乃木仁美は勇者であった   作:名無しのウィンダム乗り

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第二話① 厄災もと暗し

節電のためにクーラーが止められている教室はまるでサウナのような暑さだった。

しかも座席が窓際にある場合、これに加えて日差しも一緒に襲いかかってくる。

窓を開けても、入ってくるのは近くの道路から聞こえてくる車の騒音だ。

夏休みの間、割と静かな環境にいたせいなのか余計に暑苦しく感じる。

仁美は夏休み明けの残暑に茹だれながら、久しぶりの学校に辟易していた。

二学期初日。

学生たちにとって一年で最も憂鬱な日でもあり、仁美のクラスでもいくつかの空席が見られた。

先生の話の半分以上は夏休み前の終業式に言っていたことの焼き直しだ。

生活リズムを整えろだの、予習復習を毎日やれだの、ネットの使いすぎには気を付けろだの。

二度も話すほどの内容ではないだろうに。

じりじりと身を汗ばむ暑さもあり、全く耳を傾ける気になれなかった。

先生の話を片耳に勇者選抜試験のことを思い出す。

あの最終選抜試験を合格できたのは私と友奈、幸、眞子の四人だけだったらしい。

施設内での日々を振り返ると少なくとも二百人以上はいたはずだ。

四国中から集めておいてたったの四人しか採用しない点も謎だが、何より疑問に残るのは大赦からあの日以降何の連絡もこないことだ。

勇者として選ばれたという報告も郵送で送られてきた封筒のみで、呼び出しも何も無かった。

他のメンバーがどうだったのか確認を取りたかったが、あいにく三人は他県から来ていた勇者候補生であったため、夏休みの終わりと共に香川から去ってしまっていた。

スマホで連絡を取ろうにも電話番号も知らないし、SNSの使い方は利用したこともないのでもっと分からない。

正に行き詰まりの状態だった。

(乃木家の人たちも今回の勇者選抜試験についてあんまり分かっていない感じだったからな・・・。誰からならば情報を引き出すことが出来るだろうか。)

そんなことを考えていると先生が急に声のトーンを変えて話し始めた。

「えー、先生からの話は以上ですが・・・実は二学期からこのクラスへ転入することになった生徒さんが三人もいます。」

突然の発表に教室がざわつき始める。

そりゃそうだ。

転入生の存在はそこまで珍しくはないが、一つのクラスに三人も入るのは明らかに異常である。

どこかの令嬢様とその付き添いだろうか?

騒がしくなる教室の中で先生は声を張り上げながら続ける。

「転入生たちは既に教室の外にいます。三人とも入ってきていいよ。」

先生の合図と共に教室のドアが開き、転入生たちが姿を現す。

しかしその姿は・・・

「・・・は?」

何故か猛烈に見覚えのある三人だったのだ。

「高知から来た倉留友奈です!好きなものはうどんとサッカーです!よろしくお願いします!」

「皆さん初めまして。御堂島幸です。徳島から来ました。よろしくお願いします。」

「聖眞子です。愛媛県出身です。皆さんよろしくお願いします。」

どういう状況なんだこれは。

突然の三人の登場に仁美は完全に呆気に取られてしまった。

(こんな話少しも聞いてないぞ・・・!?大赦の仕業なのか?だとしたら何のために?)

混乱している私を余所に先生は話を続ける。

「三人は大赦での仕事の都合上、他県から香川県へ引っ越してきました。皆さん仲良くしてくださいね。」

成る程やっぱり大赦か。

大赦が絡んでいるとなると、やはりあの勇者選抜試験と何か関係がありそうだ。

多分眞子や幸ならば何かしらの情報を持っているかもしれない。

あとで確認してみるか。

それともう一つ問題があるとするならば・・・友奈のことだろう。

これまで通りの学校生活をおくるためには、出来るだけ彼女との接触は避けておきたい。

学校内で彼女の無鉄砲に振り回されるのだけは勘弁してほしい。

そう思っていた矢先、先生によって三人の座席が告げられた。

「三人の席については御堂島さんと聖さんは廊下側の後ろの席、倉留さんはちょうど空いている乃木さんの隣でいいかな。」

・・・そうだった。

私の隣の座席は空席である。

どうやら33%の地雷を見事に踏み抜いてしまったようだ。

自分の運のなさを改めて呪いたくなる。

友奈は隣の座席に座ると入院中に嫌と言うほど見てきた笑顔で手を振ってきた。

「久しぶり。仁美ちゃん!」

その笑顔を前に仁美は何も言う気にもなれず、深いため息をつくことしか出来なかった。

「マジか・・・。」

二学期は相当荒れる日々になりそうだ。

外では夏と変わらず蝉がうるさく鳴いていた。

 

