幼年期の後、あるいは新時代の前に   作:杉鋸

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善悪と賢愚と

 古都ヤーナムの地下深くに広がるは神の墓地。とはいえ神の死体が眠る訳ではない。これは「神が作った」墓地である。

 ここで言う神とは無論上位者の事であり、その墓地に眠るのはかつて上位者と共に夢を見たもの――その死後もなお執着される程に共にあったもの達である。

 その上位者が未だに上位者として在る以上はその試みの悉くが失敗に終わりもはやそれ以上そこでの日々を繰り返す意味もなく、それでもなお上位者の一部が墓守として残り、石へと封じた名と面影をなぞり返す為の場所。それこそが彼らの作る墓地であった。

 

 墓地は現実と夢に横たわる様に存在しており夢の内に名と面影を再生する事を可能としつつ、しかし現実のヤーナムにおいてそれは湧き水で満たされた渓谷とその根源となる地下水によって何者にも触れえぬ様に封じられていた。

 これは夢の内にある墓地の本体は物質としての水の流入によって損害を受ける様なものではないが故により確実な保全を目的として施された断絶である。

 彼ら自身の末端との接続もこれによって断たれる事となるが、これは末端をも共に眠りへと就かせる事で目覚めを認識する触角とするが為であった。

 

 ある時墓地へと、水嵩が減ってわずかに出来た道を通って望まれず――否、()()()()入り込む者が居た。

 侵入者とはビルゲンワースの学徒達であり、墓石より再生されたもの達との戦いによって、あるいはヤーナムやカインハーストへと残されていた智慧によって神秘と関わる術を会得し、篩に掛けて粒を揃えた次なる試みの為の片割れとなる者達となった。

 そうして導かれた学徒達はヤーナムの遺子という次なる試みの為のもう片方の種と、獣の呪いという名の軛を持ち帰させられる事となる。

 

 神の墓地とは言うもののその実箱舟と言ってもいい代物がこの地であり、石に封じたそれから必要な時に必要なもの――時に篩、時に軛、時に種を再生する事ができる。

 ただの拝領者であれば無手で帰る事すら許さぬ矛先となり、意図の有無を問わず目的を継承する者とそれを媒介する者には飴と鞭――血による力と獣という探求の動機付けを与える。

 それで苦しむのは侵入者と上位者の末端ばかり。そう、上位者が自身の末端すら篩として使い潰す程に篩い分けは重要な業であった。

 

 時に密やかと、時に獣の病の広まりを利用して「瘴気の源を断つべく」公然とヤーナムの谷を満たしていた水は人の手でも排除されていき、また墓地の内では秘匿を続けるロマが連れ出され、次々に地下に隠された神秘へと見えていく。

 ビルゲンワースから禁断の血とヤーナムの遺子が持ち出され、谷の水嵩は減り続けてヤーナムの西対岸にある造船の街は寂れ、医療は宗教に葬送は遊戯にすらなり、水の枯れた谷にヤーナム市街が進出し、しかし水の代わりに血が流れ、あるいは対岸の街をもヤーナムへと飲み込む。

 医療教会とは元となった医療を拝領あるいは背療(はいりょう)したもの達だ。病を断つ狩猟に対する病を癒す医療から癒しに背を向け、探求の術へと先祖返りを果たさせたもの達だ。

 あるいは狩人達も血に酔い、時にその狩りに楽しみすら見出すただの獣へと先祖返りを果たした。

 深い断絶を伴って代を重ねる事の何と無益な事であろうか。

 

 しかしそれら全てを苗床として、意味と益を与えるのが神の御業というものだ。

 彼ら自身にとっては無益であろうと上位者にとっては有益なものとなるからこそ拝領は許され、しかし呪いという軛をも与えられた。

 苦しみ、狂い、死に至るとしてもその全てが神の助けとなるのだから。なんとも幸運なもの達ではないか。

 

 

 

 

 

 

 カインハーストの血族達は血質にこそ優れていても絶対数が少なく、いくら智慧をつけようと出自はヤーナム周辺の一般人でしかない医療教会は頭数こそ多くても血質に劣っていた。

 

 カインハーストの求める血の赤子を作るには血の穢れを集める必要があるとはいえ、カインハーストの血族全員を供したとしても十分な量の血の穢れを集めるには数が足りなかった。

 血族はその身に禁断の血を受けているだけあってヤーナムの市民や狩人と比べて禁断の血と合う穢れの見出しやすい存在とはいえ、その見出しやすさは絶対数の少なさを補える程ではないのだ。

