十数年ほど前へFEif世界に拉致られたナニカサレタ男が自分一人の問題からくる戦争に挑むまでの過程とその結末を綴るだけの物語   作:エーブリス

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遅れて申し訳ない、なんか一年経ちそうになっちゃってた。


もし明日…

最近、いつも見ている。

意味さえ朧げな悪夢…目覚める度に、それの何が悪かったのか――――まるで思い出せない不思議な夢。

 

でも…何となく“彼”の事だとは思う。

 

 

 

昔、ギラついた目をした男がいた。

口では虚言や妄言、その他戯言を道化のように振り回す。

 

でも…その心はいつも怒りに満ちていた。

 

理不尽への怒り、苦境への怒り…それら総てを受け入れなければならない事への怒り。

生きていればそんなもの、誰もが直面するのだろう…けれども、彼の場合は多少訳が違った。

 

それは“仇討ち”にも近い感情だったのだろう。

 

今まであった平和な世界を勝手に奪われ、どうにか死の世界から逃げれたのに…そこは何処とも知れない、未知の場所で…行く当てもなく、ひたすらに彷徨いながら。

 

まだまだ少年と言って良い程、純粋だった彼は…どう表現すればいいのか、恐らくは“穢された”んだと思う。

在り来たりな表現ではあるけど…少しずつ汚れていく、そんな人生は私にとって当たり前(と言うより、元より“綺麗”なんて呼べる所が無かった)だったけど、彼には耐えられたモノじゃなかった、そう思う。

 

必死だった、自分を守ろうとして。

だから悪鬼になった…それを演じていた。

 

「殺されてたまるかよ!知らん世界の都合なんぞに!」きっとこんな感じ。

 

 

――――何だろう、こうして考えると、私は彼をあまり知っていない気がする。

“あんなに一緒だったのに”…義父の使う機械から流れる歌に、自分の内心をきっぱり言い当てられてしまった。

 

「…時間よ、お義父さん」

 

私に呼ばれて、びくりと跳ね上がる彼の…その手は僅かに震えていた。

 

「ああ…そう、だな。

――――いつもなんだ、あんまり大事な局面で…上手く行く気がしなくなるのは」

 

「機甲兵団には、あまり聞かせられない言葉ね。

…皆、お義父さんの力を頼りにしてるから」

 

「全く…例外ってのは、いっつも楽じゃない。

雨だって、当分止みそうにも無い」

 

雨…この人は、度々それを気にしていた。

 

 

 

この言葉は、義父にとってどれだけの意味が含まれているの?

 

「仕事仲間の、いや“元・仕事仲間”かな?ファットマン…ほら、ええと、ベルカちゃん会ったことあるかな?

あいつがさ…いつも言ってたんだ。仕事を辞めるなら、晴れた日って」

 

私の疑問を――口にもしていないのに――彼は答えてくれた。

その話は…とても在り来たりな“雨”の在り方、でも非常に切実だった。

 

雨を心から好き好むような…そんな人は、本当は居ないのだろう。

たぶん。

 

 

…ああ、そうだ。

私にも降っている、そんな感じの雨が。

 

「…止まないわね、本当に」

 

「うん、全くだ。

――――待たせて悪いね、行こう」

 

「ええ。

今回の作戦、当初の予定より何倍もスムーズに事が進んでいる…やっぱり」

 

「いるんだろ、俺達のバカ息子が」

 

義父のAC…確か識別名は【パイロ・ユニコーン】。

聞けば、由来は“とあるヒーロー”のイメージから肖ったらしい。

 

それに電源が入り――何時聞いても奇怪極まった――駆動音を響かせる。

更には、まるで落雷の様な轟音が…火を噴くブースターより発せられた。

 

 

私もそれに合わせて、跨る飛竜を飛び上がらせる。

…この時、余りに焦る気持ちが、手綱に力を入れ過ぎてしまった。この子もそろそろ無茶も出来ないのに。

 

「…ッ」

 

「――――ベルカちゃん」

 

「分かってる。

でも…」

 

「落ち着いて、とは言わない。

トウヤはもう逃げる準備を始めているだろうな…それはそうと“秘策”についてだけど」

 

秘策…あぁ、恐らくは事前に話した、最後の手段。

あの人を――――マーシィを止めるには、もうコレしかないと思ったから。

 

「…駄目よね」

 

「うん、アレは本当に奥の手ね。

いくら手練れが揃ったって、相手は未知の化け物だ」

 

降りかかる、正論。

私はそれに対し、向かう術を持たない。

 

そもそもこれは、私の感情ありきだから。

 

 

「これから、もっと新種が見つかるかもしれない…。

トウヤがどんなに強くて、確率は7割が良い所だ」

 

義父はこの手段を、やりたがっていない。

…当然だ。

 

 

また、正直に言うタイミング…逃した。

皆はどんな言葉を返すのだろう?

 

もし私が、赤裸々に「あの作戦をやりたい」なんて言ったら。

 

どうしても、マーシィの心に触れたい。

一度、ちゃんと面と向き合いたい。

 

…何の繕いもせず言えば、彼に構ってほしいだけだ。

それ以上に、その瞬間だけが彼を捕まえられる…という確信があるのだが。

 

「…」

 

この作戦みたいな事を昔、彼は“笑えない悪戯”として仕掛けて来た時がある。

その瞬間でさえ、致死性が著しく低い場面だったと言うのに。

 

私がやる方は、高い確率で…誰か死ぬ。

今ここで、この気持ちを…義父に頼み込んで封じてもらうべきか?

 

 

 

「ッ…!

ベルカちゃん、そろそろ暴風雨に突っ込むぞ!」

 

そんな迷いを殺しきる前に、嵐はやってきた。

 

「――――ッ!?

飛行型…ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


鴉は死んだ。

魑魅魍魎溢れる大森林の、怪物住まう館の前で。

 

鴉は死んだ。

森林中の罠のせいで、誰もその亡骸には手を付けない。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛行型…。

報告の通りだね、兄さん。

――――数意外は」

 

レオンが言及した通り、連合軍が相対した飛行型デーモンの総数は、非常に少なかった。

 

捨て駒――――失敬、先遣隊の口伝では「空を埋め尽くす程の、巨大な蝶の群れ」と。

しかし今、空にあるのは…まばら、なんて程度では無い。

 

“多少”それ位が妥当の数だ。

洒落た高級料理に少々飾り付ける、金箔の欠片ぐらいの数しか居ない。

 

 

とは言え個体ごとの危険性は相応に高い。

そのデカい蝶々は、翅がまるで剃刀の様に鋭く、人が触れれば真っ二つである。

 

しかも自由自在に変形する…厄介極まりない。

 

 

以上の理由より飛行型の対処は、臨時で選抜された精鋭部隊のみに一任された。

 

「…ここも情報通り、飛行型は極端に脆いな。

飛ぶ翅以外、人間と変わらんな。短機関銃に切り替えて正解だった…!」

 

「全くね、ヒノカ王女。

実はあの機関銃、重くて大変だったのよ」

 

そう言うのは、それぞれスコーピオン短機関銃とG18Cを用い、拳銃弾をバラまく第一王女二人。

 

…いや、カミラは既にその身分を捨てているので、実際は違うが…まあ世間はそんな変化を気にはしていない。

 

 

彼女らの言う通りに飛行型デーモンは実際、脆い。

それこと、飛行型同士の軽い衝突で、その危険な翅が砕け散り…墜ちていく程に。

 

だから彼女ら他、飛行系ユニット中心の精鋭部隊は、ほぼ片手間にそれらを潰せる。

 

他の雑兵なら兎も角、かつてこの地…旧透魔での戦闘を経験した者たちが、今更苦戦するような相手では実際無かったのだ。

 

「ヒノカ様、カミラ様…あちらを。

化け物共がやけに集中しておりますわ…恐らくは――――」

 

今しがた剃刀の翅を掻い潜り、九九式のストックで飛行型一体を叩き落したユウギリ。

彼女…というより、金鵄武者の大体が基本こんな感じ(それも昔から)なので、行動についての言及(ツッコミ)は、今更野暮である。

 

そんな彼女が指差す先、確かにデーモンが集中していた。

 

 

――――皆、確信していたのだ。

飛行型…いや、この場のデーモンの総数が、報告よりうんと少ない理由など。

 

 

 

そしてまた、レオンへと視点を戻す。

 

「姉さん達、もう見つけたみたいだ。

想定より速い」

 

「当然です、レオン様。

あの野郎、戦場だと特に目立ちますから――――だよな、オーディン」

 

「まあ…昔みたいに、デカい剣振り回してくれてたら、だけどな。それと近いぞゼロ

――――それよりレオン様、早急に“扉”の確認をした方が」

 

報告が来るより前に、遠目で見ていた彼とその臣下は“本来の目的”の達成を察した様だった。

精鋭部隊のソレを。

 

今、ある勇気によって…単に臣下である事を超えて“重要参考人”となったオーディンの提案に、レオンは答える。

 

「分かっているさ、向こうも…。

報告を待――――」

 

「レオン様!申し上げます!

