ゴース、あるいはゴスム。そう呼ばれる上位者にとって漁村で死んだゴースの一実体とは主目的を果たす為の重要部位と言えど自身を構成する部位に過ぎず、またその損害は幾多数の次元に跨って存在する内の極少数の次元に位置する一部に留まるものでしかない。
しかし漁村で死んだゴース自身にとってその損害は正に致命的な損害である。
幸運だったのだろう。上位者としてではないゴース、その一実体が悪夢へと引き込まれた事で死体となってなお赤子を抱けたのは。
◇
上位者とは赤子を失ったが故に赤子を求める存在であり、ゴースもまた赤子を求める存在であった。
自身の似姿を産み落とし、漁村の村人という名の介添え達の手を借り下位なるものであった頃の面影を残したそれらを用いて赤子に再びの生を与えようとしていた。
故にその住人達の全滅という悪夢の結末は、漁村から全てが再生されるという形で悪夢の始まりへと繋げられていた。
何一つとして生あるものは残っていない悪夢において死体となってなお子を残すゴースは村人達と人貝を産み落とし、再びの生を得た村人達は人貝を育て、そして人貝からビルゲンワースの殺戮者達が産まれる。
ビルゲンワースの殺戮者達はやがて実験棟を作り、その果てに死体の山と獣と狩人を生み出し、いつしかそれにヤーナムから棄てられた狩人達が加わる。
この悪夢とは呪われしゴースの系譜にある者達が、呪われし殺戮者達とその末裔と共に不吉に生まれては望まれぬ生を永遠に続ける。そういう場所であった。
この悪夢の主はゴースの赤子である。かつて冒涜的殺戮者の手によって奪い去られ今となってはその実体も現世にはないそれは悪夢へと囚われた母という名の呼ぶものの精神と感応し母の元へと帰り、悪夢を己のものとした。
ただ死体として転がり、しかし真実死にきれる訳でもなく延々と己の身を奪われ続けるばかりの母が求めたのは赤子を産む事ではなく奪われ・離れる事のない赤子を身の内へと抱き続ける事であったが為に。ゴースの赤子は母の胎の内で眠り続けている。
それでも、夢の終わりはやってくる。
夢の外からやってきたビルゲンワースの末裔にゴースの赤子、その再生した肉体である遺子は目を覚ましそれを夢へと組み入れる。
あるいはビルゲンワースの末裔に遺子が敗れ・赤子も狩られて海へと還る。
どちらでもゴースと赤子が別たれるが故に漁村は滅び、実験棟は崩れ、ヤーナムも病に沈む。
そうして一切のものから命が失われるとまた、死したゴースから村人と人貝が生まれ、ビルゲンワースの殺戮者が生まれ、獣と狩人が生まれ、ヤーナムから棄てられた狩人が加わる。
その内にまたゴースの赤子は母の呼び声に答えてその胎の内の遺子へと収まり、また眠り続ける。
その繰り返しの果てに訪れるものが絶えると、今度は生を繰り返す狩人達の中から来訪者の役をする狩人が生まれて繰り返しを続ける。
赤子はただ眠るばかりが故に。遺子はただ狩人であった為に。夢の最後に望まれぬ生を受け、暗澹たる道を行く。
夢を全てとした赤子が枯れて、夢の全てが擦り切れるまで。
◇
ただ呼ぶ声に答える事しか知らない赤子が母を母とも理解しないままにその声に答えて再会し、呪いに囚われて別れ、また母の声に赤子が答えて再会する。
ただ子を求める事だけを残した母親が抱いた子が子であるとも理解しないままにその胎へと収め、呪いに囚われて産み、また子を呼び始める。
果てというものの無い円環の内に在る様に見えて、その実円環そのものの消耗という果てのある繰り返し。
人知を超えた存在である上位者が人からすれば無限にも思える規模を誇ろうと、絶食状態で自身を削り続けていたのではその存在もいつかは尽きるというものだ。
とはいえビルゲンワースの末裔という餌はもう無いのだから、それはしようの無い事であった。
憐れではあっても擦り切れるまでの時間を先延ばしする為だけに自身を餌として与える程の理由も無く、その母子が擦り切れて枯れ行くのをずっと見ていた。
彼ら自身の選んだ幕切れなのだから、きっと幸せだったのだ――そう言い訳をして、ただずっと見ていた。
規定された基準を下回っています
!羽化プロセス移行必須条件の欠落を確認しました
担当者は再稼働行程及び
付随する外乱要素の見直しを行って下さい
!次回に備え主要機関を凍結し、休眠状態へと移行します
基底状態に推移するまでの周期は 約 6960時間です
それでは、また逢う日まで。
お疲れ様でした