雑魚スライムに転生した俺が、魔王軍どころか人類からも矢印を向けられる訳 作:すりーな
魔王軍が設立して、かれこれ数千年。
魔物たちを束ねる長、“魔王”は幾度かの代替わりを続けながら、今も魔王軍を統治して率いている。
その今代の魔王が、魔王リアスティラ。
ステータスを“超越”させた、最強の魔物である。
そもそもどうして魔王が産まれたか。
世界にステータスを有する勇者が産まれて後。魔物の中にもステータスを有する魔物が産まれ始めた。その中に魔王と呼ばれる魔物が混じっていたことがそもそもの始まり。
魔王はステータスを有する魔物の中で最も強く、その強さで魔物たちをまとめ上げた。
以来、魔王の子供は魔王という種族の魔物として産まれ、いずれ魔王を継ぐ強さを手に入れることとなる。
魔王とは強さの証であり、それを保証するものでもあった。
結果的に、魔王として産まれた魔王リアスティラは魔王になった。
今から百年と少し前。多分、俺がこの世界にやってくるよりもずっと前の出来事である。
とはいえ、魔王の平均寿命は千年ほどと言われている。つまり魔王リアスティラは魔王としては若輩なのだ。だからか、魔王軍は現在力を持つ側近の魔物が派閥を作っていた。
最大派閥が龍派閥。老龍ドラゴリスを頂点としたドラゴン系モンスターの派閥。
他にも吸血派閥。蛮族派閥。鬼派閥などなど、様々な派閥が魔王軍内部で幅を利かせている。
俺が魔王様に魔王軍へ連れてこられた時、魔王様はこの派閥を一つにまとめる必要があった。幸い今は人類とは大きな戦争状態に至っていないため、そこまで切羽詰まってはいないが――というよりも、魔王様が人類との戦争を極力避ける形で舵取りをしたため、派閥をまとめずともなんとかなっていたが。
流石に、俺をいきなり幹部に据えるとなれば話は違う。
納得の行かない各派閥は、魔王様の行動に疑問を抱く。魔王城が揺れるだろう。もしもそれが人類に伝わってしまったら、長い歴史を積み上げてきた魔王軍はそこでお終いだ。
そこで俺の懐柔作戦である。
そもそも魔王様が俺を幹部にしようと思ったのは、勝算があったからだ。俺のぷに力で派閥を一つにまとめることができれば、俺を幹部にする実績としては十分である。
実際その作戦はうまく行っていた。すでに蛮族派閥を始めとしたいくつかの派閥を抑え、先日ドラゴリス様の懐柔に成功したことで、一気に魔王軍の中での俺の立場は強まったと言っていいだろう。
だが、完全ではない。
何より、魔王様はまだ肝心な派閥を取り込めていない。
そもそもいくら若輩だからといって、魔王様が代替わりしたくらいで派閥が乱立して混乱していては魔王軍は今はなんとか態勢を保てても、いつか瓦解するときが来るだろう。
そもそもの原因は、魔王リアスティラを補佐する主流派閥に問題があった。問題があったせいで現在、魔王リアスティラの後見人となる派閥が存在しないのが、この派閥争いのそもそもの原因だ。
魔王は、種族として魔王と呼ばれる存在だが、その前身は魔王ではなく別の種族である。別の種族の中から、突出して強い魔王という名前のモンスターが、ステータスに種族:魔王として記載されたことで魔王と呼ばれることになったのだ。
そんな魔王の元となった種族は、その後魔王を支える側近として、魔王軍で一大派閥を形成した。
その名も、死霊派閥。
魔王リアスティラが魔王に就任する直前、魔王軍に対し反旗を翻し――リアスティラによって叩き潰された、“元”主流派閥である。
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そこは魔王軍会議室。
魔王軍の幹部が揃う、魔王軍でも特に重要な部屋の一つだ。
そこにはいくつかの“席”が中央に位置する玉座を囲むように、奥から入り口に向かって広がる長机に設置されている。
席には、魔物の姿はない。多くの席にはひし形の宝石が浮いていた。
例外は2つ。長机のもっとも入り口に近い側に座る俺と、もっとも玉座側に近い椅子に座るクロナだ。
そんな中、魔王様が部屋の入口からゆっくりと入室してくる。
魔王リアスティラ。齢十代後半に見える。女子高生くらいの年齢に背丈。王道の黒髪ロングとあどけなさと大人っぽさを併せ持つ顔立ち。スラリとしたプロポーションと豊満な胸部も相まって、アイドルかなにかのような美しい美少女だ。