索敵部隊が“鴉”の姿を捕捉!北北西の方向です!懸念していた“扉”も周囲に存在していない、との事!」

 

息をつく間も無く、伝令兵が飛び込んできて、部隊の報告を投げ込んだ。

 

「――――グッドタイミング、だな。

しかしレオン様、あいつの事です。ギリギリ通り抜けられるような開閉物を隠し持つ位はやってきます」

 

「あぁ、絶対にやる…!

――――姉さん達に伝えてくれ“何か企む隙も与えない様に、徹底的に”と」

 

この命令に、伝令は仰天した。

何せ「絶対に生け捕りにしろ」と言われた目標を、最悪殺しかける…というかほぼ殺しに行くようなものだったから。

 

「し、しかしっ…目標は生け捕りに」

 

無礼、不躾、立場不相応と分かっていながら、聞かずには居られなかった。

何かあったのか?自分の知らぬ間に。

 

しかしレオンは、真摯に応える。

 

「ああそうさ、生け捕り。

…死ぬほど追い詰めてから、だ」

 

「っ…りょ、了解です!」

 

やはり、あの“冷血”は衰えて等いなかった。

伝令はそう感じ、自らにもその冷え切った刃が向けられる前にと、指令を遂行しに行った。

 

 

「…さて。

僕らも行こうか」

 

「はい!

まあ…マーシレスのやつ、殺す気で追い詰めないと先ず捕まらねーよな」

 

「なんなら一回殺してもいい」

 

これだ。

マーシレスが赤の他人である、先の伝令は知らない。

 

けれども…曲がりなりにも戦友である彼らは知っている。

アレはマジで死なない。

 

 

 

 

 

 

 

また視点が代わり、目標の“鴉”――――もとい、マーシレス。

彼が思っていた以上に、彼の家族と戦友は有能であった。

 

彼が思う10倍も速く、彼の隠し玉を解析し、そして追い詰めたのだ。

 

「…ぁあ”ア”!ァアアアアア”ア”ア”ア”!!

クソクソクソクソクソ!!もう来てんじゃん!ふっざけんじゃねーっ!」

 

だから焦る、焦りに焦るのだ。

只でさえ、今まで見なかった新型デーモンの相手に忙しいというのに。

 

 

その新型…人型かつ、人間とそう変わらぬ背丈のソレ。

人間との違いを挙げれば…どす黒い枯木の様な身体に、橙色の装甲。

 

…そして、原理不明の射撃武装。

骨を飛ばしているのか?

 

そんな物体が、何本かの指に代わって、右手を占拠した。

随分と、設計の思想が感じられる化け物だ。

 

言うなれば、メトロイドのサムス・アランだ。

厳密に言えば、彼女の纏うパワードスーツ…その怪物。

 

「だぁもう!

こいつらもこいつらで何!?鳥人族まで取り込んだの!?」

 

加速するイラつきのままに、パルスブレードを振るう。

それは攻撃では無く防御の為…飛び交う弾幕を、この非実体の刃で全て切り払っているのだ。

 

刀身に実体は無い。

だが、発振器の重さは通常の歩兵武装を軽く凌駕する。

 

これを…()()()を、暗器のように軽々振り回す。

だからマーシレスは、恐れられ…頼られた。

 

人格が全くアテにされずとも、実力だけは目標にさえされた。

――――尤も、その実力でさえ補正ありき…一種のイカサマだったが。

 

「ッらぁぁあッ!」

 

人型の内の一体に最接近。

それぞれに異なる武装群が仕込まれた両腕を掴み、それを「×」の字に関節をがっちりと極め、腕へのダメージを第一に与える!

 

「ッッッしゃアッ!」

 

ミシッ…と、その両腕の骨格および筋線維に傷が入った所で、渾身の力によって上空へと放り出した。

直後、マーシレス自らもまた、ソレに追いつかんと大地を蹴って跳ぶ。

 

逆さまのまま宙を舞う、その一体に組み付いた。

右手と両足で、両腕を極め…そして左手で片脚をがっちりと固める。

 

 

標的となった哀れな人型一体をポールに例えるとする。

今のマーシレスは、さながらポールに絡みつくポールダンサーの様である。

 

「さあ――――」

 

そのまま人型の脳天を下に、瓦礫目掛けて落下する!

 

「――――耳、傾けろォ!」

 

 

――――凄まじい、轟音が響いた。

教会の大鐘が鳴らされたようなそれが、その一体の頭部が明らか無事ではない事を伝えている。

 

まあ…普通、戦いの〆に繰り出すような大技だが、この男にそんな段取りを行うだけの能力はない。

感覚と勢いだけが彼の戦術(タクティクス)なのだ。

 

それで今まで生き残り、あまつさえ指揮官まで務め切ったが…何にも限界はある。

 

 

「ッ!…!?」

 

周囲の敵影を察知し、続いて殲滅に動いた時――――それらがバタバタと斃れ始めた。

…何処からか、飛来して来た弾幕によって。

 

同士討ち…とは判断しなかった。

全く違う“銃声”が、響いているから。

 

 

考えるまでも無いだろう。

起きている事は、強化人間の力に頼らずとも分かる。

 

「あいつらっ、もう…!」

 

見えるのは、かつての戦友…そして忘れられない影一人。

彼らは瞬く間にマーシレスを囲い込み、銃口を向ける。

 

この瞬間、彼の「まあギリギリで全力疾走して逃げ切るか」という、紙切れの様に薄いプランは砕け散った。

そして気配を感じ、必死に目を逸らす

 

「とうとう捕まえたわよ。

大人しく武器を捨てて!戦いに来た訳じゃない!」

 

そう叫ぶのは、結果的に一番最初に辿り着いたカザハナだった。

マーシレスの加入時期の関係上、実はこの中でもカムイ並みに付き合いが長く、そして過去のやりとりから、大分深い因縁もある。

 

「こんなんして、戦闘じゃ無かったら何よ?

あー…大人しく殺されてってか?」

 

 

「やめてや、マーシレスさん。

あんた…こうでもせぇへんと、止まってくれへん」

まだだ、まだ見てはいけないと必死に

「ッ、モズメ…。

お前こんな事してる立場じゃ無いっしょ、もう…」

 

嘗て命を助け、今や白夜王国国王の正室にまでなった少女モズメ。

彼女まで前線まで来ていた。

 

「残念ながら非常事態なんや。

リョウマさんにも話、通してあるで」

 

「頼まれたんじゃねーの?

…断れよ、流石にお前でも無理だ」

 

恐らくマーシレスの武器庫より押収した、AR-15系列のモダンカスタム。

それをCクランプで構える様は、最早屈強な海兵隊と変わらない。

 

もう農村育ちの少女という面影は無いのだ。

…いや、出会って間もなくに、殆ど消えていた面影だが。

 

 

「…もういいだろ、なぁ、マーシレス。

何があったか知らねえけど…何で、何で相談もしねぇんだ!」

 

「ヒナタ。

お前…」

 

細かい服装や髪型は兎も角、印象自体にはあまり変わりのないヒナタ。

彼を指差すと…か細い声でその名前を呼ぶ。

 

「…セーフティかかったままだけ「今真面目な話してんだ!」チッ、このっ。ヒナタの癖に」

 

騙されやすい彼にしては冴えていた様だ。

…が、単に前日、同じネタをやられただけである。

 

 

「で、オーディン。大方お前バラしたんじゃねーの?

