雑魚スライムに転生した俺が、魔王軍どころか人類からも矢印を向けられる訳 作:すりーな
これまで何度かクロナの前でやってしまっているが、俺は時折魔王様のことをスティラと呼ぶ。
これはまずい。何がまずいって相手は魔王様、魔王軍で一番偉大な存在である。それを呼び捨てどころか愛称で呼ぶなんて、お互いの間に合意が形成されていたとしても不敬だ。
周りに見られたら、即座に俺はその場から排除されるだろう。
魔王様がなんと言ったとしても、そればかりは許されない。それだけ魔王様とはすごい存在で
では、何だってそんな風に呼び捨てにすることが習慣になっているのか。
理由は2つある。
一つはそもそも、俺が初めてスティラと出会った時、俺はスティラがまさか魔王様だなんて思わなかったのだ。
スティラは、一見すると普通の人間にしか見えない。
魔物らしい身体的特徴は一切有さないのだ。出会った時は俺の考える如何にもな冒険者って感じの胸当てと軽装だったので、そもそも魔物と思う要素はどこにもなかった。
そこでスティラがスティラと名乗れば、俺がそれを普通だと認識するのは当然だと思う。
そうして魔王リアスティラではなく、ただの少女スティラとして接した俺は、なかなかその時の感覚が抜けていない。仮にも前世では社畜だったこともあり、そういう切り替えはできると思っていたのだが。
残念ながらそれがうまくいかない訳もあった。もう一つの理由。
親しい相手にそう頼まれて、本気で嫌といえるはずもなく。もちろん最初は断ったが、それでも押し切られてしまったわけで。
結局俺は、スティラのことを二人でいる間――もしくは、クロナと三人の時だけ――は、スティラと呼んでいるわけだ。
ああでも、しょうがないよな?
だってスティラは放っておけない。なにせ、そもそも俺とスティラが出会った経緯を考えると、あいつを一人にするわけには行かないんだから。
だって、スティラはあの時――
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私は、魔王が嫌いだ。
――私の名前はリアスティラ。魔物だ。種族は“魔王”。その名の通り、今は魔王軍にて魔物たちをまとめる魔王を務めている。
そんな私だが、はっきり言って私は“魔王”が嫌いだ。
種族としての魔王。魔物の長としての魔王。魔王軍を率いる王としての魔王。そのすべてが嫌いだ。
しかし、私の人生は魔王になることが定められた人生だった。産まれた時から将来は母の後を継ぎ、魔王として魔物を率いることが決まっていた。
でも、向いていないのだ。だって私は争いが苦手だ。人間と世界の覇を競い、生存をかけた戦争をするなんてとてもじゃないけどできるわけがない。できることなら、人間と融和して、平和に生きていきたいのだ。
なのに、魔王として産まれてしまったからというだけで私は魔王になった。向いていないと言っても、嫌だと言っても受け入れてくれる相手なんていなかったのだ。
はっきり言って、私に魔王を強要する魔王軍という居場所が嫌いだった。
だから時折魔王軍を抜け出して、冒険者として人の世界を旅することがあった。一人っきりで世界を見て回る、その時間が私は好きだった。
世界には、良い人も悪い人も、悪い魔物も良い魔物も様々だ。
最初に悪い奴だと思って接した相手も、実は何かしらの事情を抱えていたり。多くの人から善良だと評価されている人が、なにかの理由で悪行を働いたりもする。
そういう多面的な世界が、私は好きだ。
でも、世界でただ一人だけ、あらゆる存在から一つの側面でしか見られない者がいた。
魔王はどんな相手にとっても魔王であり、魔物の頂点であることが揺らがない。魔王としてのリアスティラを見たすべての者が、私を魔王だと思う。
私がどんな善行を為そうと、どんな悪逆を働こうと同じこと。
それは魔王のすることでしかない。
だから、私は世界で一人ぼっちだった。
そんな時だった、“聖域”と呼ばれる場所を知ったのは。
聖域。この世界から隔絶された、桃源郷とも理想郷とも呼ばれる伝説の場所。今から数千年前、世界で初めて勇者となった人間が、最期に過ごしたとされる場所。
そこではあらゆる魔物が、動物が、ただあるがままに暮らしているという。
おそらく、外界との接触を断つために、知性ある生物を全て追い出して結界を張ったからそういう場所になったのだろう。
現在では実在を疑われ、完全に伝説とされた場所だ。だが、私は仮にも魔王。そういった伝説の場所を見つけ出すことは難しくなかった。
別に、それを見つけたからといって何をどうこうするつもりはなかった。ただ、もしもどうしても一人になりたくなった時、そこに隠れる場所があるのだと知っていればそれは少しだけ救いになるかとそう思って。
私はそこを訪れたのだ。
そこで出会ったのが、魔王である私すら見たことのない、“知性を有したスライム”だった。
名もなきスライム。
ステータスに特別なところは、ただ一点を除いて何もない。
本当にただの、普通のスライムだった。どうして意思を有しているのか、どうして普通に喋っているのか。それもよくわからないが、彼は第一声でこういった。
「に、人間!? やめろ、俺は悪いスライムじゃない!! 話し合おう!!!」
――と。
おかしかった。なんだそれ、この世界に良いスライムも悪いスライムもあるものだろうか。スライムは喋ったりしないんだから、そんなの周りからみてわかるわけない。
まぁ、彼はたしかに喋ったし、実際彼の言う通り、彼は悪いスライムじゃなかったんだけど。
それから私は、彼と話をした。その殆どは身の上話だ。私の素性は話さなかったけど、普通に考えれば私が魔王であることくらい見抜けて当然ってくらい、突っ込んで話した。