それが、今は胸元を大胆に開けた黒いドレスに身を包み、荘厳な雰囲気をまとって玉座に座る。
それと同時に、光の灯っていなかった黒色の宝石に、光が灯る。複数ある宝石は、それぞれ固有の色を放ち始めた。
この宝石が何かというと、ぶっちゃけ通信機である。
なんとこの会議、リモートで行われているのだ。各派閥の長は、派閥をまとめるために世界中に散っている。それを円滑に運営するため、魔法を使ってリモート会議を行うのが魔王軍の習わしである。
唯一、魔王城で活動している俺とクロナだけが、こうして生身で会議に出席していた。
他にも龍派閥の長、ドラゴリス様は魔王城に住んでいるが、ドラゴリス様は部屋から出てこないため、ひし形宝石を使ってのリモート参加だ。
ある意味、魔王様より横着であるが、まぁ魔王様より年上なんだからしょうがない。
そうして準備が整うと、魔王様はすぅ、と小さく息を吸って。
『これより、魔王軍閣議を始める』
そう、口にした。重厚な――“魔”を伴う力ある声である。詳しいことを省くが、要するにMPを消費して喋っていると思ってもらえれば構わない。威厳のある声をだすには、パワーによるゴリ押しが必要なのだ。
それと同時にクロナが立ち上がると、司会進行を魔王様から引き継ぎ、つつがなく会議を勧めていく。
会議は事前に提出された議題を、事前に提出した人物が提案する形で進む。ある意味当たり前といえば当たり前のことだが、会議で提案される時点である程度の根回しと折衝は済んでおり、大抵の場合は魔王様が結論を出せばそれでお終いだ。
そうでない場合は、あくまでここで議題をあげるのが、結論を出す前段階。魔王軍全体で情報を共有することが目的で、そのタイミングで結論を出す目的ではない議題の場合だ。
つまりぶっちゃけていえば注意喚起が目的だ。
そんな、ある程度は予定調和で進む会議だが、時折イレギュラーは発生する。例えば――
「では、次の議題は」
そうクロナが呼びかけた時。
「失礼いたします。魔王城警備隊長ヘルでございます!」
――会議に、割って入る者がいた。
金髪の、ローブ姿の小柄な少女がそこにいた。
「ヘル……?」
クロナが、ぽつりとこぼしながら入口を見る。会議室の扉を開け、入出する少女。色とりどりの宝石たちが、にわかにざわめき始めた。
その内容は、概ねこの一言に集約される。
――何をしに来たのだ、落ちこぼれの“元”死霊派閥め。
と。
この金髪少女の名はヘル。“死神”と呼ばれる魂を司るアンデット系魔物の一種だ。魔王軍の幹部たちは彼女のことを“元死霊派閥”と呼ぶ。
死霊派閥とは、かつて魔王軍を支えた最大派閥にして、現在は没落した派閥だ。
何故そんな事になったのか? 死霊派閥は“ネクロマンサー”と“死神”という2つの種族によって成り立っていたのだが、そのうち“死神”種族が、なんと魔王軍に反旗を翻したのである。
ヘルはそんな死神種族の生き残りだ。
反乱に参加しなかったことで、魔王リアスティラによって赦され現在は魔王城の警備隊長として働いている。
この説明を聞いただけで、なんとなく彼女がこの魔王軍において色々とはれものとして扱われていることは理解してもらえると思う。
そんな少女が突如として会議に乗り込んできたわけだから、幹部たちが色々と心無いことをいうのは無理からぬこと。
そして、俺にとっても彼女は色々と厄介な存在だ。
入出したヘルは、俺を睨んでいるように見えた。何を隠そう、ヘルはこの魔王軍において、俺の存在を最も警戒している魔物の一人だ。
何かにつけては俺に対して、辛辣な物言いをすることは一部の魔物はすでに知っている。
まさか、俺の存在を会議を通して魔王様に直談判しに来たのでは? そう思う幹部も、この中にはいるだろう。
――良くない流れだ。
魔王軍のデリケートな部分が、連鎖的に爆発する可能性のある状況。
俺は、ちらりと視線を魔王様……スティラへと向けた。
その時。
『静まれ!』
リアスティラの、響く声が会議室を支配した。
――一瞬にしてすべてが静寂へと切り替わる。
驚くべきことに、先程まであれほどざわついていた会議室が、完全なる静謐に包まれたのである。