何となく思ったんだ…開けた大穴さぁ、随分不用心に突っ込むし」

出来れば関係者すら見たくない…こいつもギリギリだ

「――――あぁ、そうだ。

俺が勝手にバラしたんだ」

 

今度は逆に言葉を投げかけたマーシレス。

その相手であるオーディンは、臆せずソレに応じる。

 

多少強引、且つ突然であったにも関わらず。

 

「俺が全部言った…レオン様に。

正直…二人に何も言わなかった事、今でも後悔してる」

 

 

 

…返された言葉に、マーシレスは「あーっ、そう」と大袈裟に笑いながら反応した。

――――いや、目だけはずっと笑ってない。

 

「もっとマシな嘘つけ、ヴァーーーカッ」

 

「ッ…」

 

「ちゃーんと、話し合った上での行動だろ?

まあお前の懸念通り、俺がやろうと思えばソイツの効果はパッと消える…そして途端に選択が現れる訳だ。お前と、ラズワルドと、ルーナに。

――――故郷か、ここか」

 

「くッ…」

 

まるで人の苦しみを愉しむ悪魔のような表情で、オーディンの“勇気”を問い詰める。

結局のところ、彼はそう言う人間だったのだ。

 

最初は復讐のつもりが、とっくに抜け出せないまま引きずった性である。

 

 

けれども、その悪意を表す貌はあまりに苦しい。

もう皆、知っている事である。

 

この鴉は、敵を果てしなく憎み呪う。

けれど…それ以上に、身内を果てしなく甘やかす。

 

一度“そう”見てしまえば、借りに敵対しても…憎むに憎み切れない。

 

 

「――――そうだね、僕たちは裏切り者だ。

それは甘んじて受けるしかない、罰と共に」

…ダメだ、どうしても、意識がそこを目指そうとする

次はラズワルドだ。

構えていたセミオートショットガンを下ろし、目を伏せて語り続ける。

 

本気の本気で、説得しにかかって来ていると…マーシレスには分かる。

 

「あー、うん。

もう言わなくていい、なんか流れ的に分かったわ。

…俺がそう言う事する人間じゃねーとか、んな調子いい事ぶっぱなすつもりだったんだろ?」

 

「…それを心から思っている、からね」

 

「都合良い心だねぇ?俺の前科知らん訳じゃあるめーし。

まあそれが事実だとして、人の善意につけこむたぁ…お前らも随分大概じゃないですかーって…」

 

あまりに苦しかった、彼の嗤い顔。

徐々に…落ちる口角と共に、薄れ、曇る。

 

「…まあそうだよ。

なんだろうな、うん…この際言うわ、仲間と見るんじゃなかった。

――――なんか、ダメなんだよね…拒否しきれんわ」

 

淡々と語るような口ぶりは、急に「だから、さ!」と、元気を取り戻した様になる。

 

 

「正直な所…皆がここに集まってるの、すっげー罪悪感なんだ。

ただ単にウチの事業拡大の為にさ、まあビジネスチャンス?

その為だけになーんか、皆を勘違いさせちゃって…。

ま、つまりなんてこと無い!チョーゼツ俺個人の事情で…」

 

先の彼自身の言葉を借りれば“善意に付け込む”行為に出た…彼なりの方法で。

そちらがやったのなら、こちらも多少許されるだろうと…。

 

 

「――――あんたね、大概にしなさいよ

どいつもこいつも何なんだ、キッショいな…!

現実は違うらしい。

とうとう堪忍袋の緒が切れたルーナが、一歩詰め寄る。

 

「…は?

なんだよ、またカルシウム不足――――」

 

「何時までも、目を逸らせると思わない事ね。

このデーモン騒ぎだって、もう個人の話じゃない。

それと何よりあんたが無茶苦茶を長く引きずれないって、私やカミラ様、そしてベル――――ッ!?」

 

――――あまりに突然だった。

マーシレスが、銃口を上げ…引き金を引いたのは。

 

 

ばん、ばんばん…合計三発の銃声。

その全てが…割り込んで来たデーモンの殲滅に使われた。

 

あまりにシームレスにやるものだから、誰もが面食らった…元より、そういう事をする人間だと知っていても。

 

「――――お前こそ、いい加減にしろよ…!

人の気も知らねぇで…おいそれと綺麗ごとばかり。

…忙しいねえ?君ら本当に…そういう美化活動」

囀るな、囀るな、囀るな、囀るな、囀るな、囀るな

とうとう、彼の顔が…怒りに歪んだ。

誤って噛み締めた唇の、その痛みと血にすら気付かぬ程に。

 

極限まで力み切った表情が…この場にいる総ての戦友(てき)を見る。

 

「滅茶苦茶だよ…何も理解()かりぁしねーんだ。

――――もう止まらない、零れた水がコップに戻らず…その水が尽きるまで水車が回り続ける様に!」

 

遂には銃口まで向けてしまった。

尤も、この時は弾を込めていなかったのだが。

 

 

彼の得物は、三連銃身のブレイクアクション式散弾銃。

【トリプルスレッド】の名で知られる、近年登場した銃火器だ。

 

もっと詳細に言えば、狩猟に用いられる水平二連型のソレに、銃口を一本足したもの。

物理的に3発以上入らない。

 

そして先の銃声は三発…この銃から全て放たれるものだ。

 

 

「何より、お前らが一番ナメ過ぎてるのは…」

 

今この瞬間、漸くトリプルスレッドに弾を込めた。

常人ならウッカリ見逃しそうなレベルの早業装填だ。

 

…実は先の一瞬、この技でこっそりと弾を込めていたのでは?と思う程に。

 

 

その直後に、一本の注射器を…自らの左胸辺りに突き刺す。

 

「…お前ら全員、()り合いで俺に勝った事ねぇだろっ…!」

 

刺し傷から薬品が染みわたり…その周りがグジュグジュと歪み、蕩け始めた。

取り囲む、部隊の面々が警戒し出すが…もう遅い。

 

その蕩けた地点から…一本の、長い長い突起物が突き出た。

 

「ッッ…ぁア”…ッソがァ…ってぇな馬鹿野郎」

 

マーシレスは、自分から生えた突起物…その根元を握り、力任せに引き抜こうとする。

 

 

「ッ!?

何をしているの!やめなさい!」

 

ここに居る全員への――それこそマーシレスさえにも――危機を察したカミラは、先んじて動き出す。

 

けれども――――視線の先には既に、彼の姿は無い。

咄嗟に見渡せば…近場の瓦礫、その頂点に立っていた。

 

 

「…文明の利器で、随分調子に乗ったようで。皆様方」

 

「あんたがそれ言うわけ?

――――その“身体”の事情、もうあんた達だけの秘密じゃ無いのよ」

 

「ッ…。

ま、束でも構わンぞ?ハンデが不服なら…俺にも銃がある」

 

彼が挑発的に振るう、右手の得物は無論、先ほどの突起物だ。

マーシレス自身から生えたので当然だが…有機的なデザインをした黒い直剣。

 

それは、けれども昔に担いでいた彼の代名詞グレートソードに比べれば、棒切れに等しい。

だが、そこらの歩兵武装に比べれば、けた違いに取り回しが悪いハズの長剣。

 

 

結局始まってしまった、どちらにも望まれぬ戦い。

そうだ…弾丸は何かに当たり、拉げて転がるまで…破壊の力を持ち続けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 


「というかお三方、なんか里帰りに困って無かったっけ?」

レイヴン、聞こえますか?

あなたの名前、本当の…それがようやく分かりました。

「!?、マーシレス…どこでそれを」

【セレン】、これが本来の名前です。

「いや、まあ…ね。俺も異世界出身な訳だし。まあ困ってるならコレ使えよ」

…そうですか。

ええ、あなたはC4-621レイヴンであり、それ以上でも以下でも無い…。

「?、これ、は…?」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くッ…!(今回、比較的に暇なのはいいんだが…。

ベルカちゃんといい、トウヤといい、全く休まる気がしない…!)」

 

“黒い鳥”ジンは、余裕が無いとブーストチャージを多用する。

この事実を知っているのは…此処には誰も居ない。

 

長男の配偶者であるベルカも。

そして…ここの所、彼にべったりな孫娘スミカも知らない。

 

そこまでの関わりが、まだ無いのだ。

 

 

ファットマンが此処に居れば「随分荒れてんなぁ」と、や茶化しただろう。

おまけに「そんなに義理の娘と、孫娘が可愛いかい」とも。

 

其れさえあれば、彼の調子は戻っただろうか…。

 

――――いや、実力が発揮できない、という事態では無いのだが。

むしろ逆だ。

ジンが焦りのままに暴れ尽くす。

そのお陰で、他の戦闘員(ユニット)が“デーモン相手に”やる事が殆ど無い。

 

 

おかげで、一番重要な事に集中できている。

 

