盾を持ち死にゆく者   作:夛帰惣累

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己を賭した先にあるもの-3

 地面に倒れていた。吐く息が熱く、目が見開く。

 

 何度も呟いて俺は勝利を嚙みしめていた。白い息が闇に溶けていく中、頭の中では自分の動きが何度も繰り返し映像の様に流れている。魔物と交わった瞳、腕に流れ込んできた感触、全身を駆け巡った全能感。それは今まで味わったことがないもので、一人だったからこそ手に入れることができたのではないかと思う。

 

 数々のパーティに落とされ必要とされていなくても、俺にはやはり強くなれる可能性が存在する。それを今俺は、証明した。

 

「あは、あははっ、あはははははははっ‼」

 

 高ぶった体の熱に酔いながら、腹の奥底から湧き上がる笑いを止めることなく外へ吐き出す。体に力が入らない。この声につられて魔物が集まるかもしれない。だけど周囲の状況なんて気にしていられなかった。とにかく今は、体の中に溜まっていたものを全て吐き出してしまいたかった。

 

 笑う度に奥底に溜まっていたドロドロとした感情が無くなっていく。それは自分でも把握しきれていないこれまで溜め込んできた感情だろう。いつの間に俺はこんなにも気持ちを抑えていたのだろうか。弱者である俺には何かを訴えるだけの力がなかったからこれまで抑えてきていたんだろう。

 

 冒険者であるなら発言することにも力がいる。ここでは何を言うかよりも、誰が言うかが重要視されるのだ。だから俺の問題も、俺が弱いからだという理由で片付けられる。

 

 分かっている。それは正論でまったくもって正しいことは。冒険者でありながら弱いのであれば価値がない。どれだけ俺が自分をアピールしてもそれを認めるだけの実績が俺にはなかったから。俺にあったのは、実力不足でパーティを首にされた経歴、冒険者として三年あって実績を残せていなかった事実、パーティに寄生して金を稼いでいたという噂。いや、これは噂ではなく事実だった。俺はあのパーティでは役に立っていなかったのだから。

 

 一通り叫び涙が出る程に笑って落ち着いた。

 

「変わったのか、俺は」

 

 誰に聞いているわけでもないその質問に答える人は勿論いない。変われたのかどうかを判断するのは俺だ。しばらく考え、答えは保留にした。まだ変ることができたというには、実績が足りないと思ったから。たった一度だ。たった一度の成功で認めていたら、向上心が死ぬ気がした。

 

 だから俺にはまだ必要なのだ。俺だけでなく、冒険者達が認める程の功績が。

 

「帰るか」

 

 体は重く、受けたダメージも大きい。興奮も収まり始め痛みをだんだん実感する。盾を持っていた左手は勿論のこと、足首にかなり痛みがあった。回転した時のあの動きがよくなかったのかもしれない。客観敵に自分の体の調子を確かめて、今の状態がかなり悪いと判断する。今の状態で魔物と遭遇すれば逃げることもままならずあっけなく殺されることだろう。

 

 無理やり体を起こし立ち上がる。後ろを見れば俺が殺した魔物の死体が転がっていた。本来なら素材を剥ぎ取って持ち帰りたいところだが、持っていくのも厳しそうだ。

 

 初勝利の戦利品を泣く泣くその場に捨て歩き出そうとした、その瞬間だった。

 

 怪物の咆哮が頭上から聞こえた。鼓膜が震え、脳が揺れる。思わず両手で耳を抑え、声がした方角に勢いよく首を振った。

 

「……なん、だ」

 

 日蝕の輪光に照らされる影の中で光る、青。

 距離はあるというのに、その圧を感じる。獲物を見つけたと言わんばかりの漆黒の中に光る青い眼光が、夜で包まれるこの世界でも輝いて見えた。

 

 怪物は、飛び降りる。空気を割く音が聞こえ、着地と同時の衝撃が空気を爆発させた。

 

「ッッッ‼」

 

 爆風に吹き飛ばされ俺は転がる。顔を上げた時、土煙の奥でその怪物は眼光を揺らしていた。歩兵と同色である筈の肉体は強靭な鋼の様であり、同じ黒だというのにそれが同じものには見えなかった。目視すればその肉体強度がどれほど差がある物なのかを理解することができる。