 だからと言ってヤーナムの市民や狩人からただ狩るというのも無謀というものだ。少なくとも今現在のヤーナムの住人達の悉くを狩ったとしてもその絶対数の多さとて禁断の血に合う穢れの見出し辛さを補える程ではない。

 そしてアンナリーゼの不死を活かして時を掛けようにも時代はカインハーストを旧弊としての貴族と定義している。競合たる狩人や医療教会と争いながら市井から血を狩り集め続けようと、内に籠り血を増やし続けようと、赤子を得るよりも先に獣のついでと狩られるのも知れた事であった。

 故に、アンナリーゼは一通の招待状を医療教会へと送る事となった。

 

 ――窮極的な所において血を誇るカインハーストにとって禁断の血を最も濃く受けた不死なる女王アンナリーゼというマスターピース以外の存在とはいくらでも処分していい存在である。

 だからアンナリーゼ以外の全てを投げ打ち、孤児という体裁を作って医療教会の内にカインハーストの血を贈る事でヤーナム市中に広まる血をカインハーストからかけ離れ過ぎないものへと留め、禁断の血との相性を高めた市中から血の穢れを集める事で血の赤子を生み出す。

 そうして生まれた血の赤子そのものの持つ血は禁断の血やカインハーストの血の薄い存在となろうとも、アンナリーゼは不死なのだから彼女が戻し交配を行い続ければ血を濃く継がせる事はできる。

 そして血の赤子を作るのに必要な血の狩人はあくまで血の運び手でしかないのだから、女王との血の契約を以て縛ったのならそれがカインハーストに連なる血を持たないとしても機能上の問題はない。

 カインハーストの英知はアンナリーゼ以外のカインハーストにカインハーストとして残る価値を認めず、アンナリーゼ自身すらカインハーストであるままに医療教会へと籍を移す事を選んだ。

 

 医療教会にとって血とは手段であって目的ではないが、血質に劣っていてよい事もない。

 その身にヤーナムの血を受け入れ、薄め、施す血の聖女の業も今となってヤーナムに根差し活動する為の地盤固めや、私兵たる教会の狩人を維持する術としての色が濃く窮極的には捨て置いていいものとはいえ、医療教会はそこまで追い詰められている訳ではない。

 あるいは狩人の身体能力を高める、また獣を狩る器具や秘儀にも用いられる水銀弾に混ぜる血質は高くて困る事もない。

 少なくとも現状においてはヤーナムに根差し時を掛けて探求を続けるつもりなのだから、「目的からはかけ離れた世俗の事」などと見下すべきものではないのだ。

 もちろん医療・実験においては比較の対象として血質の良い人員が多くて困る事もなければ、時に血質の高さを必要とする儀式もあるのだから、血質を高める事は目的に適う事でもある。

 

 現在のカインハーストの血族達を廃し『孤児』を介して医療教会へとカインハーストの血を取り込む事はカインハーストと医療教会のどちらにとっても利のある事であり、アンナリーゼという神秘の実践者を迎え入れる事もまた利は十分にあるものだった。

 

 

 ヤーナム市に跳梁するカインハーストの血の狩人による被害に対し、医療教会はカインハーストに処刑隊を送り込んだ。公的にはそう残されている。

 送り込まれた処刑隊も「カインハーストという血の狩人の根を断つ為である」と心の底から信じ、あるいはカインハーストの血族達も医療教会に根絶やしにされてしまうとの恐れの中戦い、カインハーストは滅びた。

 

「賢しきばかりのもの達に善きもの達を使い潰させ続ける事は果たして善い行いであろうか?」

 彼の医療教会の名の元に列せられる事のない殉教はその問いへの答えである。

 

 

 

 

 

 

 医療教会に引き取られた孤児達が探索の末にエーブリエタースを連れ帰り聖歌隊となった後、ヤーナム時代の末期。

 かつての孤児の末裔、その一人はその穢らわしき出自故に狩りの内に血へと歓びを覚え、その衝動の真の意味も理解しないままに血を狩り流すものとなっていた。

 仕えるべき女王も知らず。それとも、もはや血を狩る為だけに血を狩るものとなっているのだろうか? 旧き日のカインハーストの血の狩人の如く、血に酔った訳でもない狩人をただ狩り殺す狩人。

 故に人はカインハーストの名を冠し彼の事を「カインの流血鴉」と呼んだ。

 

 賢しきものが善を行うとは限らないが、一切の悪意無き善人の行いであろうとも愚かしき行いは時に悪果を招く。

 善悪と賢愚は直接関係のあるものではないとはいえ、流血鴉による惨禍が純然たる惨禍となったのはその愚かな善意によるものであろう。

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