 

…彼が横目で見る先には、自分の味方達相手に暴れまわる倅――――マーシレスの姿。

ジンにとっては、これが初めて目にする…生身の彼の戦いだ。

 

無茶苦茶、意外の言葉は無かった。

身体から剣が生えた事*1に始まり、その剣でアサルトライフルの銃弾を弾くなど、片手間に行う。

 

3国屈指の剣豪らと、真っ当に剣戟を結んでいるのだ。

あの…運動音痴で要領の悪い、ボンクラ息子が。

 

一瞬、視界から消えたと思えば…全く違う、50m程離れた場所で再び暴れ始める。

だが、それも限界…とうとう壁際に追い込まれた。

 

――――かと思えば、次の場面でその壁に蹴りで大穴を空けている。

瞬く間に、そこから逃げ去って見せる。

 

最早常識的な事を数える方が少ない。

トドメにたった今、飛んで来た拳銃弾を左手で受け止めた。

 

これはどちらかと言えば、義手の性能なので何とも言えない。

 

 

…ここまでの力を、すべて財団の強化手術が出している。

 

ジンは表情を何処までも曇らせる。

傭兵の一人として、親として、そして…。

 

 

――――何もかもを忘れる為、目の前の犀型デーモンに八つ当たりをした。

先ずブーストチャージで吹っ飛ばした。

次に、ライフルの弾幕でボッコボコにして下準備。

最後にはレーザーブレードで溶断、活け造りと化す。

 

まあ、そんな哀れな犀型一体は、ジン共々一旦置いておくとしよう。

 

 

 

「せぇぇえやッ!」

 

「でぇい!」

 

「クッソッ…が!

――――ォらあ!」

 

大陸の恐怖そのものである怪人マーシレス。

…対して、同等に切り結ぶのはカザハナとヒナタの二人。

 

この夫妻は今や、白夜でも指折りの剣聖である。

 

そして…マーシレスの戦いを比較的近くで見て来た。

故に一つ、ちょっとした攻略点を二人は知っている。

 

 

…マーシレスという“一個人”の剣技は、決して大陸一では無いと言う事だ。

何なら中の上から上の中程度。

 

元が一般日本人の、陰気な少年だったと思えば、よくぞ鍛え上げたものだ。

 

彼の剣技は“一人で多数を相手にする”事を重点に置いている。

その為か、どうにもムラがある。

 

…集中に“切れ目”が存在するのだ。

 

本来は多数の目標相手に、意識を等しく適切に向ける技術。

何よりも元来、巨大な剣をぶん回すのだ…相応に隙など生まれる。

 

 

…とは言え、そんな隙を付けるのも、二人の技量あってこそだ。

一個人は兎も角、マーシレスと言う“兵器”は、そんなにヤワではない。

 

極限まで戦闘力を高めたボディと、それを120%のコンディションで操れる演算機構。

それらを崩すには、ただ強いだけではとても事足りない。

 

うざってぇ…ッ!

気持ち悪ィ…ッ!

弱点を悉く突きやがって、時代遅れ共がッ…!

 

緻密中の緻密…膨大な計算結果の中の、マイクロ未満…ナノレベルにも等しい縫い目。

それを、この剣聖夫婦は…より的確に突いている。

 

テクノロジーの産物による完璧に、見事食らいつき…そして超える。

 

 

絶対兵器マーシレスの演算には一つ、誤算があった様だ。

――――この世界の人間は、彼の世界のそれより…格段にフィジカル面で優れる。

 

次元の壁一つ隔てた先に、同じホモサピエンスがいる。

…多少可笑しい話だった、類似点より相違点の多い世界二つというのに。

 

 

 

そして最後の要因が、何を隠そう…今彼が持つ長剣である。

 

「へッ!上等!

戦争終わっても、いつまでも戦う気になってる奴よかマシだい!」

 

そのキチン質にも似た物質の剣は、意外にも軽い。

 

元より「機動性を殺さない装甲」として組み込まれた“機能”である。

それを緊急用に、変異を誘発する薬を用い、剣の型に形成。

 

そうして長剣は生まれる。

――――が、その“長剣”という形が、今回不利に働いた。

 

 

より長く、だが軽い剣。

…その“中途半端”が、マーシレスの剣技と噛み合わなかった。

 

先ず、彼の肉体再生は、物理攻撃の一切無視をも可能とする。

 

唯一…魔法攻撃だけがソレを阻害しうる。

だが未来を捨てた、当時の彼が気にする事ではない。

 

その前進する狂気から生み出される…爆発的な推進力

それを糧とする、ある奴隷騎士にも似た――――捨て身の剣技。

 

まるで剣による「からくり操演」にも似た戦い。

己をも剣とし、剣を主体として繰り出す攻撃は…外部の力では、制御困難。

 

 

けれども…その技には、剣の質量が要る。

厚く長く、そして重いグレートソードだから成し得ていた。

 

それは、この長剣には…到底賄いきれないものだった。

 

 

所詮は緊急用、そこから滲みでる“手加減”の気配。

そして…周囲多数の猛者たちによる、援護。

 

これがマーシレスの不利を、決定付けていた。

 

 

「――――喧嘩売ったな、テメェ…ッ!

殺しはしないが今後車椅子な!お前ぇ!」

 

「最初に喧嘩売ったのはッ――――のぁあッ!?」

 

マーシレスがヒナタの剣を蹴り上げ、その隙に距離を取る。

彼の長い長い得物にとって、ベストな間合いを得るためだ。

 

長剣は長さ故、密着状態では取り回しの悪さで後れを取る。

 

彼の化け物じみた俊敏さなら、いままでそれで何人たりとも生きて帰さなかった。

 

 

――――が、今回はそれは悪手だった。

今、ヒナタの手には銃がある…!

 

「貰った!」

 

短く切り詰め、ストックを排除したボルトアクション銃を構え――偶然に近いが――彼の胴体へ照準をきっちり定める。

 

引き金を引けばもう、ヒナタに分が大きく行く。

それはマーシレスが横振りを放つより、はるかに速い…あの強化人間の力に物言わせた、神速の横薙ぎよりも。

 

 

――――そのハズだった。

突然の事だった…ヒナタの銃が破壊され、弾けた衝撃でその手より遠のく。

 

「…早撃ちで負けるかよい。

剣と魔法の世界の、住人にッ!」

 

いつの間に出したのやら…マーシレスの手にも大口径リボルバーが握られていた。

 

…そうだ、剣を振るう速度も速ければ、銃を抜く速度も速い可能性もある。

余裕がある時なら、ちょっと考えるだけで至れただろうが…まあ、こんな切羽詰まった戦場では無理があっただろう。

 

 

因みにこの直後「あっ…(そういやヒナタだし、別に当たる弾なんか出ないか)」と、態々貴重な劣化ウラン弾を用いてまで、銃を破壊した事の無意味さを思い出したマーシレスは…多少苛立った。

 

 

「ッく!

ってぇー!」

 

痺れる手を抑えるヒナタ。

しかし咄嗟の判断で追撃に備え、痺れていない手で刀を握る。

 

次いでカザハナが、夫のカバーへと回る。

 

 

だがマーシレスは、もう二人には目もくれず、そのまま別の所へ跳びあがった。

何もヒナタとカザハナだけを相手にしている訳では無い。

 

そして、殺したくも無い。

 

 

「――――バレバレだ!ツバキっ!

俺に不意打ちは…!」

 

「もちろん、承知だよッ!」

 

「ッく…(ツバキもツバキで、一撃の軽さを銃で思いっきり補えてる分タチ悪ィ)」

 

空駆ける天馬、ソレに跨るツバキは、地上のマーシレス目掛けてSKSによって数発の威嚇射撃を行う。

 

…因みにマーシレス相手で威嚇射撃を行う場合は「手か足、最悪頭でも小銃弾で命中させる気で撃つ」事である。彼らが強化人間というマーシレスの正体を知った以上、それは適切であるだろうし、仮にそうでなくても、目の前の男の人外性を知ればこそ、それが間違いとは判断しない。

 

 

「ッ倍!返しだ!」

 

天上より迫る弾幕を、これまた長剣でぐるりと弧を描いて弾き切る。

すると、次はマーシレスが――至って正常な意味の――威嚇射撃を開始した。

 

「さァ踊れよ!踊って見せろよ!