『ヘル。今は会議中よ。――それに割って入るほどの何かが起きたというの?』
その言葉に、宝石の向こうで幾人かの幹部が、視線を逸したのを感じた。無理もない、会議に突然割って入ったのはヘルだが、それを騒ぎ立てたのは自分たちだ。
冷静に、状況をまとめるべく言葉を重ねる魔王様の言葉が、彼らには刺さるだろう。
「はい! 至急お耳に入れていただきたい内容でございます!」
――対して、ヘルはそれに一歩も引かなかった。この時点で、会議の中で冷静な視点を保っていた数名の幹部が、ヘルの認識を好意的に傾けた。
そして――
『では、述べよ』
どこか威圧感を伴う魔王様の言葉に、
「魔王城倉庫にて保管されていたスライム枕の一部が、何者かによって盗難されました!」
――返された返答によって、会議室は完全なる混沌に支配された。
「なんだと!? それでは我々の次の枕の供給はどうなる!?」
「そもそもどうして盗難されてしまったのだ! 警備はどうなっていた!」
「蛮族長、前回の会議で枕の供給が足りていないと陳情を上げておりましたが?」
「我々を疑っているのか!? 供給ならその陳情によって満たされている。むしろ我々に盗難する理由はない!」
喧々諤々。
あれほど恙無く進行していた会議が見る影もなく。
もとより、イレギュラーというのはそういうものといえばそうだが、しかしこういった時。場を鎮めるのは進行役であるクロナの仕事のはずだ。
が、
「あ、あばばば、あばばっっばっばばばばばば」
――クロナは振動していた。禁断症状である。
しまった、彼女はスライム枕が倉庫をいっぱいにしている光景にも興奮を覚える変態だ。こういった時、それが失われたとなれば、そのことでも禁断症状を発揮してしまう。
し、しかしこの場における重鎮は彼女だけではない。
ここには、現在の魔王軍最大派閥をまとめる、ドラゴリス様だっているのだ。先日、こちらに協力してくれることになったドラゴリス様なら、この場を穏便に――
『おおおちつけおちつくのだおちつくのだ!』
こっちもダメだ――!
そして、俺は魔王軍幹部としては一番の小物。そもそも会議においてよっぽどのことがなければ発言権は許されない存在だ。
こうなると、もはやこの場を鎮めることができるのは――
『静まれぇ!!!』
――一人しか、存在していなかった。
そして、その一人は、一瞬にしてそれを為した。ただ一言、言葉に力を込めただけで。その場にいるすべての魔物が――どころか、通信用宝石越しにこの場にいる魔物にすら、
平服させてしまったのである。
例外は、そもそも身体構造上平服できない、スライムである俺一人――
『静まりなさい皆の者。ヘル、経緯を説明しなさい』
「は……はっ!」
平服し、顔を伏せるヘルが、なんとか言葉を紡ぐ。
曰く、その内容は単純。なんでも、正体不明の謎の魔法により、突如としてスライム枕の一部がどこかへと転移してしまったのだとか。
警備の探知魔法にも引っかからない新種の魔法であり、防ぐことは不可能だった。どころか、魔王軍が即座に対応する必要のある緊急案件であることは、火を見るより明らかだ。
『……わかったわ。ヘル、報告ご苦労。聞いての通り、これは警備の不手際ではなく魔王軍への攻撃よ。我々は即座にそれに対応しなくてはならない』
すべてを聞いた魔王様の判断は早かった。
『会議は中断とします。残る議題は執務室へ運ぶように。クロナ、貴方は解散した後、対策班を設立しなさい』
「かしこまりました」
クロナも、魔王様の言葉で平静を取り戻し、そう答える。
……手は震えていたが。
そして、
『スライム、貴方は消失した分のスライム枕の補填を行うこと。いいわね?』
「……はっ、もちろんです」
俺にも言葉が向けられた。思わず、息を呑む。それほどまでの威圧感が、会議室を支配していた。
『よろしい。では、解散!』
――先程、秩序を失っていた会議室は、しかし。
気がつけば、魔王様の一言によって一糸乱れぬ統率でもって、解散した。
宝石たちは光を失い、俺は一つ息をつく。
その場には、俺と魔王様。それからクロナとヘルだけが残された。
ああ、しかしなんというか。
非常事態のはずなのに、その原因が俺のスライム枕って時点でなんかギャグに聞こえるのは、俺だけだろうか――