夜の後に朝が来ずとも 悪夢は巡り、そして終わらないものだろう!
世界の基軸となった塔は機能不全を起こし、大地は砕けた。
それを受け入れられず、また受け入れない事を選べた者達の裔が今此処に居る者達だった。
主たる予報者によって確約された安寧。個人が最良を得る事は無いとしても集団としては最良を得る事の出来る水門。歴史そのものすら望ましいものとする見えざる手。
そういった加護の無い砕かれた地の欠片には降りず、「未だ塔は機能している」という夢幻の中に再び――当然、代替とするにはほど遠くはあるが――類似した機構を作り、夢の内に代を重ね、そして今同じ結末を迎えようとしている。
あえて語るまでもない話ではあるが、その結果は当然のものだ。規模の差異はあれど同じ様な事を繰り返しておいてなぜ別の結果が得られるというのか。
あるいはこの結末すらも何度となく繰り返し続けたものなのだろうか?
塔によるそれが最良の歴史を紡ぎ出す術であったのに対し、あくまで現状維持を続けるだけで精一杯の不出来な模造品。
夢の中で限りなく続く同じ様な茶番を只管に続けさせ、夢の終わりに記憶と記録・最小限の資産を引き継がせ、夢の始まりに戻す。
元々は十分な長さが希釈した違和感も始まりと終わりが近づけば近づく程に、真実を知らぬ者すら知覚しかねないものへと膨れ上がっていく。
◇
かつては歴史の中に埋もれる程度のものだったレガシー達の出現も、今となっては極短期間の内に繰り返される事象と化した。
そもそもレガシーとは主たる予報者を生み出した者達の残した
現状を維持するには彼らという星々が昇っては沈む必要があり、しかし彼らを沈めるのに使える時間は短くなり、また沈める事が出来たとして彼らが何度となく浮かび上がる事そのものが人類を安定から遠ざけた。
彼らを沈め続けるという点に関しての問題は我等ではなく知らぬからこそ調べようとした知らぬ者達の手で、結果的にではあるが解決された。
レガシーの
レガシーに通用する火力を発揮可能でレガシーと同質の――しかし夢の繰り返し構造に囚われる事無く行使できる――再生能力を持った暗雲を払う剣。そういう
初の試験観測においてですらGREAT ONEを全てたったの2日で撃破できる戦闘力と、因果を無効とする――口さがない職員に言わせれば「質量を持った理不尽」「実体を持った不条理」「まさに女そのもの」な――力を併せ持った存在。
彼女を複製する試みも行われ、火力と機動性に限っては近いものを持つものをいくつか、また彼女とおおよそ同等のものを生み出す事にも成功した。
しかし結局の所どれもただの時間稼ぎでしかない。時間稼ぎと、時間稼ぎの為の時間稼ぎと、更にその為の時間稼ぎ。限りなく姑息な、先細りしていく対処療法。
そもそも、主たる予報者とは月なのだ。天体の如く偉大な、太陽の光に照らし出されたものを遠大な眼差しで見渡す存在。
そう。あくまで見渡すものであって、輝きを放ち照らし出すのはまた別の存在に任せる存在。
「照らし出す太陽とどちらがより偉いのか」などと卑近な上下関係を定められる様なものではなく、双方が一体となって初めて意味を成す系だ。
故に蒼穹とその次の素体、
どちらも――電璃にはいくつかの機能障害はあったが――強く、レガシーを払う力を持ち、だからこそ太陽の様に輝かしくある事がより上位のものとして見渡すのを阻害する。
三番目の素体――
禁忌兵器を携えたまま出奔した蒼穹ではあったが、しかし何を行うでもなく潜んでいた。
だからきっと、ここが分水嶺になる。
潜む蒼穹を運命を見つめる月とし、真祐とその次の素体――
いずれも制御できるなどとは到底言えた物ではないが、あれらの足跡から必要なものを見出す事こそ我等の仕事だ。
事が上手く運んだ暁には、我等ももう一度未来を見る事が出来るのかもしれない。
けれど、けれどね 夢を夢で終わらせたくもないだろう?