お前のスカした優雅さを、生きてる内にはもう一回無様にしてやりたかった!」

 

「僕の事“割と泥臭い方”って言った人間の言葉とは…ッ!思えないなー…!」

 

それを、ツバキは臆することなく、弾幕の中を突っ切る――――等とはしなかった。

 

流石に距離を取った。

そう言う狂気を平然と発揮できる面子は、(強化人間の力という保険がある)マーシレス以外にも居る事は居るのだが…ツバキはそうではない。

 

寧ろ彼は“定石”を十全に使いこなすタイプだ。

変な例えをすると、言わば「訓練で無茶しないウルトラセブン一門」みたいな感じである。

 

だから距離を取った、普通に。

そりゃそうだ、何を言わずとも「短くて取り回しに優れる拳銃」を相手する「長くて命中精度と射程に優れるライフル」は、距離を取らなければ始まらない。

 

 

問題は相手が「一線を踏み越えたウルトラマンタロウ一門」みたいな奴である事。

戦場でどんな無茶苦茶を繰り出すか、分かったモノではない。

 

ぶつかり合った時、定石が上振れする時はとことん上振れるが、同じぐらいに下振れも酷い。

可能性(ポジビリティ)は案外五分と五分…50%は、当たる方からすれば必中とほぼ同義である。

 

誰が言ったか「ポジビリティなんて言葉が出たら、それは必然」と。

それは最早詐欺師の言葉に相応しい。

 

 

――――だから対策するのだ。

 

「ぉおおおおおお!!!」

 

「んなぁ!?

る、ルーナ…(馬鹿が!まあ突っ込んでくるとは思ったけどさ!)」

 

弱点を補い合うパートナーとの二人一組という、これまた“定石”で。

…定石とは、それが最も効率的であるから定石なのだ…使い勝手が良くて、強いから、誰もが使う。

 

 

短機関銃による二丁持ちで弾丸をバラまきながら、ルーナはその馬をも越しうる俊足で、マーシレスへと最接近する!

 

「ちぃ…!(結局コレかよ…加減効くか?)」

 

この弾幕への対策として、彼は全身の各所より、黒い繊維の様なものを飛び出させる。

 

…繊維たちが急速に束ねられ、一つの装甲になると、マーシレスは黒い戦闘服のようなものを纏っていた。

近未来SFで見られるような、人工筋肉を伴った、タクティカルな外見のものである。

 

 

其れに弾幕が着弾すると、その悉くを弾いてしまった。

 

――――それでもルーナは突撃を止めない。

彼女にとって違いは「弾丸を全弾弾かれる」か「銃創を片っ端から再生される」かの違いでしか無かったのだから。

 

短機関銃を打ち切る前に投げ捨て、二丁拳銃に切り替えた。

ガバメントの二丁持ちだ…先の短機関銃に使われていた9×19㎜(パラベラム)とは違う、45口径(フォーティーファイブ)の大口径。

 

先程よりもストッピングパワーの面で、何かを期待できるかもしれない。

 

 

…実際の差異は実の所、人が気付く程には無いと言われているが。

 

「ッ!」

 

彼女が先んじて引き金を引く!

放たれた45口径の弾は、しかしマーシレスの反射神経の前には遅すぎたようだ。

 

かなりの近距離で放たれたにもかかわらず、彼は身体を左右に振り回し、その弾幕全てを避ける。

 

「無茶苦茶なッ!」

 

「どうせ想定内だろっ…!」

 

「ええそうよ!」

 

もうルーナは止まらない…勢いのまま、渾身のタックルを解き放った!

 

「んほいッ…と!」

 

しかしそれは、何にぶち当たる事もなく、虚空を切り裂いた。

マーシレスはタイミングを読み、そのまま飛び去るような大跳躍で、彼女の背後へと軽々と回った。

 

着地と同時に、彼は得物のリボルバーを構える。

この頃にはルーナもまた振り返り、右手でガバメントを構えようとしていたが…明らかに間に合っていなかった。

 

「また俺勝っちゃったわねぇ、ルーナ。

――――お座り」

 

「お断りッ!」

 

降伏勧告を跳ねのけ、彼女は不意打ち的に“こっそり拾っていた”短機関銃のトリガーを引いた。

 

反動で無理くり持ち上げた銃口と、マーシレスが重なる瞬間…流石の彼も面食らう。

…尤もこれは、自身が戦闘服を既に纏っていた事を忘れていたからであり、もし覚えていたら躊躇は無かった。

 

 

「ッソが!

――――コイツでもッ」

 

…まあ、躊躇が無くても、結果は変わらなかったかもしれない。

 

「させないよ!」

 

「ツバキィ!」

 

ルーナの後ろから、ツバキが援護射撃を行った。

 

「うぉ、お、おぉおおおッ!(ヤバいヤバいヤバい!今のアーマー、急に纏ったからライフル弾ける程の厚さ無ェ!)」

 

緊急展開故の不備に焦りながら、彼は弾幕に背を向けて走る。

多少、横へのステップを交えながら。

 

 

――――この瞬間、ある違和感を覚えた。

 

「…?(あれ、コレ…俺、誘導されてね?完全に)」

 

今までコンバットハイが邪魔して考えが至らなかったが…此処までの相手の行動は、完全にマーシレスの誘導する意思が見え隠れしている…結構露骨に。

 

彼はてっきり「足止めからの捕縛」を狙っていると勘違いしていた…が、今ようやくその可能性を見たのだ。

 

 

彼は怒る「雑にハメやがって」と。

そして…口角を思い切りつり上げて、嗤った。

 

「ま、もう乗ってやらねえもんねぇ…そんな作戦!」

 

瞬間、彼はその場で素早くUターン!

この時義足(あし)は、まるで稲妻を描く様。

 

…つまるところの「逆関節型」じみたものに変形していた。

 

――――そして、疾走(はし)る!

速度は、これまでの物とは比べ物にならない…馬やドラゴンはおろか、ACですら半端な重量帯のアセンブルでは、まるで追いつけそうにない程だ。

 

 

「ッ!

まだ、あんな機能もってたんだー…!」

 

「いいから報告よ!

――――こちらルーナ、抜けられたわ。でも思ったより全然速い!注意して!」

 

無線に怒鳴るルーナと、その横で茫然としているらしいツバキを尻目に、マーシレスはどんどん距離を広げる。

 

「ッハ、どうやら今回カムイはお留守だったようだなーっ!

フェリシアとよろしくヤってんのォ?ねえ!」

 

聞こえもしない安い挑発を投げかけつつ、彼は旧透魔の散り散りな地形を駆ける。

浮遊する地面から地面へ、そして壁をも駆け、浮く岩を蹴って跳び去る様は、傍から見れば爽快感溢れるものだ。

 

 

 

 

 

――――そしてまた気が付いた、「あれれ…」と。

 

「…。(普ッ通に、カムイが不在ってありえなくね?さっきはあー言ったけどさ、普通にこんな時まで腰振ろうとする奴じゃねーだろ、俺じゃあるめーし。

というか、あのドラゴンキングが居ないとして、指揮官クラス全員不在ってのも可笑しいわい…ってか、元王女とヒノカ、そこにいるし)」

 

そしてまた思い至った「あの面子がこんな雑に追い詰めるか?」と。

特に彼相手に、である。

 

「まさか…。(俺の“扉”の件も見抜いてんなら尚更だろ…そんな無策で来る奴だったら、あの戦争のどっかで全滅の憂き目にーって…まあ、首脳陣全滅したループとかありましたけどね。あん時ぁマジでホンマ…うん。

というかさっきのルーナ、なんか可笑しなこと言ってたな「抜けられたわ。でも思ったより全然速い!注意して!」…か。文脈可笑しいのは、俺みたいに焦って変になったとばかり思ったが)」

 

訝しむ心に従い、マーシレスは周囲を見渡す。

――――何もない、そう何もない。あんまりにも、不自然に。

 

 

…いや、よく見れば誰かいる。

レオンとそのズッコケ取り巻き二人組(ゼロとオーディン)だ。

 

「(あ、あの裏返しグラビティ、やっぱ居るのかよ…うわー、なんか見たくないモン見て…)。

…あれ、重力(グラビティ)

――――――――あっ」

 

…やべぇ。

マーシレスがようやく感付いた時、彼らの大掛かりな準備は実行一歩手前だった。

 

 

ずどん、と…この世界のホロウアースたる旧透魔、その全てを揺るがす轟音が、今鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――…ハ”ァ”。

何、とか…なってくれた…か」

 

