それはもう、殆ど妄執と言ってもいいものだろう。
最も多くの狩りを成功させ、また最も強い肉体を持つ狩人、ゲールマン。
彼こそが最強の狩人ではあるが、しかしその肉体はあくまで人の内に留まり、その技は真に条理を覆す事は無い。
堕ちたる医療教会、その中枢を奇襲の一撃を以て殲滅し終えたゲールマンと言えど、その襲撃を察知され正気の狩人の集団が連携して行うガトリング銃の十字砲火を浴びようものなら、あるいは釣瓶打ちされた大砲の弾を雨霰と受け続ければ、死ぬ。
そう、未だなお夢を見る彼を以てしても最早最良の道筋をなぞってなお越えられぬ壁を越える術はない。そのはずであった。
――発射炎が暗夜を白昼へと変える様な砲火に晒されたゲールマンがその身を微塵と砕かれるその瞬間、一瞬両の腕を持ち上げた様に見え、また鐘の音が聞こえた。
ゲールマンが居たその場は砲火によって浚われ血痕すら多くは残ってはいなかったが、それでもゲールマンが微塵と打ち砕かれた事が真実と分かる痕跡は残っていた。
だから「最も恐ろしき狩人を狩る事が出来た」と教会の狩人達は安堵し、次の瞬間に絶望した。
月から何かが――ゲールマンが降ってきていた。
「躱すには少々無理をし過ぎたが、それならば続ければいいだけの事だよ」
全てを夢として無かった事にするのではなく・再び生を得たゲールマンが教会の狩人達のすぐ傍へと降り立ち、狩りを再開した。
頼みの大砲もガトリング銃も同士討ちを引き起こすばかりで、至近に迫ったゲールマンに手傷を負わせる事すら敵わない。
教会の残党達の戦意が砕け、散り散りになった所を個別に処理されるまでにそう長い時間は掛からなかった。
万に一つを引き寄せ得る夢の狩人と言えど、零を一に変える事は出来ない。
そして永遠の夢の狩人であるゲールマンと言えど、人の身である限りは老いには勝てない。
だから夢の内にある上位者を用いて産まれ直し、産み出された肉体を次元を超えて現実のものへと変換する事で2つの無理を押し通す術とした。
ゲールマン一個体の持つ能力そのものは人の持ちうる能力に留まっているものの、ゲールマン達の発揮する能力は人にとって上位者に等しい力を持っていると言ってもいいのかもしれない。
そうして古い友人の見果てた夢の名残を弔ったゲールマンはヤーナムという街そのものとその地下に眠る上位者達をも狩り、他の上位者の手がかりとなる聖杯を打ち砕く事で獣の病の終息を図り、己という『最後に残った獣の病の源』をも絶った。
◇
しかしそれを上位者達が許す訳が無かったのだ。
上位者達は赤子を得る為に活動しているのであって人の為に活動している訳でもなければ、まかり間違えても己等に害を与える存在に親切にするなどという殊勝な心掛けを持っている訳ではない。
ゲールマンがこれまでに見た夢はただの夢となり、ゲールマンに力を与えたゴースは釦一つの掛け違いからゲールマン自身の手で狩り殺され、ゲールマンがこれから見る夢は長い長い悪夢と化す。
獣でも人でもないものとして産まれ直し、己の育てた狩人達を相手に成就する事の無い永遠の狩りを続け、あるいは育てた狩人達が狩りの内に獣と化した姿を見せつけられ続ける。
ゲールマン自身すらその真の理由を知る事のないままに。
◇
ああ、どうか待って欲しい。一つ大切な話があるんだ。
上位者らしい上位者というものは敵を排除する事こそすれど、必要もないのにそんなにしつこく呪ったりもしないものだ。
必要もないのに執拗に踏みにじり続けるのは人の業というもので、それを為すのは人か、それに由来する何かだ。
そしてゲールマンが呪われたのはそんな事をする様な『人間臭い上位者』はまだ居なかった頃……ああ、つまり、ゲールマンを執拗に呪ったのは人だ、という話だよ。
誰が呪ったのかって?
そうだね、まずマリアではない。彼女は彼らの好奇にも上位者の目にも見える事はなく天寿を全うした。時計塔のマリアとして失意の内に命を絶つよりはまあ、幸せだったろうね。
それから、ローレンスでもない。彼は目的を叶える事無く死んだが、まあ死んでから何かをできた訳もない。
そんなチマチマと挙げて無いで答えから聞きたいって? ヤーナムやその周辺に居る誰でもないんだ。
全てを夢幻とし、また無限に生を得るゲールマンという狩人の狩りは徹底的だったからね。ヤーナムの獣の病の根源も、その罹患者という新たな源も全てきちんと絶ったんだ。ヤーナムの関係者なんて一人も残っちゃいないんだから呪える訳がない。
ただね、ヤーナムとは別の所に居た上位者と関わって人の安寧を得ようとした者達が居て、それが一人で街を滅ぼしたゲールマンという狩人とその狩りの術を知ったのならどうするべきだと考えると思う?
その者達がゲールマンの狩りとその術を絶つ事を考えたその時に、かつてヤーナムに居た上位者達もまた感応したんだ。そこまで徹底する必要も無いとはいえ、ゲールマンという敵を排除したいという思いは同じだったからね。
それでゲールマンは永遠に老いた赤子として……そう。まだそれだけで終わった訳じゃないんだ。
ゲールマンが狩りの助言者になるまでにはもうちょっとイベントが挟まってるんだよ。
月の魔物、フローラという上位者は生まれながらにして狩りを知る存在だった。
その産まれた経緯に関しては色々な可能性があるけれど、ゲールマンの弟子であるマリアから生まれたのは変わらない。
だからフローラも排除するべきゲールマンの狩りの技を伝える存在として狩人の悪夢に送られたんだ。
そこはフローラという上位者にとってはいいゆりかごだったと言えるだろうさ。
フローラという上位者は、主として情報を介して自分の赤子を求める上位者だったのだから、自分と同じ狩りの技を持つ狩人達が永遠に煮詰められていく狩人の悪夢は危険すらない絶好の狩場だ。
永遠の狩りという見せしめと、現世からの排除の為の仕組みはフローラを利するばかりで、当然、すくすくと育って行った。
そうして狩人の悪夢というゆりかごから出るのに十分な力を持ったフローラは、狩りを以てヤーナムから獣を無くそうというゲールマンを狩人の師という道具にして今度は新しい狩人を生産して狩人の技にバリエーションを求め始めた。
これがゲールマンが狩りの助言者として狩人の夢に居る理由って訳さ。
◇
え、結局誰がゲールマンを呪ったんだって?
ゲールマンという最後の狩人が力を振るった世界において上位者の力を借り受けて安寧を得ようとした集団はね、今の世界では上位者を作って安寧を得ようとしていたよ。
今の世界で残った上位者は上位者らしからぬ上位者だったから、他の上位者の様に力を借り受けるなんて真似は早々実現できるものではなかったからね。
それが誰なのかはもう、とうに語った話じゃあないか。