休み時間になると三人の前には大きな人だかりが出来ていた。

転入生の初日というのはこんなものだろう。

仁美はこれ幸いと三人が群衆の相手をしている隙にトイレへ駆け込んだ。

(この様子ならしばらくは無事にやり過ごせそうだな。)

取り敢えず今日の所は様子見に徹した方が良さそうだ。

選抜試験について後日改めて聞いてみるとしよう。

今一番重要なことは隣となった友奈への対策法についてだ。

あのトラブルミリオンメーカーをどうするか・・・。

そんなことを考えながら仁美は手を洗い、トイレから出ようとすると、物凄い勢いで廊下を走り抜けていた女子生徒とぶつかりそうになった。

間一髪の所で正面衝突を避けたが、女子生徒の方は脇目もふらず、そのまま近くの階段を駆け上がって姿を消した。

足元には彼女のものだろうか、学生証が落ちていた。

一年生のものとは思えないほどのボロボロな状態であり、彼女がどういう学校生活を過ごしているのか一目瞭然だった。

「一年二組、藤井美和子か。」

先程の彼女の様子には何か引っ掛かるものを感じた。

しかもこの階段の先は確か屋上に続いていた筈だ。

脳裏に不穏な憶測が走る。

「早まるなよ・・・。」

仁美は彼女の後を追うように急いで階段を駆け上がった。

 

階段を登ると目の前では女子生徒が屋上のドアを開けようと必死に奮闘していた。

何が何でも屋上に上がりたいらしい。

私が彼女の後ろに立っていることにさえも全く気が付いていないようだ。

仁美は後ろからドアノブを握る女子生徒の手を掴む。

「やめろ。」

「ひゃい!?」

いきなり手を掴まれたことに驚いたのか、女子生徒はひっくり返ったような高い声を喉から絞り出した。

今の行動で少し警戒心を持たれたかもしれない。

だが今は一刻を争う事態だ。

悠々と策を考える暇もない。

真っ青な顔をしている女子生徒に仁美は出来るだけ優しく説得を試みる。

「何でこんなことをしているかは聞かない。だが今の様子を目にした者としてこのままお前を放っておくことは出来ない。」

「・・・」

「一旦、ドアノブから手を放せ。頭を冷やすんだ。」

彼女はそう言われるとゆっくりとドアノブから手を放し、その場にくずれ込んだ。

取り敢えず最悪のケースは防げたようだ。

ホッと胸を撫で下ろしていると女子生徒は突然小さく呻き声を上げながら涙を流し始めた。

「ぐずっ・・・ぅぅぅ。」

心の緊張がようやく緩んだのだろう。

この感じだとしばらくの間、彼女をそのまま泣かせておくのが適切かもしれない。

保健室はその後だ。

しばらく彼女の様子を隣で見守っていると次の授業の開始を告げるチャイムがなり始めた。

「・・・授業に行かなくていいんですか、先輩は。」

「お前が泣き止んだらな。一応保健室までは同行させてもらう。」

「別に保健室ぐらい私一人で・・・」

女子生徒は俯きながら小さく呟いた。

「さっきまで死に物狂いで屋上へ行こうとしていた様子を間近で見た身からすると、その意見は賛同しかねる。」

「・・・」

「気にするな。こっちは私一人で話をつけるから何も問題ない。」

その後泣き腫らしたことで心が少しだけ晴れたのか、女子生徒はポツリポツリと自分のことを話し始めた。

「夏休み前にクラスで一番大きいグループの一人と喧嘩したんです。そしたらその日以降、クラスの全員が私を無視するようになって・・・。」

彼女曰く、その日は放課後に仲の良い友人たちと好きなバンドについて話していたらしい。

その会話の中でとある曲について彼女がマイナスな発言をしたことが大きいグループの一人の耳に入り、このことがきっかけとなりいじめのターゲットにされてしまったらしい。

(そんなことでイジメをするのか・・・本当にくだらないな。馬鹿馬鹿しい。)