濁音が付く程の、強烈なため息を吐くジン。

それもそうだろう…何せ、本作戦一番の懸念点が、一気に解決したのだから。

 

「にしても。

…成程“グラビティ・マスター”か…本当だな」

 

カメラ越しに見えるその“魔結界”は、その内部で某戦闘民族の重力室もかくやという超高Gで溢れているのだ。

 

 

この、マーシレス専用の捕獲装置とも言える結界は、レオンの神器【ブリュンヒルデ】単体のモノではない…。

 

重力の出所こそブリュンヒルデのみだが、それだけでは結局マーシレスには振り切られるという“演算結果”を受け、最近めっきり裏方仕事になった魔法職のスペシャリストを再び前線へと駆り出した。

その結界一つの為だけに。

 

中でも、スミカが最も作戦への貢献を見せていた。

昨年【異界由来の電子装置による魔術・呪術類の制御論】という論文を出し、大陸にて己が名を轟かした彼女は、その“異界の知識”と“近年の研究”を遺憾なく振るい、一晩でブリュンヒルデの「重力装置」としての完成度を、遥かに高めてしまった。

 

まぁ…それが原因で過労死寸前となり今回、前線には居ない筈である。

遺言(仮)は「もうお国の仕事や()ぁ…やーなのぉ…」だった。

 

 

何はともあれ、とっくに周囲のデーモンは殲滅してしまった。

暇になったジンは“万が一”に備えるのも兼ねて、件のレオンらの元へと向かう。

 

「…レオン殿下。

作戦は成功、と観てよろしいですね」

 

「あぁ…そうだ。

スミカには感謝しないとね…無論、君にも」

 

「そんな…勿体ないお言葉です。

――――あまりにも、勿体なさすぎる

 

ジンとしては、暴走する()()()をほぼほぼ無償で止めて貰った事を、自らこの【燃ゆる一角獣(パイロユニコーン)】を降りて首を垂れ、心からの感謝を述べに行きたかった。

 

 

其れは兎も角…と、今度はその息子――――マーシレスに目を向ける。

 

「…木星レベルか、それ以上の重力下で…まだ立っていられるとは」

 

彼の言う通り、マーシレスはその結界内の重力下において、未だ身体を伏していなかった。

しかし立ち尽くすのみ、動く事はどうにも難しい様だ。

 

「普通の人間なら、全身がぺしゃんこの筈だけどね。

――――ジンさんも気を付けてくれよ、ACでも無事は保障できない……ッと、無線?」

 

不可解なタイミングで、レオンの無線に呼び出しがかかった。

もうすでに作戦実施後のやり取りを終えて、後は囲い込みの完了及びマーシレスの身柄確保を待つだけだった。

 

こんなタイミングに掛けて来るのは…伝令含めて誰も居ない筈だ、どうにも緊急事態が起こっている空気も無い。

不審に思いつつも、彼は応答を試みる。

 

 

「…此方レオン、要件は何だ?」

 

『…は、ハハハ。

いやぁ、こりゃ参った。まあブリュンヒルデだし…って思ってたら、そうか…何だっけ?【異界由来の電子装置による…――――】えっと、アレだよ、ウチのスミカの論文』

 

「ッ!?

ま、マーシレス…!?」

 

「何だって!?」

 

無線の送り主は…なんとマーシレスだったようだ。

彼の身体は、一切動いていない様に見える…が、その身体の中に“何”が入っているかを知った彼らは、あまり驚く事も無い。

 

「トウヤっ…お前」

 

「…何だい?負け惜しみかい?

命乞いだったりするのか?なら安心するがいい、命までは――――」

 

『――――ねえ、俺がそんな素直だった事あったっけ?

闇夜の空にて一番星が如くに青白く冷たく輝く、偉大なる暗夜第二王子レオン殿下?』

「うぉおっ、今のかっけーな」「おいオーディン今それどころじゃ――――」

 

厭味ったらしい肩書を付けてレオンを呼んだマーシレス。

彼からじゅるりと…唐突に、勢いよく「黒」が生えた。

 

 

――――墨汁をしみこませたように、黒くてぬめりのある、蛇のような何か。

其れは以前よりマーシレスが【グラップルテンタクルズ】と呼んでいた物体。

 

…だが、この世界において其れは、大昔より別の名で呼ばれていた。

 

「【悪魔が差し伸べる手】か…。

名だけはよく聞くが、実物を見るのは初めてだ」

 

「そうね。

私も久しく見て無かったわ」

 

レオンの隣にいたニュクスが、彼の言葉に同調する。

 

…彼女の夫であるツクヨミは内心、そのまた傍で慄きつつも、表情に出す事は無い。

もう子供では無いのだから。

 

その縹渺とした様子のまま、ツクヨミは口を開く。

 

「確かに、アレはあらゆる魔法や呪を打ち破る力を持っておる。

だが――――」

 

「――――あれが実用出来なかったのには…訳がある」

 

「ああ。

長くは持たないし、力もそんなに出ないだろうね…アレは“心を持って行こう”とする」

 

レオンが言及した通りにグラップルテンタクルズ…もとい【悪魔が差し伸べる手】は、操り手の精神に重大な悪影響を与える。

 

それは精神力によって操る以上、その魔物と精神的に繋がる事になる。

繋がっている間、その手は心を掻き乱しにくるのだ。

 

この副作用によって、古来より何人かの魔術師…或いはそれ未満、魔術を聞きかじった素人が発狂し、死に至った。

或いは、死ぬより酷い目にあったとも。

 

 

――――余談だが、そんな誰も使わないマイナー魔術が何故そこそこに有名なのかと言うと、何故か創作界隈において、妙に引っ張りだこなのだ。

 

…ほとんど、というか全部いかがわしい創作物ではあるが。

まあつまり異常性癖(触手責め)系のエロ同人誌でやたら使われる、と言うことだ。

 

尚、ちゃんと知識のある魔術師は皆「そんなの実際やったら、挿入された側がバラバラになる」と返すのがお決まり。

 

 

「…正直言って、マーシレスの精神は不安定で脆い(魔防は低い)わ、あまりにも。

肉体の強度が関係ない以上、常人よりも使用時間はみじか――――」

 

そこまで言って、ニュクスの口が止まった。

彼女はこの時思い出していたのだ…今この重力結界の為に用いた、スミカの論文を。

 

「…第六百二十一頁、【精神操作を用いる術における、人工知能の有用性】」

 

「【人間的精神を再現するプログラム類の例】。

――――奴のバックにいるのは財団だ。公になった論文程度、内容を知るのはきっと…訳ないだろう…!」

 

つまり…その【悪魔が差し伸べる手】は、人工知能(AI)によってローリスクの制御が可能、と言う事だ。

 

理論が確立された以上、再現できない財団の科学力では無いだろう。

 

 

「待て待て待て!

それでもまだ可笑しいぞ!」

 

しかし此処で、ツクヨミが待ったをかける。

 

「確かにあの魔術は、その項目に代表例として挙げられておったが…しかしだ!同時に「その為に必要となる演算能力を得るために、平面面積にしてクラーケンシュタイン城の8分の1程の施設が必要となり、携行による実用に適するとは言えない*2」とあったではないか!」

 

そうだ、ローリスクであろう、ローコストではない。

寧ろハイコスト…その結果得られる効果からして、ローリターンである…はずだった。

 

 

「…マーシレスの身体各所には、あの“扉の大穴”が微小レベルであちこちに開いている。

もし、その穴が…その「クラーケンシュタイン城8分の1」の施設、そこにある…確か“スーパーコンピューター”とかいうのに繋がっていれば」

 

「携行運用は、当然可能…ッ!!!

包囲・確保部隊は――――クソっ、間に合わない…!」

 

レオンが改めて、マーシレスを見ると…とっくにその黒い触手を用いて、魔結界をバラバラに引き裂いていた。

高重力から解放された彼は、その気分の晴れやかさを…両腕を広げて体現する。

 

『…第二王子、この無線の意味を…改めて教えてやるよ』

 

マーシレスからの無線が、再び響く。

 

――――テメーに「ザマミロ、ヴァーーーカ」って言う以外に無い!

この、法衣が!ギャグの!裏返し!グラビティ!殿下!がよぉ!