 

 先程までの歩兵とは違い胸部までをしっかりと分厚い黒肉で覆い隠しており、その代りなのか頭部から伸びる一角が禍々しい光を帯びていた。知識や経験、これまで培ってきた冒険者としてのそれらには存在しない圧倒的なまでの存在感を放つその魔物は、地面に転がる残骸を片手で摘まむように持ち上げると大きく口を開きそれを喰らった。

 

 音が響く。歪な音が。一つそれが鳴るごとに、空間が軋む。

 

 その音を聞きながら俺は思い出していた。ここが、弱肉強食のダンジョンという異界なのだということを。強者が支配し、弱者は強者の糧になる。明らかに目の前の敵は俺よりも遥かに強く、どちらが強者でどちらが弱者であるかは明白だった。

 

 俺には自分の未来の姿が、あの魔物と同じようにあっけなく奴の胃袋に収まるのだという結末が、容易に想像できてしまっていた。

 

「──ふざ、けんな」

 

 震える体に鞭を打ち立ち上がる。想像した未来をかき消す様に笑みを浮かべた。無理やり作った強がった自分で塗り固めた防壁は、きっと無様な物だったに違いない。

 

「俺は、今日。やっと……」

 

 体が軋み、痛みに熱が宿る。俺の体は震えていた。歯が上手く嚙み合わずガタガタと音を鳴らしていたけれど、それでも俺は盾を構えなければならない。生きる為に足掻く方法はそれしかないのだから。

 

 魔物が全てを喰らい終えると、音が止む。心地よい静寂がこの世界を作っているというのに、俺の鼓動は激しさを増していく。

 

(うるさい、うるさい、うるさい) 

 

 集中できていないのは自分が一番分かっていた。そしてやはり、そうなることも。

 

「──」

 

 気が付いた時には視界が歪んでいた。自分が一体どこを見ているのかが分からない。しばらくして、気が付く。自分が倒れ、空を仰いでいることに。

 

「ゴボッ」

 

 何かが溢れた。暖かい。口から出して、腹の中が少しスッキリとする。さっきまであれほどまでうるさいと感じていた鼓動がやけに小さくなっていた。ようやく、この静けさに身を委ねられると思うと、安心する。

 

 そう言えば、俺は何をしていたんだろう。頭に浮かんだ疑問はまるで通り雨の様にすぐに消えた。どうでもよかった。何もかもがどうでもいい。

 

 視界が暗い。夜だ。そう言えば、俺は夜が好きだった。両親と見た夜空を思い出す。塔さんと母さんと過ごした記憶。幸せの断片。今、二人はどうしているんだろうか。俺がいなくても仲良くできているだろうか。幸せでいるならそれでいい。それが俺の一番望んでいた事だったから。

 

 もうすぐ死ぬのだと、何故だかそう思う。痛みもない、苦しみもない。今まさに俺は望んでいた幸せを手に入れることができているというのに、俺は死ぬ。

 

 今まで苦しい事の方が多かった。自分の生き方に満足なんてできていなかった。自分が持っている理想にどれだけ手を伸ばしても届かない。だと言うのに周囲は簡単に先を行く。

 

 毎日悔しさを抱えて生きてきた。募っていく自己嫌悪は希望も自信も腐らせて、俺に残ったのは自分が誰にも必要とされていないという結果だけだった。呆れられて、見限られ、見下されて、俺はここに一人で来たんだ。自分を変えたくて、今の自分を許容する事ができなくて。

 

 だからこそ、俺はこの死には方に満足している筈だ。

 

 これで死ねるのなら、納得ができる、筈なのだ。

 

「……ぃ……だぁ……ぃ」

 

 誰かが何かを言っている様な気がした。その声には聞き覚えがある。あぁ、これは、俺の声だ。聞き取れない。聞こえない。俺は一体何と言ったんだ。自分の声はかすれた様に小さな声だった。

 

 もう一つ、声が響く。

 

「────」

 

 聞き覚えのある様な気がしたその声を最後に、俺は意識を手放した。

 

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