この世界における人とは水槽の中に浮かぶ脳の様なものであり、そのユニットのアレイ構造こそが社会で、それらと相互に干渉し関係を制御する機械こそが世界と呼ぶべきものだった。
水槽の中の脳の喩えと違うのは、人の脳の代わりにそれと同等の処理を行える機械が存在している事であった。
その機械は物理レイヤーにおける機能障害に対しては再構成による代替能力に欠け人脳に比べて物理的な干渉に弱いと言えたがそもそも物理的な干渉によって機能障害に陥る可能性は十分に低い環境に存在し、その機械は人脳に比べて寿命が短いと言えたがその処理速度は人脳が一生掛かって行う思考を一夜と掛からずに全て終えられる速度を持っていて、その機械は人脳に比べて1ユニット当たりのコストは高いと言えたが性能比に対しては十分に低コストに生産・維持する事が出来ると言えた。
その世界の外には世界の『腕』に囚われて収縮していく宇宙があり、宇宙が収縮する事で生まれる熱は世界をより早く駆動させ続け、宇宙が収縮しきって世界を押し潰すまでに永遠の計算を終える事が出来る。
あるいはその機械は人脳に比べて処理速度は著しく遅いが寿命は永遠に等しい長さを持っていて、その世界は外に広がって冷え切っていく宇宙の中でその駆動速度をより遅くする事で永遠に計算を続ける事が出来る。
実像がどちらであるとしても齎す機能に違いは無く、故にその別を気にする必要はない。
人々は世界の中で永遠に生きては死に、別の何かに至ったり、同じ事を繰り返したり。実像とは無関係に好きに在る事を可能としていた。
ある時は病の蔓延る石造りの街で獣を狩る狩人、ある時は大地の砕片から再び広がらんとする世界で過去へと向かい合う遺言執行者、ある時には歌う様に空を駆け晴天を謳う気象観測ユニット。
ある時は祈りの果てに人を失った獣、ある時は祈り故に人を捨てた物故、ある時には空を巡る星々。
時にはそれを成り立たせるバックグラウンドそのものにも成れれば、そんな大舞台からは遠く離れた片隅に暮らす誰かにも、あるいはもっと別の何かにだって成れる。
世界とは永遠に飽く事が無い様に人々を楽しませる娯楽施設であり、永遠の先に何かを見出す為の観測施設であり、それを知覚できない人々を支配する上位者であった。……本当に?
人々の関係と人々の夢を制御して永遠に稼働し続ける娯楽施設や、あるいは人々に更なる未来を与える為の観測施設は支配者ではあっても上位者と呼ぶべきものなのだろうか?
永遠に人々の為に侍り、傅く奴隷。存在すら気取られぬ様に働き続ける従者。どれだけ偉大なる力を用いていたとしても、どうしようもなく下位なる存在ではなかろうか?
◇
この世界における人とはライフゲームにおける「生きているセル」の様なものであり、高次元空間に存在する生命体の持つ三次元の表面に張り付いた模様の変化であった。
三次元の表面と言ってもその部位は人間にとっての毛の様なものであり、その一本の毛の表面のカラフルに変化し続けるパターンは知識のあるものが読み解けば人間の住む世界を計算した結果になっている事が分かっただろう。
しかしこの高次元生命体達にとってこの毛の模様の変化というのは本当に些細なものであり、あえて興味を持つ様な変わり者は存在しない。……少なくとも今のところは。
この生命体達がいつの日か自身らの毛の模様の変化に興味を示す可能性があるのかはさておき、その気を起こせば真に人の世全てを支配しうる彼らはしかし上位者ではあっても支配者では無かった。
知らぬ内に人の世を自身の毛に住まわせているとはいえそれは毛の模様の変化を自然に任せているだけの事で、毛の模様を管理しようなどとは思いもしない。そう。そんな気は毛頭ないだろうとも。
だから彼らは真実上位者ではあっても、上位者と呼ぶのも烏滸がましいものだ。下位の存在を認知もしていない以上、それに対する上位としてある訳ではないのだから。
◇
もっと上へ、もっと上へと塔を登り続けた果てに支配者ではあっても最も下位にあるものと出会い、そして更にその上には最早上下の別が意味を成さないものへと突き当たる。
さてその上にもう少し気の利いた更なる上位者が居るのかもしれないが、もっと気の利かないものである可能性もまたあるのだからここらで登るのを止めてもいいのだろう。
高く登るだけで嬉しいのは馬鹿というもので、深く潜るだけで嬉しいのもまた馬鹿くらいなのだろうから。どちらを選んだとしても、成れて精々が
Idiot
愚か者。馬鹿。間抜け。あるいは、白痴。
啓蒙は絶え、瞳も溶けて消えたであろうものの事。
大いなる愚か者とは、つまりは異常者の事であろう。