 

今の捨て台詞に、どれだけの不敬罪が含まれていたことか。

それだけ言って彼は、その触手を用いて高速移動を開始した。

 

しかしレオンはソレに憤るだけの余裕はない。

 

「ゼロ!予備の結界展開地点は!?」

 

「既に準備が完了しています。

しかし、間違いなく馬では間に合いそうに…」

 

「レオン殿下!此方へ!」

 

ジンがあらん限りの声で叫び、呼ぶ。

それにレオンが反応し、振り向けば、そこには右手を差し出す、完全武装解除したパイロユニコーンが居た!

 

「間に合うのかよ!?」

 

「乗り心地以外は保障できるぜ!

…さあ殿下!早く!」

 

ゼロの疑問にとっとと答え、彼は催促する。

最早一刻の猶予を争う…それを判断したレオンは、一角獣の掌へと飛び乗った。

 

「しっかり掴まって!」

 

システムをスキャンモードへ変更、そしてグライドブーストによる最高速での疾走で、瞬く間にマーシレスとの距離を縮める。

 

 

「ッく…!(なんて速度だ…!飛行兵のそれとは訳が違う…!)」

 

強烈な風圧に、不安定な座りで耐えつつ…レオンは走り去るマーシレスから目を離さない。

 

「予備地点のブリュンヒルデ使用ポイントまであと少しです!

用意は!?」

 

「もう万全だ!」

 

ブリュンヒルデを持ち、魔力のコントロールをレオンが始めたその時だった。

 

 

――――もう、今日だけでどれだけ驚けばいいのだろう?

マーシレスの背中には、いつの間にかガラス質らしい板状の何かが数枚、生えていた。

 

これが“虫の翅”である事を理解するのに、皆そう時間はかからない。

 

「嘘だろ」

 

この呟きの後――――マーシレスは、飛んだ。

 

 

()()()、ではなく、()()()、である。

 

「ここまで何でもアリだと、もう――――」

 

「――――それより、あれじゃ結界は届かない!」

 

そうだ、結界には範囲に限界がある。

今回は展開速度と出力を高める関係で、広さはそれなりに確保した分、高さをかなり切り詰めてしまった。

 

こうも自由に飛ばれては、結界は完全完璧に無力であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ~暫く前(一年以上2年未満)、日本国にて~

 

「…だーれだ」

 

「――――ここで俺に、こんなくっだらねぇ事する奴は…ッで」

 

「やーい!引っかかったー!

ほんと、相変わらず馬鹿でよかった」

 

「ねえこの指噛み千切っていい?」

 

「冗談だって、本気にする事ないじゃない。

――――ま、久しぶり。トウヤ」

 

「ああ、マジで久しぶり。エレーナ」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャハハハハハ!バーカバーカ、ヴァーーーーーーカ!

べぇつに?ツバキとかはどうでも良かったしぃ?

なんなら3回くらい飲み屋で奢ってもらった恩を仇で返して悪いなーとか思いましたけどぉ!

…でもあのマスター靴下(裏)だけはもう鼻の穴明かしたりたかったわよねぇ!いやぁ愉快愉快!」

 

態々口にまで出して語るんだぜ?俺があの第二王子のこと、どれだけ大好きか分かるだろ?

 

 

…まあ、それはともかく、だ。

今回の戦闘初っ端に使った、変異の誘発剤がまだ残ってて、本当に助かった。

 

あの重力結界が出て来た時は本当に焦った。

いくら魔法無効・打消しのグラップルテンタクルズがあると言っても、そんなに連発できる使い方では無い。

 

 

というわけで次を考えなくちゃいけない。

…本当に、次はどうする?カムイ達が深入りする前に、さっさと手を打つ――――と言ったって、その為のタスクが本当に多い。

 

加えて、まだカイザーは動かせそうにない。

無茶な穴の開け方したのも悪いが、焦りで運転をミスして、変なぶつけ方をしたのも致命的だった。

 

 

どうする、本当にどうする。

まだ先の興奮が残るせいか、まともな判断が下せそうにない。

 

仕方がないので、この問題は一度…どこかに身を隠してから考えるとしよう。

そう思った時になって、こっそり持ち込んで来た、開閉式のゴミ箱の蓋の存在を思い出した。

 

「…ありゃ(真っ二つだ…あの重力下だったしなぁ)」

 

しかし、取り出して見れば、どうも安いプラ製だったのが悪かったみたいで“扉”として機能しないレベルで破損していた。

 

 

やはりまだ、空の旅を続けるしかない様だ。

追手はまだ居る…蝶型のデーモンはカス程しか居ないが、どうも飛竜系に天馬の類はしょっちゅう見かけるのだ。

 

それらと、後は逃げる先をさっさと見つける為、強化人間のサーチ機能全開で周囲を探る。

首も目玉も、せわしなく動かしながら。

 

 

――――だから、それを認識してしまうのは当然の事…だったのだろうか。

先程から見ない様にはしていた、見てしまったら…きっと、今どうしてもそこへ駆け寄ってしまう。

 

だから必死だった訳だ。

けれども…そうだったのだろう「いつまでも目を逸らせない」というのは。

 

誤魔化しが効かない…ずっと分かってた。

いや、分かってたら………うん、結局どうだったのだろうな?

 

 

今の気持ちを例えるとすれば――――急に心臓を握りつぶされた、そんな気分だ。

ひんやりと冷たい、絶対零度の手をした誰かに。

 

「ッ…!?!?」

 

ありえない物を観てしまった。

そんな筈はないんだ、そんなミスが起こる筈が無い。

 

ベテランだぞ、それも第一王女直属の精鋭…!

そしてなにより…アイツは暗夜の裏じゃ、誰も追い付けない程の始末屋だ。

 

なんで…――――。

 

 

「…ベルカ!?」

 

何でお前、飛竜から…落ちている?

 

 

周囲にはデーモンはいない、親父と俺が殆ど狩り尽くしてしまった。

先も言ったがアイツが飛竜の背中から――それも何も無い様な時に――うっかりケツを滑らす間抜けでもない…俺と大違いで。

 

しかし、だ…100%ではない。

最低でもコンマ以下数十桁でも、そのしょうもなくて致命的な不発弾(ミスファイア)は、可能性としては必ず存在する。

 

可能性、ポジビリティ…ああそうだ、こいつは詐欺師の言葉だ。

確定した事象を「無い」と思わせる…余りに厄介な詐欺師。

 

 

――――仮にそうだとして、何がアイツを焦らせたか…俺だ、俺のせいだ。

話し合うべきだったかもしれない、互いの悩みと苦悩をしっかり打ち明けなければいけなかったのか。

でなければ、彼女はあそこまで疲弊する事になる…そして今、手遅れになった。

 

 

間違っていたらしい。

俺は確かに、この世界の特異点だった…それも、よくない方に作用するタイプの。

本当は存在してはいけなかったのだ。

 

もし平行世界の集まりを“葡萄の木”に例えるとしよう。

その一粒を“一つの世界”と見て、オーディンとかの3人は“同じ房の、別の粒から来た要素”であり、俺は“違う房の粒、あるいはまったく別の木の葡萄の要素”だった。

 

あの“群知能”に接続して分かった事だ。

 

 

だから消えたし、消した。

それで世界は…正常になる。

 

あいつ等が、俺が齎す混沌に晒されなくていい…まだ平和な世界。

 

そのハズなのに、この現実は?どうやら「一度生まれたものは、簡単には死なない」らしい。

…そりゃそうだった、遅かったんだ。

今の世界を見るがいい…あの数々の銃火器、それらは本来この世界の人間が持つはずが無かったのだ。

 

無駄だった…それだけだ。

 

 

もし今、状況が緊迫していなければ、俺は何時もの様に癇癪を起した事だろう。

どうしてだよ…こんな結果に二度とならないようにと、俺は一人で戦っていたのに!

 

駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ、ダメだ!

早く、早くドラゴン呼び戻せーっ!ベルカッ――――!」

 

ああ、思い出した…!

彼女なら一回竜から落ちても、そのまままた呼び戻して再搭乗するという曲芸ぐらい訳がない。

 

でも、それが出来ていない…気絶しているのか?

