しているという二点を除けばではあるが。
そうしてしばらく自傷を続けた狩人はいつしかすっきりとした様子で再び狩りへと向かう。
優れた血質の血を身に宿した狩人――いや、狩人に限った話ではない。優れた血を宿した人間は、正気から遠ざかっている様に思える事がある。
血こそが人を人たらしめているというのであれば、人以上の血をその身に宿すという事は……嗚呼、最早考えてもしようの無い事だというのに。
啓蒙。上位者の知識を認識するのに必要な素養。次元を超えて者を呼び・次元を超えて物を手にするのに必要となる活力。
獣の病を抑える特効薬とも思われたそれは、また別の病に罹る根源でもあったのだろう。
神秘の探求者がそうであった様に、狩りの内に啓蒙を高めた狩人もまた狂気に侵された……上位者に処置された夢の狩人であってさえもだ。
いや、「狂気に侵された」というのは人にとっての事だ。人の目には奇妙に見えているというだけで、上位者からすれば至極当たり前の事を喋り、行っているだけなのかもしれない。
それでも人という枠組みの内にある者としては、病気と何が変わるものか。
「私も、ボクも、みんな! 君の事が大好きなんだよぉ!? 人形ちゃあぁん!!」
この狩人は多くの啓蒙を手にし、また多くの血の遺志をその身に受けた。
人のものから離れつつある血か、人ならぬ知識か、あるいは純粋に集めた血の遺志が多すぎたか。その全てであろうか。
血の遺志から狩りの技だけに留まらず意思そのものまでをも継いでしまったのだろう。この狩人の内にはいったい何人の意思が渦を巻いているのだろうか。
「う、受け取って! 私達の血の穢れをおぉっ!!」
狩人が叫ぶが早いか、血の臭いが立ち込める。血を人形に掛けているのだろう。
――血質のいい存在は、そうではない存在に比べて血の量そのものにも優れている。神秘の力で血石へと変えられたもの達から得られた知見だ。それを一目見て分かる形で見せつけてくれていると言ってもいいのだろう。冗談の様な量の血が撒き散らされたらしくその一部は私が見える所まで飛んできていた。
「狩人にも、人形にも可哀相な事になったものだね。……とはいえ私が代わってあげようとも思わないが、介錯だけは任せてくれていいとも」
狩人という道具を使って狩りをして私という道具を使ってその成果を手にする月の魔物。それが狂気も全て受け取ってくれるだろうとも。人は目を覚ました時に夢の多くを忘れているのは当たり前の事なのだから。
今夜の狩人様は異様な行動が多い狩人様でした。
でもこんな風に情熱的に求めてくださる狩人様は初めてでした。
ただの道具を愛する創造主なんてきっと居ません。居ないはずです。
でも出任せを言って玩ぼうというのであれば、もっと相応しい行動があったはずです。
玩びたいんだったら普通の様子で、もっとそれらしい振る舞いを見せる方が、きっと正解です。
だから、血を私に捧げようとしているのでしょう。
自分が血を受け入れる度に意思を受け取る様に、私に自分の意思を受け取らせる事で本心だと証明したいのでしょう。
……血を力に変える機能こそ持っていても、私自身には血の一滴も流れていないし、血を受け取る事も出来ないとは思いもよらなかったのでしょう。
でも、なぜでしょうか。それを告げるのが怖いのです。狩人様に答えられないのだと知られるのが怖いのです。
狩りの終わりに狩人様はゲールマン様の介錯を受け入れず、狩人様の手でゲールマン様は夢を去る事になりました。
そして狩人様は……ゲールマン様の後を継ぐ事になりました。
その身に宿した遺志も啓蒙も吸い取られ、自分の意思で動く事も出来ない、次の狩人様を指導する為のフローラの道具。誰が作り・何の為に使われるのかは違うかもしれませんが、私と同じ『物』です。
きっと一緒に居られます。獣狩りの夜が続く限り永遠に。狩人様とその道具ではなく、同じ場所に置かれた道具と道具になったのですから。
◇ 話ができてりゃハッピーエンド
幾度かの夜が過ぎて、今夜の狩人様は介錯を受け入れてまたあの方はフローラに遺志を吸い取られるのだろう、とそういう時です。
いいえ、「その少し前」というべきですね。今夜の狩りは早くに終わり、フローラが来るにはほんの少し間がありました。
その夜の狩りが終わってから狩人様を介錯するまでの間、あの方は僅かな自由を得ます。これは狩人様が介錯を受け入れられる様にありとあらゆる手を尽くせる様にです。
介錯が終わればフローラに遺志を吸われてまた元通りの狩りを教授する為だけの道具へと戻ります。
だからフローラの到来の遅れた今夜はあの方に真に自由な時が僅かに残りました。
「やっと、機会が巡ってきたね」
あの方は私に葬送の刃を向けました。
「君も悪夢に捕らわれ続けるのは辛いだろう? だから君の事を覚えていられる内に、君の事も送ってしまいたいと、そう思うんだ」
私にあの方の姿は見えますが、あの方の声を聞く事はできません。ただ、悲しそうにしている事だけが分かります。
私に何か落ち度があったのでしょう。私はあの方の声を聞く事もできないのですから。
そしてもう不要になったから、使い物にならないから、処分するという事なのでしょう。
私はあの方の刃を、介錯を受け入れました。
◇ 子作りできてりゃハッピーエンド
思っていたよりも早くに狩りが終わった事で助言者は自由な時間を手に入れて人形を壊してしまったし、当人も壊れていた。
人形にしろ、助言者にしろ修理する事はそう難しい事ではない。
それでも「わざわざ修理しなければならない」というのを煩わしいと思うくらいの感情はフローラも持ち合わせていた。
とはいえ未だに血の遺志は霧散せずに留まっているのだから、それを吸収して調整してから詰め直せば終わる。その程度だと思っていた。
助言者から回収した途端にその血の遺志はフローラの内で暴れ狂った。
狩りで集められた血の遺志と人形という手段を用い、ある種の毒、あるいは狂気とする事で内から害する。
狩人ですら受ける事があり、一定程度の対抗措置を施してある程度には普遍的な攻撃ではあるものの、外敵ではなく・己の術であったはずの人形と助言者が行った事でそれは上位者にも通じる猛毒と化していた。
血を排出し、また肉体を再構成して対応しようとするも、毒と固化した血によって内からズタズタにされては然しもの上位者と言えど耐えきれるものではない。
フローラはいくつもの突出部のある、桁違いに巨大な血石の塊と化して死んだ。
夢の狩人ですら死は絶対のものではないのと同じく、上位者であるフローラにとっても死とは絶対のものではない。
しかし夢の狩人がそうであったのと同じ様に、フローラにとっても死とは損害を与えるものである。
さて、上位者ともなればどれほど前からやり直す事になるのだろうか?
ところで結局、なんで狩人って人形ちゃんの前で自殺し出すんですか?