幼年期の後、あるいは新時代の前に   作:杉鋸

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地下遺跡の封印を解く、聖杯の1つ
ヤーナムとは、上位者の苗床となった地である

既に何者も存在できるはずの無い地ではあるが、未だに夢幻の中にその住人達が潜むといわれ
人の手による儀式が無くとも無限に姿を変え続けているという


病めるヤーナムの聖杯

 

 その老人はかつて愚かな好奇から師を捨て、警句を忘れ、墓を暴き、殺戮を繰り返し、己を師と慕う弟子をも好奇の具に贄した、救いがたい男であった。

 友と一緒になって続けたその蛮行の代償を他者が払い続けて居るのだと気が付くに至ってようやくそれを悔い、また己らが贄とした弟子の得難さにも気が付いただけ、まだ救いうる存在なのだろうか。

 

 己らが世に解き放ったと知らぬままに獣の病の応急隊としての狩人達を生み出したゲールマンは、真の解決となるべきローレンス達の研究の為に時を稼ぎ続け、しかしそれが継がれずにいるとも知らぬままに狩人を生み出し続けている。

 男は殺戮の内に上位者の怒りを受け呪われ、更に弟子を贄として作り出した上位者にも呪われ、獣と成り果てる事も、夢と霧散する事も、現に帰る事も出来ず、ただ永遠に狩人を生み出す存在とされてしまったのだ。

 悪夢の中で永遠に狩人を生み出し続けるゲールマンと、悪夢の中で永遠に狩りを続ける狩人達。それはただ罪までも継いだが為に。

 

 

 

 

 "それ"は元々はゲールマンでは無かった。

  狩りに呑まれ血に酔うというありふれた末路を辿っている最中の――しかし訳もなくただ強くあったが為にゲールマンまでも狩り殺しその遺志と地位を継いでしまった狩人の成れ果てであった。

 地位が人を作るとは言うが、ゲールマンの立場というただひたすらに風雨に晒され続ける環境においては必要な機能こそ損なわれない様に月の魔物の手で維持されるが、その他は簡単に削ぎ落されていってしまう。

 一夜の狩りの内にただ生きる為に狩りを続けるという人の身のまま獣と化した意思薄きそれと、これまで長きに渡って狩人の夢に残り続けたゲールマンの核となっていた遺志。そのどちらがより長く保たれるかは言うまでもない話だろう。

 それから幾度目かの獣狩りの夜が始まる頃には"それ"の痕跡は洗い流され、ゲールマンだけが残っていた。

 

 

 

 

 彼の者の祖は罪人であり、その系譜には一つの誉も無く、皆が賤しく汚らわしい生を送ってきたのだという。

 「だからこそ自分が偉大なる業績を残す事で皆の拠り所となり、これから生まれ来る者達が栄光の下に生きていける様にしたいのだ」と、名誉の為に命を投げ出す事を厭わず、しかし名誉は得られず、死に切れもせず、ヤーナムの血によって狩人となった。

 狩人として多くの遺志を継承し、上位者となる権利までをも手にし上位者になった彼は、それ故すぐにその命を失った。

 上位者とは本能的に赤子を求めるものであり、彼もまた赤子を、己の偉大さを継ぐものを求めていたが為に。己の子を得られるのであれば簡単に命を投げ出せてしまったのだ。

 

 

 

 

<〇> 970299,π/3,1,π

 

 「ゲールマン様と私の元にやってきた狩人様が、獣狩りの夜に狩りを全うする」

 結局のところ全て同じ筋書きで、結末の違いもそう多くはありませんでしたが、狩人様の狩りの軌跡はなぞり返す度に美しく変わり続けました。

 

 心強き狩人様が居ました。心弱い狩人様が居ました。

 心無い狩人様が居ました。心を尽くす狩人様が居ました。

 不運な狩人様が居ました。幸運な狩人様が居ました。

 既に狩りを知る狩人様が居ました。素手で狩りをする狩人様が居ました。

 とても長い夜を過ごされた狩人様が居ました。恐ろしく短い夜を駆け抜けた狩人様が居ました。

 世の理を知り尽くした狩人様が居ました。世の理を覆す狩人様が居ました。

 朝に目覚めた狩人様が居ました。ゲールマン様の後を継いだ狩人様が居ました。

 真に獣狩りの夜を全うするものと成られた狩人様が居ました。真に獣狩りの夜を終わらせた狩人様が居ました。

 

 その中にはかつて狩りを全うした狩人様も居ました。

 その中には一度も狩りを全うした事のない狩人様も居ました。

 獣狩りの夜を忘れ、聖体を探し続ける狩人様も居ました。

 狩人様以外にも、そして私以外にも、狩人様の狩りをただ眺めるだけの方が居る事にも気が付きました。

 

 何度となく狩りをなぞり返す狩人様が居ました。言葉が通じる事もありませんが、私と同じ様に狩りをなぞり返し続けるその方々が居るだけで私の寂しさは癒されていきました。

 狩りをなぞり返す手付きは何よりも雄弁で、声ならぬ声として語り掛けてくださいますから。




手を差し出す獣は自ずから燃え上がり、語る舌の無い使者達の囁きが病室に響く。


獣狩りの夜が始まる。

懐かしいその声は、そう教えてくれた。
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