まぁ、彼はちっともそのことに気付かなかったんだけど。
私は誰からも特別扱いされるせいで孤独で、だけど一人でいることが怖かった。
人として――冒険者として身分を偽って世界を旅して、楽しかった。でも、本質的に誰かと親交を築くことはできなかった。
だって、何時私が魔王であるかバレてしまうか分からなかったから。
バレてしまえば、魔王軍で私がこっそり魔王城を抜け出していることを秘密にしてくれている、クロナに迷惑がかかってしまうから。
人の世界で、もう二度とこんなふうに、好き勝手出歩くこともできなくなるから。
いっその事すべてを投げ出してしまえれば。クロナと一緒に――叶うことならヘルとも仲直りをして――三人で、またあの頃のようにスティラと呼ばれて、何も考えずに笑いあえたらどんなによかったか。
もしもそれがかまわないなら、この聖域で。
誰も寄り付くことのないこの場所で、永遠に眠りにつくことができたら。
もういっそのこと、
死んでしまえたら、どれだけ幸運だろうと、そう思った。
流石に、全部が全部本音というわけではない。でも、半分は本気だった。だってそうすれば、肉体はクロナの元へ、魂はヘルの元へと運ばれて、私は魔王ではなくなる。
一石三鳥ってやつだ。言った瞬間は、なんて素敵な案だろうとも思った。
そう、言ったのだ。私は思わず、ぽろっと溢すように。
死にたい、って。
スライムくんのことなんて、何も考えず。自分勝手に言葉を吐き出して。挙句の果てにそんなこと。正直彼には申し訳ないことをした。
とてもじゃないけど、ごめんで済まされないくらいひどいことを言ったのだと思う。
そんなことじゃ、誰かと仲良くなったって――またあの時みたいに――離れていってしまうだろうとそう思ってしまうくらい、
――私はバカだったんだ。
だけど、でも、だってのに。
スライムくんは本気で言った。半分くらい冗談でしかなかった私の言葉に、真剣で、まっすぐ返事を返してみせたのだ。
「それはダメだ」
って。
彼は悪いスライムじゃない。どころか、とても善良で、平凡で、それでいてごくごく普通の、“いい人”ってやつなんだ。
そんな彼が正面から私の言葉を否定した。
ダメダメで、大馬鹿で、どうしようもない私の言葉を。
この世界で最も悪い存在である、魔王リアスティラの言葉を、臆すことなく。
でも、そこから続いた言葉は、私の想像から大きくハズレて――というか、それはもうなんというか、別の次元にすっぽぬけてしまったかのような。
そんな言葉だった。
「だったらその前に、一度でも良いから。俺を枕にして寝てみてくれ」
――なんて?
思わず問い返してしまったけど、それに関しては私は悪くないと思う。
でも、なんとなくその場の勢いに押されて私は、それにうなずいてしまった。
うなずいて、彼の上に頭を置いて。
彼を枕にして、そして、
私の人生は、そこで大きく変わることになる。
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スティラが、夜の空を見上げていた。
雲が殆どない、星々がどこまでも見えるきれいな空だ。そんな空にぽつんと浮かぶ白い月。スティラを照らすその月が、どこか彼女に重なって見えたのは、果たして俺の見間違いか。
「スティラ、まだ起きてたのか?」
周りにだれもいないことを確認して、彼女にそう呼びかける。
俺の声に気づいてか、はたまたそこでようやく視線を落とす気になったのか、スティラは俺の方へと視線を向けて笑みを浮かべた。
「うん、何だか眠れなくって。スライムくんは?」
「俺はさっきまで作業してたんだよ。でも、お陰でぷに力がさらに上がったぞ」
「スライムくんらしいね」
俺のことを、クロナやスティラは“スライムくん”と呼ぶ。俺には諸事情で名前がないけれど、彼女たちにとっては“くん”まで含めることで、俺の名前になるのだろう。
「寝れないなら、新しくつくった枕をやるよ」
「おお、最新式だぁ。……クロナに見せたらうらやましがるかな?」
「多分手が震えてそれどころじゃないから、やめてやれ」
その言葉に、スティラと二人で苦笑する。
どうしてクロナはあんなことになっちゃったのか、もっとできることはなかったか。未だに俺たちの間で後悔は拭えない。というか、俺のぷに力であんなことになるのはクロナだけだ。
「まぁでも、スライムくんをぷにぷにさせて貰えれば、私も元気百倍だよ」
「ならよかった」
自然と、俺はスティラの手の中に収まる。こう、ぎゅっとされると一部が当たって恥ずかしいので、あくまで軽く抱えられているだけだが。
こうするのが、いつの間にか俺とスティラの間では普通になっていた。
「えへへ、気持ちいい」
堪能するように俺をぷにぷにするスティラ。
俺はふと、そんなスティラに問いかける。
「…………スティラは、まだ死にたいなんて思ってるか?」
「え?」
意外なことを聞かれた様子で、スティラはこちらを見下ろした。
「急にどうしたの?」
「いやなんか、……空をみて考え事をしているスティラを見ると、あの時話をしたスティラと重なってな」
「……あはは、心配かけちゃった」
スティラ。
魔王リアスティラ。
――多くの重荷を抱えた少女。だけど俺には、彼女が普通の少女にしか見えない。
ここに来て一年。彼女の苦労も、少しは実感できたつもりだ。
「でも大丈夫。私にはクロナもスライムくんもいる。魔王業だって、多分うまく行ってると思う」
ああ、そうだ。
俺がスティラを、スティラと呼んでしまう理由は、2つだけじゃなかった。
「だから――」
三つあったんだ。
「私、まだ頑張れるよ」
そうやって笑う、どこにでもいる少女の笑顔を守りたい。
そう思ったから――俺は魔王様を、
スティラを支えようと、そう思ったんだ。