幼年期の後、あるいは新時代の前に   作:杉鋸

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ロスタイムをほんの少しだけ潰す事が出来る。
使用しても啓蒙を得る事はない。


失われた叡智の断片と、けだもの

 啓蒙とは無知蒙昧な者から蒙を取り払う事であり、平たく言えば「知識の無い者に知識を与える」という事だ。

 しかし古くには単なる知識以外のものを指して啓蒙と呼び習わした例もある。

 

 ヤーナムにおいては神秘の智慧とも呼ばれる上位者やそれに連なるものの知識と、それを理解するのに必要な思考の視座。その双方を区別せずに、あるいは区別の術を持たぬが故に啓蒙と呼んでいた。

 しかしその視座の高低によっては互いに――つまり視座が高ければ有利になるとは限らないという例だ――干渉の術が限られるという場合もあり、また狩人や使者はその視座の持つある種のエネルギーを用いて者を呼び、あるいは物を作り出したのだという。

 彼らの言う啓蒙とは一般的な人間の持つ知覚能力からどれだけかけ離れた知覚能力を持つのかという事であり、知覚能力を得ている状態である事そのものが一種のポテンシャルエネルギーを持つ状態であったと考えられる。

 ――こう書けば難しく感じるだろうが、要は「宇宙空間にある人工衛星と地上に居る人間が戦うとなったらどちらも攻撃を行うのは難しく、そもそも遠すぎて互いに相手を見つける事すらできないかもしれないし」「ロケットの再突入の熱でコーヒー豆をローストする馬鹿が居ても良い」という話だ。

 

 それ故に思考の視座、すなわち啓蒙エネルギーを奪い集める収集器が用意される事もあれば、啓蒙エネルギーによって得た非人間的な知覚能力を逆用して精神への干渉を行う兵器が配備されてもいたという。

 精神への干渉へは瀉血を行う事で悪くなった――干渉によって敵味方の別を書き換えられた血を排出して対抗したとも伝わっているがそれが真に効果のある対応であったのかは不明であり、しかし瀉血によって死んだ狩人もまま居たと伝わっている。

 あるいは人々にとってただの兵器であったそれ自身にとっては精神への干渉が起きるのもただの副作用で「対象に己の情報を書き込まんとする」ある種の生殖行為こそが目的であったのかもしれないが、今となってはそれを確かめる術もない。

 

 

 

 幽かな生物という目に見えぬ軍勢・無数の駒を用いて目的を果たすEXECUTOR達にとって、また力の根源を同じくするPRAYER達にとっての戦闘とは往々にして対話としての性質を帯びる。

 どういった力を持ち・何を為すのかそのものが自身の願望・祈りの発露でもある以上それは当たり前の事で、あるいは英霊との戦いという名の篩の先に許される自身への技の書き込みにしろ、PRAYERとの戦いで回収されるSPIRITにしろ、それらは大なり小なり最終的な応答だ。

 返事は元気な声でする様に教えられたかもしれないが、少なくともPRAYERとの戦いにおいて相手の応答は無暗に大きければ良いというものでもない。もしも強大なPRAYERの身に満ちるSPIRITを全てEXECUTORが受け止めてしまったならば、そのEXECUTORは自身を保つ事が困難である。何の防護も無くPRAYERに由来する大量のSPIRITを受け取ってしまえばその強大な遺志に呑まれ、自分の在り様そのものを押し流されてしまうからだ。

 とはいえ、そのような事は早々起こるものではない。PRAYERが自身の遺志を自分から全て明け渡すなどという行為に出る事そのものが例外的な行動というのもあるし、それが起きたとしても互いの指向するものが違えばSPIRITは受け取られる事無く辺りに散らばるだけに終わるだろう。

 言い換えれば「近似した指向を持ちうる程度に因縁のある事案ではEXECUTORはPRAYERの遺志に呑まれてしまう危険がある」とも言える。しかし、指向するものまで同じだとしてもEXECUTORという「生存している状態そのものを分割した」存在にとっては1つの命がPRAYERの遺志に呑まれたとしても、別に命を持つのなら――少なくとも作戦上問題にならない程度には――その影響を排する事は可能である。

 

 では「因縁のある事案にEXECUTORを送り込むのはリスクばかりが多いのか」というのかというとそれもまた違う。

 SPIRITとは即物的な所で言えば活動するのに必要な血液であり・手持ちの駒である。因縁があるが故にSPIRITを受け取りやすいという事は相手の血・手駒を奪い取り勢力を殺ぎやすいという事にも繋がっていれば、EXECUTORにブレイクスルー――再び命を得やすい状態へと戻す現象――を引き起こしやすくし、より優位を保って戦える様にしうるという事にも繋がっている。

 ……現実にはもっと単純に「事案とEXECUTORの相性などというものを考えられる程、送り込むEXECUTORを選ぶ余地がある訳ではない」という寒い台所事情が寄与する部分が大きいのが悲しい事ではあるが。

 

 

 

 

 

 

「こんな黴臭い場所に油を売る相手を見つけたのか? 実に薄っぺらい客も居たものだ」

 

「ああ、古い憶え書きか何かだろうな。俺達の事とヤーナムの啓蒙エネルギーとかいうのとを比較して何か考えてたみたいだ」

 

「『知識は力』とは聞くが、知識そのものがエネルギー源になるのなら【書庫】などはよく燃えるだろうさ」

 

「まあ、彼らの言葉を借りるなら『もっと瞳が必要』という話なんだろうさ。あるいはGRAVEYARD(ここ)をひっくり返せばもうちょっと意味が分かる様になるかもしれないが……ミステルトゥの数を増やして人海戦術でもやれって事か?」

 

「ハ わざわざ辺土に逝った遺恨を掘り出していたらいつまで経っても仕事が終わりはしない。それとも残業するのが趣味だったのか? お前は」




如何に啓蒙を与えようとしたところで、聞き流されてしまっては瞳が開く事はない。
元より縁のない話であれば聞く道理もないというものだが。
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