兎も角俺は、何を考えるより先に身体を動かしていた。

 

 

俺の方だって、落ちる人間を…この飛行状態で救助するくらい簡単だ。

そう考えた通りに…ベルカの救出はさっさと完了してしまった。

 

彼女を空中で抱きかかえ、翅を用いて減速を行う…急な負荷が掛からない様に、徐々に、徐々にと。

 

 

あまりに集中したもので、一瞬一瞬が無限の時間にも思えていた。

その体感で“途轍もない長時間”をかけて…ようやく安全な速度域に達した。

 

ほっ、と…もう本当に、文字通りこのような擬音でも出してしまったくらい、明らかに安堵をしてみせた。

 

 

――――直後の事だ。

がちゃり、と…何か金属が噛み合う音がした。

 

何が起きた、と思って音の発生源…俺の左手付近に目を向けると、その左手首に手錠が嵌められていた。

 

見覚えのある手錠だ…確か、家でアイツとそういうプレイがしたくて、あのキャッスルの牢獄からくすねた奴だっけ?

…最悪な理由だが、これが事実なので仕方がない。

 

 

んで、手錠と言うからには当然、もう片方の手に嵌める“輪”がある。

本来は、人には二つの手がある。

 

こちらの輪の在り処を、鎖伝いに追っていくと…ベルカの、彼女の右手首に繋がっていた。

 

「ッんな…バカな…!?」

 

ぎょっとした表情のまま、思わず彼女の顔を覗き込んでしまう。

――――その、余りにも哀しそうで、悲しそうで…俺の心が、動けなくなる程痛む、その表情を観てしまった。

 

ついに見てしまった…自分の限界を、知っていたのに。

 

「…ごめん」

 

彼女がぼそりと、謝罪を告げる。

 

まあ、その――――詰まるとこ、彼女にハメられたらしい。

俺が周囲を見回しているタイミングを見計らっていたのだろう、それも焦りながら。

 

そういう俺の余裕の無さなら、彼女は手に取る様に分かる。

んで、そのタイミングで先ほどの()()()()…そうだ。

俺なら、いの一番に助けに行く。

 

 

彼女は確実にそうだ、と踏んでいたに違いない…俺を止めたいばっかりに。

俺の限界に気が付かないベルカじゃない。

 

きっと今まで追いかけなかったのは「その方がいい」と思ってくれただけで…今までその気になれば、間違いなくこうして簡単に俺を捕まえたのだろうか。

 

 

そして俺は…今みたいな作戦が来るとは、実の所…想定していた。

当たり前の様に行われるだろうと、彼女ももしかしたら形振り構えなくなってきているんじゃないかと。

 

でも…対策までは、思い付けなかった。

対策と言ったら…ベルカを拒絶するような、そういうやり方ばかり。

 

実行できるか?と聞かれれば…質問を言い切る前に、俺は「NO」を突きつけるだろう。

 

「でも…」

 

彼女が、腕の中で俯く。

 

「やっと…。

やっと、私を見た…」

 

彼女の額と、俺の胸が密着する。

バンダナと、外骨格装甲を間に挟んで。

 

 

 



 

【明日世界が終わるなら】

  歌:中島美嘉 作詞・作曲:杉山勝彦 編曲:河野伸

 

明日世界が終わるとしたら

君をこんな風に抱きながら眠りたい

 

当たり前だと呼べるものほど

きっと愛しいから悲しいよね

 

眠る君 いつまでも見てる

 

「愛してる」って伝えるほかに何ができるの

残された時間があるなら

君をきつく抱きしめてたいよ



 

 

 

 

 

 

 

 

 

かちかち、かちかち…と、何度も軽い音を立てるのは、俺の歯だ。

加速する罪悪感に震えて…噛み締める口が、なかなか噛み合わない。

 

言葉さえ発する前に、ただ吐く空気として通り抜けてしまう。

 

「ハッ…ハァ…ッ!

そ…そん、な…!」

 

――――やめてくれ!何でお前が、お前が!

俺が悪かっただろ、なあ…やめてくれよ!本当に!

お前にこんな事を言わせたくて、こんな顔をさせたくて…そんな訳が!

 

言葉にならなかった、幾つかの叫びが…自分の弱い魂の中で反響し続ける。

どうして何時もこんな結末になるのだろう?まるで俺だけが、その権利を持たないみたいに。

 

 

今まで何も、上手く行ったことが無かった。

そして今日も…何故俺だけ、それが赦されない。

 

報いか?これが。

そう思い始めると、頭から「ごめんなさい」と「許してください」がずっとこびり付く。

 

 

 

――――その油断が、動揺が、最後に残った蝶型を…今まで見逃していた。

 

「ッ!?

危ねッ…!」

 

咄嗟にベルカを庇い、俺の背であの翅の刃を受けた。

当然、肉は切り裂かれたが…背骨までは達する事は無かった。

 

「ッ!?

マーシィ…!!!」

 

危なかった…流石に背骨をやられたら、俺も不味い。

 

だが…ここで俺自身の翅が破損してしまう。

ホバリング状態の維持ができなくなり、不安定な機動を描きながら、その中で…彼女だけはどうにか守り抜けるようにと、きつく抱え込む。

 

もう地面が近い…どうにか残った翅を使い、俺の背中から落ちる様に調整をする。

 

 

そして…気が付けば不時着直前であった。

 

「ッぐ!」

 

不時着、今。

とっくに効果時間が切れかけていた翅は、ドロドロになって地面に塗り付けられ…そして俺達は、勢いのまま滑り続ける。

 

 

ふと、後頭部が浮く感覚がした。

――――しまった、崖際に着地してしまったようだ。

 

とっさにベルカを、投げ捨てる様に崖から遠ざける…が、何かに引っかかってしまった。

先の手錠だ…こんな時に!

 

「クソッ――――あ」

 

「ッ!?」

 

俺は崖から完全に投げ出され、そしてベルカはギリギリのところで踏みとどまる。

今にも落ちそうな俺を、その小さい身体で、必死に引っ張り上げようとしながら。

 

「ッ…っく!あぁ…ッ!」

 

脆い地面に滑り、彼女まで落下に巻き込まれそうになる。

見ていられなくなって、彼女を遠のける様なジェスチャーを行う。

 

「や、やめろ…止めてくれ!!

もういいってッ!俺の体重知ってんだろ!?」

 

相当無理な姿勢で、鋼鉄製の義足と義手がまとわりついた170㎝前後の成人男性一人を支えているのだ。掛かる負荷は計り知れない。

 

…俺は、義手の留め具に手をかけた。

するとすかさず、ベルカが「駄目っ…!」と制止する。

 

「もう…逃げないでッ。

またっ…離れたらッ…」

 

「やだ、まだ帰れないよ!

――――…言ったろ?帰っていてくれって。戻れるから…って、そしたらまた…ねえ!」

 

「…あなた一人で、戦わせられないッ…!」

 

「ぁあああッ!クソ!」

 

尚も引っ張り上げようとする彼女を見て、正直決心が付いた。

…いや、決心なんて格好いい言葉使っちゃいけない、ただ単に…彼女の献身が見ていられなくなっただけだ。

 

何年も自分を置いて来た男にする事じゃ決してない…縁切りしても、彼女は何も悪くない。

俺もそう思うし、周りだってきっとそう言って来た筈。

 

 

…俺だって正直な話、もう少し彼女の――どんなに遠くたって――半径30㎝以内には居たかった、けれども…やはり、まだ終わってない。

 

「…ベルカ」

 

「ッ…?」

 

「…これで、俺を嫌いになるんだったら…多分、それでもいい。

でも」

 

言い出せ、次の言葉を言い出すんだ。

 

 

「…悪い、やっぱ、無理だ」

 

ああ、やっぱり情けない。

自分への嫌悪感が止まらないまま――――俺は、義手を切り離した。

 

 

「………嘘。

マー、シィ…――――ッ」

 

 

 

――――マーシィ!

呼ぶ声が、何処までも遠くなっていく。

 

或いは…俺の幻聴か。

 

 

 

 

そして遠のけば遠のく程…今更の覚悟が出来上がっていく。

 

そうだ、終わらないのだ。

放たれた弾丸は、何かを壊すまで止まらない…それまでずっと飛び続け、野ざらしになったとして、いずれ来る衝撃でまた何処かの何かを破壊しに行く。

 

俺は一発の弾丸。

持ち帰るのは“命”ではなく“戦果”だけ。

 

 

 

 

 

 

 

*1
これは他の仲間も想定外だったが

*2
要約




すげえ、大体8000文字くらいで終わらせる筈の話が、こんなに伸びてた。
いやあ…久々に筆が乗るともう、すごいね本当に。

どうでもいいけど今回透明文字あるけど、歌詞使った関係で見るのに一工夫必要なので、ハイ。



ナニカサレタ男のマーシレス周りの人間関係表とか、そういう過去の振り返り的なの欲しい

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