かつての嫌な思い出が一瞬だけ仁美の脳裏を通りすぎていった。

「夏休みの間も辛かったです。花火大会や夏祭りを楽しんでいるクラスのみんなの中に私だけ入ることが許されませんでした。」

イジメは夏休みの間も様々な形で行われたらしい。

特に今まで親しかった友人とも夏休みの間、一度も連絡を取り合えなかったことは相当苦しかったにちがいない。

「最初のうちは無理矢理加わろうかとも考えたのですが、後のことが怖くなったので結局夏休みの間は何も出来ませんでした。」

そして夏休みが明け、新学期。

重い足をなんとか動かして学校へ行くと、彼女を待ち受けていたのはより地獄と化していた教室だった。

一学期まで彼女の座席があった場所からは全てのものが消えており、机と椅子は教室の片隅にまとめられていた。

そして机と椅子には「消えろ」や「いなくなれ」と赤い字で書かれた紙が大量に貼り付けられていたとのことだ。

「酷いな・・・。先生はイジメのことを把握しているのか?」

「先生なんて当てになりません。一学期の頃からずっと見て見ぬふりです。」

やっぱりか。

学校側の余りのお粗末ぶりさには頭を抱えるしかない。

毎週やたらと髪型や身だしなみのことは細かく目を光らせるくせに、イジメのことになると途端に盲目な対応ばかりだ。

随分と自分たちの都合にいい目を持っているものだ。

「・・・そうか。取り敢えず保健室の先生には相談した方がいい。それと出来るだけイジメの証拠や記録は残しておけ。後の裁判で役に立つ。」

「裁判?」

「あぁ。学校にはもう相談したんだろ?それで何も変わらないならば、後は弁護士に丸投げすればいい。学校内で解決しようとしても有耶無耶にされるだけだぞ。」

この話は夏休み中に幸から聞いたものだ。

当時彼女のクラス内では深刻なイジメ問題があったそうで、そのあまりの酷さに一部のクラスメイトが学級委員長だった彼女に泣きついてきたそうだ。

その時に彼女が虐められていた子に行ったアドバイスというのがこれらしい。

その後どうなったのかについて幸は具体的に教えてくれなかったが、少なくともクラス内からイジメは見事に一掃されたとのことだ。

「だが、まずは保健室に行って今の状況を話さないとな。外部の力を使うのはその後だ。立てるか?」

彼女も悩みを少しでも打ち明けたことで幾分か楽にはなった筈だ。

今の状態なら保健室に連れていっても問題ないだろう。

「はい・・・。なんとか。」

一応今は授業中である。

仁美は女子生徒と共に移動には細心の注意を払いつつ、保健室へ向かった。

なんとか保健室の前に着くと女子生徒はおそるおそる仁美に訊ねてきた。

「あの、先輩の名前・・・聞いても良いでしょうか。」

「乃木仁美だ。」

その名前を聞くと女子生徒は信じられないといった目で仁美を見た。

「乃木仁美って・・・あの『斉藤事件』で有名な乃木先輩ですか!?」

久しぶりに耳に流れ込んできた黒歴史に思わず苦笑で顔が歪みそうになる。

心の奥底に封印していたはずの古傷が急に痛みだしてきた。

「・・・もしかしてその話、一年生の間でもしれ渡っているのか?」

「はい。先輩の話は私のクラスでも有名ですよ。・・・友達のために数人の男性教師を力ずくでねじ伏せた話って本当なんですか?」

噂というものは本当に恐ろしい。

なんでそんな格闘漫画のような話にすり替わっているんだ?

広めている人も大概だがそれを鵜呑みにする方も同様だ。

冷静に聞けば明らかにおかしい話なのに何故気付かないのだろうか。

「やめてくれ。実際はそんな大した話じゃない。噂で流れている内容の殆どはデマだ。」

「じゃあ私が聞いた話も・・・?」

「デマだ。そんなことが出来る女子中学生がいるわけないだろ。」

なんとか彼女の誤解を解き、保健室に入っていく姿を見届けると、丁度のタイミングで授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

どうやら彼女との会話にかなりの時間を費やしていたらしい。

確かさっきの授業は数学だった筈だ。

それは同時にうちの担任の授業でもあることも意味している。

(おそらく放課後の反省文コースは確定だろうな・・・)

事件の話は未だに脳裏に引っ掛かっているが、取り敢えず今は自分の教室に戻ることが優先事項だ。

せめて次の授業だけは遅れないようにしなければ。

仁美は重たく感じる足をなんとか動かしながら階段を駆け上がっていった。

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