彼は聖歌隊の家系に生まれて家業として医療教会の未来を負う事を望まれ、そして実践による学びを得る為に教会の狩人として活動している未来の高位聖職者候補の一人であった。
実践に至る前の時点で血質の良さも技量の高さも知れた事ではあったものの、少なくともその時はまだその全てにおいてですら上には上が居るという程度のもの。
彼の実践による最初の学びとは「躊躇したならば血質も技量も意味が無い」という事であり、二つ目の学びとは「名誉ある教会の剣であろうと汚濁に濡れた廃材であろうと使える物を使わねば死ぬ」という事である。
共に狩りに出た新人の中で最も狩りの術に長けるとされていた狩人は人から獣に変じる姿を見た事で躊躇して命を落とし、自分は躊躇せずに狩る事で生き延びた。
またあまりに長く、混乱の内に隊伍も組も四散した獣狩りの夜に仕掛け武器も壊れ徒手で死ぬ狩人も居たが、その場の廃材を拾い上げて戦った自分は生き延びた。
まずは躊躇せずただ戦える様に戦う事。少なくとも獣に名誉は通じないのだという事が彼の狩人としての原体験となった。
◇
彼は数度の獣狩りの後のまた別の獣狩りの夜に血に酔った狩人に襲われた。
人が獣に変わる事も姿が完全に獣と変わる前から内面は既に獣と化している事があるのも当然と知る以上その『狩人の姿をしたままの獣』を狩る事に躊躇は無く、しかしその止めは鴉羽の狩人狩りが行った。
その技のなんと見事なものか。彼は狩人狩りへと教えを乞いて、狩人狩りは技と心構えを彼へと説いた。そして恐れ無き狩人と獣の類似性を示す。
……だが彼は恐ればかりを知る狩人だ。何の意味も得られぬ狩人としての死のなんと恐ろしい事か。故に戦いの中に躊躇を持つ余裕など在るはずもない。
これによる学びは形而下の技法に留まり、そして形而上のものを学べぬままにこの交流は終わりを迎えた。
◇
地上における獣狩りではなく、地下へと聖体を求めに行ったある日の事であった。
医療教会の外の、しかも狩人狩りなどと通じているというのは医療教会にとって名誉な事ではない。医療教会が困難を迎えている時であるからこそ、教会の剣は正しくあらねばならない。不純物を取り除き、純化される必要がある。
口では医療教会の名誉を理由とし、しかしその目には他者を蹴落としたいと願う獣の欲望が渦巻き、どうにでも言い訳の立つ場所での闇討ちを選んだ。教会の名誉を憂うと称するもの達。
この時に彼が学んだのは「獣に名誉は通じないが、人には名誉や権威というものが重要」? ……いいや、「これらは狩人の姿こそしていてもただの獣だ。その妄言に付き合う理由などない」が学んだ事であった。
最初は自己防衛だったのだろう。しかし追い詰められ、苦し紛れに素手で抗い、腸を抉り出した時に気が付いた。
「血の温もりのなんと心地の良い事か」
その歓びの意味も知れず、理由も知れず。ただそうして全ては血に溶けた。
最初に学んだ通り躊躇せず戦い、使える物を使う事で生き延びた。
医療教会の狩人の姿形をした獣もそれ以外の姿をした獣も獣であるのならそれで十分で。医療教会の銃であろうとカインハーストの鎧であろうと使えるのならそれで十分で。そして戦いの中血飛沫がただただ心地良く、それが何者に由来していようと生きる力の感覚を取り戻せればそれで十分だった。
生き延びる為には危機を排除しなければならず、その術として臓腑を抜き取り、また血を浴びて生の歓びを知る。
いつしかそれは「生き延びる為には血を浴びなければならない」と転倒し、最後には「血を浴びなければ生きてはいけない」へと至った。
恐れとそれを誤魔化せる感覚だけを知るそれも、獣と何が変わると言うのだろうか。
『アンタは医療教会の狩人だろう? 狩人狩りなんかの技を知ってどうしようっていうんだい?』
彼はヤーナムの地上へと戻ってからも、来る夜も来る夜も狩りの中に血を求めた。
カインハーストの血の狩人に擬え「カインの」と冠して呼び習わされる流血鴉――いつの夜にか狩った狩人狩りの一人の持ち物であった鴉羽の狩装束から名付けられた――は夜毎にヤーナム市街を飛び回り、脅威となりうる狩人を狩り、またその血を浴びた。
『狩りの技に貴賤はないってアンタ……まあいいさ、そんなに知りたいっていうんなら教えてみようじゃないか。ここで教えないで医療教会の覚えを悪くするってのも難だし、夢も見ない殻付きのひよっこを見捨てるのも夢見が悪くなるってもんだろう? ――まあ、もう夢なんて見なくなって長いけれどもねえ』
ヤーナム最後の獣狩りの夜、流血鴉は何かに突き動かされる様に大聖堂へと足を運んだ。
大聖堂で対面したのは積み上げた経験では勝れども狩人としては老齢の狩人狩りと、積み上げた経験では劣れども才覚に溢れた流血鴉。
『獣狩りも同じさ。確かに躊躇したら獣に殺されるかもしれない。けれどね。躊躇しなかったら獣以外まで殺しちまうかもしれないんだ。そんな"人まで狩っちまう狩人"なんて獣と同じだろう?』
純粋な力量だけで言えばおおよそ互角。どちらにも勝ち目のある組み合わせではあるが、しかし戦いは一瞬。より無慈悲に、より躊躇なくその力を振るう側が手傷も負わぬままに一方的な勝利を手にした。
いつの日にか理解できなかった教えはきっと、伝わったのだろう。
芽殖孤虫
出芽して殖える、裂頭条虫科の成虫段階の分かっていない――親も知れぬ孤児の虫。
条虫一般として成虫に成れる終宿主以外の体内においては往々にして害を無し、無性生殖を行う能力を持つ条虫に至っては宿主の体内で無数に増え続け様々な悪影響を及ぼす事すらある。
芽殖孤虫は成虫も終宿主も知れぬ条虫であり、幼虫のまま無性生殖を行い多くの組織・臓器に侵襲、時に致死的な悪影響を及ぼす寄生虫である。
この虫は一説にはもはや成虫になる機能を失っているともされており、それが事実であるのならば「有性生殖を行う為の成虫化」という目的を達成する為の手段であった「成虫となれる終宿主に辿り着く為の幼虫段階での無性生殖」が生活の目的と化しているという事である。